選挙の結果と新たな商王の誕生
皆が訓練中にマコトはどこで何をしていたのかというと、商王を決める選挙に向けて最後の詰めを行っていた。
陰の一族の拠点にて、エナンとカーラ、そして各国の代表者たちを交えて、今後のことについて話し合われていた。
内容は大きく分けて3つ。
1つ目は、今回の事の顛末について口裏を合わせ、罪を犯した者たちの裁きと一部の者の恩赦について。
2つ目は、エナンを商王にするために必要なことと利点について。
3つ目は、南北間を行き来するための新しい交通網について。
話し合いによって決まったのは次の通りだ。
①前商王の死は、バカ王子の指示による毒殺だったと公表すること。
②①について、一部の商会長が関わっていたと公表すること。
③エナンとカーラも、バカ王子の指示で暗殺されそうになったと公表すること。
④バカ王子が各国に対して大量破壊兵器である長距離魔導砲を使い、脅迫と不当な要求をしたと公表すること。
⑤④に対して各国が要求を拒否したところ、バカ王子が強硬手段に出たため、各国が応戦し撃退したと公表すること。
⑥⑤の際に、バカ王子は自身の放った魔獣によって死亡したと公表すること。
⑦ククリとジェーンについては、その存在を公にできないので、護衛としての立場を利用して各国の使者たちによって撃退されて死亡したとすること。
⑧バカ王子の実家に前商王の兄である4男が匿われており、一連の事件の首謀者であると公表すること。
⑨②と⑧について、首謀者と関わっていた者たちの身柄を拘束し、正当な裁きを受けさせること。
⑩エナン以外が商王になった場合、各国は商国との取引を今後一切行わないこと。
⑪エナンが商王となった場合、新たな南北間の交通網を増やし、土地の使用料として通行料が商国に支払われること。
⑫ただし⑪について商国は通行料を得るのみで、交通網の整備や維持、管理などについては、商国を除いた各国が負担するものとすること。
⑬商国を経由せず、直接南北間の国々で交易行う場合は、商国に対する関税は免除されるようにすること。
⑭最後に⑪~⑬において発生する金銭については、全てマコトが負担、または補填すること。
以上が取り決めた内容だ。
他にも細かい取り決めは多々あるが、大まかな内容としてはこれらが全てだ。
また補足として、①についてはククリとジェーンが前商王の殺害方法や選挙戦に勝利するための計画を立てて協力したのが事実ではある。
しかし実際に手を下したのはバカ王子の手の者たちだったことと、組織に騙されていたことをエナンが受け入れ、とりあえず和解が成立している。
ただこれは商王としての立場からであり、個人としては納得しておらず、両者の間にはまだまだ大きくて深い溝が残っている。
④の大量破壊兵器については既に動かないように主要部分は破壊済みのため、エナンが商王になって初めての仕事として、速やかに撤去することになっている。
実際にはエナンからマコトへ依頼することになっているが、それは危険な技術の流出を避けるためでもある。
⑥については天使の存在を公にするわけにはいかないため、バカ王子の殺害は魔獣の暴走による自滅とした。
これは現場にいたエナンとカーラ、そして唯一生き残ったバカ王子側にいたメイドのガラティアからの証言があったことにする。
⑨については既にマコトが全員拘束しており、今回の選挙前に事件の全容が明かされることになっている。
⑩については余計な考えが入り込む余地を排除するための保険であり、実際にそうなることは無いだろう。
⑭については、⑪の通行料、⑫の維持管理費、⑬の関税免除分の補填、これら全てをマコトが負担するということだ。
だがこれではマコトに何の利益も無いと思うだろう。
実はそうではなく、マコトには交通網を使用する際に支払われる交通運賃が入ることになっている。
つまり利用者たちが支払う金額が全て入ってくるというわけだ。
運賃の設定は、交通手段、距離、速さ、人数、荷物の量などを元に算出される。
運用が開始されてしばらくは、収入は微々たるものだろう。
だが軌道に乗ってくれば、そこから人件費や必要経費、各国への配当金を支払ったとしても、マコトの元には相当額が残る計算だ。
それらは新たな交通網の研究や開発費用に充てられる予定だ。
そして今回マコトが用意した交通手段は3つ。
地上には歩行者や馬車などが通行可能な整備された道と、あらかじめ用意されたレールを走る鉄道を。
空には飛行船を用意している。
どちらも軍国、機械国、魔導国、科学国が開発に携わっており、元々持っていた技術が利用されている。
そのためこの4国には、鉄道と飛行船の開発費と管理維持費が追加で支払われることになっている。
ただし動力部とその周辺だけは別だ。
ここだけはマコトの技術を元に、マーガレット、レジーナ、ルシルの3人が、アイの支援を受けて設計、開発したものになる。
これには数世代先の技術が数多く使われているため、動力部に関する技術は情報流出を避けるために、完全秘匿扱いとなっている。
だからといって動力部周りを常に護衛で固めて厳重に護っているわけではない。
ではどうやって護るのかというと、秘密は動力部の構造にある。
動力部の形は正八面体なのだが、一切つなぎ目が無い構造なのだ。
そのため普通に分解するには外装を破壊するしか方法が無いのだが、動力部の外装は非常に頑丈で、通常の手段では傷一つ付けることができない。
仮に外装が破壊できたとしても、その瞬間に動力部は自己崩壊し、跡形も無く消滅してしまう。
一応整備できるようにするために、動力部を分解する方法はある。
だがそれができるのはマコトとアイだけで、しかも専用の整備室でのみ可能となっている。
何故そこまで厳重な管理をしているのかというと、それはこの動力部が半永久機関だからだ。
最初の起動にだけ外部からの力が必要だが、一度動いてしまえば後は半永久的に動き続ける。
半永久なのは、動力部に使用されている素材が劣化する可能性があるからで、それでも耐久年数は100年を軽く超える。
これによって消費する燃料がほぼゼロになり、費用がほとんどかからないのだ。
またよほどのことが無い限りは整備の必要も無いため手がかからない。
まさに理想の動力なのだ。
今回この動力部が組み込まれた列車を2機、飛空艇を2機用意している。
まずはそれぞれ西の山脈と東の渓谷に1機ずつ配備される予定だ。
通常商国内を通って南北間を行き来する場合は、馬を使っても片道7日ほどかかる。
これが馬車であれば、10日以上かかってしまう。
歩いて行こうものなら半月以上だ。
これに荷物が増えれば増えるほど足が遅くなるため、更に日数は増えていく。
しかし鉄道と飛行船を使用した場合は、この日数が大幅に軽減される。
荷物の量に関係なく、鉄道では8時間ほどで、飛行船に至っては2時間ほどで片道の移動できるのだ。
更に安全面も高く、もし万が一何かしらの被害が発生した場合は、少し割高な保険付き運賃を支払えば、全額保証に加えて見舞金なども返ってくる。
今回鉄道は1日に一往復、飛行船は1日に4往復する予定だ。
となれば、損得勘定で動く商人たちは確実に利用する方が多数だろう。
既に北方の国々からは、新たな交通手段に関する許可を得ており、後はエナンが商王になるだけである。
一通りの事前準備を終えたマコトは、朝食を終えた後、エナン、カーラと共に選挙会場へと向かった。
選挙会場では、当然のことながら大混乱であった。
バカ王子と一部の商会長が行方不明なのだから当然だろう。
一番騒いでいたのはバカ王子の実家だ。
養子に出したとはいえ、自分たちの息子が商王になれるはずだったのに、その本人が行方不明で、暗殺しようとしていたエナンとカーラが何事もなくこの場にいるのだから当然の反応だ。
仕舞いには無いことばかりをでっち上げて、エナンとカーラに難癖をつけはじめるほどだ。
そこへエナンとカーラから、事前に取り決めていた内容で、その場にいる全員へと説明が行われた。
更にマコトが用意した映像用魔石に映る、バカ王子による数々の凶行や拘束された者たちの証言が駄目押しとなった。
そのためバカ王子の実家は国家転覆罪で全員捕縛されてしまった。
当然その後に行われた選挙の結果は、満場一致でエナンに投票され、無事に商王就任が決まった。
すぐにエナンは事前の取り決め通り、長距離魔導砲の破壊と撤去をマコトへと依頼した。
そして新たな政策として、各国との連携強化と新たな交通網の確立を宣言した。
だがあまりにも現実離れした話に、最初は商会長たちも疑心暗鬼だった。
しかしマコトが事前に用意していた、同盟締結と新たな交通網に参加する旨が書かれた、各国の代表たちからの書状が公開されると状況が一変する。
さすがの商会長たちも、各国の代表たちが賛同するとなっては信じざるを得ない。
更にそれだけでは足りないと判断したのか、マコトは商会長たちを用意していた飛行船に乗せ、運用開始前の試験運転に立ち会わせたのだ。
すると商会長たちの態度が一変した。
飛行船の乗り心地があまりにもよく、快適な空の旅を堪能することができたからだ。
すぐに新しい交通網が自分たちの利益につながると判断し、率先して利用予約を優先的にできないか頼んできたのだ。
これに対してマコトは、最初の5回分の利用だけ、商会長たちが優先的に予約できるように手配した。
おかげで疑念も無くなり、商王としてのエナンの株も上がることにつながった。
こうして、後に歴代最高の商王として語り継がれることになるエナンが統治する、新たな商国の時代がはじまったのだった。
エナンが無事に商王となった頃、1人の人物がある洞窟の奥へと向かっていた。
洞窟の中はとても険しく、移動するだけでも相当大変な場所である。
だがその人物は全身真っ白な服や靴で身を包み、つばの広い大きな帽子を深くかぶっており、その場に全くそぐわない格好をしている。
その所作はとても優雅で品があり、とても険しく複雑に入り組んだ迷路のような洞窟を、地図を見ずに一切の迷い無く進んでいる。
どうやら何度も訪れているようだ。
しばらくしてその真っ白な人物が洞窟の奥へ着くと、そこには吸い込まれるような漆黒の色をした四角錐の物体が、まるで祀られているかのように置かれていた。
真っ白な人物は、その四角錐の傍に行くと、片膝を付いて首を垂れてから淡々とした口調で話しはじめた。
「・・・ご報告いたします。
まずご命令いただいておりました軍国への潜入と軍王の奪還ですが、何者かによって阻止されてしまい失敗いたしました。
また今回も相手の正体は掴めず、何の情報も得ることはできませんでした。
しかし逆に、潜入させた者たちからも、こちらの情報を引き出すことができませんので、どうかご安心ください。」
「・・・」
どうやら報告をしているようだが、四角錐からは何も声が聞こえてこなかった。
だがそれは音として返ってきているのではなく、真っ白な人物の頭の中へ念話のような形で直接聞こえているようだ。
そのためその場では何を言っているのか聞き取れないが、真っ白な人物にだけは、その内容が伝わっているらしい。
そんな中、少し緊張感が上がった声で、真っ白な人物が返事を返した。
「・・・はい、承りました。
引き続き監視を行い、軍王の奪還を続けます。」
「・・・」
すると突然、真っ白な人物の口元が僅かに緩んだ。
おそらく念話で労いの言葉でもかけられたのだろう。
しかしすぐに口元を引き締め、元の表情に戻って返事を返し、報告を続けた。
「・・・お気遣いいただきありがとうございます。
次に商国の件ですが、以前から進めていた調略が失敗いたしました。
私たちが支援していました王子が死に、おそらく次の商王には王女が就任することになるでしょう。
ただ本来の目的でありました、商国へと目を向けさせることには成功しております。
同時展開していました軍国での軍王奪還は失敗いたしましたが、それ以外は私たちの思惑通りに事が進んでおります。」
「・・・」
「・・・その通りでございます。
しかし全ての責任は、人材を選出した私にございます。
すぐに新たな人材を選出しなおし、次の手を考えようと・・・」
「・・・」
「・・・ありがとうございます。
しかし懸念事項もございます。
今回大天使1体、天使2体が消息不明となっております。
おそらく倒されたものと思われますが、その相手の正体は掴めておりません。
可能性としましては、軍国で暗躍している者の仕業ではないかと考えております。
こちらは調査をする必要がございますか?」
「・・・」
「・・・ではそのようにいたします。
しかしご安心ください。
現在天使の代わりとなる新たな戦力を作成中でございます。
いまだ未完成ではございますが、既に特級天使並みの知識と戦闘能力を保有しております。
そのため我々の計画には何の支障も・・・」
「・・・」
報告している途中で、真っ白な人物の声が止まった。
どうやら相手の意にそぐわぬ発言だったのだろう。
すぐに真っ白な人物は謝罪の言葉を口にした。
「・・・申し訳ございません。
過剰なご報告をいたしましたこと、深くお詫び申し上げます。
正確には、ようやく知識と戦闘能力が、特級天使に追いついてきたところ、でございました。」
「・・・」
再び報告している途中で、真っ白な人物の声が止まった。
しかし今度は少し戸惑っている雰囲気だ。
「・・・それは・・・」
「・・・」
「・・・しかしあれは・・・」
真っ白な人物は反論しようとしたが、最後まで口にすることは無かった。
「・・・」
おそらく相手の言葉に納得したのだろう。
すぐに了承の返事を返し、内容を復唱した。
「・・・かしこまりました。
ご許可をいただきありがとうございます。
必ずやご期待に沿う結果を出して御覧にいれます。」
「・・・」
「・・・お任せください。
それと商国についてですが、このまま放置するのは些か問題かと思われます。
せめて監視だけでも付けようかと思いますが、よろしいでしょうか?」
「・・・」
「・・・ありがとうございます。
商国につきましては、監視のみで静観するよう、監視の者には厳命いたします。」
「・・・」
今度は相手から気遣った言葉をかけられたのか、真っ白な人物は嬉しそうに表情を緩めていた。
そしてここで、相手が最も喜ぶであろう報告を行った。
「・・・お気遣いありがとうございます。
続きまして、とても喜ばしい報告が上がってきております。
アイリスが管理する被検体ですが、どうやら初めて最終段階へと進んだようです。
おそらく遅くても1年以内には完成するだろうとのことでございます。」
「・・・」
すると真っ白な人物は、これまでで一番の嬉しそうな笑顔を浮かべながら返事を返した。
「・・・お褒めいただきありがとうございます。
これが成功すれば、我々の悲願は達成されたも同然でございます。」
「・・・」
「・・・はい、それは重々承知してございます。
今後も慎重に事を進めるよう、現場へは伝えておきます。」
「・・・」
報告が一区切りし、一息つこうとした真っ白な人物だったが、相手から思わぬ言葉をかけられたらしく、それまでの笑顔が消えてしまった。
しかしすぐに相手の質問に対する答えを返した。
「・・・シルフィナ、でございますか?
申し訳ございません。
シルフィナが管理する被検体につきましては、今のところこれといってご報告できることはございません。
また現在シルフィナは、アイリスによって行動を制限されており、被検体と行動を共にしておりません。」
「・・・」
報告に対して相手が何か言ったのか、真っ白な人物は緊張しながら報告を続けた。
「・・・もちろんこれには正当な理由がございます。
これは私の半身からの報告になりますが、どうやら被検体に過度な精神的圧力をかけ、成長を促す方法のようです。
ただ、現在アイリスの手の者によって監視をしてはおりますが、今のところ目立った成果は出ていないようです。
必要であれば、私の方からも何か手を打つようにいたしますが、いかがなさいますか?」
「・・・」
これに相手は納得したのか、真っ白な人物の声からは緊張が消えていた。
「・・・かしこまりました。
現状のまま様子を見て、何か変化がございましたら必ずご報告いたします。」
「・・・」
「・・・お任せください。
最後になりますが、商国の西の山脈と東の渓谷に配置しておりました、狂竜と狂龍でございますが、どうやら2体とも何者かによって消滅させられたようでございます。
それも肉体だけではなく、魂も跡形も無くでございます。
ただあの場所にございました施設は全て廃棄されており、既に用済みでございます。
必要であれば新たな守護者を配置いたしますが、いかがいたしましょうか?」
「・・・」
「・・・かしこまりました。
新たな守護者は配置せず、完全に廃棄いたします。
ご報告は以上になります。
何かございますでしょうか?」
「・・・」
「・・・かしこまりました。
引き続き、悲願の達成に向けて尽力いたします。」
「・・・」
「・・・お任せください。
次回のご報告では、更なる成果をご期待ください。
では、私はこれにて失礼いたします。」
「・・・」
真っ白な人物は、ゆっくりと立ち上がると、その場から静かに立ち去って行ったのだった。




