三十七話 ルーシファ・ロス・レクライム
早めの更新ならず。
無念。
遥か昔、人類は繁栄を謳歌していた。
今よりも遥かに進んだ文明、技術の恩恵は隅々にまで行き渡り、どんなに貧しい者でも餓えとも渇きとも無縁だった。
その繁栄は、ある日突然終わりを告げた。
当時最も栄えていた王国の、最も豊かだった王都に、天より【災いの塔】が降り、王城に突き刺さった。
塔からは現在【シン】と呼ばれている恐ろしい化け物が溢れ出し、人々を襲った。シンにはいかなる物理攻撃も魔法も効かず、鍛え上げた軍勢も成す術もなく敗退した。
人々は都を捨て、散り散りとなって逃げ出した。
しかし、避難した先でまた、異変が発生する。世界各地で空間の歪みが生じ、災いの塔と同じように化け物が湧いて来たのだ。
住みかを追われ、行く宛も無く、シンに抗う術も無く。
絶望と諦念が広がりゆくなか、一人の少年が人々の前に現れた。
その少年こそルーシファ・ロス・レクライム。
後の初代勇者である。
少年はたった一人で軍隊が手も足も出なかったシンを倒して見せた。そして、シンに抗うには特殊な技術が要る事を教え、その技術を伝えていった。
「そうして、人々が復興に尽力する傍ら、ルシファー様はシンと戦い、人々を守ると同時に人類の領土を広げて行きました。この時、ルシファー様と共にシンと戦った者達が立ち上げたのがルーシファ・ロス・レクライム迷宮対策協会です」
フェリスが丁寧に解説してくれる。が、申し訳ないことに話が頭に入ってこない。
その原因は、手元にある一冊の本。
話の始めに渡されたルシファー協会の歴史や役割についてまとめられた本なのだが、その口絵に描かれていたのは、
前髪で顔の半分を隠し、右手に包帯を巻き、その右手を左手で掴み苦悶する少年の絵。
ルシファー氏、日本人だろ。
完全に中二だろ。
堕天使であり魔王であるルシファーをもじって、ロスは英語でレクライムはレクイエムとクライムを混ぜたのかな。シンは日本語でもいくつか候補あるけどこの流れだと英語かな?
・・・・・・。
異世界にはしゃいじゃったのかなぁ、ルシファー氏。
「・・くん、・・・エリヤくん?」
「っ、すみません。ぼんやりしてました」
名を呼ばれ、慌てて現在に意識を戻した。いけない、つい故郷に思いを馳せ過ぎてしまった。
「ルシファー様の絵が気になりますか?」
フェリスはエリヤの手元を見、尋ねる。
「はぁ、その、何者なんだろう、とか思いまして」
無難に返事をする。本音はとても口にはできない。
「ルシファー様は来訪神、マロウドの一人だったそうですよ」
「へ?」
「ルシファー様は、自分はこの世界の神に請われ、異なる世界よりやって来たのだと話しておられたそうで」
ルシファー氏、ふつーにカミングアウトしてた。
「ちょっといいか?」
そこに、リリィが口を挟んだ。
「マロウドは最古の来訪神の名ではないか? 今の言い方だと総称というか、組織名や団体名のようじゃないか?」
「ああ、失礼。ただ、それも仮説の一つで、マロウドとはそのまま"外から来た者"という意味ではないかという説もあるのですよ」
「その説は知っている。そうではなく、何も知らない相手に仮説の一つにすぎないものを事実のごとく教えるのは不誠実ではないか?」
「そう聞こえましたか? そのようなつもりはなかったのですが」
・・・なんか言い合い始まっちゃった。
んー、どうしよう。
エリヤは少し悩んでーーー
「ねぇザック、来訪神って何?」
ーーー放置することにした。
や、だって、うかつに横槍入れても火に油注ぐだけになりそうだし。
「あ、ああ」
ザックはチラと口論する二人を気にする。今はつつかない方がいいと思うよー。
「神話の時代から『違う世界から来て、世界を救ったり技術を授けたりする人』の話が沢山あってな。そういう違う世界から来た人を来訪神と言うんだ」
異世界、認知されてたのか。
「マロウドは神話に最初に登場する来訪神だな。俺は普通に名前だと思っていたけど・・・」
「今そこ掘り下げるのやめよう」
まだなんか言ってるリリィとフェリスをチラ見して言う。
というか、フェリスの言う説が当たりだ。マロウドって日本語で客人とか余所者って意味だし。
ここ日本と繋がりあるのかな?
「おぅ。えーと、マロウドと並んで有名なのがルーシファ・ロス・レクライム。今いる人なら農家の勇者、セイラ様かな」
「ふぅん・・・ん? 今?」
「? セイラ様は東の果てで活動してる勇者だ。最適性職業は農家で、戦闘能力が無いのに勇者になった凄い人でな」
「あ、うん。それも凄いけど、来訪神? って今もいるの?」
「? たまに見つかるらしいぞ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
この言い分とザックの反応からして、来訪神(異世界人)って、居て当たり前?
ひょっとして、「異世界から来ました!」って言っちゃって大丈夫だったのかな?
・・・いいか。今更だ。
そういえば、迷宮の説明だった筈だけどあれで終わりかな?
一般人的には、来訪神は存在すると知っていても遠い存在。(貴族とか金持ちみたいな感じ)
色々怪しくても、目の前に居るエリヤがそうかも、という発想は出て来なかった。




