盲目
色季と出会ったのは随分と幼い頃。親の仕事の手伝いとして時説邸に連れて来られた。時説家は財閥である咲枝の分家筋で、敷地もとても広大だった。道に迷えば間違いなく戻って来れない。でも何よりも印象的だったのは視覚だった。淀みが、塵が芥が、何一つ見えない。何処までも澄んでいて、思わず眼鏡を外した。外しても、世界は美しかった。
父親が色季の親と話をするという事で、この屋敷の庭で遊んでくるように言われた。庭と言っても芝生の茂ったものでは無い。砂で彩られた枯山水だ。幼心に、この綺麗な庭を自分の足跡で崩してはいけないと思った。
そこの景色を心から楽しんでいると、私と同い年位の少女が顔を出した。中性的な顔立ちのおかっぱ頭。あたしの顔を見ると、きょとんと首を傾げた。
「さっき来て頂いたお客様の子?」
「そうだけど」
そう肯定すると、少女はキラキラと目を輝かせた。如何せん彼女はご令嬢だ。交友関係も狭まったものしか無かったのだろう。友達になりたいと全身で示していた。
あたしは枯山水を眺め、周りの豪邸に目を向けた。そして最後に少女に目を戻した。
「いい家だね。自分の家以外でいいと思ったの、初めてだよ」
少しでも自分の敷地外に出ると、何時も塵にまみれた世界が広がっていた。だからあたしは特殊な眼鏡をかけて居ないと、元の世界が見えない。最悪だった。皆の持つ目が欲しかった。兄貴も飛梅様も慧眼だと称したが、そんなに優秀だとは思えない。ただの盲目だ。
「本当!?」
「うん。家のデカさじゃない。空気が何よりも良い。塵さえ見えない。君のお父さん、凄い人だね」
彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。褒められて嬉しかったらしい。あたしの手を取ると頬を桜色に染めて、時説色季と名乗った。それから父親と兄貴の仕事が終わるまでひたすら遊んだ。色季が手をとって屋敷中を案内してくれた。
随分と時は経ってしまったが、仲は相変わらず良い。今では兄貴も交えて一緒に仕事をしたり、茶会に行く仲だ。願わくばこんな毎日が何時までも続けば良いと思う。
凛が見えているのは低級神。
白無垢で出てきて、雅を遠目から見ていたあの子達です。
人を襲うことさえ出来ない力の弱い子達。
だから、ちょっとでも力がある子を見るとこぞって寄ってきます。