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勇者育成プロジェクト  作者: コーモリさとう
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三話 街へ

「あー、とりあえず手当てするか」

「はい」

 とりあえず片付けられる事から片付けよう。現実逃避気味にそう考えて、ザックは腰に提げた魔法鞄から水筒とタオルを取り出した。

「じゃあまず顔の傷を―――どうした?」

 子どもは水筒とタオル、魔法鞄交互に見ている。妙に、熱の籠った眼差しで。

「あの、それ、今出した物の方が大きくないですか?」

 あ、なんか変な言い回しになっちゃった。

 けど、()()がどんな名称で呼ばれているかわからないのだ。うかつにマジックバッグとか収納魔法とか言って不審に思われる可能性も、なくはない。

 半端な言い方に意味が通じたか心配になったが、幸いザックは理解してくれた。

「ああ、魔法鞄か。見るの初めてか―――って、覚えてないんだよな」

「魔法鞄・・・。それって実際の大きさに関係なく沢山物が入るとかいうヤツ? それはどのくらい物が入るんですか? 時間停止機能付きとかあったりする? 誰でも手に入るもの?」

「・・・あー、とにかく手当てするぞ? ほら、これ顔の下に持って」

 ザックは呆れ顔になって子どもにタオルを渡した。

 おっといけない、定番アイテムの登場についはしゃいでしまった。

 言われるまま顎にくっつけるようにタオルを持った。ザックは顔の数ヶ所に水を掛けていく。ちょっとしみた。

「俺が持ってるのは安いヤツで、そこの岩猪が二匹も入れば一杯になる容量だ。安いと言っても魔法鞄のなかでは、だ。これでも三、四ヶ月生活できるくらいの値がつく。あと、時間停止機能付きなんて、貴族か大商人くらいしか目にする機会も無い代物だぞ?」

 あ、説明してくれるんだ。

 ザックは子どもの顔を軽く拭うと魔法鞄から蓋付きの陶器の容器を取り出し、その中身を傷に塗り始めた。

「それは傷薬?」

「ああ。こんなのも珍しいか?」

「珍しいというか、今は何でも"初めて見るモノ"なんで」

「ああ、そうか。ちなみにこれは俺が作ったモノだぞ」

「え?」

「冒険者やってると、傷薬はいくらあっても足りないからな。いちいち買うより自分で作った方が早いし安上がりなんだ。さすがにしっかりした薬は作れないが、こういう細かい傷の薬なら作り方さえ知ってれば誰でも作れるし」

「へぇ・・・」

 話ている間に腕や足の手当ても終わった。最後に数口、水を飲ませてもらう。

「動けそうか?」

 そういやさっきは立てなかったんだっけ。

 意識して、ゆっくりと立ってみる。その場で足踏みしたり、手を握ったり開いたり。

「大丈夫そうです」

「そうか。・・・あー、それでお前、これからどうする?」

「んー、とりあえず街とか行こうかと。ザックさんはこのあと帰りますか?」

「ああ、そろそろ引き上げるつもりだったしな。じゃあ一緒に行くか」

「はい」

 良かった、依頼の都合でまだ帰れないとか言われたらどうしようかと。

 まぁ、そう言われたところで目印もなにも無い山の中、ザックについて行く以外選択肢などないけれど。

 ザックは岩猪を魔法鞄に仕舞い、二人は歩き出した。


 さて、歩きながら情報収集しようと思うが、何から聞こうか?

 先を歩くザックをぼんやり眺め、ふと気付く。

「今度はどうした?」

 自分の頭とお尻をぺたぺた触っていると、後ろに目でもついているのか、ザックが気付き尋ねる。

「いやあの、耳と尻尾が無いな、と」

 言うと、ザックはプッと吹き出した。

「お前は土人族だよ。尻尾は無いし耳はここだ」

 言って、子どもの耳をつつく。

「どじんぞく?」

「そうだ。そして俺は獣人族。わかるか?」

「いえ」

「・・・そうか、記憶が無いとそういう事もわからなくなるんだな」

 感心と同情が入り交じった様子でザックは呟く。

 ザックの説明によると、人族は大きく三つの種族に分けられるそうだ。

 一つは獣人族。

 名前の通り他の獣の特徴を持つ身体能力に優れた種族。毛並みや鱗、角や羽等様々なタイプがあり、どんな獣の特徴が現れるかは個人によって異なる。兎の特徴を持つ者と熊の特徴を持つ者が兄弟、なんて具合だそう。

 基本的に魔法は苦手だが、猫や狐、竜(!)等の特徴が現れた者は魔法が上手かったりする。

 ちなみにザックは狼で、魔法はさっぱり。なんか火とか出したり傷を治したりできる、くらいの認識だった。そこ詳しく知りたかったのに。

 一つは土人族。

 身体能力は低く、魔法が得意というわけでもなく、生き物として貧弱な種族(byザック)。その代わりのように物を作り、工夫するのが得意。技術の大半は土人族が開発したものだとか。

 人口が最も多く、個人による見た目の差が三種族の中で最も小さい。

 話を聞いた感じ、この土人族が地球人に該当すると思ってよさそうだ。

 最後に妖人族。

 魔法に長けた種族で、妖人族、とひと括りにしてはいるが、体が植物だったり金属だったりと様々。三種族の中で最も数が少なく、他種族との交流も乏しく、ザックも妖人族の事はあまり知らないそう。

 とはいえ、積極的に外に出るタイプもいて、これから向かう街にも居るし、冒険者をしている者も居るとか。

 話に夢中になり、時々足元が疎かになって注意されたりしながらひたすら山を降って行く。

 どれくらい歩いただろうか、大きな街道へ出た。

 石畳の敷かれた、しっかり整備された道で、道の向こう側には川が流れていた。その更に向こうには山が連なっている。

「ここを右に行くとあるのが、ドルネルって街だ。俺はドルネルの生まれで、ずっとここで冒険者やってる」

 ちなみに今居るのはラズロサム王国という獣人族が興した国で、住人の大半が獣人族。ドルネルはその端にあり、左へ数日進むと隣国に出る。

「大半が、と言っても獣人族と土人族が半々くらいかな。そもそも、土人族が圧倒的に多いんだ。世界の人口の半分は土人族らしいぞ?」

「そんなに?」

 右に進路を取って、とことこ歩く。

 子どもは体力が無いようで、何度か休憩を挟みながら進んでいる。

 それでももうへとへとで、いつ歩けなくなってもおかしくない様子だったが、見るモノもザックの話も新鮮なようで、そちらに夢中になるあまり疲労を感じていないようだ。

 それにしても、とザックは不思議に思う。記憶が無いなんて、もっと不安になったり心細くなったりするものではないのだろうか。

 子どもは好奇心一杯にあれこれ尋ね、余裕さえ感じられる。ザックは、自分だったらもっとうろたえて一人ではなにも出来なくなるだろうなと思う。

 まぁ、あの様子なら嘘という事はないだろうが・・・あ。

「そうだ、エレイグ神殿なら」

「ザックさん?」

「いやその前に」

 ザックは急に立ち止まり、ぶつぶつ言い出した。

 そして子どもに向き直り、

「お前、ステータスは?」

 などと言う。

「ステータスだ。言ってみろ」

 ステータスってあのステータスか?

「ス、ステータス?」

「こう、目の前に名前とか書かれてるヤツ出て来ないか?」

「いえ何も」

「そうか・・・」

「あのー、説明してもらえませんか?」

「ああ、すまん。ええとだな、ステータスって言う魔法があるんだ。自分のしか見れないが、ステータスと言うと自分の名前や年齢、出身地、何が得意でどんな技術を身に付けたかなんて事が表示されるんだ」

 うん、ゲームでお馴染みのステータスと同じですね、そういう世界なんですねわかります。

「それで、このステータスはエレイグ神殿で授与してもらえば誰にでも使えるようになるんだ。大抵は子どものうちに、遅くとも成人する時には授与してもらう」

「へぇ」

 それが授与されてたら悩むまでもなく身元判明してたのか。

 って、それに気が付くのが今とか。この人けっこうテンパってたのな。

 ともかく。

「その、神殿? って所はいつ行ってもいいんですか?」

「確か、ステータス授与は予約して行ったような・・・。なんにせよ、街に着いたらまず神殿に行こう」

「わかりました」

 これで事態は解決した、と言わんばかりにザックはほっと胸を撫で下ろした。

 エレイグ神は判定の神。その加護を持つ者には嘘も隠し事も通用しない。この子どもが嘘をついているならそうと判るし、記憶喪失が本当でも身元は判明する。

 それに、どう事態が転んでも神殿で子どもの面倒を見てくれるだろう。


 すっきりした顔のザックに対し、子どもはあくまで淡々としていた。

 確かにステータスを見られれば、何かしら判明するだろう。

 でも、それで片付きはしないと思うんだよね、自分の場合。

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