ヒッヒッヒーロー大決戦
深夜のテンション!
「パパ! 道がふさがってる! 車で通れないよ!」
小学5年生になる息子の誠一郎が土砂に塞がれた道路を見て声を上げた。後部座席では妻の和子が「おや、まあ」と一応のリアクションを取っている。
昨晩、急に降った豪雨で緩んだのだろう。この辺りは太陽光発電が盛んだ。結構な規模で山が開発されているからその影響に違いない。
「……参ったな」
息子の夏休みに合わせた長期休暇。選びに選んだ温泉宿で3泊──妻とは6発──した帰り道にこんなことになるなんて。
「ねえ、どうなっちゃうの? お家に帰れないの!?」
助手席で焦る息子の様子にほっこりする。随分と大きくなった気がしていたが、まだまだ子供なのだ。
「セイちゃん、大丈夫よ。日本には沢山のヒーローがいるもの。すぐに助けに来てくれるわ」
世界ヒーロー協会が認定する人間を超越した存在、ヒーロー。人口10万人当たりのヒーロー数で日本は世界一を誇る。
考察好きの学者は天災の多さとヒーローを望む国民性が世界一のヒーローを生む土壌だともっともらしく語るが、本当のことは分からない。
なんにせよ、日本にはヒーローが数多くいる。奴等は天災や事件、事故を嗅ぎつけてやって来──。
ォォォオオオオオオォォォォ!!
マジか。この状況、このタイミングでこいつが来るのか……。地の底から聞こえてくるような雄叫び。自称、大地の神に愛されしヒーロー、タイタン鈴木がいつも通りの腰蓑姿で地中から現れた。
「土砂崩れでぇぇー善良なる民間人が立ち往生しているぅぅ!」
いや、まぁそうなんだが。お前が来たところで事態は悪化するだけだと何故わからん?
「このおぉぉータイタン鈴木がぁぁー大地の力で土砂崩れを押し流してくれよぅぅ!」
駄目だ。二次災害確定です。巻き込まれないうちに避難せねば。車を動かそうとバックミラーを見ると──。
「待て待て待てまてええぇぇイイイイイ!!」
砂埃の中に四つん這いの男。そして、この甲高い声。やばいアイツだ。自称、踏み台の神に愛されしヒーロー、ステップ成山だ。
「この、私を踏み台にして土砂崩れを越えるがイイ!!」
危うく車で轢きそうになった。轢かれて喜ぶヒーローの姿を息子に見せるわけにはいかない。咄嗟のハンドル捌きでかろうじて躱す。
砂埃が収まると、タイタン鈴木とステップ成山が対峙していた。腰蓑と四つん這い。地獄絵だ。
「このおぉぉー民間人を助けるのはぁぁータイタン鈴木だぁぁ!」
「ふざけるのはやめえイイイイイ! このピンチを救うのはステップ成山!」
2人して直ちに消えてくれるのが1番なのだが……。このままでは今日中に家に辿り着けそうにない。どうする? もういっそ──。
「フハハハハッ! 三下ども、控えよ! このファントム練馬がお前達の望む幻覚をみせてやろう!!」
いつの間にか中空に姿を現したのはファントム練馬。しかし、違う。お前じゃない。幻覚を見せてどうする? 普通にパワー系のヒーローが来れば簡単に解決する案件なんだよ! どうしてこうも曲者ヒーローばかりが集まってくるんだ! 俺が望むのはお前達がいない現実だ!!
「大地の神の怒りが今ぁぁぁーお前達の存在すらも揺るがすうううう!!」
推定震度6強。局地的に引き起こされた地震が更に山の斜面を崩した。樹木の混ざった土砂が流れ落ち、誠一郎が悲鳴を上げ、和子が楽しそうに笑う。やっと揺れがおさまりフロントガラスの先を見ると、ステップ成山がひっくり返っていた。
「フハハハハッ! 酷い有様ではないか!! お前達にお前達が望む世界を見せてやろう!!」
ファントム練馬から紫色の霧が広がった。俺には効果がないが、耐性の低い者には幻が見えている筈だ。
助手席を見ると誠一郎がハイライトの消えた瞳をしている。完全にファントムの術中だ。しばらくは自分の望んだ世界しか視界には映らない。
「和子、ちょっと仕事をしてくる。約束を破ってごめんな」
「仕方がありませんねぇ。後でしっかり取り立てますからね」
バッグの中から仕事用の覆面を取り出してかぶり、車外に出る。
「「「!!!!」」」
3人のヒーローの視線が集まった。俺の怒りが伝わったなら幸いだ。
「なんであなたが!?」
「聞いてないぞ!!」
「おお、神よ」
ヒーローが神に祈ってんじゃねぇ!
「3人もいて土砂崩れ一つ片付けられないとは……」
「えっ、いや、これはタイタン鈴木が悪いんです!」
ステップ成山が立ち上がって弁解する。素に戻ってやがる。
「わ、私も、タイタン鈴木が悪いと思います!」
ファントム練馬も慌てて加勢する。
「鈴木、来い」
「……はい」
腰蓑の裾を掴みながら、タイタン鈴木は一歩前に出た。
「ヒーローが被害を拡大させてどうする」
「す、すいませんでした!」
「歯を食いしばれ」
ドンッ! と音が鳴った後、タイタン鈴木が土砂に埋まる。少しやり過ぎたか。
「お前等、鈴木を退かせろ」
「「はっ、はい!!」」
四つん這いになった成山の上に鈴木が乗せられ運ばれている。普通に肩を貸せばいいだろうに……。
「よし。お前達、真のヒーローの仕事を見ておけ」
「「はい!!」」
目に力を入れて範囲を指定し、一気に──。
「戻れ!!」
土砂崩れが逆再生され、はげていた山の斜面が綺麗に戻る。その間、わずか5秒。
「すっ、凄い」
「これが時の神に愛されしヒーローの力……」
「俺はプライベートに戻る。またいつ土砂崩れが起こるか分からん。後のことは任したぞ」
「「了解です! お疲れ様でした!」」
覆面を脱いで車に戻ると、まだ誠一郎はぼんやりとした顔をしていた。無駄に強力な幻術だ。
「おい、誠一郎!」
「……えっ、あっ、パパ」
「ヒーロー達が土砂崩れを片付けてくれたぞ」
「わっ、本当だ! 凄い!」
綺麗に元通りになった道路を見て、感激している。
「僕、お礼を言ってくるね!」
慌てて車の外に出た誠一郎は三馬鹿にぺこぺこと頭を下げ、三馬鹿はこちらをチラチラ気にしている。
「あなた、良いの?」
「いいんだよ。真のヒーローってのはこーいうもんだ」
「ふふふ。でも約束を破ったことは忘れてないですからね」
お、おう。今夜の取り立ては激しくなりそうだ。英雄色を好むなんてのは古い話です。
「パパ! ヒーローって凄いね!」
車に戻った誠一郎の声は弾んでいる。やはりまだまだ子供だ。
「そうだな。誠一郎もヒーローになりたいか?」
フロントガラスの向こうでは三馬鹿が引き攣った笑顔で手を振っている。
「うーん、ヒーローもいいね! でも……」
「でも?」
「ちょっと大変かも! 僕はパパみたいになりたいかなぁー。それで綺麗な人と結婚する!」
「そうか」
バックミラーに映る和子は優しく微笑んでいた。