四話 よくある街の風景
山並みに添うように進んで行くと、街が見えて来た。
街は山の中腹から裾野へと、山に張り付くようにして広がっている。
高い城壁でぐるりと囲われ、垣間見える街並みは中世ヨーロッパ風。街の頂上にあたる高い場所に、ひと際目立つ白い建造物があった。大きな白く丸い屋根。近くにあるお屋敷と呼んでよさそうな建物よりも数倍大きい。それを白い柱が支えているのだが、壁が見当たらない。
「ザックさん、あのてっぺんにある白い建物は?」
「礼拝所だ。神像とはいえ、神々を見下ろすのは不敬だろうってことで、あんな所にあるんだ」
「神々って、エレイグ神以外にも居るの?」
「そりゃあ、もちろん。戦いの神イーヴァン、秩序の神タストレス、大地の神ルクティオ。この三柱が特に有名で身近な神だな。三大守護神とも言われてる」
多神教か。
でもって、戦い、秩序、大地の神が主流。戦いと秩序という対立するような概念の神に、大地という実体のある神。この三神がセット扱いって面白いな。
こっちの世界観もっと聞きたいな。
そう思ったが、街に近付き、人の姿が目に入るようになると子どもの関心はそちらに移った。
城壁と街道がぶつかる所に大きな観音開きの門があり、人の列が出来ている。
それは、なんともファンタジーな光景だった。
並んでいるのは、ザックのように鎧を纏い武器を携えた冒険者らしき一団、家族連れ、一人らしき旅装の人、荷を運ぶ商人と様々。
その人達の半分が、ケモミミシッポを生やしていた。長く伸びたウサミミに、三角ミミ、豹や熊のような丸いミミに、頭の上ではなく横に伸びた牛や山羊のようなミミ、そしてふさふさだったりすらりと細かったりするシッポ。
また、ケモミミではないものの、髪色が緑やオレンジ、ピンクの人なんかも居た。妖人族か、と思ったら土人族だそう。この列の中に妖人族はいないとか。
「妖人族はもっと特徴的で、見ればすぐ分かるよ」
更にファンタジー感を出しているのが、商人が連れている動物達。
荷車を引いていたり直接背に荷物を乗せたりしているのだが、でっかいトカゲやチョ〇ボのようなでっかい鳥が居るのだ。
異世界! マジで異世界だ!!
と、子どものテンションはうなぎ登りだった。
もちろん、軽トラのような猪やら獣人族の青年やらと十分ファンタジーなのだが、周囲が普通に山の景色で、街道に出るまで魔物に出くわすこともなく、ちょっとファンタジー感が薄れていたのだ。
「あの生き物なんですか?」
「黒鎚蜥蜴か? 一応魔物だがおとなしく人懐っこいヤツで人気のある魔物だ」
「あっちのは?」
「岩喰い鳥だな。あれは速くは走れないけど、岩場でもひょいひょい移動できるヤツで、山に囲まれたこの地域では重宝する魔物だ。岩喰い鳥を連れてる方は、山越えして来たんじゃないか?」
と、話してる間にザック達の番が近付いて来る。
そこで、はた、と子どもは気が付いた。
「あの、あれって、街に入る人を調べるんですよね?」
門の手前には槍を持ち、金属鎧を着た人が数人いて、列に並ぶ人とやり取りをしている。
「ああ、そうだが」
「あの、自分は入れるんでしょうか?」
ちなみに、色々と考えた末一人称は"自分"にした。"私"も"俺"もしっくり来なかったのだ。
「大丈夫だ。犯罪者が入り込まないよう確認するくらいで、丹念に調べるわけじゃない。心配すんな」
ザックは笑ってぽんぽんと頭を撫でた。
そう言われても、自分の名前も答えられないって思いっ切り怪しいよね・・・。
二人の番になった。ザックは手のひらサイズのカードを出して言う。
「冒険者だ。依頼で外に出ていた。こいつは途中で拾った迷子だ」
検問の人はカードを確かめ、こちらに目を向ける。何を聞かれるか、何て答えようかとドキドキしていたが、何も言われず、あっさり通された。
「な、大丈夫だったろ?」
「この街の警備体制が大丈夫じゃないと思います」
いくら子どもだからって、無警戒過ぎる。
「いいじゃないか、すんなり通れたんだし」
「そうですけど・・・」
納得行かない、という顔をする少年にザックは苦笑する。
門番の気持ちも分からないでもない。この少年は子どもという以前に、人の警戒心を削ぐ雰囲気がある。
妙にのんびりしていて、頭で怪しいと思っても警戒するのがバカらしくなってくるのだ。
更に言えば、村を飛び出したやんちゃ坊主が保護される、というのはしばしばある事で、門番も不審に思わなかったのだろう。
並んでいる間、あれはなんだこれはなんだと騒いでいたのが信憑性を増したと思われる。
子どもは全く気付いていないようだが、結構目立っていたのだ。自分達にとっては当たり前の見慣れたモノにいちいち反応してキラキラと見つめる子どもは、周囲にささやかな和みを提供していた。
すんなり通されたのも、あるいはそちらが要因かも知れない。
街の中は、概ね中世ヨーロッパ風ファンタジーな感じだった。
街道から続く大通りは馬車(馬はいないけど便宜上こう呼ぶ)が余裕を持ってすれ違えるほど広く、街灯が等間隔に並んでいる。
石造りやレンガの建物。石畳の道。街を歩く人の大半はケモミミシッポで、地球人と変わらない人(ただし髪が緑だったりピンクだったりする)がそこに混ざる。
そこに、ザックのように鎧を着て剣や斧を担いだ人、杖にローヴ姿、弓なんかを持った人が普通に歩いている。
ゲームの世界に入り込んだようだ。
ただ、所々に現代文明めいた要素もある。
ずらりと並ぶ様々な店にガラス・・・かどうか解らないが、ガラス状の透明な板が嵌め込まれ、商品を展示しているのだ。
よく見れば、建物には概ねガラス? が嵌め込まれ、一般に浸透している事が伺える。ただ、素人目にも凹凸が見つけられ、一枚一枚は小さい。
また、行き交う馬車は基本木製なのだが、一つだけ、タイヤを付けた馬車を見掛けた。まぁこれも自分の知ってるタイヤと同じとは限らないが、ともかくその馬車にはガラスも付けられ、装飾されて御者もカッチリとした服装でいかにも富裕層向けだった。
ちなみにその馬車のガラスは薄くなめらかで完成度が高かった。
タイヤもガラスも存在するが高級品、といったところか。
おのぼりさん丸出しで、子どもはキョロキョロと辺りを見回す。
そのやや斜め前をザックが子どもに気を配りながらゆっくりと歩く。
そんなに二人わ通りすがりのおばちゃんや屋台のおっさん等街の人達が微笑ましく見守っていた。
そんな視線をこそばゆく感じながらエレイグ神殿に向かった。
エレイグ神殿は、宗教施設と言うより裁判所と言われた方がしっくり来るような厳めしい雰囲気の建物だった。
灰色の石を積んだ柱や壁はそれっぽい彫りが施されているものの、シンプルで無骨な印象を与える。
中に入ると、エントランスは小さく、すぐ目の前に受付らしいカウンターがある。
カウンターには丸っこい耳の男性がいて、にこやかに声をかけて来た。
「こんにちは。今日はどうされました?」
「実は―――」
ザックは山での状況と記憶の無い少年の事を説明し、子どもを鑑定して欲しいのだと話した。
「わかりました、司祭の予定を確認して来るので少々お待ちください」
話を聞くと丸耳さん(クマかな?)は奥に引っ込み、待つという程もなく戻って来た。
「今視ていただけるとの事です。こちらへ」




