六話 自由の守護、理の加護
「これ、神様がやってるの?」
「そう、わたくしが行ったのはあくまで仲立ち。エレイグ神があなたの魂と肉体に刻まれた情報を読み取り、人の言葉に翻訳してくださったものよ」
アカシックレコードみたいなものだろうか。
クリステラは、それを読み取り、また人に見せる事も出来る能力者?
ふむ。
「これに載ってる内容そのものはエレイグ神が用意したもので、偽造は不可能。ただ、それを見る為にはクリステラ様のような司祭に手続きを行って貰わなければならない。と、いう感じですか?」
「・・・ええ、そうよ。理解が早いわねぇ」
エレイグ神というのは、アカシックレコードのこの世界での名称だろうか?
・・・この段階で結論を降すのは早いか。
「ただ、ひとつ訂正があるわね。今行ったのは授与魔法と言うのだけど、ステータスの授与魔法を使う条件は、秤の神、エレイグ神の加護を持っている事と、解析・鑑定スキルを磨き十分なレベルに達している事。司祭は単に神殿の立ち位置でしかないわ。これとスキルとは別よ」
秤に解析・鑑定か。
「エレイグ神というのは、情報に纏わる神なのですか? その神様が、人に加護、力を授けてくれるという事? それが、普通にある?」
子どもの質問に、クリステラは顎に手を添え、少し考えた。
「そうね、解析、鑑定、計測、基準、判定。この辺りがエレイグ神の管轄になるかしら。改めて説明しようとすると、難しいものねぇ」
なんとなく解る。自分も「かわいいって何?」「美味しいって何?」とか聞かれても言葉では説明できない。
それと同じような事だろう。
「秤の加護を持つと、目の前にあるものが何であるか解るし、ごまかされたり欺かれる事が無くなるの。嘘も隠し事も判るのよ?」
チートじゃん。
「それから加護だけれど、エレイグ神が人に加護を与えるのは少ない方ね。でも、加護は誰にでもあるものよ。あなたにもあったでしょう?」
「加護はちゃんとあるのか?」
ザックがそう聞いてきた。
「はい、ほらここに」
「ザックさんには見えてないわ。ステータスは基本、本人にしか見えないの」
「例外は、エレイグ神の加護を持つ人?」
「そう。あと、ステータスの一部を表示する魔法道具もあるわ。検問所なんかで犯罪歴を確かめたり、仕事に必要な技能を持ってるかを確かめたりするのね」
プライベート保護の観点かな? それか、技術的に一部表示しか出来ないか。
で、ステータスは犯罪歴も表示する、と。この世界では刑事モノや推理小説は流行らなさそうだ。
「自分の加護は、自由の神パティアの守護、理の神リスティスの加護、とありますね」
「二神の加護か。自由と、ことわり? どんな神なんだ?」
ザックも知らないのか。マイナーな神様なのかな?
「珍しいんですか? あと、守護と加護はどう違うんです?」
「加護は大抵一人に一柱の神が付くけど、複数の神が付くのも珍しくはないわ。ステータスには基本、守護と載っているけれど、複数の神の守護がある場合、中心になっている神に守護、そうでない神に加護と表示されるみたいよ」
メインとサブってところか。しかし、"みたい"って。はっきり分かってるわけじゃないのか?
「リスティス神の加護については、残念だけどあまり分かっていないの。時々報告されてはいるのだけど、研究が進んでいなくて」
「どういう事です?」
「理の加護の持ち主は、どうも人嫌いになる傾向があるようで、たまに見つかっても詳しい話を聞けないのよ」
「加護の内容は鑑定できないんですか?」
「できるとも言えるし、できないとも言えるわね」
ん?
「なんと言えばいいかしらね、表示されてはいるけど、意味がわからないの。難解な数式みたいな感じかしら? 鑑定は時々こういう事が起きるわ。表記はあるけれど、理解できない。一度どういう事か解れば、今までなぜ理解できなかったのか不思議になるくらいなのだけど」
「うーん、いまいちピンと来ないです」
「そうねぇ、こんな逸話があるわ。神話の時代、人々が加護を得、鑑定ができるようになった頃、魔法使いは職業になかったの」
「えっ?」
と、驚きの声を挙げたのはザック。
「表記そのものはあったけれど、どういう意味なのか、何が出来るのか解らなかった。当時の人々は試行錯誤して不思議な現象に気が付き、それを魔法と名付け、魔法が多くの人に認識されて初めて魔法使いという職業が"読める"ようになったのよ」
「ほー。面白いですね。そっか、エレイグ神が何なのか教えてくれても、それをどう認識するかはこちら次第なんですねぇ」
「そうよ、先人達のお陰で必要な分は概ね解明できたけれど、まだまだ"読めない表記"は沢山あるの」
「それは今でも研究されてるんですか?」
「ええ、もちろん。新しいステータスの項目を付けるのは、エレイグ神に加護をいただいた者の夢ね」
「いいなぁ、楽しそう」
「あー、二人共、本題から離れているようですが・・・」
盛り上がる二人に、話について行けなかったザックがそっと口を挟んだ。
クリステラは、こほん、と咳払いした。
「ごめんなさい。理の加護の話だったわね。そういう事で、理の加護持ちは人嫌いで孤独を好む傾向がある、というくらいしか判ってないの。そして自由の守護の効果は、一言で言えば"なにものにも支配できない"事。―――おそらくだけど、あなたの記憶と表記の空白はパティア神が関係しているかも知れないわ」
「どういう事です?」
「自由の加護を持つ人は、気ままで適応力が高く、想定外の事態に強い傾向があるわ」
ザックは山での出来事を思い出し、深く頷いた。
「そして一つ所に留まらず、旅に出たがるの。こんな記録があるわ。ある農家に自由の加護持ちの娘が生まれた。成長した娘は家を出る事を望んだのだけれど、娘は遅くに生まれた子で、娘が大人になる頃には両親は年老いていた」
・・・あれ、なんかもう落ち見えたな。
「娘は先の短い両親を案じる気持ちと旅に出たいという己の望みとを秤にかけ、留まる方を選んだの。その年から、娘の村は不作が続くようになったわ」
「えっ」
「うわぁ」
「どんなに手を尽くしても収穫は減る一方。季節外れの嵐まで発生するようになって、さすがにおかしいとエレイグ神殿に調査の依頼が来たの」
エレイグ神殿ってそういう調査もするんだ。
「で、原因が娘さんが旅に出ない事だったと?」
「そう。パティア神は災害を起こす事で、両親に引き留められてもそれを振り切れる十分な理由を用意したのよ」
「「・・・・・」」
パティア神・・・。村の人完全にとばっちりじゃん、かわいそうに。
「パティア神は、自由を侵す"モノ"を許さない。それが本人の肉親への愛情であっても」
ここまでくれば、クリステラが何を言いたいのか分かる。
「・・・自分は、自分の自由の為に記憶―――過去を白紙にされた、と?」
「その可能性は高いと思ってる。とは言え、確証は無いわ。この件は神殿で調査しましょう。ザックさん、この子と遭遇した場所と状況を詳しく教えていただけますか?」
「はい、もちろん」
もしこの想像が当たっていたら、この子どもは独りで生きて行かねばならない。
何があったか知らないが、パティア神も酷な事をする。
クリステラは一人放り出された子どもを哀れに思った。
ふーむ。それだと日本がらみの記憶は説明つかないけど、有り得なくはないな。
ま、そこは後でいいや。
聞き取りが終わるのを待って、子どもは切り出した。
「自分の状況は大体わかりました。それで相談なんですけど、自分はこれからどうすればいいんでしょうか?」
「「えっ?」」
「頼れそうな親類はいない、というか、いても接触しない方が良さげですし。そうなると自力で生活しなきゃいけないけど、自分は常識もろくに無いので、どんな選択肢があるかも分かりません。どういう道があるか、おおざっぱにでも分かりませんか?」
話を聞いた感じ、自分で行動しないと周りに迷惑がかかりそうだが、現時点では周りに頼る他選択肢が無い。
この世界では身元不明者など存在しなかったようだから、扱いに困るだろうけどなんとか受け入れ先を見繕って欲しい。
「・・・・・さすが自由の守護持ち。全然動じないのね」
「この子、最初からこうだったんですよ。記憶が無いとか言いながら、心細さなんか全く無くて。むしろ余裕あって」
しばらく沈黙していたザックとクリステラは、ようやく口を開いたと思ったらそんな事を言う。
あれ? 自分の扱いの事考えてくれてたんじゃないの?
クリステラは気を取り直し、話を続けた。
「そうねぇ、十二歳では孤児院には入れないし・・・」
「あっ」
端から子どもを孤児院に預ける気でいたザックは、ここでそれが出来ない事に気付き焦った。
聞けば、土人族は十二から成人扱いになるのだそう。
ちなみに獣人族は成長が早いとの理由で十歳から。妖人族は不明。
「クラグも持ってないんだよな?」
「クラグってなんですか?」
知らない単語が出てきたのでそう尋ねると、
「「!!?」」
ギョッとした顔を向けられた。
「そう、そういう所から教えなくちゃいけないのね」
「ク、クラグって言うのは、こういう物で、食べ物なんかを買う・・・得るのに必要なものでだな」
ザックはおそるおそるいった様子で小さな袋を取り出し、その中身を子どもに見せた。金属製のコインだ。
ああ、分かった。お金の事か。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
お金かぁ。そっかぁ。




