四十二話 上級冒険者
夜の廃墟に、彼等は身を潜めていた。
これから目の前の通りを雑魚冒険者が通過する。
それは、彼等の獲物だ。
今回の依頼はひどくつまらないものだった。
彼等は普段、命懸けの困難な仕事を請け負う上級冒険者。常に死と隣り合わせの危険な仕事だが、それ故に常に全力を出し、時には全力以上で戦う必要に迫られる事はなんとも言えない充実感を与えてくれた。
己の全てを出しきる。その度に己の成長を知る。
そうして己の生を実感する。
そんな日々に比べて、この仕事は。
もちろん、受けた時には異論は無かった。必要性は理解出来るし、たまには骨休めをしようとの思いで来た。
それがこんなに苦痛だなんて思いもしなかった。
鬱屈を抱えていたのは彼等だけではなかった。顔を見れば分かる。いいや、そこに居るだけで同じ思いを共有していると互いに分かった。
それを言い出したのは誰だったか。
下級冒険者を狩る。
名案だと思った。
この鬱屈を晴らすには全力で戦う相手が要る。しかし目ぼしい魔獣は居らず、上級冒険者同士で戦えば損害が洒落にならない。
そこで、依頼の妨げにならない最終日に他の下級冒険者を狩り、その数を競う事にしたのだ。
殺しはしない。後遺症の残る傷も負わせない。実力差があれば可能であり、それでいて慎重な力加減を要求される。
正にうってつけだ。
それに、この獲物。下級のくせに魔法使いが二人も居るパーティー。
一人くらい譲ってくれてもいいんじゃないか?
牛獣人の回復専門の魔法使い。そして土人族の子供。簡単な土魔法しか使えないようだが、そこは鍛えればいい。狩りが終わったら"説得"して引き入れよう。その為にもしっかり確保しなければ。
松明の明かりがゆらゆらと近づく。
さあ、狩りの始まりだ。
五人分の影を連れた明かりが通りを行く。
その人影に向けて、突如、矢が放たれた。
矢を追うように四つの大きな人影も飛び出す。
狙われた人影は、五人のうち三人が矢を避けるなり弾くなりして無事だったが、二人は矢を受けその場に崩れ落ちた。
不意打ちで矢を受け、体制を崩す。その直後の襲撃。更にそれに対応しきったとしても、ゴブリンだと思った相手が同じ人間であることに動揺せずにはいられまい。
その隙を突いてすぐさま制圧する気だった虎獣人は、獲物が踏みと止まり、斬り結んできた事に目を見張った。
やるではないか。
素直に称賛する。しかし、自分は幾度も修羅場を潜ってきた銀等級冒険者。相手は鉄級。自分は力の強い虎で相手は兎。兎獣人は危機察知能力と素早さが厄介で、逃げ回られれば苦戦しただろうが捕まえてしまえばこっちのもの。
正面から受けるべきではなかったな。
一瞬の間にそう考え、大剣を振るう。その一撃は兎獣人の剣を弾き飛ばし、速やかに拳で昏倒させて次の獲物を狙う。
――筈だった。
ガキンッ
「何っ!?」
虎獣人の大剣は、兎獣人の双剣にしっかりと受け止められていた。
更に弾き返される。
予想外の反撃に上体が泳ぐ。立て直す前に、兎獣人がその素早さを活かした連撃を放つ。手数の代償に重さの無い筈の連撃には、大型獣のような威力が乗っている。
有り得ない!!
何が起きているのか。落ち着け、と己を宥めた虎獣人はそれ故に別の異変に気付く。
弓の追撃が無い。
同時に、狼獣人を相手取っていた仲間が叫んだ。
「この魔法使いは人形だ! 本物がどこかにいるぞ!!」
最初に崩れ落ちた二つの影。それはよく見れば、人ではなく土の塊だった。
離れた場所から仲間の叫びと土塊を見た弓使いは舌打ちをして移動した。
魔法使いが離れた場所から一連の流れを見ていたなら、矢の軌道からとうに自分の位置を割り出しているはず。このまま居ればいい的だ。
廃屋の一室にいた弓使いは階段を駆け上がった。この辺りの廃墟は把握済みだ。
屋上に出て魔法使いを探す。自分の身体能力なら、別の建物の上階へも難なく跳躍できる。
ふっ、と動く影があった。そちらへ注意を向けたと同時に、
「ぎゃっ」
強い光が現れ目を焼いた。
光魔法? 土魔法しか使えないんじゃ・・・。
視界を失ったのと混乱で、弓使いに大きな隙が出来た。それを逃さず。
「えいっ」
場違いに可愛らしい掛け声と共に後頭部に衝撃を受け、弓使いは倒れ意識を失った。
一方、通りでは剣戟が続いていた。
「っ、ふざけんな! てめぇら下級だろ! なんで立ってんだよ!!」
ジェンが相手している虎獣人が苛立たし気に喚く。
正直、ジェンも同じ気持ちだ。兎獣人の自分が虎獣人の一撃をまともに受けるなんて、少し前なら想像もしなかった。
魔法、身体強化。
ザックに触発され、魔法を習い始めた《灯明の轍》。その成果の一つがこれだった。
身体強化は初級魔法で、比較的簡単に覚えられる割に効果の高い魔法だ。
各属性によって効果が少しずつ異なり、ジェンとザックが使っているのは土属性。
土属性は骨、筋繊維、皮膚の強度上昇。つまり、防御力と攻撃力の上昇だ。この効果によりジェンは弱点を補う形となり、スピードとパワーを兼ね備えたバランスタイプに変貌した。
魔法適性の低いジェン達の上昇率はせいぜい1.1~1.2倍程度だが、ジェンの場合大地の加護の相乗効果も加わって格上の相手とも渡り合えるだけの威力を発揮した。
虎獣人は防戦一方となっていた。そこに、僅かに隙が生じる。別の襲撃者の相手をしていたリリィがすかさず横手から一撃を加え、即離脱する。よそ見をしている隙に、と向けられた攻撃も難なく受け流す。
「ぐっ」
虎獣人は腕を切られた。致命傷には遠いが、これまで通りに大剣は振るえなくなった。
リリィの属性は風。
風属性は神経の強化。反射神経の上昇と、脳内の情報伝達まで効果があるのか、リリィは身体強化を使うと頭の回転が速まり調子の良い時は時間が間延びするような感覚を味わう。元より、戦闘能力より統率力で勝負していたリリィにこの効果はよく合った。山羊獣人特有の広い視野に思考時間、素早い反応が加わり、全体を把握して的確な指示と支援を送る。
リリィの指揮能力は、一段上に引き上げられたのだ。
「くそっ、くそっ」
「さっさと、倒れろ、よっ」
ザックは二人掛かりの連戟を長剣と小型盾でいなす。
元よりパワーファイターだったザックは土属性の身体強化により、高い防御力を得て優れた盾役となった。二人引き受け、時折斬撃を受けてしまうが、斬られても浅く、大したダメージにはなっていない。
それ故落ち着いて敵を引き付けているが、ザックは緊張と不安と心配で一杯だった。
リリィとジェンも心配だし、隠れて弓使いを炙り出してる筈のエリヤとミラも心配でしょうがない。
何より、分かっていても協力している筈の冒険者に襲われた事の心理的負荷は大きかった。
なぜ。
どうして。
前々からこうなると予想してたのに、泣きたくなる。
それでも踏みとどまっていられるのは、それが仲間守る事に繋がるからだ。自分が倒れたら、この二人はリリィとジェンに襲い掛かるだろう。
そうなれば、魔法による強化があっても持ちこたえられまい。
さすが上級冒険者、装備も技術も数段上で普段のザックならばとうに倒れていた筈だ。
ザックが複数の敵を引き付け、ジェンが最も厄介な敵を担当し、リリィが翻弄する。
そんな状態で拮抗し、しばらくした頃。
「ぎゃっ」
「うおぉ!?」
「ぐっ?」
「うわあっ」
襲撃者達が一斉に体勢を崩した。
リリィ達はすかさず武器を奪い、意識を刈る。
「くそっ」
一人、虎獣人だけ踏みと止まりジェンに拳で襲い掛かる。虎獣人であれば、拳も十分凶器となる。が、それがジェンに届く事はなかった。
――ッキン
かん高い音と共に虎獣人の首から下が分厚い氷に閉じ込められる。
「お待たせー」
気の抜けるような声に、ザックは安堵で座り込みそうになった。
声のした方を見れば、エリヤと簑虫状態の襲撃者二人を引き摺ったミラが、のほほんと手を振っていた。
強化魔法について補足
・水属性
血液やリンパ等体液の流れがスムーズになる。摂取した栄養が即座にエネルギーに変換され、老廃物が速やかに排除される。結果として体力回復促進、解毒効果に繋がる。
ミラが水属性だが、彼女の場合慈悲の加護の作用により、属性に関係なく防御力上昇、体力回復率上昇になる。
・火属性
消化機能、新陳代謝上昇。攻撃力が上がったりはしない。脂肪の燃焼を促進するためダイエットには有効。
エリヤは食べ過ぎて苦しくなった時に重宝している。
・光属性
可視領域の増加。赤外線も見える為暗闇でも視界が効く。理の加護があるエリヤにはあんまり意味なかった。
又、光を栄養に変換できる。「光合成か」と言うエリヤの突っ込みがあったとかなかったとか。
・闇属性
空気の無い場所でも呼吸が出来る。
闇属性は使い手が少なく研究が進んでいない為、なぜこんな効果が現れるのかは不明。




