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紅月の剣(ルナイド)

 サルトレアとエルカナは昼食後、学園の図書館にやって来ていた。

 図書室は校舎の一回部分にある職員室及び学園長室と放送室の間に挟まれた大きな場所で、正直『室』ではなく『館』と呼ぶべき場所であった。ちなみに、この図書室に入るにはパスが必要なため一般人は利用出来ない。

 また、ここには一般の図書館には一冊も置いていない魔術に関する書物が多数並んでいた。つまり、一般人は魔導学園に入学しない限り魔術について学ぶことは出来ないということを示す象徴であった。

 しかし、図書室にはカウンターに立つ人がおらず、図書室より持ち出す場合はパスを使って貸し出しを記録し、一週間以内に返すという仕組みだった。そのため、生徒や教授以外で図書室に入るのは最終下校時間の七時以降に来る専門の清掃員のみであった。当然、清掃員は全員魔術士であった。


「……それで、お嬢様は一体何を必死に探しているのですか?」


 エルカナが視線を送る先には自分たち以外誰もいない図書室で大量の本を机の上に並べ、一通り目を通しては何かメモを取り、次の本に移るということをし続けていたサルトレアの姿があった。エルカナは初等魔術の復習及び中等魔術の予習をしていたが、彼女が休憩に入ってもまだ続けていたため聞いていたのだった。


「探している……とは違います。千年前の魔術の原型が見受けられるモノを洗い出していたのです。中等魔術までやり終えましたが、その中で私が作った面影が見れるのは八割。やはり原型は大事にされるのですね」


 彼女の魔術(スペル)は記載されていない禁忌とされている魔術を除いては全て術式に変換された上で記されていた。彼女の魔術は火、水、風、土、雷、光、闇の七属性に加えてどれにも属さない無属性魔術の計八種類に分類されており、七属性にはそれぞれ『火炎よ(フレイム)』、『流水よ(アクア)』、『疾風よ(ウィンド)』、『大地よ(ガイア)』、『雷撃よ(ボルト)』、『閃光よ(ライト)』、『暗闇(ダーク)』という一節から始まるというルールがあった。ちなみに、無属性の場合はこれらがなく、一定の一節から始まるということはなかった。


 更に、最初の術式とは違う属性を組み込むことで多属性魔術にすることも可能であった。これには、魔力(カルム)の消費量と詠唱スピードが長くなるという欠点もあるが、その威力は格段に増すようだった。

 これに加えて、教科書や参考書に載っていない個人で作り出した改変魔術と言うモノもあった。これには先程のルールに則っていれば基本的に魔術士なら誰でも出来るが、大半は魔術を使用するための魔力の消費量が多属性魔術よりも多くなってしまったり、詠唱が遅くなるのでする者は余りいない。


「……それにしても詠唱を省略するなんて、中々やんちゃですね」


 実は、全ての魔術は術者次第では術式の省略が可能であった。

 例えば中等魔術【爆炎砲(アトミックカノン)】の術式『火炎よ・爆発よ(エクスプロード)砲撃となり(キャノン)』は、『爆炎(アトミック)・砲撃となり』で発動する事が出来る。ただし、これは術式搭載型装備の『顕現せよ(エンパティ)』があることを前提にしている上、省略による安定性の低下と魔力消費量の増加もあるため、基本的には省略しないで詠唱する事が多い。


「お嬢様だけには言われたくないと思いますよ。…………誰もいないようですから良いですが、遠い過去の話はなるべく控えてください」

「それはさておき、私は術式搭載型装備(スペルワークス)について調べます。エルカナもどうですか?」

「はい、私も私用にするなら可能な限り使いやすい物にしたいので」

「なら、決まりですね」


 二人は術式搭載型装備について調べ始めた。

 そこに書いてあったのは大まかに二つのことだった。

 一つは、術式搭載型装備の中には根源型(オリジン)なる物があること。根源型とは、文字通り術式搭載型装備の原点となっている物だ。これは元々“古代遺産(アーティファクト)”の一つに位置付けられ、それぞれに一つ、解読不能の術式が搭載されていた。

 この術式が発動する事で発動する魔術を“固有魔術(オリジンスペル)”と呼び、普通の魔術よりも強力な力を有していた。しかし、これを扱うには使用者が根源型に認められなければならず、固有魔術にはそれぞれデメリットが存在していた。そのため、大概は家宝や国宝として、封印されていた。


 二つは、術式は自分で組み換える事が可能なこと。自分が多く使用する魔術を予め記録し、それを発動するための詠唱を設定して置くことが出来る仕組みになっていた。ただし、記録できる量はやはり限られていた。基礎実式以外の総容量が十とするならば、最低でも初等魔術が一、中等魔術は三、高等魔術は五を使用する事になる。そのため、魔術士はこの術式の組み合わせを決める所から優劣が決まるようだった。


「……なるほど、術式搭載型装備は使用者次第で性質が変わる可能性の塊であるということですね」

「はい、これはかなり慎重になって決める必要がありますね」

「いや、そんなことはありませんよ。私たちのように戦闘スタイルが決まっている人にとっては、必要な術式も自然と決まって来る物です」

「……どいうことですか?」

「単純なことですよ。私たちが必要なのは…………こんな所でしょうか」


 サルトレアは新たにメモ用紙を出したと思えばサラッと複数の術式を書いて、依然首を傾げそうな彼女に渡したのだった。


「……なるほど、私たちに必要なのは剣による一撃を避けられないための速度と、一撃で倒すための威力、そして精神耐性ですか」


 そこに書かれていたのは無属性初等魔術の【身体強化(サムティックブースト)】と【精神(スピリチュアル)強化(ブースト)】、無属性中等魔術の【鋼鉄化(メタルアップ)】だった。どれも文字通りの物だが、【鋼鉄化】は身体だけではなく身の回りの物、つまりは術式搭載型装備の刃の部分も鋼鉄に変化させることが出来るため、とても便利であった。

 更に、鋼鉄には魔力をほとんど通さないので相手の魔術を切り裂くことも可能だった。


「ええ。これは元々、この学園の現生徒会長しか使えない戦闘方法ですが……」


 そう、これを最初に編み出したのはクロザフィア魔導学園現生徒会長アルトレナ=ドルダムだった。これらの術式の難点は基本的に複数の魔術を状況に応じて瞬時に変えて使用していなければならないことだった。それには並々ならぬ詠唱センスと磨きに磨かれた戦闘術が必要になっていた。そのため、この組み合わせを使う者は彼女しかいなかった。


「しかし、お嬢様ならまだしも私には……」

「なにを勘違いしておられるのですか? 彼女と全く同じことなんて出来るはずがないではありませんか」


 彼女のさも当然な返答にエルカナは少々彼女に疑問符しか出なかった。なにを仰りたいのですか? と言わんばかりに彼女を見つめた。


「私が提唱するのは【魔獣化(クリーチャイズ)】だ。安心してください、これは召還魔術にある『魔獣よ《クリーチャー》』」を【身体強化】に当てはめただけですので」


 この世界には魔界からやって来る悪魔以外に、魔獣と呼ばれる者たちがいた。魔獣はこの生活の普通の動物のように個体によって性質が異なるが、肉質が非常に硬くて身体能力はその個体の得意なことでは人間よりも遥かに上回っていた。その魔獣の肉体となることで、使用する魔術を一つに纏めたのだ。


「……その本位は?」

「不審がられることなく吸血鬼(ヴァンパイア)になれるようにするためです」


 笑顔で言い放ったその言葉に、エルカナは半分諦めを覚えながらため息をついた。


「やはりですか。……確かに、『これは私の魔術です』と言い張れば問題はあり――いえ、あります。この世で吸血鬼になろうとする者などいません」

「いや、別に姿を元に戻すのではない。【魔獣化】のように力だけ元に戻せればいいのだから」

「……お嬢様って、こういうところは本当に変わっていませんね。危ない橋ばかり渡って……」

「え? なにか言いましたか?」

「いいえ、なんでもありません」

「それじゃあ、今日は出ましょうか。早く帰って術式搭載型装備を調整しなくてはなりませんから」

「かしこまりました」


 二人は机の上にある大量の本(大半がサルトレアが出して来た)を定位置に戻してから図書室を後にしたのだった。


 ……

 …………帰宅後。

「お嬢様、それは本当に……術式搭載型装備なのですか?」

「ええ、もちろん。これが私の術式搭載型装備、《紅月の剣(ルナイド)》です」


 その刃は鏡のように自分の姿を映していてが今では真っ黒に染まり、刻まれた術式は薄暗い赤色を帯びていた。形は元々の姿を連想できたが、とても同じものだとは思えないほどの物だった。非常に美しくはあるが、同時に彼女自身を表すかのような不穏な雰囲気を醸し出していた。


「……本当に、お嬢様らしいですわね」

「ええ、ルナイドを実戦で振るう時を、楽しみにしておりますわ」

「(さて、ここからが楽しい時間の、始まりですわ……)」


 彼女の剣は、月に照らされて刻まれた赤い部分が鮮血のように鮮やかに色付くのだった。

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