閑話 身体強化魔法
それはスラートの魔法訓練にリリィ、ジェンが参加するようになってしばらくしてからの事。
「う~・・・ぬあああああっ、もーダメ!!」
体内の魔力を手のひらに集める訓練をしていたジェンは、そう叫んで地面に転がった。
「大丈夫か、ジェン」
同じ訓練をしていたリリィは同情を込めてジェンの傍らにしゃがんで言う。
いつもなら「こんな所で寝転がるな」と言う所だが、リリィも気持ちはジェンと同じだ。
「う~ん。みんな苦戦してるねぇ」
と、そう漏らすのはスラート。
みんな、と言うのはリリィとジェン、ザックの三人である。
今日はエリヤとザック、《灯明の轍》の五人が、ギルドの訓練場でスラートの講義を受けていた。
ちなみに、エリヤとミラはやや離れた所で静かに己の課題に取り組んでいる。今リリィ達がやっている段階はとうに終わっているので。
――以前、ミラを励まそうとして逆効果になった事をエリヤはちゃんと覚えている。エリヤは何かとやらかしてしまうが、一応学習はするのだ。活かされるかどうかは別として。
「あーもー、やっぱり魔法覚えようなんてムチャなのよ! こんな事より手合わせでもしましょーよー」
「まぁ、そう言わないで」
「まだ始めたばかりじゃないか。もう少し頑張って見よう?」
スラートとリリィが弱音を吐くジェンを宥める。
が、
「もう少しってどれくらいですか。どれくらい頑張れば結果出るんですか」
「「・・・・・」」
真顔で、光の消えた目で淡々と言うジェンに、さしもの二人も沈黙した。
リリィも実は揺らいでいた。
魔法道具を直してみせたザックに、ならば自分も奮起したリリィだが、魔法訓練は予想以上に辛かった。
リリィは元々辛抱強く根気の要る事は得意な質だ。剣も弓も、家事も勉強も、多少苦手な事でもコツコツと続け身に付けてきた。
だからこそ、適性の低い魔法もと思えたのだが、魔法に関する苦手は今までの苦手とは勝手が違った。
手応えが無さ過ぎるのだ。
今までなら、失敗が続いた時はそれが"失敗だと理解でき"何が原因か考え、次に繋げる事が出来た。
魔法は、この成否の判断すら覚束ない。
このまま続けていいのか、やり方を変えるべきなのか、その判断が自分で出来ない。それはリリィの精神力を大いに削った。
自分で言い出した事でなければ、ミラが評価してくれていなければ、とうにやめていただろう。
それだけに、ジェンを励ます言葉が出て来ない。
気まずい沈黙が降り、スラートは焦った。このままではせっかくザックが連れて来てくれた生徒を逃がしてしまう。
どうすれば引き留められる? スラートは必死に考えた。そして。
「っそうだ!! 二人共、強化魔法を覚えてみない?」
と、提案した。
「きょ~かまほうぅ~?」
ジェンの声は低く、不快感をたっぷり含んでいた。これはマズイ、早くなんとかしなければ。
「そ、そう! 文字通り身体能力を底上げする魔法だよ。これなら戦闘に即役立つし、効果も実感出来るんじゃないかな」
「「「「!!」」」」
リリィ、ジェン、ザック、そしてエリヤまでもがパッと顔を輝かせた。
「強化魔法・・・! それなら自分も剣使える!?」
「ん? ああ、軽く持ち上げられると思うよ? ――君達の場合、元の身体能力が高い分少しの底上げでも大きな影響あるはずだよ。そこまで頑張ってみない?」
予想外に食い付いたエリヤをスラートは雑にあしらい、リリィ達に交渉する。
エリヤはいいんだ、放って置いても勝手に覚えやがるから。
「・・・筋力を上げられるの? それなら・・・」
「ふむ」
リリィとジェンは顔を見合せ、頷く。
「気を遣わせて申し訳ない。強化魔法をご教授願いたい」
「! いやいや、こちらこそ指導者として未熟な身だ。気がついた事があればどんどん言って欲しい」
「・・・そうか、そちらも魔法適性の低い相手に教える機会はそうは無かった。私達はもっと意見を交わし合うべきなのですね。教える側、教わる側と言うより、互いに教え合う。そちらは魔法を、私達は魔法適性の低い者がどんな壁にぶつかるのかを」
「ああ、そうですね! いつもすぐに生徒が去ってしまって、何が悪かったのか分からないままだったんです!」
スラートとリリィは、どちらからともなくがっちりと握手を交わした。
「お互い頑張りましょう!」
「はい!!」
話が纏まったならさっさと授業再開してくれ。
魔力をこねくり回しながら大人しく待っていたエリヤは、ひっそりとそう思った。
珍しく口に出して横槍を入れなかったのは、苦手な体育会系のノリに巻き込まれたくなかったからである。
一方、ジェンは話の展開に焦っていた。
魔法訓練が続くのはしんどいが、別にいい。最終的には身になるだろうし、ジェンも身体強化は覚えてみたい。
問題はエリヤだ。エリヤなら身体強化もあっさり覚えるだろう。今まではその身体能力の低さからまともに剣も振れずにいたが、それが出来るようになったなら。
剣技を覚え、前衛までこなせるようになったなら。
ミラはいい。エリヤは魔法特化の癖に治癒魔法が苦手だ。
最初はミラに遠慮してそう嘯いているのかと思ったが、どうやら本当に苦手らしい。加護の作用もあり、治癒に関してはミラはエリヤに抜かれる事はない。
リリィはエリヤには無い統率力、指導力がある。協調性に欠けるエリヤがリリィの領分を侵す事はあるまい。
しかし、ジェンは。
エリヤが前衛に出るようになったら、ジェンはエリヤに対する優位性を失う。それでなくとも、既に索敵ではもうエリヤに抜かれているのに。
前衛と言う役割を失う事があれば、私は。
かといってこの流れは止められない。リリィはやる気だし、ここでジェンだけ抜けても置いてかれるだけだ。
どうすればいい。
どうやって自分の有用性を示せばいい?
そんなジェンの危機感は、幸い、現実にはならなかった。
身体強化を習い始めて数十分後。
「うわああああああああぁぁぁ」
エリヤはさっくり身体強化を習得し、早速強化した状態で走り出してみたのだが・・・。
エリヤは雄叫びを挙げながらすごいスピードであさっての方向に突進した。
そのまま壁に激突し、ぼとりと落ちる。
「エリヤ!!」
「エリヤくぅぅぅん!?」
ザックとミラが慌ててエリヤの元に駆け寄った。
「何? 何が起きたの?」
スラートもポカンとしている。
一方、ジェンとリリィは何が起きたのかをしかと見ていた。
身体強化をかけ、走り出そうとした時、エリヤの向かおうとした方向と爪先が、微妙にずれているのを。
体幹がブレブレなのを。動き出した下半身と、上半身がきちんと連動していないのを。
強化魔法は、そうした小さなズレをも大幅に増幅したのだ。
エリヤはその後も奮闘し、垂直にジャンプしようとして訓練場を飛び出してしまったり、剣を持てたものの、刃を斜めに振り下ろして腕を痛めたりとさんざんだった。
結局、戦闘での使用は見送る事となった。
「むぅ、せっかく覚えたのに・・・」
「まあまあ、きちんと体を鍛えていけば、そのうち使えるようになるって」
「身体強化使うのに体鍛える方が先って何・・・」
その身体の弱さを補う為の魔法ではないのか。
それでもあーだこーだと魔法をこねくり回し、エリヤはそれに気付いた。
「これだ!」
「・・・今度は何?」
エリヤを放置して獣人組の指導をしていたスラートは、突如明るい声を挙げたエリヤに警戒心を覚えた。
「スラート、光属性で強化してみたらね」
「あ、もうそれ覚えたの・・・」
強化魔法は比較的簡単な魔法だが、光と闇属性は難易度が桁違いに跳ね上がる。一時間やそこらで習得出来るものではないが、いつもの事だ。
「光を栄養に変換出来たよ!」
「あ、うん。それが光属性の効果ね」
「? どういう事ですか?」
エリヤの発言にリリィ達も関心を示した。
「光属性で身体強化を発動させると、光を食べられるようになるんだよ。植物みたいにね」
「ほう。面白いな」
出先で食糧難に遭った時は役立ちそうだ。
けれど、逆に言えばそれだけ。戦闘に使える訳でもなく、エリヤが嬉々としている理由がわからない。
反応の薄い彼等に、エリヤはドヤ顔で言った。
「これがあれば食事をとらなくて済むよ!」
「「「は?」」」
「今は効率いまいちだけど、使っていけば魔法だけで必要な栄養摂取出来ると思うんだ! そしたら食費も要らないし、作ったり片付けたりする時間も省けるよ!」
「・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・えっと、みんなどしたの?」
「・・・・・ふ」
「ふ?」
「ふざけんなああああああああぁっ!!!」
結果、エリヤは身体強化を全面的に封印する事となった。
また、自分の料理は不味いのかと落ち込んだザック、エリヤにまともな食事を取らせねばと奮起したミラ、食材にプライドのある農家出身のジェンにより、「エリヤにきちんと料理を食べさせる会」がこの日発足した。
そして。
「一点に突き抜けるって、良いことばかりじゃないんですね」
「そうだな。誰にも負けないものがあると言うのは確かに強みだ。けれど、それは他がおざなりになっていいと言う事にはならない」
「バランスって大事ですね」
「だな、何事もほどほどが一番だ」
ジェンは思った。自分は"突き抜け"ていなくて良いのだと。
普通の範囲内で得手不得手がある。
それでいいのだ。
自分は自分の特性を理解し、上手に組み合わせ、活かしていけばいいのだと。
後日。
冒険者A「じゃーん! 新しい剣奮発したぜ!」
冒険者B「ちょ、おまそれデカ過ぎんだろ。まともに振れんのかよ?」
冒険者A「これから鍛える!」
冒険者C「アホか!」
冒険者B「エリヤが強化魔法使うようなモンじゃねーか!」
冒険者A「なんだとー!!」
冒険者C「あっはっは、うまい!」
通り掛かったエリヤ「!!?」




