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第八話:約束は淡い光の中で

 先日のこと。僕は、告白された。

 後輩の女の子に、「好きだよ!」と言われた。

 そのことを思い出すと、今にも頭が沸騰しそうになる。

 そんな僕とは裏腹に、琴音の熱はすっかり下がった。


「付き合えばいいじゃない。それとも、好きじゃないの?その子」


「いや、嫌いじゃないですけど…」


「まぁ、私が口出しする事でもないんだろうけどさぁ」


 今現在、僕がぼーっとしているところを七宮(しちみや)さんに見つかり、バイト終わりにちょっとした恋愛相談をしてもらっていた。

 夕暮れに染まる街の中、セピア調のカフェテラスにて、落ち着いた雰囲気を醸し出している周りとは違い、僕の頭は恐らくピンク一色といった感じか。


「ところで、七宮さんは恋とかしてるんですか?」


「なんでそんなこと聞くのよ…」


「恋をしたことの無い人のアドバイスって、あまり役に立たない気がするんです。漫画とかドラマとかの知識だと、偏りがある知識とかしか身につかないでしょ?」


「それも…一理あるわね」


 正直、それを見込んで先輩に相談をしたんだ。

 でも、経験はあるだろう。何となくわかる。


「で、あるんですか?」


「不本意ながら、ね」


「どういうことです?」


「あまりにも可愛そうだから、付き合ってあげたの」


 七宮さんは、小声で「何年も前から思いを寄せられてたら、断ることなんて出来ない…」と呟いた。

 ブラックのコーヒーを片手に、まるで淡い思い出に浸るように、ふぅ…、とため息をつく。

 それと引き換えに、僕はメロンソーダだ。

 せめてこの年齢ならアメリカンコーヒーくらいは飲めるようになりたい。


「でもまぁ、私じゃ役人不足かもね。もっと適任の人が居るから」


「そうなんですか?それって、七宮さんの知り合いだったり?」


「うん、本人の予定もあるけれど、まぁ大体は家でダラダラ課題やってるし大丈夫よ」


 ふむ…、七宮さんの知り合いの人…か。

 本人に申し訳ない気がするけれど。


「あ、あの、大丈夫なんですか?その人の貴重な時間を、僕の恋愛相談に使って…」


「いいのいいの、本人も喜んで参加するだろうし」


「な、ならいいんですけど…時間の方は?」


「明後日…でどうかしら?今日のうちに私から言っておくわよ」


「なら、それでお願いします…って!大丈夫なんですか!?門限とかあるんじゃ!?大学、結構遠いですよね!?」


 外を見ると、日はだいぶん傾いていた。

 時計は、六時を指す。


「あぁ、言ってなかったっけ?」


 言ってなかった…?

 何を?

 僕は、頭の上にハテナを浮かべた。


「全寮制だったのは去年まで。大学からは普通に自宅登校よ」


「えぇ、そうだったんですか!?」


 ガタンっと椅子を引いて立ち上がる。

 大声と大きな音に周りが驚き、こちらに視線が向けられた。

「落ち着いて…」と、七宮さんに小さな声で囁かれる。


「初耳なんですが」


「私はたしか、『高校まで全寮制だった』って言っただけだけど?」


「そ、そうでしたっけ?」


 うーん、確かにそんな気がしてきた。

 すると、七宮さんの携帯から着信音が流れる。


「…げっ!」


「どうかしたんですか?」


「『あと三十分以内に帰ってこなければご飯抜き』だって…」


「まさか門限って…」


「そう、家の門限」


 やっぱり…、僕は大きな勘違いをしていたようだ。

 エスカレーター制って聞いてたから、てっきり全寮制のままだと思っていたんだけど…。

 僕達は急いで、会計を済ませた。


「どこに住んでるんですか?」


「加古川のほうね。河川敷の近く」


「間に合います?」


「さてね、結構ギリギリかも。じゃ、またね!」


 バイクのエンジンをかけて、この場を去っていく七宮さん。

 その背中を、僕は手を振って見送った。


「おかえりです、お兄ちゃん!」


「ただいまー。おー明石、分かった、分かったよ。入れてあげるから…」


 僕が帰ってくると、明石はご飯を欲するように僕に擦り寄ってきた。

 僕は戸棚からキャットフードを取り出して皿に盛る。

 すると、明石はカタカタと床と皿で音を立てながら、がっつくようにして食べ始めた。


「お腹、空いてたみたいです!」


「そーだね…」


 僕は、琴音の言葉に適当に返した。

 正直、僕の頭の中は魚住さんのことやら何やらでいっぱいなんだ。

 生まれて初めて告白された。その事実は変わらない。


「ねぇ、琴音…」


「なんですか?」


「僕って、なんで告白されたんだろ…」


「お兄ちゃん、どうしたんですか!?」




 次の日の夕方。

 何やら、豊岡さんが家を尋ねてきた。


「これ。少し先になるけれど、来てくれない?」


 渡されたのは、花火をバックに決めポーズを取るカラフル・パレットの五人の姿があるチラシ。


「何これ…?『色とりどりの笑顔の花火でみんなの視線を五人占め』…って、何かのライブ?」


「そ、場所は加古川の花火大会。少し多くなるかもしれないから。あと…」


「あと?」


「出来れば、琴音ちゃんに見に来てもらえない?」


 琴音…か。

 少し時間がかかるかも…な。

 何せまずは車から克服しないといけないからな。


「尽力するよ」


「そう、お願いね!それと…出来れば、ライブ終わったあとに…」


「なに?」


「いや、なんでもない!」


 だっと、その場を走り去った豊岡さん。


 でも、ホントにいいのか?

 できない約束して。

 琴音の事だ。きっと「行きたくない」と言うんだろう。


「行きたいです!」


「行きたいの?」


「はい!」


 この子は趣味の為ならばなんでもするのか。


「口だけじゃダメだよ?まずは外に出ないと」


「それは分かってます!だから…お願いです、お兄ちゃん。私の外に出る計画に協力してくれませんか?」


「僕としては吝かじゃないけど」


「やったぁ!私のやる気が増大です!」


 子供ペンギンはどうやらやる気を出したようだ。

 翼をブンブンと振って、アピールしている。


 さて、一日後バイトの帰り。

 結局、あれから魚住さんとは会えていない。


「で、適任の人って?」


「そろそろ来る頃だけど…あ、きたきた」


「こっちこっち」と手を振る七宮さん。

その先には…。


 灰色のワイシャツを着た、七宮さんと同じくらいの年齢と思われる女性が。


「あなたが恋愛相談希望の方ですか?」


「あ、はい。僕の名前は奏多礼音です」


「私の名前は白澤睦月です!」


 白澤睦月さん…か。

 何だか白澤さんの本名と似てるよな。

 あ、一文字違いだ。


 それから、僕は相談の内容を話した。

 何だか、気さくな人だ。

 やはり、白澤さんとはなんの関わりもないのだろうか。


「んー、私もある人に背中を後押しされた身だからなんとも言えませんが、言えることは…」


「言えることは?」


「当たって砕けろです!とにかく、告白して振られたらその時!やらなくて後悔するより、やって後悔した方がマシです!」


「うん、それは僕も考えたんですけど、致命的な問題が…それは…」


『それは?』


「連絡先…知らない…」


 しんと場が静まりかえる。

 その次の瞬間、カランカランと音を立ててドアが開かれる。


「連絡先、あるよ」


 そこにやってきたのは、白澤さんだった。

 いや、白澤さんは元から居たけど今現れたのは白澤さんであって、小さな白澤さんは元からいなくって初めから居たのは大きな白澤さんで…。

 自分で整理して余計にぐしゃぐしゃになった。


「あー、卯月。車の中に居てって言ったのにー、勝手に来たらめっです!」


「車にいてもやることないから。それより、先輩。これ」


「あ、どうも」


 何やら、メモ帳のようなものを取り出して白澤さんがペンを走らせる。

 渡されたのは、メモ帳を切り取った紙。


「これが、電話番号?」


「IDもあるけど、初めは電話の方がいい…と思う」


「そ、そうかな?」


 確かに、いきなり変なアカウントからメッセージが送られてきたら怖い。

 その点、電話は声で相手がどうか最低限判断できる。


「二人は姉妹なんですか?」


「はい。知り合いだったんですね。卯月と」


「高校の先輩」


やはり…か。


「それと、ひとつ言いたいことが…」


『なに?』


「僕、別に告白しようとか何とかって思ってないですよ?」


『…は?』


 次の瞬間、二人はガタンっと音を立てて立ち上がった!


「えっ!?どういうこと?」


「だから、僕は生半可な気持ちで付き合うとかそういうのは出来ないんです、だから…」


「つまり、断るんですか?」


「はい、相手の子には申し訳ないですけど…」


 二人は「はぁ…」とため息をついた。そして、呆れるような目でこちらを見つめる。


「そう、初めから決まってたのね」


「はい、相談に乗ってくれてありがとうございました」


「振り回されたこちらの身にもなって欲しいけど…」


「それは、いきなり七宮さんが『なにか悩んでるなら話なさい』って言ったから」


「その内容が、連絡先を知らないことだったわけですか」


「そういうことです」


 そもそも連絡先を知らないんじゃ元も子もない。

 だから悩んでいたんだ。

 そりゃ、魚住さんのこともずっとぐるぐる頭の中で回ってたけどさ。


「断り文句はどうすればいいでしょうか」


「私、振られたことはないから分からないわね。自分で決めなさいな」


「私もです」


「そうですか…」


 それくらいは自分で決めないといけない…か。




 僕は家に帰ってから、魚住さんに電話をしてみた。


『もしもし、どちら様ですか?』


「あぁ、僕だよ魚住さん。奏多礼音」


『えっ、先輩!?なんで私の電話番号知ってるの!?』


「白澤さんから聞いた。それより、少し話せない?面と向かって」


『んー、今日は無理で、明日も予定があるから…、あっ、そうだ!』


 声のトーンが明るくなった。

 何かいいことでも思いついたのだろうか。


『そっちの地域の夏祭り、明後日だよね!』


「あ、うん。確かに」


 掲示板に貼り付けてあったのだ。

 場所は東小学校。

 僕の母校でもある。


『そこで会えないかな?』


「…分かった。そういう手筈で」


『うん。バイバイ』


 プツンっと、電話が切れる。

 その時に、ちゃんと伝えないと…。

 でも僕は、想像してしまった。


 伝えたあとの、魚住さんの顔を。


「お兄ちゃん。夏祭りには行くんですか?そろそろだって白昼さんが言ってましたよ?」


「うん、行くよ。魚住さんも来るんだってさ」


「私も行きたいです!花火大会の予行演習です!」


 うーん、でも琴音は車の音を聞くだけでダメだし…。

 音…?


「そうだ、ずっとラジオを聞いていればいいんじゃない?イアフォンで!」


「それじゃ嫌です!皆さんとお話したいです!」


 ダメか…。名案だと思ったんだけどな。

 なら、もう徐々に慣らしていくしかないか。


「琴音。今から外に行かない?」


「そ、外ですか?」


「そう、外。夏祭りに行くんなら、そこに行くまでの予行演習をしなきゃ行けないでしょ」


「確かに…。頑張ります!」


 でも、本当に大丈夫なのだろうか。

 琴音のトラウマレベルは尋常じゃない。

 聞いただけで発狂してしまうんだ。

 なにか、琴音の気を紛らわす策は…。


「そうだ!」


 僕は、夕方白昼さんの家に訪れた。

 インターホンを押そうとした時、背後から声をかけられた。


「何か用?奏多くん」


「あ、白昼さん。実は…」


 僕は、事情を白昼さんに話した。

 すると、快くOKしてくれた。

 ちなみに、琴音は玄関で待機している。


「大丈夫?琴音」


「は、はい…」


 服は前に誕生日プレゼントであげたコーデ。

 これなら、帽子の鍔で人と目を合わせなくて済む。


 僕が道路側、琴音が内側。その後ろに白昼さんとこんな感じだ。

 さすがに三列横隊は迷惑だと思ったので、二列だ。


「キャッ!」


 琴音が、自動車の音を聞いて小さな悲鳴をあげる。

 が、即座に白昼さんが琴音を優しく抱き抱え、「大丈夫、大丈夫」と言って聞かせた。

 すると、すっと琴音が立ち上がって少し怯えながらも前に進み出す。


「ありがと、白昼さん」


「別にいいわよ」


 そして、このようなことを繰り返して、ようやっと学校にたどり着いた。

 懐かしいな、この学校。


「どう、琴音。大丈夫そう?」


「はい。頑張ります」


「頑張りすぎても体を壊すわよ?あ、そうだ。家に帰ったら、良いものをあげるわ」


「良いものですか!?楽しみです!」


 琴音は元気を取り戻したようににぱーっと笑った。


 僕らが家に帰って来て、しばらくすると白昼さんが家を訪ねてきた。


「これ。私のお古だけど、琴音ちゃんに似合うかなって」


「わぁ!浴衣です!」


 渡されたのは、白に水色のチェックが入った浴衣だ。

 確かに、これは琴音に似合いそうだな。


「サイズはどうかしら?」


「ぴったりです!」


「そう。なら良かったわ」


 早速琴音は白昼さんに着付けてもらっていた。

 本人もご満悦のようだ。


「どうですか?お兄ちゃん!」


「うん、綺麗だよ」


「『可愛い』じゃなくて『綺麗』ってところがなにかいやらしいわね」


「べ、別にそんなのじゃないから!」


 僕は率直な感想を口に出しただけだ。

 雪のように真っ白な肌、黒目がちの透き通った瞳。

 そこらの女優なんかよりも、余程綺麗だと思う。


「人混みにも慣れてかないとね」


「人混み…、が、頑張ります!」


「デパート辺りから慣らしたほうがいいんじゃないの?」


「そうだね。じゃ、明日行ってみようか」


「はい!」


 ついに、長年待ち望んでいた琴音の外出が叶った。


 母さん、琴音が一歩を踏み出したよ。

 見てる?きっと見てるよね、天国から。




 夢を見ている。

 そう感じた。

 なぜなら、三人称視点から幼き頃の自分を見ているから。


「ねぇ、姉ちゃん!今日もお話聞かせて!」


 僕は、中学一年生でありながら、毎回子供のようにねだってある人に話を聞かせてもらっていた。

 ほんと、周りに見られたら馬鹿にされるだろうな。


 でも、僕はその人の前では、何故か甘えてしまう。

 薬品の匂いが、彼女を象徴する匂いとして、まだ脳裏にこびり付いている。


「しょうがないなぁ、じゃ、どんなお話が聞きたい?」


「んー、この前聞かせてくれた、田舎に住んでた時のお話!」


「好きだねー」


「うん!」


 僕は、元気よく頷いた。

 この話は好きだ。

 中でも、秘密組織の話が、僕の好奇心をそそった。


「あれはねぇ、夏真っ盛りの8月の頃だったなぁ…」


 懐かしい記憶を思い出すように、彼女は病室の窓から外を眺める。

 その横顔が、僕は好きだった。

 でも、あれはきっと僕に宛てられたものじゃない。

 そんなことはわかっていた。

 それでも…。

 それでも、僕は彼女が好きだった。


 これが恋だったなんて気がついたのは、彼女が居なくなった病室を眺めた時だ。

 僕の中は空っぽになった。

 なぜなら…。

 心の中を満たしていた、大きな二つのものが、同時にしゅんと消えてしまったから。


 それ以来だ。

 僕がうまく笑えなくなったのは。


 一通り、話が終わった。

 彼女は決まって、この話をすると最後に「二人とも、元気にしてるかな」と口にした。


「ねぇ、姉ちゃん」


「んー?何?」


「ずっと、そばに居てあげるよ、僕は。姉ちゃんの話してた人達と姉ちゃんみたいに、離れ離れにはならない」


「そっか、ありがとう」


 嘘つき。

 ずっとそばに居るなんて、できっこなかったじゃないか。


「約束しよ。ずっとそばに居るって」


「うん」


 彼女は、点滴の刺されていない方の手を僕に差し出した。

 その指は、とても細くまるで木の枝のようだ。

 僕が力を加えれば、ポッキリと折れてしまいそうな。


『指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます、指切った!』


 そう。僕は、針を千本飲まなければならない。

 嘘をついてしまったんだ。


 でも、彼女なら笑って許してくれる。

 そう思えば思うほど、心が苦しくなるんだ。

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