私の中で争わないで~未来の私と前世の私の意見が合わないようです~
可愛い? 女の子の短編です。
よろしくお願いいたします。
『だから~ここは聖女と友達になるって言う一択なんだって!』
『何を生温い事を言っていますの? 聖女に覚醒する前に抹殺ですわ!』
『そう言う事ばかりしてきたから処刑されそうになったんでしょう?』
『馬鹿にされて黙っているなんて公爵令嬢としての名が廃ります!』
『処刑されない人生を歩む為に戻って来たんじゃないの?』
『あの女が居なければ処刑される事は無いわ!』
「はあぁ……【私さま方】がうるさくて眠れないのですけど」
『『あなたの未来の事を心配しているんでしょうが!』』
私さま方の声が頭の中でぐわんぐわんと響いています。頭の中で響くので耳を押さえても防げません。もう直ぐ夜の十時になろうとしているのに二人の言い争う声で眠れないのです。十歳の私には苦行です。
そもそも、なにゆえこうなったのか?
私の名前はエルリナ。ホードン公爵家の末娘です。お父さま、お母さま、お兄さま、お姉さまに可愛がられ何不自由なく暮らしています。
いいえ、暮らしていました……数時間前までは。
数時間前、私はお母さまと庭に出てお茶をしていました。我が家は公爵家、それはそれは大きな四阿があります。ズラリとメイドが並び階段下には護衛の騎士が東西南北に待機しています。
お母さまは優雅に紅茶の香りを楽しみ、私は一口大の可愛いお菓子を眺めながら紅茶が冷めるのを待っていました。
ふと、ただならぬ気配を感じ私は空を見上げました。
何て事でしょう。雲の切れ間からキラリと光る何かが私に向かって飛んできたのです。私は魔力の保有量が多いので、そう言った気配に敏感です。誰かが魔法を使って可愛い私を攻撃しようとしている!? しかし、そうと気付いてもなすすべがありませんでした。
その光は私にぶつかり弾け飛び、私は衝撃で椅子ごと後ろに吹き飛ばされ四阿の階段を転げ落ちてしまいました。
『大成功! 過去のわたくしの中に戻れましたわ!』
私の頭の中で誰かの声がしました。これは魔力で意識を乗っ取り、意のままに操ると言う乗っ取り魔法なのでしょうか? 乗っ取られないよう意識を強く保たねばなりません。
ゴンッ!!
運の悪い事に転げ落ちた先の石畳で頭を打ってしまいました。もうろうとする意識の中でどういうわけか既視感を感じます。すると突然頭の中に何かがあふれ出す感覚がしたのです。
『あれ? アタシ酔っぱらって階段から落ちて頭を打って……それからどうなったっけ?』
さっきと違う声が頭の中で呟きました。私の中でいったい何が起きているのでしょう? 頭痛で何も考えられませんでした。
「きゃあああ!!! エルリナ!!!」
「お嬢様――!!!」
お母さまとメイドの悲鳴が聞こえてきました。護衛の騎士が駆け寄り抱き上げてくれたのを最後に私の意識は闇へと落ちて行ったのです。
『何て事なの! あなたの所為で過去のわたくしの意識を取り込めなくなったじゃない!』
『それはこっちの台詞! この現象は前世のアタシと現世のアタシが融合するって決まりがあるのに!』
『何を訳の分からない事を! 余所者はとっとと出てお行き!』
『ガッツリ当事者よ! この子はアタシの生まれ変わりなんだから』
ああ、うるさい! 私の安眠を邪魔するのは誰!?
パチリと目を開けると心配そうな顔をした家族四人が私を見下ろしていました。皆、目が血走っていて真っ赤です。
怖いのですけど!
「エルリナ! 気が付いたのだね!?」
「エルリナ! 気分はどう? どこも痛くない?」
『あっ、気が付いたみたいね』
「エル~! 階段から転げ落ちたって聞いて兄さんの心臓は止まりそうになったよ」
「エルちゃん! もうお外に出ちゃ駄目よ!」
『うわ~過保護な家族~』
家族の声の間に余計な声が聞こえているのだけれど? 私の意識がちゃんと保てていると言う事は乗っ取り魔法が失敗したのでしょうか?
「何か欲しい物はないかい?」
『ドレスと宝石と奴隷が欲しいわね』
『典型的な悪役令嬢だわ~』
頭に響く声と頭を打ち付けた所為で頭痛が酷いです。もう少し眠らせてほしいと思いました。
「このまま朝まで眠りたいので何もいりません」
「そうかい? じゃあ、ここでエルリナを見守っておくから安心して眠りなさい」
『ちょっと、お父様たちが居たら話が出来ないじゃない! エルリナ、皆を追い出して』
高圧的な声が私に命令してきました。不本意ですが私も頭の中の声と話がしたいので従いました。
「ひとりで大丈夫です」
「駄目だよ! 体調が急変でもしたらどうするのだい?」
「それでしたらアランとケイトを待機させておいてください」
アランは護衛の騎士でケイトは私付きの侍女です。可愛い私のお願いが聞き届けられなかったことは今まで一度も無いので直ぐに出て行ってくれるでしょう。
性急にこの声の人物たちの話を訊いて眠りたい。
「分かった。ゆっくりお休み」
渋々と言った感じで出て行く家族を見送り、ベッドの周りに遮音魔法を展開し上掛けで口元を隠しました。
「それで……あなた方はどこのどなたですか?」
『聞いて驚きなさい、わたくしは八年後の未来から来たあなたよ』
『信じられないかもしれないけど、アタシはアンタの前世だった者よ』
同時に意味不明な事をおっしゃいました。子供だと思って馬鹿にしているのでしょうか?
「未来の私と前世の私ですか……フフフ。それを信じろと?」
『まあ! 生意気な小娘ね? わたくしを誰だと思っているの? 公爵令嬢エルリナ・ボードンですわよ!』
「未来の私と豪語するのですからそうなりますね」
『小さいエルリナ冷静沈着』
『だったら、あなたの人に言えない隠し事を言い当ててみせましょうか?』
「私に人に言えないような隠し事などございません」
私は多少我儘な所はありますが後ろめたい事などひとつもありません。公爵令嬢として清く正しく美しく生きているのですから!
『リーリアお姉様のビスクドールの腕、もいだのはあなたでしょう?』
「なっ! なにゆえそれを……!?」
数か月前、リーリアお姉さまが大事にしていたビスクドールの腕を誤ってもいでしまったのは紛れもなく私です。お姉さまの留守を良い事に、お昼寝をしていると見せかけて隠し通路からお姉さまの部屋に入り人形遊びをしたのです。お姫様と騎士ごっこ楽しかったです。
『そしてバレるのを恐れたあなたは、あろうことかジェラルお兄様に罪を擦り付けたのよ、ね?』
「うっ……!」
その通りです。お姉さまの部屋にお兄さまを誘い出し、つまずいた風を装いビスクドール目掛けてお兄さまを突き飛ばしました。その後、大破した人形を見たお姉さまは怒り狂い、お兄さまが泣くまでもげた人形の腕で体中を叩いていました。怖かったです。
『信じてくれた?』
「はい、未来の私さま」
『呼び方!』
私しか知り得ない事を知っていると言う事は未来から来た私で間違い無いのでしょう。
「それで、何をしに過去の私の中に飛んで来たのでしょうか?」
『勿論、処刑される未来を回避する為よ』
「処刑……?」
私は再び目の前が真っ暗になりました。こんな良い子の筆頭みたいな私が処刑? 悪事のあの字も知らない無垢な私が、未来で処刑されるほどの罪を犯すと言うのでしょうか!? ありえません!!
「そんな……私、悪い事なんて一度もした事が無いのに」
『えっ? さっきのビスクドールのくだりは空耳?』
『そうよ! わたくしだって直接手を下した訳じゃ無いのに!』
『間接的に手を下したって言ってるけど?』
『当然の報いですわ! わたくしの婚約者に色目を使う泥棒猫は階段から転げ落ちようが、破落戸に襲われようが、毒を盛られようが文句は言えない筈よ!』
『えええ~それ全部やったの?』
『まさか! ほんの一部よ』
『尚悪い!』
未来の私さまの、未来で犯す悪行をきいてショックを隠せませんでした。
「何があったらこんなに良い子の私が……未来の私さまみたいに極悪非道……いえ、傲慢……いえ、度を越した我儘な令嬢になるのでしょうか?」
『言い換えた意味ある?』
「私、処刑されたくありません!」
『心配しなくても今度は証拠を残さないようにしますわ』
『そう言う事じゃ無いから!』
「いっそのこと、お兄さまに罪を擦り付けて…」
『大丈夫! このアタシが小さいエルリナの破滅フラグ、へし折ってあげる!』
「破滅フラグ?」
『なんですの、それ?』
自称前世の私さまが意味不明な言語をおはきになりました。破滅フラグをへし折る……大丈夫な要素が見当たりません。
『そもそもこの世界はアタシが前世で読んでいたロマンス小説の世界なの!』
ロマンス小説の中に転生したのか……。
はっ! おかしいです! どう言うわけか納得している私が居ました。目が覚める前に聞こえた融合と言う言葉が頭を過ぎります。意識を強く持って阻止しなければ!
『ここは間違いなく【虐げられた聖女の逆転劇~王子の溺愛が止まらない~】の世界よ!』
『虫唾が走る題名ですわ』
私も未来の私さまと同じ意見です。
『エルリナはその物語に登場する悪役令嬢なのよ。未来から来たエルリナはシナリオ通りに行動して処刑されたのね』
あああ!良い子の私がシナリオ通りに行動せざるを得ない状態になるって事ですね!?
『処刑されていませんわ! 禁忌の魔法を使って過去に戻って来たのですから!』
『禁忌の魔法……ブレない奴。でも、そこは小説の内容と違うわね』
小説の内容と違う?
「では、未来は変えられると言う事でしょうか?」
『当然よ! 邪魔者を消せば済む話ですわ』
『勿論よ! 邪魔さえしなければ良いの』
正反対の事を言っているようですが? 不安しかありません。
その後、話は来月開催される王家主催のガーデンパーティーの話になりました。そのガーデンパーティーは今年十二歳になる第一王子の側近候補と婚約者候補を決めると言う裏の事情があるパーティーなのだとか。その為に同じ年頃の貴族の子息子女が招待されるらしいです。
『このパーティーでヒロインの聖女とヒーローの第一王子が出会うのよ』
『忌々しい聖女! その出会いぶち壊してあげますわ!』
『そう言えば、この時エルリナは第一王子に一目惚れするのよね?』
『そうですの! 転んだわたくしを優しく助け起こしてくれたのが第一王子殿下だったのですわ。手が触れた瞬間、恋に落ちました』
えっ? 私、助け起こされただけで王子に恋をすると言うのですか? 信じられません。
『その後、ごり押しで婚約者の座を射止めたんだよね?』
『持っている権力を使って何が悪いと言うの?』
『それよ、それ! そう言う言動を改めないと駄目だって!』
『なにゆえ公爵令嬢のわたくしが言動を改める必要があるのです?』
私さま方の意見が合わないようです。段々眠くなってきました。こうして言い争いが終わらないまま冒頭へと戻るのでした。
『流石はわたくしね、誰もがひれ伏す可憐さだわ』
『うんうん。可愛いわ~!まさしく天使ね!』
今日は例のガーデンパーティーです。朝からメイドに体中を磨かれ可愛い私はより一層可愛らしくドレスアップさせられました。
『いいこと! 今日は一日中第一王子に纏わり付いて聖女に近付けないように足止めするのよ』
『だからそれじゃ駄目だって言ってるでしょう? 第一王子は奥ゆかしい健気な女の子が好みなんだから』
『それは間違った情報だわ! あの第一王子、一目で聖女に恋するのだから!』
『いやいやいや、恋が始まるのは聖女に覚醒した後の話よ?』
『わたくしが放った隠密の話では「出会ったあの日に恋に落ちた」って聖女に告白していたって言っていたわよ!』
『えっ? 隠密いるんだ…』
あの日から私の頭の中で繰り広げられる私さま方の会話、正直どうでも良いです。王子と聖女に関わらなければ処刑される事は無いと分かったのですから。
あの後直ぐに頭の中の会話を遮断する魔法を作り上げたので睡眠を邪魔される事は無くなりました。その内、私さま方を体内から出して何かに閉じ込める魔法を作り出そうと思います。
『矢張り、結婚をするなら第一王子しか居ませんわ』
『アタシ的には側近候補の侯爵家の次男推しなんだけどな』
『このわたくしと釣り合うのは王族か侯爵家以上の嫡男しか居ませんわ!』
『だったら隣国の皇太子がおすすめ!』
『嫌ですわ! いつも上から目線で偉そうにしていますもの!』
『その俺様なところが良いのよ~』
私さま方の会話を遮断している間に話が変わっていたようです。勝手に婚約者を決められそうなので、ここは声を大にして断らなければいけません。馬車の中は私ひとり、声を出しても大丈夫です。
「私は騎士と結婚します!」
『……えっ?』
『……はっ?』
「ですから王子殿下とも皇太子殿下とも、ましてや侯爵家の次男とも婚約しません!」
シンと静まり返る頭の中。カポカポと言う馬の蹄の音だけが聞こえてきます。
次の瞬間、未来の私さまの怒号が脳天に響きました。
『騎士ですってー!! 何考えていますの!? あり得ませんわ!だいたい今から王子との出会いがあるのに! 助け起こされて恋に落ちるのにぃ!』
『ちょっ、落ち着きなって』
「笑止。助け起こされたくらいで恋には落ちません」
『こっちは相変わらず冷静』
『相手は誰!?』
「護衛騎士のアランです。今日も私の護衛で付いて来ています。キャッ♡」
言葉にすると恥ずかしいのですね。頬が熱いです。
『あちゃ~完全に恋してるわ~』
『わたくしの初恋の相手は王子なのよ? 一体いつの間に…』
「ひと月前、四阿から転げ落ちた私に駆け寄り、お姫さま抱っこで運んでくれた時……恋に落ちました」
『助け起こされるより……お姫様抱っこ、ですわね?』
『華奢な細腕より……逞しい上腕二頭筋、だよね?』
どうやら私さま方は私の言葉に納得したようです。そうでしょうとも! 逞しい腕に抱きかかえられ、お姫さまのように運ばれたなら乙女は誰でも恋に落ちるでしょう!
もう直ぐ王宮に到着します。アランにエスコートされてパーティー会場まで歩いて行きましょう。
『でも待って。アランて確かケイトと恋人同士ではなかったかしら?』
「……えっ?」
『結婚式でベールガールをやった覚えがありますわ』
『ちょっ! それ言ったら駄目なヤツ!』
どうした事でしょう? さっきまでの幸せな気持ちが一気にどす黒い気持ちに塗り替えられました。
アランが私以外と結婚する? ありえません!!
「私と言う婚約者が居ながら不貞を働くなんて万死に値します!」
『えっ? 婚約してたの?』
「まだですけど」
『理不尽!』
外堀を埋め尽くして逃げられないように囲い込む予定だったのに、かくなる上はケイトを亡き者にする方法しかありませんね。
「とりあえず未来の私さま、証拠の残らない毒の入手方法教えて下さい」
『『それは止めておきなさい!』』
あら、私さま方の意見が初めて合いましたね。
『男なんて星の数ほど居るんだから早まっちゃ駄目よ』
『そうですわよ? 何と言ってもまだ十歳なのだから』
『小さいエルリナだったら男なんてより取り見取りだよ』
『大きくなってもより取り見取りですわ!』
「私は一途な美少女なのです!」
『『取り付く島もない』』
コンコン。
私さま方の意見が合った所で馬車をノックする音が聞こえました。
「エルニナお嬢様。王宮に到着致しました」
「扉を開けてください」
「畏まりました」
扉が開くとアランが爽やかな笑顔で手を差し伸べています。
「エルニナお嬢様。私に天使のエスコートをする幸運をお与えくださいますか?」
「はい。喜んで」
「ありがとうございます!」
キラキラと眩しい笑顔が先ほどまでのどす黒い気分を吹き飛ばしてくれました。ケイトは首を切る事で忘れる事にしましょう。無論、解雇の方ですよ?
『アラン、超イケメン!』
『無くは無いわね』
そうでしょうとも!私の騎士なのですから。
「ねえ、アラン?」
「はい。何でしょうか? エルニナお嬢様」
「これからも私のエスコートしてくれますか?」
「勿論です! 許されるかぎりは何時でも馳せ参じます」
「フフフ。言質は取りましたよ?」
「……? ……はい?」
『『アラン……逃げられないわね』』
私さま方。私とも意見が合いましたね。フフフ。
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