商国での会談15
しかしいつもとは少し様子が違っていた。
マコトとシルフィナはいつも通りなのだが、メイドの皆は何故か所々服が汚れていたり切れているからだ。
メイドたちが普段身だしなみには人一倍気を使うことを知っているからこそ、違和感を顕著に感じてしまう。
全員がその光景を不思議に思っていると、1人遅れて違うメイド服の見知らぬ女性がゲートから出てきた。
その女性もメイドの皆と同じように、所々服が汚れていたり切れている。
更に表情からは相当疲れているのが窺える。
皆が誰なのかと思っている中、事前に話していたサラ、イーリス、カーラだけは、その女性の正体がいずれかの予想通りだと確信していた。
「・・・どうやらサラの予想が的中しそうね。」
「まだわからないわ。
拘束されずに自由な状態で一緒にいるから敵ではないと思うけど・・・」
「そうですね。
ただあのメイド服は、先程1人だけ出て行ったメイドと同じ服です。
眼鏡をしていませんが、同一人物でしょうか?」
3人がヒソヒソとそんなことを話していると、ゲートが閉じてからマコトが口を開いた。
「どうやら全員、無事に課題をクリアしたみたいだな。
どうだった、初めて男の下級天使を相手にした感想は?」
このマコトの質問に、まずはエミルが答えた。
「ハッキリ言って期待外れだったぜ。
あの程度じゃもう俺の敵じゃねーよ。」
「だろうな。
今回制限を設けたとはいえ、今のエミルには物足りないだろう。
ミレーヌはどうだった?」
「失礼ながら今回だけは私もエミルと同じ意見です。
これまで弱者しか相手にしてこなかった、典型的な雑魚でした。」
「まぁ今回は、事前に男の天使がどんな相手かを知るため、というのが目的だったからな。
今後大量に駆除する予定だから、その予行演習だと思ってくれればいい。」
「はい。
ですが嬉しい誤算もありました。
今回私とエミル、それにノワールとエリスも、パートナーが第三段階に進化することができましたので。」
「もしかしたらと予想はしていたが、見事に殻を破ったようだな。」
「これもマコト様やお姉様方のご指導のおかげです。
詳細につきましては後程ご報告させていただきます。」
「今後の参考にしたいから、できる限り詳細な内容で頼む。」
「かしこまりました。」
続いてマコトは、別の2人に話を振った。
「ノワールとエリスはどうだった?
今回2人が一番大変だったろう。」
「正直危なかったですわ。」
「一か八かの賭けをするところだった。」
「ですがこの娘が私を助けてくれました。」
「うん、私もこの娘に助けられた。
おかげで無事課題をクリアできた。」
そう言って2人は、いまだに腕輪のままのパートナーをマコトに見せながら、嬉しそうにしている。
「そうか、よかったら今紹介してくれないか?
エミルとミレーヌもいいか?」
「もちろんですわ。」
「うん。」
「おうっ!」
「かしこまりました、マコト様。」
4人が了承すると、すぐに腕輪が光って4人の少女が現れた。
「初めまして、マコト父様。
私はノワールのパートナー、名はブランシュです。」
「初めまして、マコト父様。
私はエリスのパートナー、名はヒュネメスです。」
「以後、よろしくお願いします。(×2)」
「俺はエミルのパートナーのアルマだぜ!
マコト父ちゃん、よろしくな!」
「私はミレーヌのパートナー、名前はイーノです。
よろしくお願いいたします、マコトお父様。」
「ああ、よろしく頼む。」
4人との挨拶が終わって早々に、イーリスが話に割り込んできた。
「マコト様、私からもご報告があります。
私のパートナーも第三段階に進化しました。
さぁマコト様に挨拶を。」
イーリスがそう言った瞬間、マコトの返事を待たずに、腕輪が光って少女が1人現れた。
「私はイーリスのパートナーで、名を、ホリィ、と申します。
以後よろしくお願いいたします、マコトお父様。」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。
どうやら今回は5人が第三段階に進化したようだな。
パートナーの進化は互いに成長している証だ。
だがこれに慢心せず、更に上を目指すことを忘れるな、いいな?」
マコトの言葉に、4人はより一層気を引き締めてながら答えた。
「はいですわ。」
「わかった。」
「おうっ!」
「より一層精進いたします。」
「はい。」
続いてマコトは、別の場所で行われた、もう1つの戦いについての感想を聞いてみた。
「ところで男の中級天使を相手にした4人の方はどうだった?
何か多少はためにでもなったか?」
するとこちらも明らかに落胆している。
「・・・はぁ・・・正直あの程度でガッカリでした。
あれならゴーレムの相手をした方がまだよかったかもしれません」
「手ごたえが全く無かったので、私も消化不良です。」
「馬鹿正直に正面からただ突っ込んでくるだけだったからな。
あれでは野生の獣以下だ。」
ラン、ティリア、マリスの3人にとっては、中級天使は完全に期待外れだったようだ。
「私も戦闘面では手応えが全くありませんでした。
ただ情報収集はそれなりにできましたし、今の私でも中級天使程度は相手にならないことがわかりましたので、それで相殺といったところでしょうか。」
一方イーリスも3人に同意しているものの、個人的な用件を満たすことができたので、特に不満は無いようだ。
「そうか。
まぁ今回制限を設けても倒すことができたからな。
皆が本来の力を使えば、もっと余裕で倒すことができるだろう。
だから例え男の中級天使が今後集団で現れたとしても、今の皆なら何も問題は無いはずだ。」
するとこのマコトの言葉に、4人は少し気が大きくなってしまったようだ。
「できることでしたら、もっと強い天使と戦ってみたいものですね。
今の私たちなら上級以上が相手でも、決して引けは取らないはずです。」
「さすがにそう都合よくは現れてくれないでしょ。
でもランの言う通り、負ける気はしないけどね。」
「どうせユーリさんを助けに行くときには、上級以上の天使たちとも戦うことになるはずだ。
だがそれまで天使に遭遇することは難しいだろうから、しばらくお預けだろうな。」
「ただ中級天使であの程度の強さなら、上級以上と言ってもあまり期待はできないかもしれないわよ。」
あきらかに調子に乗っている4人だったが、マコトは特に注意することなく、この話を終えて次の話に移った。
「そうか・・・さて、皆の方はそんなところか。
では次は俺の方だな。
まずは皆も気になっているようだから、早速自己紹介からはじめようか。」
ここでようやく素性がわからないメイドの女性がマコトの横に進み出てきて、まずは皆に向かって一度頭を下げてから口を開いた。
「・・・私は・・・」
しかしメイドの女性はそこで言葉を止め、何故かマコトの方を向いて確認を行っていた。
「・・・マコト様、本当にいいんですか?」
「ああ、事前に決めた通りで構わない。」
どうやら既にどこまで自己紹介で言うのか決めているらしいのだが、メイドの女性は食い下がってきた。
「ですが確実に面倒なことになると思いますよ?」
「問題無い。」
マコトの答えは変わらないのだが、メイドの女性は更にしつこく食い下がり続ける。
「マコト様はそうでも、私は違うと思うんですけど?」
「そこは臨機応変に対応してくれればいい。」
「私が対応できる範囲にも、限度というものがあるんですけど?」
「そのときは俺やシルフィナたちでフォローする。」
「絶対に私のことを見捨てたりしないですか?」
「ああ、見捨てたりしない。」
「約束してくれますか?」
「ああ、約束する。」
「本当ですか?」
「本当だ。」
「本当に、本当ですか?」
「本当に、本当だ。」
「本当に、本当に、本当ですか?」
「本当に、本当に、本当だ。」
「本当に・・・」
同じ問答が繰り返されて四度目に入ろうとしたので、終わりが見えないと思ったマコトは、早々にメイドの女性の言葉を打ち切った。
「ああもうしつこいぞ!
自分で自己紹介しないんだったら、俺から皆に素性を説明するぞ!」
するとメイドの女性は、すぐにマコトの提案を拒否した。
「あっ、それは結構です。
マコト様の手を煩わせるわけにもいきませんし、それに自分のことですから、皆さんには自分で伝えますよ。」
「だったら早く自己紹介しろ。
これ以上ごねるなら、さっきの話は無しにするぞ。」
中々自己紹介をはじめなかったメイドの女性だったが、このマコトの言葉で、とうとう観念したようだ。
「はぁ・・・仕方ありませんね。
まぁマコト様が全ての責任を負ってくださるというのですから、後のことは全てお任せしますよ。」
「いいからさっさとはじめろ。」
「かしこまりました。
では、皆さん初めまして、この度マコト様のメイドとして雇われました、ガラティア、と申します。
以後よろしくお願いしますね。」
「はいっ、よろしくお願いします。(×皆)」
皆はすぐに挨拶を口にしたものの、何人かは違和感を感じていた。
「雇われた?」
「どういうことでしょうか?」
「今の話だけでは何とも言えませんね。」
そんな疑問について考えている者たちがいる中、その答えはガラティア本人が口にした。
「それともう1つ、皆さんにお伝えしておくことがあるんですよ。
実は私・・・こういう者なんです。」
ガラティアがそう言った瞬間、突然服を突き破って背中から何かが勢いよく飛び出してきたのだ。
それは純白の4対8枚の翼で、一度軽く羽ばたくと、ガラティアの身体が少しだけ浮かび上がった。
更に頭には先ほどまでは無かった光り輝く輪が浮かんでいる。
その姿を見て、イーリスが正体に気付いた。
「まさか・・・天使っ!」
イーリスの言葉で皆はすぐに警戒して戦闘態勢をとった。
しかしガラティアは気にした様子もなく、穏やかな笑顔を浮かべながら話を続ける。
「はい、私は天使族で序列第4位のガラティアです。
これでも一応は、最上位に位置する特級天使の1人なんですよ。
皆さん、どうか仲良くしてくださいね。」
当然そんなことを言われても皆が警戒を緩めるわけもなく、更に強めることになる。
特にイーリスはガラティアのことを睨みつけていた。
しかしすぐに手は出さず、まずは言葉を交わすことにしたようだ。
「・・・天使族・・・それも序列第4位・・・その特級天使様が何でこんなところにいるのです!」
他の皆もイーリスの方針に従うことにしたようで、対応を任せて黙って警戒を続けている。
一方マコトたちは一切口を出さずに静観している。
そんな中、ガラティアはというと、相変わらず周囲の緊迫した雰囲気を一切気にせず、イーリスの話に応じた。
「あっ、それ聞いちゃいます?
っていうか、聞いてくださいよ!
こう見えて、私って天使族の中では結構偉いので、やることがたくさんあるんです。
それでこれまで私は、毎日毎日毎日毎日、すっごく面倒な仕事を押し付けられたりして、ずーーーーーっと働き続けてきたんですよ!
天使にだって人権はあるんですよ!
これってひどいと思いません!」
同意を求めてくるガラティアの勢いに押され、思わずイーリスは答えてしまう。
「まっ、まぁ、確かに・・・」
それに気を良くしたのか、ガラティアの調子が上がる。
「そうですよね、そう思いますよね!
だから私、一念発起して上司に文句を言ったんです!
少しは休みをください、って!
そうしたら、ちょうど楽な仕事があるから、休暇がてら地上での仕事に行ってくるように、って言われたんですよ。」
「いい上司の方、のように思いますが?」
「そう思います?
普通はそう思いますよね。
でも違うんですよ!
確かに仕事とはいえ、初めて地上に行けると思い、正直私も浮かれていたことは否定しません。
でも今は、過去の私を全力で引き止めるべきだったと思うのですよ!」
「どっ、どうしてでしょうか?」
「だって地上に降りられるとはいえ、結局は仕事じゃないですか!
それにその仕事を振ってきたのが、これまで一切休みをくれなかった上司なんですよ!
そんな上司が、言葉通り楽な仕事を回してくるはずなんてないじゃないですか!」
「たっ、確かに・・・ちなみに、どのような仕事だったのですか?」
「・・・仕事、ですか・・・貴女だって見たはずですよ、あのバカ王子のことを!
アレの世話をするメイドをやれだなんて、私は常に貞操の危機にさらされていたんですよ!
今回は運良く、この眼鏡をかけて身だしなみを乱すことで、バカ王子の性癖から外れることに成功したからいいですけどね。
ただそれはそれで身の回りの世話の一切合切を押し付けられて、すっごく面倒で忙しかったんですよ!
おかげで地上でゆっくりする時間なんて全然なかったんですから!」
「そっ、それは・・・ご愁傷さまでした。」
「全くその通りですよ!
それにもしバカ王子が本当の私の姿を少しでも見たら、絶対に襲われていたはずです!
そんなことになったら・・・一歩間違えれば、私がバカ王子もろとも、あの国を滅ぼしちゃってましたよ!
そうなったら、ここぞとばかりに絶対に文句を言ってくるんですよ、あの上司は!
でもでも、もしそうなっていたとしても、私は全然悪くないですよね!
悪いのは私にそんな仕事を振った上司ですよね!」
「こっ、個人的には同意できますが、もしそうなっていたら仕事としては失敗なのではないでしょうか?」
「だけど、元はといえば、面倒な仕事を私に振った上司の所為じゃないですか!
それで仕事が失敗したとしたら、責任を取るのが上司の役目ですよね、そう思いますよねっ!」
「といいますか、既に今回の仕事は失敗なのでは?
現にこうして、貴女方組織の思惑は失敗したわけですし。」
「あっ・・・そういえばそうですね。
あはははは・・・まぁそれについては大丈夫でしょう。
とりあえず私は、こうして組織から抜けることができましたし、もう上司の言うことも聞かなくてもよくなったことですし。
むしろ今の待遇で新たな勤め先に雇われることができて、これでようやく長年夢にまで見た念願が果たせます!」
「念願、ですか?」
「そうです!
私は、休暇がもらえる仕事がしたい、のですよ!
その点マコト様はしっかり保証してくれました!」
「一応お聞きしますが、今回どのような条件で雇われたのですか?」
「ふっふっふっ、聞いて驚いてください!
まず仕事の内容ですが、メイドとして皆さんの身の回りのお世話と、訓練のお手伝いですね。
後は私の知る範囲で、組織の情報提供も行います。
そして福利厚生として、衣食住が提供されます。
しかも3食お風呂付で、朝と夜の食後には自由時間があります!
夜もしっかり睡眠をとることができ、極めつけは7日に1回、半日の休みがあり、尚且つお小遣いまでもらえるのです!
更に休みを貯めることで、夢にまで見た連休を過ごすこともできれば、勤続年数が増えれば伝説の有休までもらえることになっています!
こんな従業員に優しく安定した職場を、私は長い間ずっと求めていたのですよ!」
嬉しそうにそう語るガラティアの目は喜びに満ち溢れており、キラキラと輝いていた。
そのためイーリスはこう答えるしかなかった。
「そっ、それは、良かった、ですね。」
「はいっ!」
満面の笑みで返事をするガラティアは、とても幸せそうだ。
だがイーリスやその場で聞いていたほぼ全員が、ここまでの話を聞いて内心同じことを考えていた。
確かにこれまでのガラティアの状況と比べれば悪くない、むしろいい待遇だとは思う。
だけど福利厚生につられて組織を抜けて、他の天使たちを裏切ってもいいのか、特級天使様?、と。
しかしそのおかげか、ガラティアに対する皆の警戒は、今ではすっかり解けていたのだった。




