耳を澄ませ、深海に寄り添う
ポーランド特番の舞台はオシフィエンチムに移っていた。アウシュヴィッツというナチスの強制収容所が冠した呼び方の方が有名かもしれない。女優は第二収容所の降車場にまっすぐ伸びる鉄道に沿って歩きながら、オファーの時霊感スポットが苦手ではないか念入りに確認されたというエピソードを話している。読谷のガマに入った経験を引き合いに出して、こういった土地を霊感スポットと表現することには違和感がある、と苦言を呈した。
アウシュヴィッツの土にはまだたくさんの人骨が埋まっている。けれどそれは収容所の終わりの数日間に極めて非効率な方法、つまり銃撃によって殺された人々のもので、犠牲者の総数からすればほんの一部でしかない。この収容所に運び込まれた人々のほとんどはガス室に詰め込まれて殺され、焼却炉で遺体を焼かれ、残った骨は砕いて粉末状にしたあとソワ川に流された。そこに個人などというものは存在しなかった。列車を降りたほぼ全ての人間がその直後に所持品を奪われ、次いで服を脱がされ、そして髪を剃られた。彼らが何者であるか特徴づけるものは何も残らなかった。家族や友人や彼ら自身が認識する人間関係が束の間保たれるに過ぎない。それも彼らの死によって失われる。効率的に、流れるように。人は数に過ぎず、虐殺装置の前に全ての人間が均質だった。
アウシュヴィッツの施設で完璧な姿を留めているものはほとんどない。ソ連軍の反攻に直面してナチスが逃げ出す前にできる限りめちゃくちゃにしていったからだ。死体を焼いたクレマトリウムも煉瓦の山になっている。ワルシャワの王宮は元通りになり、アウシュヴィッツは廃墟のままになっている。一方は栄光を他方は惨禍を、正と負を。そうありたいと望むべきものと、忌避すべきもの。記憶し、思い出させる。正しいものが美しく保たれ、悪しきものが遺棄されたままでいることに満足する。
女優はガイドに従って降車場を回る。その場での語りはない。カメラは比較的短いカットで収容所の跡地と女優をそつのない構図に捉えている。そこに女優のアフレコが乗る。その日の日記の朗読だった。
「その時私は一種の怖れを感じていた。無数の人々の理不尽な死を想像したから? 違う。何もかもが壊された収容所の草原の上に立ってみて、『案外何にもないんだ』というのが最初の感想だった。口に出すことなんかできなかった。私はむしろ自分自身が何も感じないということに背徳や恐れを感じたのだ。死の実感や虐殺の想起はなかなか私の中に浸透してこなかった」
女優は朗読をやめてナレーションに入った。
「一度はここに収容されたものの生き残った人々、いわばアウシュヴィッツの生存者は数千人と言われています。百万人を超す犠牲者を前にこの数字はわずかなものかもしれません。ですがまた絶対的に少なくもない。ここがどれほど恐ろしい場所だったのか、その程度に疑問を抱く人もいるのではないですか? 実際、まだ憶測が飛び交っていた当時、帰還した人々を迎えた家族が彼らの話を信じなかったのです。ドイツの虐殺を決定的に印象づける要素がまだどこにもなかったから。極度の残虐行為を駆り立てる狂気は往々にして我々の想像力を超越していて、経験した人でなければその実態を信じることはできない。彼らの話を深く理解してくれる人はいませんでした。彼らは特異な体験によって家の中ですら特異な存在になってしまった。彼らは人々の内なる冷淡さに気付き、自らの経験をただ周囲の人間を遠ざけるだけのものだと思った。そうして彼らは語ることをやめ、自らの体験を封印することにしたのです。
今日私たちが手にすることのできる一部の証言は生存者本人が自発的に発信したものではなく、聴き手が長年に渡って彼らに対し耳を傾けることによって実現したものです。もし私たちが積極的に理解を試みるなら、必要なのは時間をかけて彼らの言葉を引き出すことです。時に映像よりも言葉が鮮やかななように、彼らの体験を私たちの想像の中に再構成するのです」
クロード・ランスマンの記録映画『ショアー』から蒸気機関車の映像のカットイン。列車がカメラの前を通過する。その機関車は撮影時から二十年か三十年前には人間をぎっしり詰め込んだ貨車を何十両も牽いて実際にホロコーストに参加していたうちの一両だという。少なくとも撮影時はまだ現役だった。
「この映画、見たことあるわよ」絹江さんは言った。「とにかく長い映画だった」
その映画は全て聞き取りで構成されていて、再現映像も戦争中の記録映像も一切使われない。きっと監督は語り手の言葉から自分が過去を再構成することに意味を見い出せなかったのだ。なぜ虚構する必要があるのか。どちらにしろ事実はもはや戻らない。真実は彼らの言葉の中にある。彼らの言葉に耳を傾けることが虚構を経ない事実の再現なのではないか。『ショアー』では通訳の言葉も語り手の沈黙もカットされない。意味のある言葉だけが意味のある時間を構成するのではない。だから映画は九時間に及ぶ。それが監督の表す語り手への真摯さなのだ、と絹江さんは言う。
「運ばれている間、家畜用の貨車だから板張りの隙間でもなければ外は見えないでしょう。扉が開いて、そこに何が待っているか、運ばれた側にはそれが全てだった。そうした全く異なる世界への飛躍、移動の象徴が鉄道なの。汽車が向こう側へ連れて行く」
僕はなんとなく頷いた。「向こうには人間の失われる世界がある」
「知りたい?」
僕は正面に絹江さんを見る。
「このテーマは深く、そして暗い。マリンスノウの降る深海の縁のような世界。私は、昔、学生の時分、少しだけ取り組んで調べたのよ。論文のためにね。その時はよく調べたと思ったわ。でも私はまだ浅いところから下に向けて光を当てているに過ぎなかった。海底にはあらゆる物の遺骸が沈んで横たわっていて、沈殿した泥と暗さのためにその形を見ることはできない。知りたいなら触れるしかない。でもそこに何があるのか語ることのできる人間はほとんどいない。限りなくゼロに近い。深海は宇宙と同じくらい闇に閉ざされている」
僕は想像してみる。太陽の反射がきらきらと明るい海面の近くから鈍い紺色をした縁の向こうへ潜っていく。一面の紺碧、細かな塵。もっと深く、深く。これ以上は生命の届かない深さ。唐突に構造物が現れる。船のマスト。赤錆びて牡蠣の殻のように層状になった鉄、その上にサンゴや海綿の群生が根差す。斜めに擱座した船体の一端はさらなる深度に届いている。でも、これ以上深くは潜れない。潜ってはいけない。
テレビに目を戻す。女優はまだ収容所の敷地を歩いている。故郷から遠く離れて喪失の土地を歩いている。彼女の足の運びや、表情のつくり方や、声の抑揚をとても仔細に見守る。彼女は俳優だから、きっと自分ではない誰かの役をいくつもいくつも、数えきれないくらい演じてきただろう。でも、人間を失うような、「自分が誰なのかを奪われた」存在を演じることはできるのだろうか。収容所のユダヤ人を演じることはできるだろう。でもそれは収容所のユダヤ人全般に基づくイメージであって、それを一人の役者が演じることはできても、過去の再現からは逸脱する。虚構だ。しかしまた特定の誰かと言えるような役では「自分を失う役」を演じられることにはならない。どんな人間か説明できるなら、定義できるなら、自分を失ってなどいない。二つに一つ、両方は立たない。どちらか一方だ。死に直面する何者でもない生命は演じることや経験することの限界のまだ先にある。死そのものではない。でも生の意味や目的も存在しない。暗く天地のない闇。
映像は再びアウシュヴィッツに戻る。女優は広大な原野にぽつんと立っている。コートの襟を立て、凍った風に首を縮めて立っている。風の音、遠い汽笛。
「ああ、そうか」絹江さんが呟いた。
僕は彼女の顔に目を向けた。
「彼女は聞いているのね。どうしてこんなカットを入れたのかなと思ったのだけど、死者の声を聞いている」
「聞いている」
「あの場所でとても大勢の人間が殺されたでしょう」
「ええ」
「ほんの一握りの生き残りがいて、彼らに話を聞くことはできる――それか、できた――けれど、そこで死んだ人間たちの話は聞くことができないわね。死んでいった人間たちを見ていた人間の話を聞くことはできる。でも死んでいった本人たちの話を聞くことはできない」
「はい」
「生きている人間の話を聞くのとできるだけ同じように死んだ人間の話を聞こうとしているのよ。たぶんね」
「死んだ人間の話を、声を聞く、それは可能なんでしょうか」
「できるだけ同じように、よ」
「完全に同じではない」
絹江さんはほんの少しだけ頷いた。「彼女はいまアウシュヴィッツに送られた人間たちと同じように道筋を辿ってきたでしょう。汽車に乗って、駅に降りて、没収された財産を見て、バラックの跡地を見て、シャワー室と焼却炉を通って、灰を流した川を渡った」
「はい」
「きっと聞くという行為はとても奥が深いのよ。広い意味で捉えれるなら、それは単に聴覚だけの作用ではないのよ。単に相手の言葉や感情を理解するというだけのことではないの。人が何かを真剣に聞こうとする時、それは相手の持っているイメージを自分の中に再現する試みになるのよ。でも自分と相手は全然別の人間で、感性も違うし、別々の人生を、あるいは別々の時代に生きてきたわけでしょう。その経験の差を超えて同じイメージを抱くのは簡単なことではないわね。だから、そのイメージを完全なものに近づけるためには能動的にならなくてはいけない。同じ場所へ行く、同じ人に会う。例えば取材をする人が目当ての人の周りの人たちに話を聞く、それもまた目当ての人に対する聞くでもあるのね。自分自身を当時の彼らに近づけようとすること。本質的には追体験なのよ。重なることなのよ。オーバーレイすることなのよ。そういうのって、わかるかしら」
「彼女は死者の声を直接聞いたわけじゃないけど、彼らの体験に寄り添って、疑似的に聞こうとしている」
「聞くって、奥が深いのよ」絹江さんはもう一度言った。
僕は僕が今いる空間を意識した。それはマンションの八階であり、日本の首都のやや東側だった。僕がここにいるのは、たぶん、狭霧のためだ。狭霧があの家で一人で生きていたからだ。一つの空間に一人で生きるという狭霧の経験を僕は追おうとしていた。それは「聞く」なのかもしれない。僕はもうあの家で一人で生きている狭霧には会うことができない。話を聞くことはできない。いま彼女はとても遠くにいる。大陸の向こう側にいる。そこにいる彼女はあの家にいた狭霧とは別の経験を経ている。少し違った存在になっている。僕がイメージできる狭霧はもう実在しないのかもしれない。それは虚しい。そして重責を僕に感じさせた。狭霧が僕だけに晒した姿を僕は記憶しておかなければならない。
「僕はたぶん、ここに居続けるためにここに移住してきたんだと思います」僕は言った。
「居続けたい?」
「この空間を必要としている人を待っていたいような気がするんです。ちょっと僭越かもしれないけど、もし絹江さんが渋滞を避けるのにこの部屋が役に立ったなら、僕の今日一日の意味はそこに求めることができると思うんです」
「でもあなたは私のためにここへ移り住んだわけじゃない」
「まあ、はい。必ずしも」
絹江さんは手を組んでまた親指を回しながらしばらく考えた。
「もしあなたがもう少し大人で、もし私の親戚だったなら、あの家を任せてあげたかったわね」
なぜ僕がこの部屋に移り住んだのか、誰を待とうとしているのか、絹江さんは察しているみたいだった。
「いつか狭霧が戻ってきた時に、ここに来てくれればいいなって思ってるんです」
絹江さんは優しく頷いた。
「あなたはここで待つのね」
「はい」
「その役目はあなたにしか務まらない。私にはできない」絹江さんは僕の目をまっすぐ見て言った。
なぜ絹江さんではだめなのだろう。いまあの家を守っているのは彼女なのに。僕は一瞬そう思った。でもきっと絹江さんは狭霧を知らないのだ。姪としての狭霧しか知らない。生き物としての核のようなものを把握しているのは絹江さんではなく僕なのだ。絹江さんはそれを弁えていた。
番組は続き、時間は流れる。
二十三時になる五分前に絹江さんは腰を上げた。
「あなたにしかできない。だから、頑張りなさい。多くの人々と浅く広く付き合い、かつ自分の場所を強く守りなさい」
絹江さんはそう言って僕の頭に手を置いた。少し指を動かす。誰かに頭を撫でられたのはとても久しぶりだった。
でもそこにはためらいのような、不安のような、微妙な感情も含まれているように感じた。それは、震えだろうか。
「狭霧にもこんなふうにしてあげられればよかったんだけど、だめね、血縁ばっかり変に近くて」
とても長いポーランドの番組はまだ続いていたけれど、僕は見送りに出た。戸締りをしてエレベーターで一階に下りる。エントランスを出たところで絹江さんは振り返って「ここまででいいわ」と言った。
「じゃあ、お元気で」
僕はその場に立って、絹江さんが横断歩道の向こうへ渡るまで見送っていた。彼女がそこで振り返って手を振ったのが合図のように思えたので僕は中へ戻った。
思えば絹江さんは僕の部屋にとって最初のお客さんだった。引っ越しの直後で荷物は片付いていないし、ろくなもてなしもできなかった。けれど彼女が僕の客人であることに変わりはなかった。僕が彼女を招き、彼女はそれに応じた。
そしてそれは絹江さんが僕の部屋に上がった最初で最後の機会でもあった。僕はこのあとも何度か彼女と顔を合わせることになるのだけど、その場所は僕の部屋ではなかった。何人かの知り合いは幾度となく僕の部屋に入り、そして何人かの知り合いは――それはとても親密な仲になった人も含めて、という意味だけど――一度も僕の部屋に入らなかった。一度きり僕の部屋に入った人々だってきっとたくさんいるはずだった。でも絹江さんを除いて僕はその中の誰のことも明瞭には思い出すことができない。それらは名前も容姿もない漠然とした記憶に過ぎなかった。その一種の特異性によって絹江さんの「一度きり」は僕の中で非常に強い印象を持ち続けた。僕はその日のことを思い出す時、僕の髪を撫でた絹江さんの手の感触や、玄関で再びブーツをはく時の彼女の所作をとても鮮明に記憶の中から取り出すことができた。そしてその記憶は最後にエントランスで僕を振り返った彼女の深いまなざしで終わっていた。
部屋に帰ってきてもポーランドの番組はまだ続いていた。でも番組の雰囲気は少し変わっていた。音楽が明るくなっている。女優はクラクフの街を歩きながらレストランやケーキショップを渡り歩いていた。カメラはありがちな旅番組のように料理をアップで映し、女優もありがちなニコニコした顔でそれを食べていた。番組としての軸のブレを感じないでもないけれど、でも僕は女優のそういった普通の側面を見られて少し安心していた。あんなに鋭い感性を持った人がその鋭さをずっと剥き身のままで持ち歩いているのかと思うといささか心配だったからだ。普通の人間でも時には鋭い感性を発揮するし、鋭い感性を持った人も普段は人並みの喜怒哀楽の中で生きているのだ。
僕はその番組を終わりまで見て風呂に入った。湯船の中で目を閉じて、ビリー・ジョエルの「ザ・ロンゲスト・タイム」を小さく鼻歌に歌いながら、頭の上にあった絹江さんの手の感触を思い出していた。
狭霧にもこんなふうにしてあげられればよかったんだけど……。
絹江さんは僕だけのために僕の頭を撫でたわけじゃなかった。彼女自身のためにもそうしなければならなかったのだ。当然、僕は僕で、狭霧ではなくて、狭霧の代わりにもなれなかった。それは仕方のないことだった。けれど、僕は僕そのものとしてのみ撫でられていたわけでもなかった、ということになるのだろう。
僕はあの日の金工室でイメージした完全な包容力を持った天使のことを思い出した。それはきっと現実には存在しえないからこそ天使なのだ。
僕はいま広い部屋の中で一人きりだった。その事実が急に心に浸みてきた。引っ越してきてこの方感じたことのない感覚に襲われる。それはたぶん孤独感だった。僕はいくらか試行錯誤して、結局自分の膝を抱いてそれに耐えるしかなかった。
ねえ、狭霧。孤独や不安は君だけのものじゃなかったんだ。完璧な包容力などというものは、でも、天使のように現実には存在しないもの、想像上の美しさに過ぎない。手の上に乗せたり、両腕で強く抱きしめたりできるものじゃないんだ。その質感を知っている人間なんてどこにもいない。そんなものはあり得ない。
なぜ完璧な包容力が存在しないのだろうか。その答えは、たぶんこういうことだろう。人間は自分を大切にしなきゃいけない。他人にかかりきりになるのは容易なことじゃない。だから、どれだけ切りつめても、ごめん、もうこれ以上は私には無理なの、これ以上は優しくなれないの、という地点がある。人はその一線を超えて自分を犠牲にしてやることはできない。あるとすれば、それは本当に命を賭けることになる。自分の臓器を提供するためにこめかみを撃って自殺をするようなものだ。そんなことをできる人間が居るのだろうか。居るのかもしれない。でもその包容を受けた人が実感を得た時、それをくれた人はもう存在していないかもしれない。存在し得ない。少なくとも、僕の周りには。
そんなものを求めて誰かを頼ろうとすることはとても危険なことじゃないか。だったら、誰にも求めない。でも、もし求められたら、それに気づけたら、その時は試してみるのも悪くない、と思う。
それが自分の場所に一人で居続ける意味を見定めた夜の出来事だった。




