表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/23

(5)研究所突入1


11月18日

コロラド州 地域不明


                ――目的地近傍



【22:52現在】


 最高峰四千メートルを越える雄大なロッキー山脈を左手に、ヘリが北上を続けることおよそ40分。

 時折、強烈な山風に機体が煽られながらも700馬力を誇る強力な2基のエンジンが、戦車のごとく空気の壁を押し退けてジュード達を安全に目的地へと運び込む。

 その途上、すれ違いで偵察ヘリの帰投と最終報告がもたらされる。

 現地の状況に変化なし。

 それが誰にとって幸運であり、不幸なのかも判断つかぬまま、搭乗するEC145の機体は、ついに着陸ポイントに差し掛かった。


「ハッ、まるで秘密基地だな。とんでもねートコに造りやがる」


 機外に顔をへばりつかせたダリオが、大きな岩棚に設けられた建築群を目にして感嘆を洩らす。耳にしたクォンはどこか誇らしげだ。


「標高二千四百メートルにある“天空の研究施設”ですからね。ベースとなる軍事施設を築いてくれた連邦政府には、感謝ですよ」

「まわりは険しい崖ばかり。天然の防犯設備に守られてセキュリティ面でも万全だな」


 皮肉にしか聞こえぬエンゲルの感想に、「何かを隠すのもな」とジュードも小さく独りごちる。

 ふとイメルダと目が合ったが発したのは号令だ。


「そろそろ準備しろ。到着と同時にチームBから進発だ」


 さすがにジュードも気を引き締めて、「いつものフォーメイションだ」と表情の読めないシマリス娘に目を向ける。


「クリス、前に出ろ」


 無言でうなずく彼女からダリオへ。


「組むのはダリオ」

「おうよ」

「エンゲルは俺とバックアップだ」

「了解」


 エンゲルの応答と同時に機外の景色が上へと流れ始める。

 機体が着陸に向けて降下していた。

 チームの打ち合わせを済ませたイメルダが、ジュードへ顔を寄せてきた。


「ドアはオレが開けてやる」


 そのタイミングで、上げていた鉄面貌をぐいと下ろす女兵士に、ジュードは戸惑いつつも軽く顎を引き、シートベルトのボタンに指を掛けた。

 誰もが同じく指を掛け、イメルダだけが勇ましく天井に両手をつく姿勢で立ち尽くす。

 岩棚が迫り、岸壁に張り付く『ビジター・センター』と渡り廊下で繋がる巨大倉庫の影がぐんぐん大きくなる。

 中空を睨み集中力を高める面々。

 その中で、噛み煙草を粘つかせるベイルが、先陣を切るクリスに向けて、縁起でもないことを口にした。


「嬢ちゃん、いきなり撃たれるなよ」

「撃たれるのはあんたのチ●コです」


 思わぬカウンターに呆気にとらる熟練者。

 タッチダウン――軽い衝撃に機体が揺れ、間髪置かずに勢いよくドアを開けたイメルダが「GO!」と叫んだ。


「行け、クリス!!」


 ジュードの号令より早く、クリスが小動物のごとき俊敏さで機外に躍り出る。

 続いてダリオ。

 ジュードが白雪に染められたヘリポートに飛び出すと、夜の高山らしい鋭利な寒気が頬を、首筋を切りつけてくる。

 頭上で唸るローター音。

 巻き上がる雪片に目を凝らし、片膝姿勢で素早く右方へUMP9の銃口を向けるジュード。同時に左方面をエンゲルがカバーして、人影がないことを確認する。

 先頭のクリスは?

 すでにダリオを連れ立って、半ば雪化粧に覆われた『ビジター・センター』へと駆けだしていた。それははじめから決めていた方針だ。

 すぐさまジュードもエンゲルと共に二人の後を追う。


(よし、狙撃の心配はない――)


 想定通り建物の窓すべてに防護シャッターが下りていて、迎え撃たれる不安もなく、防犯灯の明かりを頼りに四人はひた走る。

 途中、例の銃殺された遺体らしき何かを視界の隅に捉えるが、ジュードは無視して玄関口へと突っ走る。

 先行するクリス達が玄関付近に到達。

 そこで出し抜けに、玄関口が白光に照らされた。

 踏み込んでいたクリスが反射的に飛び退き、ダリオは驚きで身体を強張らせて棒立ちのまま。


「!」


 ぎょっとしたジュードが残雪を蹴散らせて急停止し、拳を突き上げ後続のチームに「止まれ」と合図した。

 ここで待ち伏せか!


「違う。あれは、自動点灯式だ」


 エンゲルが冷静に指摘するが、テロリストに気付かれていれば厄介だ。連中が警報装置代わりに使っていないとも限らない。


「どうする?」


 判断を仰ぐエンゲルに、


「決まっている」


 遮蔽物のない半端な位置を嫌い、ジュードは前へ向けてダッシュする。どのみち任務を達成するには施設に入り込む必要がある。

 ここで後退など論外だ!

 クリス達も仕掛けに気付いたか、玄関口から少し離れた壁に張り付き、足場となる位置をしっかりキープしていた。


「中を見たか?」


 合流したジュードがクリスに問う。


「一瞬だけ。中の照明は夜間モード。奥の受付まで辛うじて見通せましたが、人影はありません。おそらく、アレのせいですね」


 そう云ってクリスが指差す先に、銃撃で壊されたと思しき防犯カメラが。状況的にテロリストの仕業だろう。


「奴らにとっても“立て籠もり”は想定外だったということか」


 そうでなければ壊したりしなかろうと。


「ハッ――マヌケなテロリストで助かるぜ」


 ダリオが緊張をまぎらせるように軽口を叩く。

 視界の隅では、前進をはじめたチームAがこちらに近づいてくるが、これなら相談するまでもない。


「少し驚かされたが、何も問題はない。ブービー・トラップにだけ気をつけて、作戦通りに進めるぞ」


 ジュードが力強く宣言すると、当然だと全員が力強く頷く。


「この先は、『防風室』、『検閲室』、『通路』が縦に繋がるストレート構造だ。まともな遮蔽物がないのが厄介だが、対処法を悩まなくて済むメリットがある」

「つまり“力押し”するしかない」


 無感情に告げるエンゲルに「そうだ」とジュードは頷き視線をダリオに向けた。


「だから、今度はおまえが先頭だ」

「ああ、任せておけ」


 自信たっぷりなダリオにクリスのジト目が向けられる。


「結局持ってきたんですか」

「さっきは取引・・が成立しなかったからな」


 ダリオは恥ずかしげも無く拝借してきた防弾盾を掲げてみせる。


「だから、使えるモンは遠慮無く使うだけよ」

「云っておきますが、カッコ悪いです」


 こちらも遠慮のない娘に「いいんだよ」とダリオはめげもしない。


「格好付ける相手がいない時は、な」


 軽口をたたき合いながら、ダリオの後ろにクリスがつき、続いてジュード、エンゲルとフォーメイションを縦列に組み替える。

 そこへチームAが合流し、承知しているとばかりにBの突入支援のため、二人一組になって玄関脇に位置取った。クォンはさらに離れた壁際へ。


 よし、行け――イメルダの合図。


 ダリオを先頭にチームBが玄関から突入する。

 まさにこの瞬間――極度の緊迫感に肌をひりつかせながら、各人が己が担当する射角に全神経を研ぎ澄ます。



 ――――こないっ(・・・・)



 敵の一斉射どころか一発の弾丸さえも。

 幸運なことに、空気を焼き焦がす弾幕の手荒い歓迎を受けることもなく。

 すんなり玄関ドアをくぐりぬけ、防風室に入るなり寒気による肌刺す感覚がぴたりと収まった。

 続けて無人の検閲室で検査ゲートを迂回して、さらに奥の受付へ。


 やはり敵の動きはない。


 ジュードなら、カウンター席に戦力を集中させて玄関からの侵入者を一斉射撃で掃討する。だがテロリストには、もっと効果的な別の手があるらしい。

 実際、常夜灯で浮かび上がる受付からは、人気は感じられず、感覚の鋭いクリスの背にも、何かを察知したような緊張感はなさそうだ。


 ただし、どこからか聞こえる細き風鳴りが。


 前をゆく、クリスの髪から覗くリスを思わす小さな耳が、ぴくりと動くのをジュードは見逃さない。

 だが今はこのままだ。

 通路は受付で左右に分かれ、その直前でチームは一度足を止めた。

 合図でダリオが左、クリスは右をカバー。ジュードはカウンターから現れるかもしれない敵を想定して、前に向けた銃口を不動にする。


 ――誰もいない。


 カウンター裏にも。

 奴らは何をやっている?

 不用心すぎるテロリストの行動に、誰もが疑念を抱いたであろう中、そこでクリスの細腕が上がり、ジュードは視線を投げた。

 右は確か、訪問客用の広い休憩室兼展望室だったはず。実際、わずか三メートル先のレストルームが今いる位置から望め、吹き抜けらしい上階まで延びるガラス張りの窓が、数枚割られてイスや小テーブルをひどく凍えさせていた。

 それが風切り音の正体か。

 ダリオに監視を任せて三人で近づく。

 広いホールに動く影はない。ただし――


「警備員。こっちは研究員ってとこですか」

「外に何体あった?」


 ジュードの問いにクリスは首を振る。

 待ち伏せが危惧される緊張感の中で駆け抜けたのだ。危害のない死体なんかを、いちいち気に懸けるはずもない。

 ジュードはあらためて足下に目を移す。

 割れた展望ガラスから吹き付けたのだろう。白雪でコーティングされた屍体は各二体づつ。


「警備員だけなら、屋外と合わせて三、四体……てところか」

社長ボス?」


 怪訝そうなクリスに、「イメルダが云っていたろう」とジュードが機内の話しを思い出させる。


「センター内の警備員は、いても四名程度だと」

「じゃあ、ここはもう……」


 占拠されたのか。

 察したクリスが、あらためて周囲の物陰に鋭い視線を飛ばして警戒感を募らせる。呼応したようにエンゲルの構える銃口が、小刻みに角度を変えて不穏な影を捜し求める。

 だが腕時計に視線を落とすジュードが気にしたのは、時刻の方だ。


「午後10時56分――もう2時間か」


 入念に準備したであろうテロリストが、二時間あればどこまで計画を進められるか。そう考えれば、この場にいつまでも留まっているべきではない。

 争いの舞台は“次のステージ”に移っていると考えるのが妥当だ。


「これだけの大きさだ。向こうさんも(・・・・・・)、貴重な人的リソースを割り振るなら、警備員エリアの護りを堅めて、あとはデータの奪取に注ぎ込む――そう思わないか?」


 ホールにあるエレベーターを気にしているエンゲルにジュードは声を掛ける。センター上階の索敵は無意味だと。


「電撃作戦ならそうだ。ただ――」

「ただ?」


 いや、とエンゲルは言い直す。


「事件発生から2時間。手遅れでないといいが」


 足早に戻るエンゲルにジュードも厭な予感を抱きながら、先を急ぐのだった。




********* 業務メモ ********




●確定事項

 ・センター屋外に警備員の遺体 2名

 ・センター屋内に警備員の遺体 2名

         研究員の遺体 2名

●状況推察

 所員や警備員、テロリストも『研究所』へ?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ