真竜の願い3
その後簡単な打ち合わせを行ってから、マコトたちは武国を後にして二手にわかれ、それぞれ山脈と渓谷へと向かった。
ちなみにマコトが山脈と渓谷の手前までゲートでつなげたため、移動には全く時間がかからなかった。
そして渓谷の方へとやってきたのは、マリスたちだった。
あと数歩も進めば縄張りへと踏み込むことになり、相手も気づいて動き出すことだろう。
その前にマコトが、マリスへ最終確認を行っていた。
「マリス、俺が言ったことは覚えているな?」
「問題ない。」
「じゃぁ俺が何を言っていたか答えてみろ。」
「まず、相手を倒すのは1分毎で、フォンさんとのタイミングが合って、相手が復活しなくなるまで何度でも続ける、だ。
それと、私の相手は攻撃特化だから、防御に回らず常に先手先手で攻撃をしていく、だったな。」
得意げに答えたマリスだったが、マコトは続きを促してきた。
「あとは?」
「あと?・・・他に何かあったか?」
「お前なぁ・・・」
マコトが呆れていると、突然マリスの腕輪が光ってアズールが現れた。
そして手に持っている少し大きめの扇子状の物、ハリセンで、勢いよくマリスの頭を叩いたのだ。
『スパーン!』
実はこのハリセン、ここに来る前にシルフィナからもらったものである。
厚手の紙のような材質ではあったが、かなり力を入れて叩いたにもかかわらず、少しも折れることなく真っすぐなままだ。
きっとすぐに必要になると言われて渡されたものの、そのときのアズールには意味がわからなかった。
しかし今ならわかる。
こうなることを見越して、あらかじめシルフィナが渡してくれたのだということが。
ただ派手な音はしたものの、マリスはそれほど痛みを感じていない。
だが叩かれる理由が思いつかなかったようで、マリスが真剣な表情で文句を言ってきた。
「・・・痛いぞアズール、急に何するんだ。」
そう口にしたマリスに、アズールは問答無用でもう一度頭を叩いた。
『スパーン!』
「マリス!貴女という人は・・・マコト父様の大事なお話しを忘れるとは、恥を知りなさい!」
アズールがどうしてそんなに怒りをあらわにしているのかわからなかったが、とりあえずマリスは自分の言い分を伝えた。
「何をそんなに怒っているんだ、アズールは。
そもそも私は忘れてはいないぞ。」
「だったら早く答えなさい!」
「それは無理だ。
記憶にないからな。」
その答えにアズールは持っていたハリセンを強く握りしめた。
「それを・・・忘れたというのです!」
そして力の限りマリスの頭を三度叩いたのだ。
『スパーン!』
まだ自分が叩かれた理由を本気で理解していないマリスは、相変わらず真剣な表情のまま文句を口にしていた。
「・・・だから何をする、痛いぞ。」
これ以上問答を続けても無駄だと悟ったアズールは、自分の口からマコトが何を言っていたのか説明した。
「はぁっはぁっ、もういいです。
いいですかマリス、マコト父様が仰っていた残りの1つ、それは、できる限り自分の力だけで倒すこと、です。」
「それはつまり・・・どういうことなんだ?」
いまだに理解していないマリスに呆れながらも、時間を気にしてアズールはすぐに説明した。
「はぁ・・・ここまで言ってもわからないとは・・・仕方ありません、これ以上の問答は時間の無駄です。
つまりですね、私を使うのは構いませんが、まずは私の能力を使わずに倒す方法を考えなさい、ということです。
まさかとは思いますが、私の能力がどのようなものか、それすら忘れたとは言いませんよね?」
「失敬な、それは覚えているぞ!」
さすがにそこは覚えていたようで、馬鹿にされたと思ったのか、マリスは割と本気で怒っている。
そんなマリスのことを内心嬉しく思いながらも、アズールは表情に出さず、本来の目的へと話を戻した。
「ならばあえてこの場では聞きません。
さぁ、理解したのでしたら、いつまでもここで足を止めているわけにはいきません。
早く行ってすぐに終わらせますよ。」
それだけ言うと、アズールは再び腕輪に戻ってしまった。
マリスもアズールの意見には賛成のようで、皆へと出発の挨拶した。
「それもそうだな。
ではマコト、ミィさん、ルフェさん、行ってくる。
リュジュさん、吉報をお待ちください。」
「油断だけはするなよ。」
「行ってらっしゃいなのよ。」
「頑張ってねーっ。」
「・・・うむ、頼んだぞ、マリスよ。」
マリスは4人に見送られて、そのまま渓谷の奥へと入って行ってしまった。
そんなマリスの背中を、リュジュだけが複雑そうな表情で見送りながら、何かを聞きたそうにしながらも我慢していた。
しかしマリスの姿が見えなくなると、マコトへと先程のやり取りについて聞いてきたのだ。
「・・・マコトよ、先程のはいったい誰なのだ?」
どうやら先程紹介しなかった人物のことが気になっていたようだ。
すぐにマコトはリュジュの質問に答えた。
「ああ、アズールのことか。
これまで共に成長してきた、マリスのパートナーだ。
少し前に進化して人型になることができるようになったんだ。」
「パートナー?人型?」
初めて聞く内容のため、当然リュジュの理解は追いつかない。
そのためマコトは、続けて詳しい説明を付け加えた。
「簡単に説明すると、精命の樹から生まれた精霊の欠片を武器に宿し、進化したことで新たな種族として生まれ変わったんだ。
俺たちは武精族と呼んでいる。
まぁ精霊とは親戚のようなものだな。」
話に懐かしい知り合いのことが出てきたので、リュジュは大筋を理解したようだ。
「なるほど、あの者が関わっておるのなら、あのような不思議な種族がいてもおかしくはないな。
しかし精命の樹とは、これまた懐かしい名前が出てきたものだ。
そうか、あの者もまだこの時代に生き残っておるのだな。」
「ああ。
今はまだ眠りについているがな。」
「あの者は気が長いからな。
時がくればその内目を覚ますであろう。
しかしこれまで我の感知に全くかからぬとは、あの者はよほど上手く隠れておるのだな。」
「それは違うぞ。
精命の樹がいるのは、今いる物質世界ではなく精神世界、ある意味こことは別世界だからな。
普通に感知することはできない場所だ。」
「ほう、そのような場所があるとは初耳だ。」
「まぁ普通に見つけることも行くことも難しいからな。」
「それについては後で聞くことにしよう。
そんなことよりも、今はマリスのことだ。」
「そうだな。
もう少しで相手と接敵するみたいだからな。」
マコトはもうすぐ戦闘がはじまるため、リュジュがマリスのことを気にしていたのだと思っていた。
そのため戦闘が行われる場所に眼を向けようとしたのだが、どうやらリュジュが言ったのは違う意味だったようだ。
「そうではない。
我はマリスのことがわからなくなってしまったのだ。」
「どういうことだ?」
「ここに来る前に我と話していたときのマリスは、聡明な者だと感心しておった。
だが先程の其方たちとのやり取りを見て、どちらが本当の姿なのかわからなくなってしまったのだ。」
どうやら先程と武国で最初に逢ったときとで、マリスの対応にあまりにも差があったため、リュジュは少し混乱しているようだ。
そんなリュジュに、マコトは自分の考えを伝えた。
「どちらもマリスだし、他にもいろいろな面を持っている。
だからあまり深く考えると、損するのは自分だぞ。
ああいうもんだと割り切って、気楽に考えた方がいい。
普通はほとんどの奴が、表に出さない自分や、相手によって使い分ける自分をいくつも持っているものだからな。
それは誰にでも言えることだ。」
「そうなのか?
我は相手が誰であろうと変わらぬと思うがな。」
「自分でそう思っていても、意外と気づいていないだけで、他人が見たらどう思うかは人それぞれだからな。
現にマリスは、自分はいつでもどこでも相手が誰でも変わらないと思っているぞ。
しかし場所や相手が変われば、第三者の目からは違って見える場合もある。
それがさっきのマリスというわけだ。」
「なるほど・・・我はしばらく誰とも顔を合わせていなかったから、余計にその違いに驚いてしまうのかもしれぬな。
言われてみれば、人とはそのようなものだったと、遥か昔に思っていたことを少し思い出した。
今後は人との接触を増やしてみるのも面白いかもしれぬな。」
「それがいい。
ずっと1人よりも、大勢と一緒にいる方が、今まで見えなかったものも見えてくるだろうからな。」
「うむ、それについては考慮してみよう。
さて、マリスの方はそろそろか?」
「ああ、互いに視界に入ったところだ。
相手もマリスを敵として認識したようだな。」
「そこまでわかるとはな。
しかし様子が見えぬのはもどかしいぞ。
やはり我らも近づいた方がいいのではないか?」
「大丈夫だ。
あっちの様子はここから見ることができるからな。」
そう言ってマコトは、両手に力を集中して、それを上空へと放った。
すると空中で弾けて、そこにマリスとロンフォンの姿がそれぞれ映ったのだ。
突然2人の姿が映像として現れたことに、リュジュは驚きの声をあげた。
「なんと!
離れた場所からあちらの様子を見ることができるとは、其方は何でもできるのだな。」
「それは違うぞ。
俺は俺ができることしかできないし、やったことがないことはできるかわからない。
それは当たり前のことだと思うが、違うか?」
「確かに其方の言う通りではあるが、我には其方ができないことがわからぬ。」
「まぁ俺にもできないことはある、いろいろとな。
だが今はそんなことより、はじまるぞ。
自分が何のためにここにいるのか忘れたのか?」
「・・・そうであるな。
今は2人の戦いに集中するとしよう。
我には最後まで見届ける義務と責任があるのだからな。」
リュジュはマコトが言った言葉を気にしながらも、今は映像に映る2人の姿へと意識を集中したのだった。
一方、山脈へと向かったロンフォンたちも、あと数歩で相手の縄張りというところで最後の確認を行っていた。
「フォンフォン、マコト様が大丈夫だと仰っていたから問題無いとは思いますが、くれぐれも気を付けてくださいね。
絶対に油断をしてはいけませんよ、いいですね?」
「フウ姉ねは心配しすぎです。
今の此方の力なら、どれだけ不利な相手であろうと、全て粉砕してみせます!」
「あまり自分の力を過信しすぎると、相手に足元をすくわれますよ。」
「大丈夫です。
それに此方には2人も一緒にいるのですから、負けるなど絶対にありえません!」
ロンフォンが自信満々にそう言うと、腕輪が光ってパイとヘイが姿を現した。
「まあまあフウ姉さん、僕たちが気を付けているから、少しだけ大目に見てあげてよ。」
「私も、気を付ける、です。」
「それにフォンは、今の力を早く試したくてうずうずしてるだけだから、戦闘がはじまればすぐいつも通りになるよ。」
「私も、そう思う、です。」
「2人がそこまで言うのなら、仕方ありませんね。
フォンフォンのことお願いしますね、パイ、ヘイ。」
「任せて。」
「頑張る、です。」
するとこの3人のやり取りに、ロンフォンが不満の声をあげた。
「・・・何か納得いきません。
此方の言葉は信じてくれないのに、どうして2人言葉なら信じてくれるのですか!」
「違うのよ、フォンフォン。
私はただフォンフォンのことが心配で・・・」
なだめようとしたフウロンだったが、ロンフォンは聞く耳を持ってくれなかった。
「フウ姉ねのことなんて知りません!
此方は此方の好きにします!」
「そんなぁ・・・」
そこへ見かねたメイアが、2人の仲裁に入ってきた。
「こらっフォン、思ってもいないことを、その場の勢いで言っちゃ駄目よ。
後で絶対に後悔するわよ。」
「でもフウ姉ねが・・・」
「フウがしつこく注意するのは、大事な妹を心から心配しているからよ。
私も少し過保護すぎるとは思うけど、今は我慢してあげなさい。
そのためにもまずは今回の依頼を安全、確実に成功させて、少しでもフウを安心させてあげましょう。
そうすれば今後はフウも、少しずつ過保護がおさまるはずよ・・・たぶん・・・」
最後はあまり自身のなさそうなメイアの言葉だったが、とりあえずロンフォンは納得したようだ。
「・・・わかりました。
さっきはすみませんでした、フウ姉ね。」
「私の方こそフォンフォンの気持ちを無視して御免なさい。
これまでは常に一緒にいたけど、今はこうして別々になってしまったから、一緒にいられない不安から言いすぎてしまったわ。」
「フウ姉ね・・・ありがとうございます。
絶対に依頼を成功させて戻ってきますから、ここで見守っていてください。」
「ええ、頑張ってくださいフォンフォン。
でも無理はしないで、危なくなったら逃げるのですよ。」
「必要ならそうしますが、そうならないように最善を尽くします。」
「その言葉が聞けて安心しました。」
フウロンとの諍いも無事解決し、ロンフォンは少し恥ずかしそうにしながら、メイアへと声をかけた。
「あの・・・」
「何、どうしたのフォン?」
「ありがとうございます。
さすがは此方たちの、お母さん、です。
その、メイアも・・・此方のことを心配してくれているのですか?」
このロンフォンの言葉に、一瞬思考を巡らせたものの、すぐにメイアは本心で答えた。
「・・・当然よ。
大事な娘を戦いの場に送り出すのだもの。
心配しない母親なんていないわ。」
それを聞いてロンフォンは、嬉しさのあまり思わずメイアに抱きついてしまった。
「ちょっ、ちょっと、フォン!?」
突然のことで訳がわからないメイアに、ロンフォンは自分の目的を口にした。
「・・・お母さん成分の補給です。」
「えっ?えっ?」
それを聞いて余計に慌てるメイアだったが、ロンフォンは意外とすぐに離れた。
「・・・補給完了です。」
僅かな時間ではあったが、ロンフォンが満足した顔をしていたので、メイアも強くは言えなかった。
「もう、しょうがないわね、フォンは。
でも次からは一言断ってからにしてね。」
「そうすればいつでもお母さん成分を補給してもいいのですか?」
「マコト様との約束を守る範囲でならいいわよ。」
「ありがとうございます、お母さん!」
するとそんな母娘の触れ合いを見ていたフウロンが、自分も我慢できずに両手を広げてロンフォンにアピールしてきた。
「フォンフォン、お姉さん成分も補給していきませんか?」
これに対してロンフォンは、即答で断った。
「別にいいです。
既に此方はお母さん成分が満タンですから。」
「そっ、そんなぁ・・・」
落ち込むフウロンの姿に、ロンフォンは僅かに口元を緩めた。
「嘘です。
フウ姉ねからも補給させてもらいます。」
そして次の瞬間、フウロンへと抱きついていた。
それだけでフウロンの表情は緩んでしまい、更に暴走をはじめた。
「もうフォンフォンたらぁ、驚かせないでくださいよぉ・・・はっ!もしやこれが俗に言う、ツンデレ、なのでは!
まさか自分の最愛の妹からこのような最高のご褒美をもらえるなんて・・・私は世界で一番幸せな姉です!
ああ、やっぱりフォンフォンは世界一可愛くて最高の妹です!
・・・できることなら食べちゃいたいくらいです・・・」
そんなフウロンの最後の一言に寒気を感じ、ロンフォンは反射的に抱きつくのを止めて後ろに飛び退いた。
「っ!?・・・フウ姉ね・・・」
そしてフウロンに冷めた視線を向けながら、ジリジリと後退っていった。
「えっ?フォンフォン?どうしてそんな目で私を見ながら離れていくのですか?」
「・・・」
しかしロンフォンは何も答えず、メイアの後ろに隠れると、そのまま再び抱きついてしまった。
代わりに見かねたメイアが、呆れながらフウロンを注意した。
「はぁ・・・フウ、さすがにそれは私もフォローできないわ。
自分がそんな風に見られていると知れば、フォンじゃなくても正直ドン引きよ。」
「そっ、そんなぁ・・・私はただ可愛い妹を愛でたいだけで・・・」
「それが行き過ぎだと言っているのよ。
フォンから離れて寂しいのはわかるけど、あまりやりすぎると本気で避けられるわよ。」
「うっ、それは困ります!」
「だったら常識の範囲内で自制しないと駄目よ。
それとフウがフォンをどう思おうが個人の自由だけど、せめて本人の前では危ない本音は隠しなさい。」
「・・・はい・・・わかりました・・・」
「フォン、今回はフウを許してあげて。」
「・・・お母さんがそう言うなら、今回は目をつぶります。」
「ありがとう、フォン。
でもまた同じようなことがあってあまりにもひどいときは、私がフウを注意してあげるから、そのときは遠慮なく相談してね。」
「わかりました。
そのときはお母さんに助けてもらいます。」
「ということだから、フウもほどほどにね。」
「はい・・・」
「・・・さぁ、気持ちを切り替えていきましょう!
フォン、パイ、ヘイ、3人とも頑張ってね。」
「行ってきます、お母さん!」
「すぐに終わらせるよ!」
「やる、です!」
3人がメイアと挨拶を済ませると、そこへベルも声をかけてきた。
「主たちの力、ここで見させてもらうぞ。」
「それは相手次第です。」
「だね。」
「です。」
それだけ口にして、ロンフォンは3人に背を向けた。
そこへ気まずそうにしながらも、フウロンがロンフォンに向けて声をかけたきた。
「あっ、あの・・・行ってらっしゃい、フォンフォン・・・」
ロンフォンは僅かに振り返ってフウロンを一瞬だけ見たが、すぐに正面を向いて一歩踏み出した。
それを見て、フウロンは更に声をかけようとしたのだが、かえって逆効果になると思ったのか、それ以上何も言えなかった。
そのまま行ってしまうと思われたロンフォンだったが、すぐに足を止めて小さな声で一言発した。
「・・・行ってきます、フウ姉ね・・・」
ロンフォンはそれだけ言うと、そのまま山脈の奥へと入って行ってしまった。
返事が返ってくると思わなかったフウロンの目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
そんなフウロンに、メイアが優しく声をかけた。
「よかったわね、フウ。」
「はい。」
「でも、あえてもう一度言っておくわ。
ほどほどに、ね。」
「・・・どっ、努力します・・・たぶん・・・」
メイアの言葉をフウロンは躊躇しながらも受け入れたのだが、最後は言葉を濁していた。
そんなフウロンに不安を感じたのか、メイアは更なる注意を付け加えた。
「本当にお願いよ。
正直、本気の姉妹喧嘩にまでなったら、今の私では仲裁できないわ。
そのときはマコト様かシルフィナさんにお願いするわよ。」
さすがにシルフィナの名前が出たからか、フウロンは背筋を伸ばして気合のこもった返事を返した。
「っ!?・・・がっ、頑張ります!」
「ふふふっ、頼むわね。」
メイアがフウロンの姿を見ながら楽しそうにしていると、そこへそれまで黙っていたベルが話に入ってきた。
「・・・さて、そろそろいいか?」
「お一人だけ除け者にしてしまったようで、申し訳ありません、ベルさん。」
「それは別に構わぬ。
ところで話は変わるが、主たちよ、さっきのは良かったのか?」
この曖昧な質問に対して、メイアは表面上考える振りをしてから逆に質問を返した。
「さっきの、とは・・・どのことでしょうか?」
「決まっておろう。
主たち3人が、母娘、であるということだ。」
このベルの指摘に、途端にフウロンが慌てだした。
「・・・あーっ!どっどっどっどうしましょう!
マコト様との約束を違えて、ベルさんの前で普通に話してしまいました!
この様な失態を犯してしまっては、絶対にお仕置きされてしまいます!」
だがそんなフウロンとは対照的に、メイアは落ちついていた。
「そんなに慌てて、フウ、まずは深呼吸して落ちつきなさい。」
「でっでっでっでもぉ・・・」
「大丈夫ですよ、フウ。
今回お仕置きはありませんから。」
「えっ?・・・それはどういうことですか?」
しかしメイアはフウロンの質問には答えず、ベルにあることを確かめていた。
「ベルさん、マコト様かシルフィナさんに、私たちを試すように頼まれたのではありませんか?
正しくは、秘密にするように言われていた内容を暴露してしまったときに私たちがどのように対応するのかを、でしょうか。」
これに対してベルは、答えではなく逆に質問を返してきた。
「何故そう思う?」
「理由はいくつかあります。
まずベルさんでしたら、マコト様から私たちの関係について事前にお聞きしているのではないかと。
ベルさんはそれができる立場ですので。」
そこまで言って、メイアは一度ベルの返事を待った。
「・・・続きを。」
ベルに続きを促されたので、メイアは言葉を続けた。
「そこで今回の編成を利用して、私たちを・・・というのは少し違いますね。
おそらく私かフウが何かやらかさないか、いえ、やらかすであろうと考えて、ベルさんはこちらに配置されたのではないでしょうか。
どうやらフウは前科があるようですので、それを警戒してのことではないかと。」
「なるほど・・・しかし今回の事の発端は、フォンだったはずだが?」
「いいえ、厳密に言えば事の発端は違います。
それは、最初に私がフォンやフウを呼び捨てにしたこと、なのですから。
確かにフォンが私を母と呼んだことが、今回ベルさんが指摘をされた切っ掛けなのでしょう。
ですがあの娘は何も考えていないようで、直感で場の雰囲気を察します。
おそらく最初の私たちのやり取りを、ベルさんが平然と聞き流していたのを無意識に察して、私を母と呼んでも大丈夫だと考えたのでしょう。」
「ではフウもフォンと同様に、その場の雰囲気を察したからこそ、あのように振る舞ったと?」
「いえ、残念ながら先程の態度からもわかるように、フウはベルさんのことを何も考えていませんでした。
場の雰囲気に流されてしまい、そのことを失念していた、といったところでしょう。
これについては小さい頃からそうだったので、本人には早く治してほしいところですね。」
「うぐっ・・・」
欠点を指摘され、フウロンは自分でも理解していたため、何も言い返すことができなかった。
そんなフウロンを無視して、ベルはメイアとの話を続けた。
「ふむ・・・そこまでわかっているのであれば、もはや隠す必要もあるまいな。
確かに私は事前にマコトから、主たちの関係を聞いておった。
そしてシルフィナからは、主たちが秘密を第三者へ漏らしてしまわぬか注意してほしい、と頼まれていたのだ。
ただ試すような形になってしまったのは私の独断であって、2人は関係の無いことだ。
気を悪くしたのであればすまなかった。」
ベルが頭を下げて謝罪したが、メイアは気分を害することなく、むしろ当然といった表情であった。
「お気になさらないでください。
いくらマコト様と奴隷契約を結んでいても、自分の意思ではなかったとはいえ、私はこれまでいろいろとやらかしていますから。
事情を知っている皆さんが完全に信じることができないことはわかっています。
ですからこれから皆さんに信じてもらえるよう、より一層誠心誠意マコト様にお仕えして・・・」
メイアは少し寂しそうな表情をしながらも、前向きな考えを口にしたのだが、それをベルが途中で遮り、おかしな方向へと向かっていた話を修正した。
「ん?待て、それは違うぞ。
主は何か勘違いしておるようだな。
主たちの事情を知っている者たちは全員、主のことを信じておるし、仲間としても受け入れておるぞ。」
だがメイアはその言葉を信じることができず、迷いの原因となっていることについて聞いてきた。
「でしたら、どうして私たちの事情についてベルさんたちが知っていることを、事前にマコト様は教えてくださらなかったのでしょうか?」
それを聞いて、深刻そうなメイアとは逆に、ベルは表情を緩めた。
「何だ、気にしておったのはそのことか。
それならば、全てはマコトの落ち度だ。」
「どういうことですか?」
「本人曰く、主たちに注意をしたとき、伝える相手に私たちを加えることを失念していた、ということだ。」
「・・・へっ?」
「後で伝えようとは思っていたらしいのだが、今回すぐにリュジュからの呼び出しがあったからな。
上手くタイミングが合わず、このような行き違いになってしまった、というわけだ。
この件については、主たちが非を感じることはない。
だから主がそこまで思いつめる必要など一切無いのだ。」
「でっ、ですが・・・」
「私が嘘を言っているというのか?」
「いっ、いえ、そのようなことは・・・」
「ならば主が気にするようなことは何もない、いいな?」
「・・・はい。」
「まぁすぐに納得しろとは言わぬ。
主としては、そう簡単に自分自身を許せぬのであろうからな。
だがいつまでもそのような考えでは、娘たちも安心できぬぞ。
できるだけ早い内に、過去の自分を受け入れ許してやれ。
私から言えるのはそれだけだ。」
しかしメイアは、頭ではベルの言葉を理解しているものの、心が素直に受け入れられないでいた。
するとフウロンが、そんなメイアを後ろから優しく抱きしめた。
「・・・フウ・・・」
「気持ちはわかります。
正直私も、貴女が自分の意思ではなかったとはいえ、これまで行ってきたことを全て許せたわけではありません。
しかしそれでも貴女が私の、母親、であることは変わらない事実なのです。
今すぐは無理ですが、いつか私もフォンフォンのように、素直に貴女を、お母さん、と呼べるようになりたいと心から願っています。
ですから、これから同じ道を一緒に歩き続け、私が貴女を、貴女が私を、共に支えていきましょう。
そうすればいつかはきっと、過去を受け入れ、共に笑い合える未来が訪れるはずです。」
「・・・そうなれれば、いいわね・・・」
まだ後ろ向きなメイアに、フウロンは強い口調で注意した。
「なれればいいではありません!
絶対にそうなるのです!
まずは貴女自身が強くそう思わない限り、実現することはできません!」
フウロンが自分のことを本気で考えてくれているとわかり、メイアも少しだけ前を向き、一歩踏み込んできた。
「・・・そう、ね・・・私が頑張らないとね。
フウ、また私が悩んだり迷ったら、傍で支えてくれる?」
これに対してフウロンは、迷い無く答えた。
「何度も同じことを言わせないでください。
嫌だと言っても、私はこれから一生、貴女と一緒にいますよ!
そして今度こそ本当の母娘になって、絶対にこれまでの時間を取り戻すんです!
言っておきますが、貴女に拒否権はありませんよ!」
まだ少しぎこちないが、メイアは笑顔で感謝の言葉を口にした。
「ありがとう・・・フウ。」
それに対してフウロンは、メイアを抱きしめる手を、僅かに強めたのだった。




