戦い終わってもまだ落ち着けないようです
魔人の襲来による戦闘が終わり辺りは既に夜の帳が包んでいた。夜空は満天の星が輝き月明かりが大地を薄らと照らしている。その月が2つあるのを見て、異世界に来てしまったんだなぁと実感する。
戦闘の跡地ではあちこちで松明や照明の魔道具で周囲を照らしながら魔獣の死体を一塊に集めている。
ある程度の山になった死体に少し粘度のある黒い液体をかけて松明や魔法で火を放っていた。
「おお!ファイアーボールか!? あ、なぁなぁ、何で魔獣の死体を燃やしてるんだ?」
改めて見る魔法に感動しながらも暗い中魔獣の死体を集めて燃やしている理由が気になり、近くを通りかかった冒険者達に尋ねる。
「何言ってんだ?魔物……あ、いやこいつらは魔獣か。とにかく、こいつらの死体をさっさと処理するのは当たり前だろ?」
達哉の質問にハルバードを背負った冒険者は何故か呆れた表情で答える。
「え? そうなの?…………………そういうもんなのかぁ~まぁ異世界だしなぁ。」
「あれ? 貴方、さっきの漂流者じゃない。」
月明かりと魔獣の死体を包む炎に照らされた顔を見て、ローブを纏った女冒険者は尋ねてきたのが達哉だと気付いた。
長剣を腰に下げた若い冒険者も達哉に気付き説明をする。
「あ~、それじゃあ知らないのも無理はないね。 この世界の魔物は全身に魔素が染みついてるんだ。 獣が魔物の肉を食べてしまうと魔素に侵されて魔物化してしまうから、それを防ぐためにああやって焼却処理しているのさ。」
「それに、腐敗すると疫病の原因になってしまうのよ。 まぁ、今は涼しい季節だから直ぐには腐ったりはしないでしょうけど。」
「本来なら素材になる部位を解体して燃やすんだがよ、殲滅戦じゃそんな余裕も無ぇから纏めて燃やしてるんだよ。 それにただの魔物じゃなく魔人が造った魔獣だってんだろ? 何があるか判らねぇから早いとこ始末しておこうってブラウ子爵の判断もあって総出で死体の処理をしてんだよ。」
この世界では当たり前の事を丁寧に教えてくれる異世界の人優しい!……………あ、ここじゃ俺が異世界人か。
「そうなのか……………で? ぶっかけてるあの黒い液体って何?」
「あれは“樹油”よ。 この世界には可燃性のある樹液が流れる木があるの。 燃焼性が高い上に燃焼時間も長いから色んな用途で使われているわ。 料理用の油には使えないけどね。」
「料理ってもおめぇは作るより食う専門じゃねぇかよ。」
「……………次の戦闘、強化魔法かけてあげないから自力で頑張ってねぇ。」
ニヤけながらツッコミを入れてきたハルバードの冒険者に女冒険者は威圧感のある笑顔で反撃する。
「んなぁ! そりゃねぇだろぉ! 勘弁してくれよぉ。」
「あははは………………あ~そういえば魔人はどうなったんだ? ヤツの目的はあんただったんだろ?」
そんな2人のやりとりに苦笑いしながらも、何かに気付いたように長剣の冒険者が達哉に話かけてくる。
「ん? ああ、魔人か? 向こうで転がってるよ。 魔人っていうても首切り落としたら流石に死んでるよな?」
『えぇ!?』
達哉の言葉に3人が驚きの表情で声を上げる。
「た、倒したの? あの魔人を!?」
「な、何人で殺ったんだ? 面子は!?」
「ん? 面子もなにも、俺1人だけど?」
『1人でだってぇ!?』
3人は再び驚愕の声を上げる
「単独で魔人の相手するのだって自殺行為と言われるほどなのに、1人で倒すなんて…………………。」
「漂流者が特別な力を持ってるって噂は本当だったのね。」
「マジかよ………そこまで強そうには見えねぇのに……………。」
畏怖の目を達哉に向けながら溢す3人を見ながら、とりあえずハルバードのやつひっぱたいてやろうかと思う気持ちを抑えていると背後から声が聞こえてくる。
「達哉! こんな所に居たのか!」
息をきらせながらデイビスが走ってきた。
デイビスもまた戦っていたのだろう、鎧だけじゃなく衣服も所々裂け血が滲んでいた。
「デイビス、どうしたんだ?………………けっこうボロボロだなぁ。」
「ん? ああ、傷は大したことはないさ。治癒魔法で既に治してもらったしな。 それよりも達哉、ブラウ子爵が呼んでいる、来てくれるか?」
「ああ、直ぐ行く。 色々教えてくれてありがとうな。 じゃ!」
冒険者達に礼を言いデイビスと共に陣営へと歩き出す。
「そういえば魔人はどうなったんだ? 襲撃が失敗に終わって退いたのか?」
魔獣が全て倒され魔人の放つ瘴気が消えていたので退いていったのだろうと達哉に尋ねるが
「ん? ああ、アレならボコった後に首切り落とした。」
「はぁ!? ボコった後に首を切り落としただってぇ!? ま、まさかお前1人で魔人を倒したのか!?」
デイビスは事も無げに言う達哉に驚きの表情を向けるも、直ぐに何かに納得したように言葉を続ける。
「いや、まぁ、損耗した武器でオークジェネラルを2匹もあっさり倒す達哉なら有り得るか…………………そういや達哉の武器には瘴気減退の付与をしていなかったな。 だから剣を持ってないのか。」
「瘴気減退って何?」
「邪神は勿論、邪神の配下の魔人はその肉体に瘴気を宿しているんだ。 厄介なことに瘴気はあらゆるものを浸食する。 生き物にはほぼ影響が無いけど物質、特に金属は浸食される速度が早い。 それに対抗するため魔導師が瘴気を減退させる術を編み出して鍛治氏がその術を武器に付与する技術を造り上げたんだ。」
「あ~、それでショートソードがモロっと崩れたのか~。 あれはちょっと焦ったなぁ。」
ゴブリンもどきを切ったら崩れてしまったショートソードの事を思い出す。魔人の首を切断したときには既に浸食されていたのだろう。
「ん?ショートソード? 長剣も瘴気でダメになったんじゃないのか?」
「いや、長剣はもう1本のショートソードとで魔人の武器を地面に縫い付けるのに使ったからその後どうなったのか見てないわ。」
「敵の武器を無力化するために武器を手放したのか? 平和な世界から来た割には随分と思い切った事をするんだな。」
戦いのない平和な世界から来たと言っていた割には驚異的な戦闘センスがあり、魔人さえも単独で倒した達哉を計り知れない存在だと感じ背筋が寒くなる。
そう話をしている間に陣営の入り口に着くとブラウとラルゴが待っていた。
「ああ、来てくれたね。 とりあえず指揮所にある私のテントに行こう。 詳しい話はそこで聞かせてくれ。」
そう言いながら陣営の中心へと向かう。達哉とラルゴもそれに続くがデイビスはそこで別れ再び陣営の外へ向かって行った。
「そういえば、あの娘はどうしたんだ?」
「あの娘なら指揮所の裏にある個人用のテントで休ませてるぜ。 なんか無気力でこの世の終わりみてぇな顔してたけど、なんかあったのか?」
元の世界に帰れると吹き込まれ達哉と強制的に戦わされた上に元の世界に帰れないどころかその存在自体が最初から無かったことになっているのだ、相当落ち込んでいるのだろう。
「あの魔人に嘘つかれて僅かな希望を打ち砕かれたってとこかな?」
「……………そうか、やっぱりあの野郎ぶちのめしてやりゃあよかったぜ!」
「“それ”も含めて、あまり広めたくないのでね。 続きはテントの中で頼めるかな?」
指揮所の天幕に着くとテントの入り口を開けブラウが中へと促す。中へ入ると執事がお茶の用意をして待っていた。
3人がソファに座るとお茶を淹れ一礼をして退出していく。
「さて、色々聞きたい事、話しておくことがあるのだが、先ずはあの魔人はどうしました?」
「倒したよ。 首を切り落としたから流石に生きてはいないでしょ?」
その言葉にブラウは目を見開き、ラルゴは感心したように頷く。
「退けるどころか倒してしまうとは! その高い戦闘力が達哉殿の得た能力なのでしょうね。」
「そうなのか? なんか実感無いなぁ。」
確かに実戦はこの世界に来てからが初めてだ。だが動き自体はアクション俳優を目指す過程でやっていた立ち回りと大差無い。唯一の違いと言えば当てるか当てないか、というとこか。
戯闘はあくまで闘うお芝居であって相手に当てるのは御法度だ。当てたりして相手に怪我させてしまっては成り立たない。だが軌道や間合いを変えてやるだけで当てるのは容易いのだ。それが実戦に通用するかどうかは話が別なのだが、それが与えられた能力かと言われると、どこか疑問を感じる。
「うん? 何か腑に落ちねぇような顔してるが、どうかしたか?」
そうラルゴが聞いてきたが何でも無いと首を振りブラウとの話を続ける。
「それで?聞きたい事は魔人のことだけ…………ですか?」
「ふふっ、公式の場じゃないんだ、無理して敬語を遣わなくてもいいよ。 もう一つ聞きたい事があるけど、それは後にしよう。 話ておきたい事と言うのはラルゴ殿が連れてきたあの女性のことだ。」
「あの娘がどうかしたのか?」
「彼女は秋山やよい、私の領地で保護していた漂流者だ。」
ブラウの言葉に今度は達哉の顔が驚きに変わるのであった。