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始まりの場所で

 ティアルトラ帝国、ここは北西にあるカセルドナ大陸の三分の二を占める領土を持つ大国だ。冬は温暖だが雨が振りやすく、夏は高温かつ乾燥していて他の国より比較的過ごしやすい。


 その最南端に位置する都市フィトリアはこの気候の特性が特に現れていた。海に面しているため元々港街として各国との貿易の拠点として栄えていのたが、千年前の厄災によって一度滅んでしまった。しかし、一人の女性が声を上げて近くの村々から人を集め、彼女が教えた魔術によって再建された。


 以来、その血筋を引く者がこの都市の公爵になっている。そのため、別名魔術の始まりの地とされるこの場所は別名『魔導都市』と呼ばれ、厄災以前よりも技術も発展したために賑わいを見せていた。


 そしてここ、ガルダロス邸はフィトリアの現伯爵イグドレア十四世の住まいであり、一般的な邸宅とは違い平民と同じ位の敷地しか持たなかった。貴族は皆、広大な土地に庭園を作ってはそれを見て楽しんでいたが、ガルダロス家は贅沢をあまりすることなく、代々人々との関係を大切にして来た。そのため、地元の者達からは敬愛されていた。


「どうですか? 似合っていますか?」


 少女の名はサルトレア。ガルダロス家の養子にして、一人娘である。髪は雪のように白く、肩よりも少し下の方まで伸びているウェーブヘアだ。眼はルビーの様に赤く輝き、ややつり目だが表情は朗らかな笑顔だった。体は肌白で細く筋肉が引き締まっていた。その姿は気品を持ちながらも力強い、伝説の中なら英雄と呼ばれる者に等しかった。


「はい、お嬢様。とても麗しいお姿で」


 彼女はエルカナ=ファリン、青髪のポニーテールにタンポポのように黄色い眼をした凛とした少女だ。いつでも冷静な彼女はクールだと間違わられるが、実際は人との会話が好きなフレンドリーな面を持ち合わせていた。そのことを知る者はガルダロス邸内にいる者と、サルトレアと親しい貴族だけだった。

 それに加え、彼女はサルトレアと同い年なのに彼女の専属メイドで、剣の腕は彼女の方が一枚上手だ。養子となって以来、彼女から淑女としての振る舞い方と剣術を学んでいた。彼女は最初、剣術に関しては気合全開で取り組んでいたのだが、淑女としての嗜みには少し窮屈さを感じていた。しかし、七年が過ぎた現在はその面影はどこへやら、強者との戦いになると気持ちが高ぶるのはそのままに、普段は大人しい(ように見える)淑女へと変わったのだった。


 彼女の剣術は三大闘技の一つ、“コントレアアーツ”を基本としている。

 三大闘技とは、この世界に置いて有名な三つの戦闘スタイルのことを指している。攻防一体型の“バーノシアアーツ”、攻撃重視の“ヴァストアーツ”、そして反撃重視の“コントレアアーツ”だ。ちなみにサルトレアは元々バーノシアアーツの様な立ち振る舞いをしていたが、コントレアアーツも取り入れることで更に臨機応変な対応が取れるようになった。


 そんな二人の服は無地の白シャツの上に紺を基としていて襟や袖口の部分が赤と黄色で染まっているフロックコートを模した服を羽織っていた。襟の部分は大半が白く見え、やや左側に校章が縫い付けられていた。また、このコートは一般のそれとは違って腰辺りまでしか覆ってないため、下に履いている同じく紺を基としたスカートが強調される物となっていた。


「ええ、とても似合っていますよ」


 着替えた彼女らに笑みを送るこの女性はイルサドラ。サルトレアと同じく白い髪と赤い眼だが、目はややたれ目で身長は彼女より少し低い。彼女の笑顔はサルトレアの面影があり、気品を持ちながらも話しやすい印象であった。そして彼女とは違って白と碧をベースにした華やかなロングドレスだが、動きやすい様に膝よりも少し下くらいで留まっていた。


「フフッ、この制服を着ていると今日を迎えられたという実感が湧いてきますわ」

「……本当にこの日が来たのですね」

「ええ、お母様。(わたくし)は本日、最強の魔術士となるべくエストレダ魔導学園に入学いたします」


 彼女が養子になったのはイルサドラが不妊症で子供が産めず、そんな時に夫であり現伯爵のイグドレアが彼女の事を知り、彼女の立会の下、すぐに養子として向かい入れたのだった。

 しかし、イルサドラは彼女が魔導学園を目指す事に反対していた。こればかりはイグドレアも手に負えず、エルカナも止められないと思っていたが、彼女の七年間の修行を見て行く内に背中を押すようになって行ったのだ。


 それから七年が経ち十五歳となった今日、魔術を学ぶための学園の一つ、クロザフィア魔導学園へと入学する日を迎えたのだ。イグドレアはメイド長のセルト=トーランと共に仕事のために家を開けていることが多く、今日のように二人がいない朝があることは普通だった。


「安心してくださいませ、イルサドラ様。このエルカナがお嬢様の剣となり、盾となりますから」

「宜しく頼みましたよ、エルカナ」

「承知しました」


 彼女は直立したまま右手を胸に当て、敬礼した。七年間彼女から剣術を教わっていた彼女から見てその姿はもう、メイドではなく騎士のようにしか見えなかった。


「そしてサルトレア」

「はい」

「……大丈夫、あなたならきっとなれるわ。あなたは私のわがままに、イグドレア以外で初めて折れなかったもの」


 彼女は元々、欲しい物は何でも手にしようとしていた。絵画や彫刻、瓶など自分が美しいと思った芸術品は全て手に入れていた。そんな彼女はイグドレアと出会い、一目惚れしたが『あなたの様な欲にまみれた者とは付き合う気はございません』と言われたことにショックを受けた。


 これを機に芸術品を集めることを止めた上に、集めた物を最終的には全て売った上で彼に交際を求め続けた結果、ようやく彼と交際出来たらしい。そのこともあって、基本的にはわがままはしなかったけれど、自分の愛娘に対しては難しかったようだった。


「お母様はもう少し自制して頂かなくては困ります。それでは私が巣立つことが出来ないではありませんか」

「フフッ、それもそうですね。またイグドレアに怒られてしまいますしね」


 そう苦笑いする彼女は、なにかを思い返して懐かしんでいるようだった。


「お嬢様、そろそろお時間です」

「そうですね。それではお母様、行って参ります」

「はい。二人とも、行ってらっしゃい」


 二人は革製のダークブラウンベースの鞄を持って、ガルダロス邸を後にした。


「(……フフッ、私の苦労がようやく報われますわね。あれから千年、私が作った魔術を扱う者たちの力の程、見せて貰いますよ?)」



「……何度見ても大きいわね」

「当然です。この学園は世界最古にして、最も有名な魔導学園なのですから」


 二人の目の前に聳え立っていたのはフィトリアの代名詞、クロザフィア魔導学園である。ティアルトラ帝国が『魔導都市』と呼ばれる要因がこの学園である。

 街の風景に溶け込んではいるものの、生徒たちが暮らす校舎だけでもとても広大なこの学園は七百年前に創設されたのだが、元々は九百年前に建てられた一クラス分の人数しかいない小規模な学び舎だった。


 しかし、時が進むに連れて魔術の仕様範囲も広がって行くと共に増設を繰り返し、百年前に現在の外観になっていた。三学年・男女共学・二期制のこの学園は現在、生徒の総人数は約九千人という世界中の有名な魔導学園から見ても多い人数が通っていた。

 そして、ティアルトラ帝国の現役で働いている魔術士の三分の一がこの学園の卒業生かのである。その比率からして、この学園の偉大さと信頼性が大きい物であるあった。


「ようやく本格的に魔術が学べることに、私はとてもワクワクしています。エルカナはどうですか?」


 この学園の制度は少し特殊で、試験は十一月までに終わらせ、十二月には合否が通知される仕様となっていた。そして、合格した者たちは一月から三月まで、平日の午前中に開かれる講習に参加することになったいた。そこで“初等魔術(ローテスペル)”を中心に学んでいた。


 一括りに魔術と言っても、魔術は大きく分けて三つの魔術に分類されていた。その難易度に合わせて下から順に“初等魔術”、“中等魔法(ミッダスペル)”、“高等魔術(ハーツスペル)”と呼ばれている。初等魔術の大半は『日常生活にあれば便利』程度の物が多く、彼女が望むような戦闘用のモノではなかった。


「私も楽しみですよ、お嬢様の成長をすぐ側で見届けられますので。でも、くれぐれも“あの姿”になる事がございませんように」

「…………分かっています。あなた以外に知られてしまっては、今度は死んでしまうかもしれませんからね……」


 そう、彼女の本来の名はストラナ。当時はまだ都市と呼べないフィトリアを滅ぼした張本人である。彼女の指示通り、ストラナは『フィトリアを壊滅させた最強の吸血鬼(ヴァンパイア)』という伝説で知られている。


 しかし、彼女は伝説の存在ではなく実在していた。この九百年と少しの間は眠っていた彼女は、目覚めると自分の体を【肉体変化(メタモルフォーゼ)】で完全な少女の姿に変化させたのだった。


 その副作用のせいか、血筋はそのままに肉体は完全に人間となり、本来の姿に戻れる時間には制限が掛かるようになった。とは言ったものの、大きな違いは翼があるか否か位なので気にすることはなかった。

 その少女こそ、サルトレア=ガルダロスの正体である。このことを知っているのは、エルカナただ一人だけだった。


「私が知ってからもう五年ですか……。月日は早い物ですね。正直、普通に戦ってお嬢様に勝てる気がしません」

「それはどうだろうな。魔術は自己暗示だが、そのやり方も千年も経てば工夫されている。現に、七十年前から使われている術式搭載型装備(スペルワークス)という便利な物が生まれている位だ」


 彼女が生み出した魔術は高度な自己暗示をするための詠唱によって体内に流れる“魔力(カーム)”を術者が望む力を具現化させる物である。詠唱は短くすればする程身に負担が生じ、使う魔術が強大であれば強度位である程その量は増やさなくてはならなかった。

 しかし、それは時代が進むに連れて簡潔に、そして安全な物へと変化していった。その最終形態とも呼べるのがこの“術式搭載型装備”なのだ。


 術式とは彼女の詠唱を要約した物で、全ての魔術の最後には『顕現せよ(エンバディ)』という術式を詠唱することになっていた。

 しかし、術式搭載型装備にはその術式に加えて、本来感覚的だった術式の構築速度を簡単に調整することが出来る術式も組み込まれていた。また、これは同時にリミッターの役割を果たしていて、これが出来て以来、魔術は限りなくリスクの少ない物となっていた。

 これに伴い、学園で教える魔術は多くの詠唱を伴うことが無くなった。逆に言えば、術式搭載型装備を使えなければ魔術士とは呼ばれなくなっていたのだ。


「まぁ、便利な分堕落している方もいらっしゃるようだけど。その点エルカナは素晴らしいですよ。迎えられたときには既に、魔術に頼らない戦い方を修練していて……」

「お褒め頂き光栄です。……その考え方は実にお嬢様らしいですね」

「ええ。千ね――」

「なに暴露しようとしていらっしゃるのですか?」


 そう言われてハッとしたサルトレアは周りを見た。同じ制服の生徒たちが通っていたが、二人に見惚れている女子生徒たちが自分の世界に入り込んでいたり、友達同士の会話に夢中になっている男子生徒たちがいたりするだけで、聞かれていないようだった。

 それを見た彼女は緊張を解いて安堵した。それと同時に、彼女に申し訳なさそうに口ずさんだ。


「……注意されたばかりなのに申し訳ない」

「気を付けてくださいね。あなたの正体が知られれば、あなたはこ――」


『あ、あのっ』


 そこにいたのは同じ制服の金髪の少女だった。

 髪は赤いリボンで括られたサイドテールで眼はやや緑寄りの黄緑色、背はイルサドラと同じ位で顔立ちは少し幼さを兼ね備えていた。そしてその表情は少し困っているように見えた。


「どうされたのですか?」

「……大変申し訳ないのですが、式場はどちらにありますか? 方向音痴で、地図の見方がよく分からなくて……」


 その言葉を聞いてふと見ると、彼女は学園のパンフレットを手てしていた。確かに学園の地図だが、よく見ると彼女は上下逆様に持っていた。講習で校舎内は慣れているだろうが、式場である大広間は自分たちを含めた他の生徒も訪れたことはなかった。


「(これは放っておけそうにありませんね)……それでは一緒に参りましょうか。私たちも行くところでしたし」

「それもそうですね。このままご一緒しましょう」

「えっ? いいんですか?」

「いいも何も、あなたと一緒に向かった方が早いではありませんか」

「あ、ありがとうございます」

「(なんか……簡単に倒せてしまえそうですけど、ちょっと愛着湧きますわね)」


 どこかぎこちなく目が泳いでいる姿は誰から見ても可愛らしい物だった。実際、ふと気付けば彼女は男性の目線を集めていたのだ。普段は男性の思考に余り理解を示さない彼女だったが、これには同意していた。


「では私から自己紹介をしておきます。私はエルカナ=ファリン、こちらにいらっしゃるサルトレアお嬢様のメイドです」

「えっ!? サルトレアってことは、ガルダロス伯爵の……」

「はい、私はサルトレア=ガルダロス。お察しの通り、伯爵の娘です」

「ホントだ。よく見れば耳にした通り凄く綺麗な方です」

「お嬢様が綺麗なのは当然として、早く参りましょうか。時間も押しています」

「(基本私を好印象に見るスタイルは変わらないのね……)」


 彼女は元々養子として迎え入れられた自分にあまり良い印象を持っていなかったが、彼女と最初に剣を交わしたときから好印象を持たれたようでそれが現在も続いていたのだった。


 ふとそんなことを思い返していた彼女は時間を確認するために時計を探したが、周りには見当たらなかった。しかし、視線を戻せば彼女は懐中時計を手にしていた。


 懐中時計は銀製のフレームに薔薇を形どったモノが彫られていて、蓋の内側には家族で撮ったであろう写真が描かれていた。そこに映るのは幼いが今と相違ない雰囲気を醸し出す彼女と、その後ろに並ぶご両親と見られる二人がそれぞれ藍色のスーツとドレスを着てカメラに向かって笑顔を向けていた。


 術式搭載型装備が出来たのも、元を辿ればカメラの様な機械も発展したおかげである。かつては手作業だった洗濯や火加減も、全て機械でボタンやレバーで済ませられる様になっていた。それと共に、建築も千年前の面影を残しながらも煉瓦や石に加えて、コンクリート製の壁が多く使われるようになっていた。ここは、正に様々な物の最先端とも言える地だった。


「その懐中時計、素敵ですね」

「これは、お父様から誕生日に貰った物なの。今はもう、お母様と一緒に天国にいらっしゃるけど……」

「……素敵なご両親だったんですね」

「ええ、私の最も尊敬する方々です。天国におられる両親に恥を晒さないよう、日々メイドとしての務めを果たしております」


 そんな彼女の話の中、申し訳なさげに横目で懐中時計を見ると、式の開始十分前だった。


「ちょっと? 自分で言ったことをお忘れ?」

「……はっ、申し訳ございません。それでは……そう言えばあなたの名前、聞いておりませんでしたね」

「あ、はい! わ、私は、セナフィー=ドレイチャフ……です!」


 彼女は相変わらず肩に力が入ったままだが、少し笑顔が柔らかくなったように見えた。先程のエルカナの話で少し距離が縮まったからなのだろうかと少し思考を広げていた。


「それではセナフィーさん、一緒に参りましょうか」

「は、はいっ!」

「(フフッ、なんか面白わね)」


 三人は会話しながら式場へと向かったのだった。


 大広間には、既に多くの生徒たちがクラス毎に集まって四、五人位が囲って座れる位の白いクロスで覆われた丸テーブルの周りに着席していた。広さ的には約三十人の生徒が過ごす教室が十個分かそれよりも上位の広さだった。


 床には赤い絨毯で覆われていて、壁はダークブラウン一色に染まっている上に一定間隔で学園の象徴である銀狼が描かれた物が飾られていた。それらは細部まで拘って造られていた外観とは違い、雰囲気は残しながらもシンプルに仕上げられていた。


「そう言えば、私とエルカナは三組なのですが……セナフィーさんはどちらですか?」


 クラス分けは事前講習の最終日に配られており、学園で自分のクラスを確認するという作業が要らなくなっていた。


「あ、私も三組です! ……良かったぁ、お二人と一緒のクラスで」

「ええ、私も同じですよ。それでは三組の席へと向かいましょうか。……三組の席は……」

「あちらです」


 エルカナが示した先は大広間の入り口からは最奥の群の一番左側に見える場所だった。そこには確かに、三組の立て札が置かれていた。


「ありがとう、エルカナ」

「これも、メイドの努めです」


 サルトレアらはそのままゆっくりと三組の生徒たちが座っている席へと向かった。


「ヘルスティナさん、カッコいいっす!」

「そうかしら? 私は思っている事しか言っていないのだけれど?」


 そこには、銀色の長い髪の少女と橙色の髪をした少女が話していた。橙色の髪の少女はアップヘアで眼は青紫で顔立ちはエルカナに近いが、声からも分かるほどの明るさを持っていた。それに対して銀色の髪の長い髪の少女は乱れ毛が見られないストレートで、顔立ちも雰囲気もサルトレアに似ていた。

 そんな二人が座っているテーブルには、丁度三人分の空白の席があった。


「会話中に失礼いたしします、こちらの席は空いておりますか?」

「あ、大丈夫っすよ……ってその白髪に赤い目は!?」


 橙色の髪をした少女はサルトレアの姿を見て興奮気味になっていた。それに呼応する様に銀髪の少女も少し動揺したがすぐに平静を取り戻した。


「私はサルトレア=ガルダロス、そしてこちらにいるのが私のメイドの――」

「エルカナ=ファリンです」

「やっぱりだ! まさか同じクラスになるとは思いもしませんでしよ〜」

「ええ、私もあなたと同じクラスになれるとは思いもしませんでしよ」

「あなたは知っていますよ、ヘルスティナさん」

「知っていてくださって何よりです。私はヘルスティナ=ザードン、帝国軍の精鋭である父を目指しております」


 そう、彼女の父はゴルドレラ=ザードン、別名《剣聖(グラディエーター)》と呼ばれる程の剣の使い手である魔術士で軍の大尉だ。その戦い方も基本はバーノシアアーツを基点とした剣術を中心としており、使用する魔術もそれを助長するための物であった。彼女は多分、父から戦い方を教わったのだろうとサルトレアは悟った。


「そして、そちらにいらしているのが――」

「わ、私はセナフィー=ドレイチャフ、ですっ」

「あ、あーしの名前はソレア=トレミナっす。情報収集専門っす。よろしくっす」

「よ、よろしくっ」


 セナフィーはソレアが差し出した右手を少しぎこちなく握り返し、それを見た彼女は自然に声をかけていた。


「そんなに堅くならなくていいっすよ。リラックスっす」

「う、うん……」


 彼女はゆっくり深呼吸した。一定の速度を変えることなく数回繰り返し、終える頃には先程より方が軽くなっているように見えた。多分、新しい環境に対する緊張と不安が重なっていて、方向音痴がそれを助長させていたのだろうとサルトレアは悟った。


「…………ありがとう、ソレアさん。おかげで緊張が解れたよ」

「いいんっすよ。緊張感も大事だけど、畏まる必要なんてないんっす。普通に、いつも通りでいいんっすよ」

「(なるほど、口は軽いようですが常識は持って――いや、もしかしたら私よりも常識人かも知れませんわね……)」


 彼女によって自然体に戻ったセラフィ―は、その笑顔で全てを受け入れてくらそうな母性溢れる……いや、それを通り越して天使のようだった。それを指し示すかのように、気付けば周りの男子生徒は神々しいモノを見ているようだった。

 そして、彼女からはどこか姉御肌を感じていた。セラフィ―のような少女に慣れていて、まるで放っておけない妹の世話をしているかのように見えたからだ。


 そんな彼女は、いかにエルカナから人としての常識を学んでいるとは言えど、それだけでは収まらない賜物だった。

 そんな彼女に対してセナフィーはふと率直な疑問をぶつけた。それはサルトレアとエルカナも思っていたモノだった。


「情報収集、って具体的になにするんですか?」

「魔術に関することから日常的な物まで様々っす、あ、でも魔術を怠る気はないっすよ」

『生徒の皆さん、間もなく入学式が挙行されます。生徒の皆さんは私語を慎み、静かに着席してください』


 そこに響いたアナウンスは壁で反響して外でオーケストラを聴くよりも響いていた。正直、余り慣れた物では無かった。


「では、話はまた後に」

「はい、そうですね」

「(彼女と同じクラスですか……。これは面白くなりそうですね)」


 そんな彼女の笑みに、エルカナは本性を知っているので苦笑いを浮かべる他無かったのだった。


 それからはクロザフィア魔導学園第十六代学園長ダリング=ベルザトナの温かく迎えるお言葉と、注意事項が告げられた。彼女が話す時間は大体十五分程度、そこには自身が伝えるために必要なことがしっかりとまとめられていて、聞いていて飽きる事は無かった。それは他の生徒たちも同じだったようで、眠っているように見える生徒は一人も見受けられなかった。


 しかし、そこにはサルトレアが最も興味を引いていることについてもあった。それこそが《竜皇祭(ドラゴニア)》についての説明だった。


 《竜皇祭》とは、三百年前から毎年十一月に行われる魔導競技会の一つだ。各国の魔道学園の代表選手たちがチームを組み、地図の中心に位置するミドランタ大陸に位置するディントレダ共和国の首都ヴァハリアにて行われ、魔導競技会の中でも特に注目されているモノだ。


 これに出場する代表選手は各国共通で合計十人、クロザフィア魔導学園の代表選手はその内三人だ。代表選手の選出方法は各国に一任されており、ティアルトラ帝国では各学園に一任されていた。


 そして、クロザフィア魔導学園の代表選手は“ランク戦”によって決まるとのことだ。生徒たちは明日から六月の末まで一対一の模擬戦を行い、出来るだけ多くの勝ち点を獲得して上位十位以内に入ることで七月上旬に始まる選抜トーナメントに参加出来る。


 そこで上位三人になった者が晴れてクロザフィア魔導学園の代表選手となることが出来るのだ。模擬戦では勝った場合は勝ち点が一つ付き、負けと引き分けは勝ち点を貰えないというものだった。


 そして、この勝ち点は後に渡される生徒証明書代わりのパスに記録される。このパスの本来の意味は模擬戦での戦績を記録するための物であったのだ。


 そして学園長の言葉が終わればもう式の終わりまではあっという間だった。

 式を終えて生徒たちはクラス毎に分かれて担任の後に続き、それぞれのクラスに入って術式搭載型装備の説明を受けることになっていた。彼女らは黒板から見て奥側に並んで着席した。

 三組の担任は少しくせ毛が目立つ黒髪の自分たちと同じ位の背の男性だった。眼は青がかったグレーでたれ目、顔立ちはセナフィーと同じく少し幼さがあったが少し引き締まっていた。服装はシワが見当たらない黒のスーツ姿で、清潔感のある印象だ。


「本校へのご入学おめでとうございます。僕は一年三組の担任講師のナーダル=ネドルタ、担当科目は歴史です。皆さんよろしくお願いします。それでは早速、皆さんにパスと術式搭載型装備を配布致します。呼ばれた順に取りに来てください」


 ナーダルは緊張しているのか動きが少し堅かった。しかし、そんなことは気にせず生徒たちは術式搭載型装備を受け取っていた。配布されるのは短剣、剣、大剣、槍、斧、グローブ、クロー、弓、ボウガン、銃の十種で、事前に使いたい装備を指定している物だ。


 ちなみに、この銃と言う物は四年前に出来た物で、弓とボウガンと同じく遠距離攻撃用の物だが魔力で生成された矢ではなく、弾丸と呼ばれる先の丸まった円筒状の物体を放つ物だった。これを立案したのがエルシアナ=ノーラ、これまで誰も考えもしなかった物を次々に世に送り出したことで現皇帝陛下ソーレント二十三世直々に勲章が渡されると言うのに、代役を出させて本人が姿を表さなかったという曲がった人物だった。故に、彼女は悪名高い者となっていたが、サルトレアはその者を『面白い人』として認識していた。


 サルトレアはそのことをふと思い返しながら剣型の術式搭載型装備を受け取って自分の席に戻った。


「皆さん、受け取ったところで術式搭載型装備について確認です。三か月間の事前講習で使い方は学んで頂けたと思いますが、先程学園長が仰ったように、術式搭載型装備は好きに持ち歩いて頂いて構いません。しかし、許可無く使用することは厳禁です。また、皆さんにお配りした術式搭載型装備については、個人で改造して頂いて構いません。ただし、くれぐれも危険なことはしないようにしてくださいね?」


 そう、この術式搭載型装備は錬成魔術によって形状を変化させたり、色を変更する事が出来る。そのため、魔術師たちは元々は同じ姿の物を自分用に変化させて世界に一つだけの物を操っているのだ。例え術式が同じだとしても、使い方も十人十色なのだ。


「術式搭載型装備については明日より始まる授業で詳しく知ることになるので、次に移ります。先に挙げた授業についてです。これについては――」


 彼はそれから淡々と説明していった。それを要約すると、授業に必要な教科書等は各科目初回の授業で配られること、また、その教材はそれぞれのロッカーに鞄と共に置いても良いとのこと、遅刻や欠席は(ほとんど見受けられないが)厳しく処罰すること、授業には術式搭載型装備を使う科目と使わない科目があること、そして模擬戦は専用の部屋でするとのことだった。そのことを助長するかのように、それ専用の校舎がある位だった。


「――以上で説明を終えます。質問はありませんか?」


 生徒たちは彼の言葉を待つように何も反応しなかったので、彼はそれを確認してから言った。


「それでは、これで説明を終えます。それでは、本日は解散します。皆さん、明日は自己紹介をお願いしますね」


 彼はそう言うと一礼してからさも当然かのように教室を出たのだった。


「それでは、私たちも帰りましょうか。今日は食堂は空いておりませんからね」


 この学園にも他の学園と同様に食堂があった。しかし、この学園は一階と三階にある大広間と二階と四階にある食堂がある建物の周りに弧を描くように校舎が建っているという他では類を見ない建築様式だった。

 その右側に魔術訓練兼模擬戦用の校舎があり、左側には選抜トーナメント等が行われる競技場があった。ここの広さは先に挙げた二つの校舎を合わせた広さと同じ位の物だった。上位十人以外の生徒と教授の方々が観客席に座っていると考えれば、なんら不思議ではない大きさっだ。


「ええ、そうですわね。私は午後から鍛錬を予定していますので」

「あーしも、ここに残っていてもスクープは出来なさそうなので帰ることにするっす」

「うん、私も家でお母さんが待っててくれてるから」

「では、行きましょうか」


 五人はそのまま教室を後にしたのだった……。

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