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(3)鉄仮面の兵士



11月18日

コロラド州 デンバー


             ――オブライエン牧場



【21:59現在】



 愛車のトランザムを猛牛のごとく暴れさせ、USハイウェイの86号上を吹っ飛ばしてきたジュードは、定刻間際に集合地点へ文字通り滑り込んだ。

 排気量7リットルをフル発揮させたスピードに、愛車は横滑りしたままアスファルトをこすりあげ、雑地に突入!

 土砂を吹き飛ばしながら牧柵手前で急停車する。



「オホッ、ケホッ、ンン……」



 もうもうと立ち上がる砂塵を手でふり払い、軽くむせながら車外に降り立つジュード。その痩身が、前方から差し込まれる三つのヘッドライトに容赦なく照らし出される。

 続けざまに放たれる文句の銃弾を浴びずとも、ジュードには誰の仕業かは明らかであった。


「手ぶらで来いとは、どういう了見だ社長ボス?」

社長ボス。あんな説明で納得できるほど、自分の命は安くありません」


 詰問調の声ふたつに、「ああ、まったくだ」とやけに実感を込める三つ目の声。


「せめて夜更けの呼び出しはナシにしよーぜ、ジュード。せっかくの特別な夜が(・・・・・)キャンセルだ」


 最後に近寄ってきたボーズ頭が、笑みを浮かべたまま、力強く肩を叩いてくる。

 視界が揺れるほどの強さ。

 肩に食い込む指。

 それをジュードは厳めしい顔つきで人差し指を立てて迎え撃つ。


「一人百ドルアップ」


 報酬の上乗せを口にした途端、肩に置かれた不躾な手が、気色が悪いほど優しい手つきに変わって筋肉を揉みほぐしはじめる。

 別に現金なヤツと思わない。

 これまでの最高額が日給二百ドルであったと考えれば、遠慮を知らぬ社員の身にも、寛容の神くらい降りてこよう。


「ま、俺とお前の仲だしな」


 今度こそ、偽りなく親しみを込めた眼差しでボーズ頭が大きく頷く。


「それに経営者の辛さは俺にも分かる。よっぽどの事情があるってな――そういうこったろ?」

「さすがマブダチだ。理解が早くて助かる」


 年上の“親友”に冷めた言葉を掛けながら、ジュードは他二人の反応を窺う。まずは、十代の名残を留める童顔の娘へ。


「クリス?」

「やらないとは云ってません。プロとして、詳しい状況の説明を求めているだけです」


 愛らしい顔立ちを拗ねた目顔で台無しにする彼女は、やけに事務的な口調で答える。


「悪いがもう少し待ってくれ。YDSから作戦概説ブリーフィングがあるはずだ。――それで、エンゲルは?」

「俺も仕事を断るつもりはない」


 長身のドイツ系イギリス人も生真面目に懸念を示すだけだ。


「ただ、作戦を練る時間もなく、装備も人任せにするのはプロの仕事じゃない」

「まったくだ」


 心の底から同意して、ジュードは「だから」と近寄りエンゲルの分厚い胸板を叩く。


「ヤバいときは――また(・・)頼む(・・)


 社内で唯一、元SAS――世界屈指の英軍特殊部隊所属という“輝かしい経歴”を持つ男へ気軽な口調で言い残し、ジュードは正面奥の暗がりに佇む人影へと足を向けた。

 これで話しは済みだと。

 背後でマブダチがメンバーをなだめていることも織り込み済みで、ジュードの意識は、四人一組とひとりのはぐれ者が織りなす群影に集中する。

 先手を取るのは相手の鋭い一声。


「ギリギリだな」

「だが遅れたわけじゃない」


 悪びれもしないジュードの切り返しに、相手の機嫌が損なわれた様子はない。


「聞いたとおりの男だなジュード・マクラクラン。――ただ髭は剃った方がいい」

「そうかい」


 またか、と不機嫌な声でジュードが応じると、四人一組の中からひとりが進み出る。

 力強い足取りに自信のほどが窺え、身長は百七十あるジュードを少し上回るくらい。そして口調の粗雑さは男だが、艶のある声は女のそれ。

 だがジュードがわずかに目を剥いたのは、別の理由によるものだ。



 顔面をすっぽりと鎧う、弾痕や刃物傷も生々しい無骨な鉄面貌フェイス・シールド



 やや逆光気味な車のライトが面貌の陰影を濃厚にし、詳細な判別をつきにくくするが、見間違いではない。

 ナイフを収め、弾倉を詰め込んだミリタリー・ベストを着込み、肩からSMG(サブマシンガン)を吊った完全武装の鉄仮面姿は、有名なスプラッター映画の殺人鬼を彷彿とさせ、異様な威圧感を辺りにまき散らす。

 いきなり子供が対面していたら、引きつけを起こすであろう迫力だ。


「どうした?」

「……いや。パーティの準備(・・・・・・・)をしてこなくてな」


 冷やかしたつもりはない。

 ただ戸惑いを浮かべるジュードの様子に気付いた鉄仮面が、「ああ、悪いな」と仮面を外し、やけにあっさり素顔をさらす。

 だが今度もまた、別の驚きが。



「Oh……」



 背後で驚嘆の吐息を漏らすのは、“親友”のダリオだ。ヤツが興奮するのも無理がないほど、ラテン系の美貌は目を惹いた。

 強靱な意志宿る碧眼にさえ、“野性の美”を感じるほどに。


「YDSのイメルダだ。お前達の“力”は知らないが、“太尉キャプテン”の推薦だ。それなりの働きを期待している」

「……ジュードだ。あいつが何を云ったか知らないが、報酬分は期待してくれていい」


 はじめこそ戸惑ったが、仮面や美貌に気圧されることもなく、営業スマイルで名乗り返すジュード。


「だといいが……」


 イメルダは握手も求めずに、誰とも群れずに一人浮いていた人物を背後の暗がりから呼び寄せる。


「人員に変更がある。こちらが急遽、帯同することになったセオドラの社員だ」

「危機管理部の上級職員――クォン・カウです」


 頬のこけた痩せ顔に丸眼鏡。

 一人だけパニック映画よろしく防疫服に身を包む東南アジア系の男が、緊張気味に挨拶をしてくる。


「ある程度、施設を識る者が必要ということで私が選ばれました。ただし、予備知識はあっても施設を訪れるのははじめてですが」

「何だって……?」


 思わず聞き返すジュードにクォンも困り顔で答える。


「そもそも機密性の高い施設だから、施設外にいる者に詳しい内容は伏せられているわけで。もちろん私より詳しい者はいるけれど、出張で不在であったり、体力面でも不安があるとかで……」


 要するに、ビビっていると。

 テロリストとの交戦も想定されるところへ誰だって乗り込むことを望みはしまい。

 下っ端以上、役付未満――おそらく丁度いい立場のクォンは会社の人身御供にされたというわけだ。


「それと、戦闘行為はからきし(・・・・)なので、“護衛も任務のうち”と承知置き下さい」


 人員追加だけでなく?

 思わぬ話しにジュードが女兵士へジト目を向ければ、


「そういうことだ」


 当然のように言い渡された。

 突然の追加任務――だが現役時代にはよくあったことでもある。それに、


「準備時間もない以上、直接現地に(・・・・・)情報を持ち込む(・・・・・・・)しかない(・・・・)、か」


 精々、“貴重な情報源”を大切にせねばなるまいとジュードはクォンに苦い笑みを返す。


「……現場での指示を聞いてくれると助かる」

「もちろん。頼りにしているよ」


 大元の依頼人と揉めるのも面倒だ。

 ジュードは素早く損得計算し、喉元まで迫り上がっていた苦情をきっちり呑み込んだ。


「では装備を渡す。ついてこい」


 顔合わせの時間さえ惜しむように、イメルダが短くも味気ない挨拶で終わらせ、さっさと踵を返す。

 慌てて追いかけるクォン。

 ジュードはと云えば。


「事案発生から一時間強――急がなきゃならんのは確かだな」


 頑丈がウリの腕時計に目を落とし、ジュードなりに納得する。納得したなら即行動。

 

「行くぞ、エンジンを切って集合だ」


 すぐにメンバーへ声を掛けて、急ぎイメルダの後を追った。




 ◇◇◇




 YDSの手配にぬかりなく、ジュード達に支給される装備が、すでに古びたトラックの荷台上で待ち侘びていた。

 目に付くのは、中古の短機関銃サブ・マシンガン副武器サイドアーム拳銃ハンドガンと各弾薬を収めた弾倉の束。

 それらを収納するモジュラー・ベストに、組み合わせるケブラー繊維製の防弾ベストだ。


「なんだ【UMP9】かよ。どうせなら【MP5】にしてほしかったな」


 ダリオが不満げにドイツ製名器の廉価版と目される短機関銃を手にとれば、「だがST弾(シルバー・チップ)の選択は悪くない」とエンゲルも予備の弾薬箱から使用弾丸の特徴を読み取る。


「屋内戦も視野に入れた、威力と跳弾防止を両立させる賢い選択だ」

「別に当てるべきところに当てればいいだけでは」


 そう云って、戦闘のプロフェッショナルに眉をひそめさせるのは、相変わらず拗ねた目付きで、拳銃の引き金具合を気にするクリスだ。


「問題はむしろ、試し撃ちで“射撃勘”を調整できないことです。――ダメですよね?」


 監督官よろしくそばで仁王立ちする女兵士に流し目を向ければ、「そんな時間はない」と冷厳なる声音で却下される。


「すでに様子見でヘリを1機飛ばしているが、テロリストを相手にできる戦力はない。つまり一刻も早く、我々が乗り込む必要がある」

「ではせめて10発、いえ5発でも」

「オレが駆け引きしているように見えるのか?」


 なぜか美女の鋭い声というものは、背筋をぞくりとさせるものがある。

 ダリオとエンゲルは無言で視線を交わし合い、ぴたりと動きを止めたクリスは表情を動かさなかったが、無駄な問答であると察したらしい。


「――すみません」

「あらら」


 珍しいものを見たとダリオが声を上げ、エンゲルが「慣れない武器を使うんだ」と擁護を試みる。


「それぞれが最低限納得できるレベルで、兵装をチェックさせるのは必須だろう」

「弾を使いきって敵の武器を使う時も、同じことを相手にぬかす(・・・)つもりか?」


 イメルダの冷え切った声。

 エンゲルの正論に正論で突き返す。


「それは緊急時――」

今も(・・)緊急時だ」

 

 反論しようとするエンゲルの言葉にジュードが被せて放つ。

 ドイツの血が濃い顔立ちへ「抑えろ」と目顔で強く訴え、ジュードは多少の方便も交えて説得にあたる。


「それに契約上・・・、極力スピード優先で行動することが求められている。これも報酬に入っていると認識してくれ」

「そんなこと、初めて聞きましたが?」


 すかさずクリスが疑いの目を向けてくれば、ジュードは「悪かった」とストレートに謝る。勘のいい彼女には、下手な嘘よりも素直になるのが一番だ。

 事実、じっと見つめる拗ねた目が、ほんの数秒後には反らされた。


「そうですか」


 そんな素っ気ない反応を残して。

 ジュードにも何をどう納得したのか分からなかったが、クリスが退き下がることで、とりあえず場が収まる。

 それでもわずかな気まずい空気を嫌ったのか、イメルダが妥協案を提示してくる。


「あと五分だけ時間をやる」


 驚くジュード達に「試射はナシだ」と念を押すのを忘れない。静寂な夜に発砲音はよく響き、どこで誰が耳にして通報されるか分からないからだ。当局に嗅ぎつけられる真似は避けなければならない。


「あそこに点滅灯が見えるな? ヘリを待たせてあるから先にゆく。作戦概説ブリーフィングは目的地に行く途上で行うことにする」


 手短に告げるとイメルダは背を向けた。

 足早に去る女兵士を横目にジュードが嘆息する。


「口は災いの元だ」

「そうみたいだな」


 苦笑を浮かべるダリオ。


「エンゲルもだ」

「俺は間違っていない」


 捜査方針で上司と対立する熱血刑事のようなイギリス人に、ジュードは毅然と言い渡す。


「それでも気遣ってくれ。この仕事を“受ける”と決めたならな」


 情報も装備も万全からはほど遠い。

 なのに、味方同士で軋轢を生んでいては、任務の達成難度が跳ね上がる。


「状況が悪い時ほど、頼れるのはチームワーク――そういうこったろ?」

「さすが“マブダチ”」


 エンゲルも分かっているはずだが、あえて声に出してくれる陽気なイタリア系に、ジュードはさらりと口にした言葉以上の感謝を込める。

 それから5分も経たずに支度を整え、私物はすべて用意された袋にひとまとめにした。もちろん、スマホも没収だ。


「準備はいいな?」


 ジュードの確認にメンバーが無言で頷き、離れた位置で低いローター音を響かせるヘリの元へ歩き出した。


 時刻は午後10時9分。


 事件発生から一時間も経てば、テロリスト共の目的が達成されていてもおかしくはない。

 こちらとしては、無口な(・・・)施設警備員が、今もなお激しく抵抗していると信じたいところだ。だから応答もする余裕がないのだと。


 風を切るローター音が急激に高まる。


 ジュード達9人の実行部隊を乗せたユーロコプター【EC145】は、星空煌めく夜空へと飛び立っていった――。 

 


********* 業務メモ ********



●支給装備リスト

【主装備】H&K社製の短機関銃【UMP9】

      ※9ミリ口径の30発弾倉。

【副装備】H&K社製の拳銃短機関銃【USP】

      ※9ミリ口径の15発弾倉。

【弾薬等】主副装備の弾倉を各3本所持

     閃光手榴弾フラッシュ・バンを2セット。

【付帯品】個人用携帯無線機とフラッシュ・ライト

     ※ジュードとイメルダが簡易医療具ファースト・エイドを保持

【防弾着】ケブラー繊維製のクラス2仕様

     ※耐防刃・耐拳銃弾

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