四十四話 会議
「"下級狩り"に王国騎士団まで参加していたとは」
「厄介ですなぁ」
競争の迷宮支部にある一室で、集まったルシファー協会の者達はげんなりとため息をついた。
ルシファー協会と国の関係は微妙な問題だ。
かつての暗黒時代、まずルシファー協会の前身があり、それに支えられる形で国々が興った。
最初にルシファー率いる勇者と支援者が安全圏を確保し、国が再興され人々を纏める。足場が出来、より活動しやすくなった勇者達は安全圏を維持しつつ、広げる。
国と協会は持ちつ持たれつ、協力し合い人々を守っている。
が、これも人の性か、国は協会を管理下に置きたがり、協会も余計な手出しをする国を疎んじ、その関係は良好とは言えなかった。
肝心の勇者達が揃って付かず離れずを謳い、双方が勇者には従った為致命的な亀裂は入ってはいないが、水面下では主導権の取り合いは常に行われているのだ。
ルシファー協会にとって、王国騎士団が勇者候補でもある冒険者を襲撃したというのは、頭の痛い問題だった。
勇者を祖に持つ国が幾つかある中、ラズロサム王国は勇者でない者が興した国。
王族から勇者を出した事も勇者が王家に混じった事も無く、現在はラズロサム王国出身の勇者もいない。
この国の中枢は焦りや苛立ちを抱えており、最近はまともに話も通じない。
そもそも今回の王子一行の挑戦とて強引に実現させたものだった。ただでさえ迷宮攻略困難を極める。なのに王家は競争の迷宮と相性の悪い加護を持つ王子を送りこんだ。まるで失敗させるのが目的のように。
この時点で頭が痛かったというのにこの騒動。使者には何があっても手を上げない理性の強固な者を選ばねばならない。
――いやいっそ派手に暴れて王家と手を切ってくれる者を送ってしまおうか?
支部長を始め結構な人数がそんな声と戦いながら会議は進む。
王国の件にそれなりの落とし所がつき、休憩を挟んで次の議題に移る。
「さて、来訪神疑惑のある少年の件だが」
目配せを受け、端の席に居たフェリスが立ち上がる。
書類を片手に、初日からの観察結果を報告する。
「ルシファー様の姿絵には、かすかですが反応しました」
「『チュウニ』なる発言は」
今までに確認された来訪神の中には、このルシファーの絵を見ると思わずといった様子で『チュウニか』『チュウニだ』『チュウニオツ』等と口走る者が一定数居る。
彼等はなぜかその意味を語ろうとはせず、不可解なままではあるが、来訪神を判別する手段として利用している。
ルシファーは肖像画を残すさい、あれこれと意味不明な注文を付け、当時不思議がられていたそうだが、絵の中に来訪神のみに通じるメッセージを残していたらしい。
さすがルシファー様。
「ありませんでした。ただ、ルシファー様に関心を持った様子です。もう一つ、歴史にも興味を示したのでその流れかも知れませんが、『世界地図』を望みました」
室内がざわめく。
これも『チュウニ』と同じで、『世界地図』は多くの来訪神が不可解な関心を寄せる点だ。
「それと星、か」
一人が言う。
エリヤは人の気配に敏感であるため、監視は付けられず細かな情報を得られなかった。しかし、その代わり行動が突飛で別な意味では情報を集め易かった。
夜、窓から身を乗り出し屋根の上によじ登るエリヤは(正確にはザックだが)人目を引いていたのだ。当たり前だが。
「確か星も来訪神が反応する所だな」
「こちらは少数ですが」
「・・・難しいな」
あちこちから唸り声があがる。
来訪神であるか否かは、本来であればここまで気にかける事ではない。珍しくはあるが、それだけの事。
長い歴史の中で、彼等はしばしばこの世界に恩恵をもたらし、時に厄介事も起こしてきた。放置していい事でもないが、なにがなんでも突き止めなければならない程でもない。
中には来訪神であるとほぼ確定しているが、本人が騒がれるのを嫌っている節があるため触れずにいる者も居る。
それがなぜエリヤに関してこんな議題に挙げているかと言うと、問題は自由の加護にあった。
自由の加護持ちは、まず平穏な人生を送らない。英雄か大罪人か世捨て人になるかという、非常に極端な人ばかりなのだ。
ルシファー協会にとって、少々特別な加護でもある。
現在、勇者は約三百名。
その多くが大地の加護持ちだが、これは分母の多さを思えば自然な数値。それに対し、割合で見れば自由の加護持ちが勇者になる確率は非常に高かった。
これは加護を与えた神の特性を鑑みれば自然な事で、迷宮は人間が抱える負の感情を引き寄せ、育つ。その負の感情は多くが権利や富、名声に紐付いているもの。
それらに無関心な自由の加護持ちが迷宮に強いのは当然だった。
この点だけ見れば自由の加護持ちは有り難い存在である。
しかし、自由の加護持ちにとっては恩恵も災害も同じなのか、彼等の行いは評価の難しいものばかりなのだ。
それを端的な表す事例として、数百年に起きた事件がある。
その当時、人々は今とは比較にならない程、多様な病に悩まされていた。
上下水を徹底管理し、衛生観念を定着させ、消毒薬や抗生物質、ワクチン等を開発・量産出来るようになっても、病が無くなる事は無かった。
そればかりか、かつて蔓延していた病は駆逐したのに、それを上回る量の新たな病が次々と発生し、全体的な健康状態はむしろ悪化ていた。誰もが何かしら軽い病を抱え、それが当たり前になっていた。
そんな中、当時の医療に異論を唱える者が表れた。
名はケント。この自由の加護持ちの男は、消毒のし過ぎ、抗生物質の乱用が多くの病の原因だと訴えた。過度の殺菌や抗生物質の使用は病魔のみならず人の生命力をも弱めて居るのだと、それらの使用を控えて生命の力を回復すべきだと。
人々はそれを無視した。
細菌もウイルスも人類の敵。その駆逐は善であり正義である。
それが当時の常識だった。
ケントは十数年程啓蒙活動を続けた。
人々は一向に耳を貸さなかった。
説得は不可能。そうみたのか、ケントは武力行使に出た。
空間魔法を駆使し、世界中の薬品工場を破壊、薬に纏わる文献を片っ端から持ち去り、医学知識のあるものを拐ったのだ。
――ちなみに、自由の加護持ちは空間魔法に長けた者がやたらと多い。因果関係は不明――
薬を得る手段を失った人類はパニックに陥った。
今まで薬一つで簡単に治まっていた病で命を落とし、習慣性のある薬を服用していた者は生活もままならない状態になり人生を棒に振った。
この時点で、ケントは人類史上類を見ない大罪人だった。
専門的な医学知識を失い、病への恐怖に震えながら時は流れる。
すると段々、病が減って行った。今まで脅威だった病原菌が、脅威でなくなっていったのだ。
奇妙な程に、人々は健康になっていった。
そしてこの事件から百年後、書庫が発見される。空間魔法により隠されていたものが現れた、と言う方が近い。
かつてケントが持ち去った医学書の山と、拐われた医師達の手記がそこにはあった。
手記にはこうあった。
そもそも薬物の使用制限を唱えたのは拐われた医師、すなわち自分達である。
彼等は当時蔓延していた疾病の多くが抗生物質の乱用による免疫の低下と、消毒により微生物を殺し過ぎ、それにより自然界の生態系を崩した事が原因である。
当時の人々は抗生物質を万能薬と思い込んでいた所があり、医師が危険を叫んでも、権力者が、何より世間が許さず、抗生物質や消毒薬が不必要にばら蒔かれていた。
医師達の言を聞き入れ、味方してくれたのがケントであり、矢面に立ってくれた事。
あの凶行はケントの独断ではなく、自分達も共犯である事。
薬の喪失は死人を出しただろうが、いずれは生命本来の治癒力を回復させると信じている事。
そうなったなら、どうかケントへの評価は覆して欲しい。
そんな事が書かれていた。
この発見に、各国は多くの専門家を派遣し調査にあたらせた。
結果は、手記の内容がほぼ事実である、と言うものだった。
――この手記は物議を呼び、後世に様々な影響を残したが、それはまた別の話である。
ケントの行いは、現在でも賛否の別れる所だ。
調査の結果、あのまま薬物の乱用が続けられていれば人類は致命的なまでに弱体化し、自滅していた可能性が高い。
そこはどの専門家も異論は無く、長期的に見ればケントは人類を救った英雄である。
同時に、薬さえあれば死なずに済んだ人が多い事も事実。
他にやりようはなかったのか、と非難する声が絶えないのも道理。
大罪人であり、英雄でもある。
自由の加護持ちというのは、大なり小なりそういうモノなのだ。
――ちなみに、自由の加護に限らず、社会への影響が懸念される加護は幾つか存在する。そうした危険な部分は、該当加護の持ち主への差別を防ぐ為、また無用な争いや混乱を防ぐ目的で一般には秘されている。
自由の加護持ちはかように予測し難く、度し難い。
そこに、異世界の未知の知識・技術が加わればどうなるか。
彼等にとって、エリヤはいつ爆発するとも知れない爆弾に、"ガソリンの可能性の高い何か"がくっついているような存在なのだ。
せめて来訪神でない、という確信が得られればとの思いで探らせたのに、結果は黒に近いグレー。
「オルゲン殿が付いて居られるのが救いだが・・・」
「オルゲン殿がエリヤ殿の『橋渡し』なら安心出来るものを」
「・・・仮にそうなったらナナヤ様が今度こそ野放しになってしまいますよ」
重い沈黙が室内に満ちた。
自由の加護持ちは、良くも悪くも浮世離れしている。
一人ではまずまともな社会生活も送れない彼等は、本能かパティア神の導きか、必ずと言っていい程、己と他者とを繋ぐ"誰か"が身近にいる。
そうした者を、俗に『橋渡し』と呼んでいた。
「オルゲン殿はナナヤ様の橋渡しだ。お側を離れてもそれは変わらん」
「オルゲン殿がドルネルのギルドマスターになってそろそろ二十年になるか・・・」
「街ももう落ち着いたのだし、いい加減従騎に復帰していただけないものか」
「おい、くれぐれも圧力などかけるなよ? でないと」
「分かっている。そう心配するな」
「ナナヤ様・・・いずこにおわすのか・・・」
自由の加護持ちの勇者、ナナヤ。
オルゲンはナナヤの橋渡しであり、従騎だった。
オルゲンは優秀で、扱いづらい自由の加護持ちを上手に御し、ルシファー協会との間を取り持ってくれていた。
その関係が終わったのは約二十年前。競争の迷宮の出現により、大量の難民が発生した。近くにあったオルゲンの故郷もその煽りをくらい混乱が起き、故郷を守らんと奔走したオルゲンは自然と人々を束ねる立場になった。
そこには、オルゲンを繋ぎ留める事でナナヤと言う最強の守護者を得ようと言う思惑もあった。
それがまずかったのだろう、当初難民の支援を手伝っていたナナヤは唐突に姿を消した。
それ以来、協会はナナヤの動向を把握出来なくなった。
極稀に顔を出し、頼めば仕事を引き受けてくれるが基本的に行方不明状態。オルゲンが居た頃のような協力関係は消えた。
『橋渡し』の、オルゲンの存在が如何に大きかったかを痛感した出来事だった。
「あの! エリヤくんの『橋渡し』ですが」
ずれかけた話題を、進行役の会員が慌てて戻す。
「えー、主な候補はザック殿、スラート殿、リリィ殿、ミラ殿。他にロイ殿、ジェン殿と・・・オルゲン殿も加えておきますか?」
「・・・一応入れておけ」
「分かりました」
自由の加護持ちにとって『橋渡し』は重要である。
その存在の有無が、善人か悪人かが自由の加護持ちを英雄にするか罪人にするかを決すると言っても過言ではない。
「最も可能性が高いのは、やはりザック殿か」
エリヤを最初に保護し、そのまま世話を続けたザック。
確証は無いものの、ほとんどの者がザックで間違い無かろうと考えている。
「ですが、ザック殿では少々心許ないのでは・・・」
ある者の発言に、ちらほらと呻き声が挙がる。
エリヤのみならず、ザック達も観察されていたのだ。
ザックは常に一歩さがり、仲間内ではよく話すが身内以外とはろくに話をしようとしなかった。その姿は、とてもエリヤと社会の間に立てるような人間には見えない。
「リリィ殿なら安心出来るのだが」
「しかし彼女は秩序の加護持ち。自由の加護とは相性が悪い」
「ジェン殿は候補から外してもよいのでは」
「加護といえば、理の加護について収穫がありましたな」
「おお、理の加護持ちがああも人前に出るとは。やはり自由の加護によるものでしょうな」
また話が逸れる。
それもまた無理からぬ事だった。ここに集まった者の大半が秤の加護持ち。測る――定まらぬ物事を数値化し、言語化して明確化させる事を至上命題とする者の集まりなのだ。
そこに、自由と理と言う、未だ明確化出来ていない加護がセットで現れたのだ。
はしゃぐしかないではないか。
秤の加護持ち達が嬉々として議論するのを、残りの者が冷めた目で見守っていた。
数時間後、ようやく加護語りが一段落ついた。
再開して直ぐに、エリヤについては引き続き静観する、と言うことで会議は終了した。
最後の数時間いらなかったよね? と一部の者が呟いたとか呟かなかったとか。




