真竜の願い4
そんな2人の姿を見ていたベルはというと、いい方向に話がまとまったのを確認してから、1点だけある警告をしてきた。
「2人とも互いに本音を吐き出したことで、すっきりとしたいい顔になったようだな。
だが1つだけ問題を忘れてはおらぬか?」
ベルの指摘に、メイアは少しだけ考えた後、すぐに答えへ辿りついた。
「・・・それは・・・フウのことですね?」
「うむ、そうだ。」
だがフウロンはまだわかっていないようで、自分の名前が出たことに驚きの声をあげていた。
「えっ!?私ですか!
・・・何も思い当たることがないのですが・・・」
本気でそう口にしたこのフウロンの言葉で、それまで緊迫していた場が、一変して呆れた雰囲気になった。
「フウ、貴女ねぇ・・・」
「これは重症であるな。」
「どうして2人してそんな顔で私を見てるのですか!
いったい私が何を忘れていると言うのですか!」
何故自分がここまで責められるか、まだわかっていないフウロンに、2人がその理由を説明した。
「フウ、貴女だけなのよ、マコト様の注意を忘れて、その場の状況に流されて秘密を暴露してしまったのは。」
「でっ、でもそれは、フォンフォンや貴女も同じでは・・・」
「さっきも言ったけど、フォンも私もその場の状況を考えてから発言しているわ。
でもフウ、貴女は違うでしょ?
何も考えずにその場の勢いで発言していたじゃない。」
「うぐっ・・・それは・・・」
図星を突かれて何も反論できなくなったフウロンの姿を見て、メイアはどうしたものかと考えだしてしまった。
「はぁ・・・今回はしょうがないけど、これから先が心配だわ。
何かいい方法はないかしら・・・」
そこへ更にベルが追い打ちをかけた。
「もし今回と同じようなことがあれば、マコトはともかく、シルフィナが黙っておらぬだろう。
それこそ説教を通り越して、お仕置きされることは間違いないであろうな。」
さすがにシルフィナの名前とお仕置きがセットで出たので、フウロンの背中に冷や汗が流れ、絶望の未来が思い浮かんだ。
「っ!?・・・そっ、そんなぁ・・・」
「お仕置きが嫌なら、今後は自身の行動に気を付けるのだな。」
「はい・・・肝に銘じます。」
「その言葉を忘れぬことだ。」
「わかりました・・・」
ベルからの注意が終わり、フウロンはようやく一息つくことができたのだが、気が緩みすぎて、つい本音を口にしてしまった。
「しかしこの場にシルフィナさんがいなくて、本当に良かったと心から思います。
せめてシルフィナさんのいる前では、ボロを出さないように気を付けないといけませんね。」
これを聞いたベルは、心底呆れていた。
「・・・これでは本当に先が思いやられるな。」
「えっ?・・・それはどういうことですか?」
「おそらく見ておるぞ。」
「・・・はい?」
ベルが言った言葉の意味がわかっていないフウロンに、メイアが要点だけを説明した。
「フウ、貴女もこれまでフォンと共にマコト様たちと行動していたのなら知っているはずよ。
シルフィナさんにとっては、その場にいなくても状況を知ることくらいはお手の物だって。」
ここまで聞いて、ようやくフウロンは自分が何をしてしまったのか気づいたようだ。
「・・・はっ!そっ、それでは・・・」
「たぶん今もここの状況を視ているでしょうね。
こうなったらシルフィナさんにフウの教育をお願いしようかしら。」
本気で悩むメイアの姿に、フウロンは反射的に答えていた。
「そっそっそっそれだけは止めてください!」
しかしこれこそが、今後の明暗をわけることになった。
そしてメイアとベルは、そんな猛烈に拒否するフウロンの姿を見て、盛大な溜息をついていた。
「はぁ・・・(×2)」
「フウ、貴女やってしまったわね。」
「うむ、おそらくこれは決定的であるな。」
先程から何も学習していないフウロンに、2人は憐憫の眼差しを向けていた。
「なっ、何ですか、2人共!
私が何をやったというのですか!」
さすがにそのような視線に耐えられるわけもなく、フウロンが2人に答えを求めてきた。
だがそれはもう遅かったのだ。
メイアとしては娘を不憫に思ったのか、答えを口にしようとした。
「それは・・・あら、あれは何かしら?」
しかし言葉の途中でメイアが何かに気づいたらしく、視線を上空に向けたのだが、フウロンはそれどころではなかった。
「そんなことは今はいいですから、早く私が何をやったのか教えてください!」
するとベルも上空の異変に気づいたようだ。
「いや待て、あれは・・・どうやら遅かったようだな。」
「ですから今はそんなこと後回しで・・・うわっ!?」
フウロンが頑なに2人が何を気にしているのかを後回しにして話の続きを促しているところへ、突然ものすごいスピードで落ちてきた何かが、フウロンの足元に勢いよく突き刺さった。
「なっ、何ですかこれは・・・」
それは1枚の小さな紙だった。
フウロンが恐る恐るその紙を覗き込むと、そこには文字が書かれていた。
「何か書いてあるようですが・・・」
そしてそこに書かれている内容を見たフウロンの顔色が、一気に青ざめていった。
『お仕置き、は今回大目に見ましょう。
しかしお説教は覚悟してくださいね。』
フウロンは最後まで読み終えると、恐怖のあまり反射的にその場から後ろへ飛び退いてしまった。
「ひぃぃぃっ!」
そんなフウロンの背中から、今度はメイアが優しく抱きついてきて、何故か口を塞いだ。
更にフウロンの耳元で、どうすればいいのかを伝えてきた。
「落ちつきなさい、フウ。
それとこれ以上余計なことは口にしないこと、いいわね?」
フウロンが1度だけゆっくり頷いたのを確認すると、これからのことについて提案してきた。
「フウ、これから私が言うことに対して、何も反応しては駄目よ。
声はもちろん、表情を変えることも、私の言いたいことがわかるわね?」
再びフウロンが1度だけゆっくり頷くと、メイアは塞いでいた口を解放した。
「いい子ね。」
そしてメイアは誰もいない上空に向かって、シルフィナに向けて言葉を発した。
「シルフィナさん、今回の事は私にも責任があります。
ですから今回フウのことは見逃してはいただけないでしょうか?
代わりに私がお説教でもお仕置きでも何でも受けますので。
それに今晩フウは、マコト様の寝室に呼ばれております。
もしこの後お説教を受けてしまえば、せっかくの初夜が見送りになってしまうこともありえます。
それはマコト様の望むところではないと私は思いますが、いかがでしょうか?」
シルフィナからの答えを待って、少しだけ沈黙が続いたが、すぐに上空から1枚の紙がヒラヒラと舞い降りて、メイアの手の上に乗った。
『仕方ありませんね
今回はメイアさんの顔を立てて不問とします
マコト様が悲しまれるのは私も不本意ですので』
内容を見て、メイアは内心で安堵すると、丁寧に頭を下げて感謝の言葉を伝えた。
「ありがとうございます、シルフィナさん。
今後このようなことが無いよう、私の方から十分に言い聞かせておきます。」
フウロンはメイアのこの言葉で、自分が今回は見逃されたことを悟った。
ただメイアとの約束を守り、それを一切表には出さず、内心で盛大に喜んでいた。
そんなフウロンだったが、メイアの言葉の続きを聞いて、その喜びが一気に吹き飛ぶことになる。
「しかしそれでもフウが同じ過ちを繰り返してしまう可能性は非常に高いと思います。
ですから、もし次に同じようなことがありましたら、私も心を鬼にして今度こそ本人に責任を取らせます。
そのときはシルフィナさんに全てお任せいたしますので、煮るなり焼くなりお好きなようにご指導をお願いします。」
そのためメイアを止めようとして、無意識に声を出してしまった。
「えっ?ちょっと待、ふがっ!?」
だがあらかじめそうなることを予想していたのか、状況が悪化する前にメイアが再びフウロンの口を両手でガッチリと塞いでいた。
それが功を奏したのか、再び紙が1枚上空からヒラヒラと舞い降りてくると、メイアの手の上に乗った。
『当然、そのときは容赦しません』
「お願いします。」
こうして今回の問題行動については、なんとか不問を勝ち取ることができたのだが、これを喜んでいるのはメイアだけだった。
フウロンだけは何かを言いたそうに、ジッとメイアに視線を向けていたのだ。
しかしそれもすぐに収まった。
突然上空に2つの映像が映し出されたからだ。
そこにはそれぞれロンフォンとマリスが映っており、3人はすぐに頭を切り替えると、映像の方へ意識を集中したのであった。
山脈の頂上付近へとやってきたロンフォンは、不自然に開けた場所で足を止めた。
そこは戦うために作られたらしく、相手は居座るように、その場所で待っていた。
そんな相手の姿はというと、予想していたものとは全く違うものであった。
一見すれば龍に見えなくもないのだが、何故か胴体の辺りに巨大な甲羅が存在しているのだ。
しかも甲羅の前面にある3つの穴からは頭が1つずつ合計3つが、後ろにある3つの穴からは尻尾のようなものが1つずつ合計3つが出ていた。
その姿はまるで異形の巨大な亀のように見える。
思わずロンフォンは、見た目をそのまま口にしてしまった。
「・・・亀ですね。」
更にパイとヘイも、この意見に同意していた。
『亀だねぇ。』
『亀、です。』
するとロンフォンの声が聞こえていたのか、相手が猛烈な抗議をしてきた。
「誰が亀だゴラァッ!
ふざけんじゃねーぞ!
俺はどっからどう見ても龍だろうがぁ!」
それを聞いたロンフォンの表情が、何故か少しだけ険しくなると、無防備に相手の前へと姿を現した。
そして唐突にある質問をした。
「お前、何者です?」
ロンフォンが物怖じせずに平然と質問すると、逆に脅すような口調で質問を返された。
「ああん?てめーこそ誰だ?
何で俺の縄張りに入ってきたんだゴラァ!」
その程度でロンフォンが怖気づくわけもなく、淡々と自分の質問を優先するように要求してきた。
「聞いているのは此方の方です。
さっさと答えなさい。」
するとこれ以上問答が続くのを嫌ったのか、嫌々ながらもあっさりと正体を明かした。
「めんどくせーなぁ・・・見てわかんだろ、龍だよ龍。
俺は最強の龍、狂龍ことクレイジードラゴン様だ!
どうだ、あまりの恐ろしさに、声も出ねーだろ!」
わざと威嚇して相手を怖がらせるような態度をとる狂龍だったが、ロンフォンは平然と興味なさそうに答えた。
「別に、普通ですが?」
そんなロンフォンの態度に白けたのか、途端にやる気を失って
「ちっ、これだから鈍感な奴は・・・まぁいい。
俺は答えたぜ、次はてめーの番だぜ。」
当然今度は自分の質問に答えると思っていた狂龍だったが、ロンフォンは即答で拒否した。
「お断りします。」
「てめー・・・俺を舐めてんのか!」
怒り狂う狂龍だが、ロンフォンは全く怯まない。
「お前なんか汚くて、此方は舐めたくありません。」
的外れなロンフォンの答えに、当然狂龍の怒りは上乗せされる。
「それが舐めてるって言ってんだ!」
狂龍が更に怒りを増す一方で、ロンフォンはそろそろ相手をするのが面倒になってきているようだ。
「はぁ・・・これだから話の通じない相手との会話は面倒臭いです。」
「てめーにだけは言われたくねーっ!」
ロンフォンは狂龍の言葉を無視して、話を打ち切った。
「話は終わりです。
早くかかってきなさい。
すぐに此方がお前を倒してやります。」
そう言ってロンフォンが構えて手招きしたのだが、その姿を見て狂龍が盛大に笑い出した。
「はぁ?てめーが?俺を?倒す?・・・ぶっ、ぎゃははははははぁ・・・てめー馬鹿か?
最強の龍である俺が、てめーみてーなちんちくりんに負けるわけが・・・」
それまで馬鹿にするような目でロンフォンを見ていた狂龍だったが、急に全身を舐めるような視線に変わる。
そして更にその視線が下卑たものに変わると、途端に顔がにやけてきた。
「・・・てめー、よく見ると龍人族だな?
それに上玉じゃねーか。
こいつはちょうどいいぜ。
ここんとこしばらくご無沙汰で溜まってたところだ。
てめーには特別に、俺の下の世話をさせてやるぜ。」
ご機嫌な狂龍とは逆に、当然ロンフォンは嫌悪感を抱いて頑なに拒んだ。
「絶対に嫌です。」
すると狂龍は、ロンフォンがそう答えるのを待ってましたとばかりに喜んでいた。
「ぎゃははははははぁ、そうこなくっちゃな!
だが、てめーに拒否権なんてあるわけねーだろ!
嫌がるてめーを俺が無理やり犯すんだからよぉ!
やっぱ女を犯すなら、絶望する顔を見ながらするのが一番興奮するからな!
そういう意味では、てめーは俺の好みにピッタリだぜ!」
この狂龍の言葉を聞いて、ロンフォンはそれまで抱いていた疑問が確信に変わった。
「今のでハッキリしました。」
「ああん?てめー何言って・・・」
「その口調、その声、そして下品で性格がねじ曲がった最低の下種。
お前、龍神の孫ですね。」
ロンフォンに思いもよらない指摘をされると、狂龍から表情が消え、殺気混じりの視線が向けられた。
「・・・てめーが何でそいつを知ってやがる!」
「やはりそうでしたか。」
「てめーいったい何者だ!答えろ!」
「これから倒されるお前が知る必要はありません。」
「だったら、てめーの身体に直接聞いてやるよ!」
こうして先に動いた狂龍が、戦いの火蓋を切った。
狂龍は頭と尻尾を全て甲羅の中に引っ込めると、そのまま横に転がってロンフォンへと向かってきた。
しかし勢いはあるものの、巨体の所為か動きはそれほど速くはない。
これをロンフォンは余裕で躱してみせた。
するとそれまで直線的な動きだった狂龍が、大きな弧を描いて方向転換をし、再びロンフォン目掛けて転がってきたのだ。
当然これもロンフォンは余裕で躱す。
そんなことが数回続くと、狂龍は甲羅から頭と尻尾を出して、一旦転がるのを止めた。
「ぎゃははははははぁ、やるじゃねーか。
だったらこいつはどうだ!」
そう言って狂龍は再び頭と尻尾を全て甲羅の中に引っ込めると、横に転がってロンフォンへと向かってきた。
だが今度はそれだけではなかった。
頭や尻尾が出ていた甲羅の穴から、勢いよく何かが噴き出してきたのだ。
それが推進力となり、狂龍の転がる速度と威力が格段に上がった。
するとこれまでとの速度差の所為か、ロンフォンは避けずに立ち尽くしている。
そして転がる狂龍が、そのままロンフォンを轢いた。
すぐに狂龍が止まると、甲羅から頭だけを出して状況を確認していた。
「何だよ、ちょっと本気を出したら終わっちまったじゃねーか。
もったいねーことしちまったが、俺のことを知っちまった奴を生かしたまま逃がすと、逆に俺が消されちまうからな。
生きた女は次までお預けだな。
しゃーねー、戻っていつもの人形で我慢しておくか。」
やる気を失った狂龍は、その場を後にしようと背を向けた。
「誰に消されるのです?」
だが突然後ろから声をかけられ、狂龍は勢いよく振り返った。
そこには無傷のロンフォンが立っていたのだ。
その姿を見て、狂龍の表情が醜く歪んだ笑顔に変わった。
「てめー・・・何で生きてやがる!」
「逆に聞きますが、あの程度で此方がやられたと、どうして思ったのです?
あまりの遅さにゆっくり動いてあげたのですが、お前には此方の動きが全く見えなかったようですね。
まさに鈍亀です。」
「鈍亀、だとぉ・・・上等だ!
てめーは跡形も無くミンチにしてやるぜ!」
「お前は馬鹿ですか。
跡形も無くなったら、それはミンチとは言いません。
これだから馬鹿の相手は疲れます。」
「誰が馬鹿だぁゴラァ!」
「此方の質問を忘れて答えられない馬鹿を、馬鹿と言っただけです。」
「質問だぁ?・・・何だそりゃ?」
「まぁその辺りは此方の管轄外ですから、別に答える必要はありません。
事前に何も言われていないということは、此方がわざわざ聞きだす必要は無いということでしょう。
そして結果がどうあれ、お前が消えることは決定なのですから。」
「てめー何言って・・・まぁいい。
だが避けるだけしかできねーてめーが、俺を消すだと?
ぎゃははははははぁ、そういうことは俺を倒せるだけの攻撃を当ててから言いやがれ!」
「気づいていないとは、本当に鈍亀ですね。
いえ、もう亀ではないですか。」
「何だと?てめーどういう・・・」
そう言った瞬間、狂龍の甲羅に一筋の亀裂が入った。
それを起点に、亀裂はあっという間に細かく全体に広がり、狂龍の甲羅が粉々に砕け散った。
現れたのは、1つの同体から3つの頭と尻尾が生えた、言われれば龍に見えなくもない姿だった。
「なっ!?俺の鎧が!」
「鎧?甲羅の間違いではないのですか?
ですがこれで何とか龍に近づいたので良かったではないですか。
鈍龍くらいには見えますよ。」
ロンフォンに馬鹿にされ、狂龍は再び戦闘態勢に入った。
「・・・ぶっ殺す!」
「その手の話はもう聞き飽きました。
準備運動はここまでです。
ここからは此方の番です。」
ロンフォンがそう言うと、腕輪が光って左手に黒、右手に白のグローブが装着された。
「やれるもんならやってみやがれ!
てめーの攻撃なんざ、俺が持つ加護の力で・・・」
狂龍が最後まで言葉を口にする前に、ロンフォンの姿が突然視界から消えたと同時に、狂龍の左の頭が破裂して四散した。
「やはりこの程度ですか。」
「なっ、なっ、なっ・・・なんじゃこりゃぁ!?」
狂龍は自分の身に何が起きたのか理解できず、ただただ驚くことしかできなかった。
しかしすぐに時間が巻き戻ったかのように、四散した肉片が集まってきて、左の頭が元に戻った。
その様子を見ていたロンフォンは、少し面倒臭そうな表情をしていた。
「・・・思っていたよりも元に戻りはじめるのが早いですね。
あちらと合わせるのは、少し時間がかかりそうです。
ですがこれはこれでいい訓練になります。」
あきらかに格下として見ているロンフォンの言葉に、狂龍がとうとうブチ切れた。
「最強の龍である俺を相手に訓練だと・・・殺す・・・殺す殺す殺す!
てめーは俺を本気で怒らせた!
俺を本気にさせたことを後悔しながらあの世に叩き落してやる!」
「はぁ・・・御託はいいから早くかかってきなさい。
此方がお前に引導を渡してやります。」
「死ねーっ!」
狂龍は龍神力を発動し、全力でロンフォンへと突進してきたのだった。
一方その頃マリスたちは、渓谷の中でも一番幅広く深い場所の前へとやってきていた。
そこでは既に相手が待っており、マリスの姿を見つけると、すぐに声をかけてきた。
「あら、久しぶりに侵入者がいると思って見に来てみれば、まさか龍人族、それも女とはね。
一応聞いておくけど、貴女は迷い込んでここにいるわけではないわよね?」
それは3つの頭と3対の翼を持つ翼竜で、その見た目とは違って女性の声だった。
これに対してマリスは、正直に答えた。
「自らの意思で私はここにいる。」
会話が成り立つとわかると、翼竜はすぐに攻撃せず、話を継続した。
「つまり、貴女の目的は、私、ということかしら?」
「そうだ。
私はお前を殺しに来た。」
マリスが目的を簡潔に答えると、翼竜は恍惚とした表情で嬉しそうにしていた。
「ふっ、ふふふっ・・・いい・・・いいわぁ、貴女、すごくいい!
ちょっと強くなったからって、自分が最強だと勘違いしちゃう、龍人族によくいる典型的な自意識過剰なお馬鹿さんだわ。
でもぉ、若くて無知というのは罪よね。」
「・・・」
そんな翼竜の姿に、マリスは何も答えない、というよりは答えたくないといった表情で、黙って聞いていた。
構わず翼竜は話を続ける。
「だけどそんな貴女みたいな勘違いしちゃう子、私はとっても大好物なのよ。
だって心を折ってあげたときの絶望に満ちた顔、あれを見るのが私の何よりの楽しみなんだもの。
私は最強の竜、狂竜ことマッドドラゴンよ。
さぁ、貴女はどんな顔で鳴いてくれるのかしら?」
さすがにこれ以上黙っていると、更に気分が悪くなりそうなことを狂竜が言いそうだと思ったのか、ようやくマリスが口を開いた。
そこで一緒に気になっていた、狂竜と重なる人物のことも口にした。
「サディストとは、趣味が悪いな。
まるで話に聞く、竜神の身体を乗っ取っていた奴にそっくりだ。」
このマリスの言葉を聞いた瞬間、狂竜から表情が消えた。
「っ!?・・・貴女、竜神の話なんてどこで聞いたのかしら?
今の世に、あの当時の連中の性格なんて、正確に伝わっていないはずなのだけど?
それを知っている貴女は、いったい何者なのかしら?」
狂竜が殺気を込めた視線を向けて威圧してきたが、マリスは全く意に介していない。
「私に答える義務はない。」
きっぱりと拒絶したマリスの姿に、狂竜は楽しそうな笑みを浮かべると、それ以上は何も聞いてこなかった。
「まぁいいわ。
だったら・・・直接その身体に聞けばいいだけよ。
さぁ私を楽しませてちょうだい!」
強硬手段へと切り替えた狂竜は、マリスの返事も待たずに、すぐ行動に移した。
狂竜は3対の翼を大きく羽ばたかせると、一気に上空へと昇りマリスの上を取った。
そして3つの口からそれぞれ、火、氷、雷が込められたブレスを、マリスに向けて放ってきたのだ。
ブレスはマリスが立っていた場所を跡形も無く吹き飛ばした。
そのあまりの威力に、辺り一帯の視界が爆煙で塞がれてしまった。
しかし狂竜の攻撃は、それだけでは終わらない。
更に何度も何度もブレスを放ち、渓谷を破壊しながら蹂躙していた。
しばらく続いたブレスだったが、突然狂竜が攻撃を止めた。
完全に最初とは地形が変わってしまい、ブレスが放たれた場所は、渓谷を更に険しく作り変えていた。
狂竜はその光景を見ながら、満足そうにしている。
「・・・ふぅ・・・ちょっとやり過ぎちゃったかしら?
・・・ふふふっ・・・あははははははははぁ・・・快っ感っ!
やっぱり一方的に蹂躙するのは楽しいわ。
あの子の正体が気になるところだけど、さすがに聞くのは無理かしら。
もしまだ息があれば、それはそれでまた別の楽しみ方ができるのだけど・・・でもこれじゃぁ何も残っていないでしょうね。」
自分が破壊した跡を見ながら満足そうに狂竜がそんなことを言っていると、突然後ろから声をかけられた。
「何もかも自分の想い通りになるとは思わないことだ。
お前程度なら尚更だ。」
「っ!?」
慌てて真ん中の頭で後ろを向くと、そこには無傷のマリスが狂竜の背中に立っていた。
「・・・貴女、いつの間にそんなところへ移動したのかしら?」
探るように聞いてきた狂竜に、マリスは小馬鹿にしながら答えた。
「何だ、見えなかったのか?
私としてはゆっくり動いたつもりだったのだがな。
あの程度の動きも見えないとは、やはりこの程度だったか。」
「っ!?・・・今のはただの小手調べなんだから、あまり調子に乗らない方がいいわよ。」
「だったら早いところ本気を出せ。
でないとお前はすぐに死ぬぞ。
お前も本気を出せずに死ぬのは、不本意ではないのか?」
「ちょっと私の攻撃を避けられたからって、ずいぶん調子に乗ってくれちゃってるわね。
私が本気を出せば、貴女程度なんか一瞬で・・・」
狂竜はマリスがたまたま運良く自分の攻撃を避けることができたと思っているようだ。
そのため、やれやれといった表情で、自分の方が上であるように見せようとしていた。
しかしそれを面倒だと思ったのか、マリスが言葉の途中で動いた。
「・・・はっ!」
軽く気合の言葉を口にしたマリスが、右手で空中を殴ったのだ。
その先には狂竜の右の頭があり、それが木っ端微塵に弾け飛んだ。
「なっ、何をしたの!」
突然のことに狂竜は答えを求めてきたが、マリスは問答無用で拒否した。
「いい加減にしろ。
本気で戦う気が無いのなら、もう終わりにするぞ。」
マリスの威圧に一瞬だけ怯んだ狂竜だったが、すぐに跳ね除けて意識を戦闘に切り替えた。
「っ!?・・・いいわ、貴女の望み通り、本気を出してあげる。
後悔しても知らないわよ!」
狂竜は先程までとは違い、全力で竜神力を発動すると、その鋭い爪でマリスを攻撃してきたのだった。




