思い込み
休日の昼過ぎ、鈴木の下を古くからの友人である田中が訪れ、挨拶もそこそこにある装置を取り出して説明した。
「これはつい先日、僕が発明した空を自由に飛ぶ事の出来る装置だ」
田中の取り出した装置はポケットに収まる程小さく、銀色の本体に赤いボタンが一つというシンプルな作りであった。
田中は説明を続ける。
「飛びたい時にボタンを押せば身体が浮いて、浮く高さや飛ぶ速度は頭にイメージするだけで、脳波を感知した装置が自動で行ってくれる」
「なるほどね…」
鈴木は装置を手に取り、まじまじと見つめた。
田中は本題を切り出した。
「そこで、今日僕が君の下を訪れたのは、是非君にこの装置を使ってもらいたいと思ったからなんだ。人間、誰しもが一度は空を飛びたいと思うだろ? その願望を叶える第一号に君になってもらいたいんだ」
田中の言葉に、鈴木は何やら考えたあと答えた。
「ああ、いいよ。空を飛べるなんて素敵じゃないか。協力させてくれ」
「本当かい!? ありがとう!! それでは、君に装置を貸すから…そうだな、一週間後に装置を受け取りに来るよ。その時にでも感想を教えてくれ」
そう言うと田中は帰っていった。
それから一週間が経ち、再び鈴木の下を訪れた田中が聞いた。
「で、装置の効果はどうだった? …と、聞くのは無粋かな」
結果は一目瞭然であり、鳥のように空中を優雅に飛んでいる鈴木は、楽しそうに田中を見下ろし言った。
「素晴らしいよ!! 田中がこんな装置を発明してしまうなんて思わなかった!! どうだろう? この装置を譲ってくれないか?」
鈴木の申し出に、田中は申し訳なさそうに答えた。
「悪いな。あれから、まだ改良の余地がある事に気づいたんだ。そこさえクリア出来れば…」
「…そうか、残念だが仕方ないな」
鈴木は田中に装置を返し、田中は鈴木にお礼を言うと帰っていった。田中が帰った後、鈴木は一人呟いた。
「まさか、自身を発明家と妄想しているあいつが、あんな素晴らしい発明品を開発してしまうとは…。思い込みとは凄いものだ」
一方、帰路についていた田中も返してもらった装置を見ながら驚きの声を漏らしていた。
「まさか、銀箱に赤いボタンを付けただけのガラクタに、本当にあんな効果があったとは…。思い込みとは凄いものだ」