三十四話 マネージャーの集い
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エリヤを食堂に置いてザックは受付に向かった。
時刻はすでに遅く、宿舎に直帰してなるべく早い休みたいところを冒険者ギルドに寄ったのはいくつか理由がある。
一つは依頼達成の報告。これは別に明日に回しても手続き上は問題無いが、何しろ数が多い。今日だけで二十件を超えているのだ。
更に、明日は明日で忙しくなる事は明白で、手続きをする暇があるなんて思えない。
これは後回しにすればするだけ首を締める奴だ、とザックは大変でもその日の依頼はその日のうちに手続きを完了させていた。
そしてもう一つは。
「おう、来たな」
受付前に十数名の冒険者が集まっていた。
食堂で屍になっている魔法使い達の、夏期限定マネージャーの皆さんである。
エリヤに限らず、氷作成しながら依頼を把握するのは厳しい。それゆえほとんどの魔法使い、普段はソロ活動している魔法使いでさえ、この時ばかりは依頼の管理を他者に委託しているのだ。
「お待たせしました。状況はどうなってます?」
書類を受付に預け、ザックは話に混ざった。
このところ恒例となった、マネージャー会議である。
この時期の氷作成依頼は膨大かつ多岐にわたる。
一番多いのが一般家庭からの依頼で、これは一度に作らなければならない氷は小さくて済むがひたすら数をこなさなければならない。
また、この街にはあちこちに噴水等があり、そこに水を送っている装置があるのだが、そこに大量の氷を浮かべ、噴水の水をきんきんに冷やして住民の涼としよう、なんて発案があったり。
行政からの依頼か個人からの依頼か。小さい氷多数か大きい氷を少しか。重要度は。
それらの情報を把握し、各魔法使いの特徴を照らし合わせ、誰にどの依頼を請け負ってもらうか、といった事を話し合うのだ。
「治療院はなかなか安定しないな」
「まぁ、治療院が安定しても、他所が暑さにやられりゃそっち押し寄せるからな」
「治療院は他をなんとかした方が早い。託児所や孤児院は」
「そっちは大丈夫です。噴水の水を冷やすと言う案が思いの他効果を出してまして。近くの噴水や水場で水浴びをしてしのいでいるようです。噴水は他にも、野菜や果物を浸けて冷やしたり、道や建物に撒いて冷やしたりと色々活用されていますね」
「道に撒くって、かえって蒸し風呂にならんか?」
「それが、住民で結託して大量の水を道が冷えるまで延々流してるようで」
「それもう"撒く"って言えない・・・」
「ともかく、水源から冷やすのは有効か。この依頼は継続して受けよう」
ドルネルは水資源は豊富なのでそんな使い方も可能なのだ。これで水も使用制限されていたらもっとひどい事になっていただろう。
そこまでひどくないから、街ぐるみでの対策を立てるに至らない、とも言える。
会話に混ざりながら、ザックは不思議な感慨を味わっていた。
ザックは今まで、パーティーメンバー以外の人と話す事はほとんど無かった。それはザックが積極的に他人に話し掛けるタイプではなかったというのもあるが、《剛狼の牙》が忌避されていた、というのが大きい。
『あんた、意外と普通なのな』
『《剛狼の牙》にもあんたみたいなのいたんだ』
エリヤと今の宿舎に移ってから、そんな言葉を何度となく掛けられた。
《剛狼の牙》の一員として怖がられていたのだ、ザックは。
初めて知った己の評価に、ザックは落ち込んだ。《剛狼の牙》への評判にも。
パーティーを抜け、新米冒険者が集う宿舎に入ったザックは、交友範囲が一気に広がった。
そして、何度もカルチャーショックを体験した。
ザックはパーティーを変えるのは、良い事ではないと思っていた。しかし宿舎には様々なパーティーに入り一時在籍して自分に合うパーティーを探す、なんて事をしてる者がいた。そして、それは当然の事として周囲は受け入れていたのだ。
認識の落差にザックは唖然とした。むしろ、なぜ自分が"むやみにパーティーを変えてはいけない"と思っていたのか、そちらを疑問に思う程だ。
もっと驚いたのが、魔法を習っているザックへの反応。
リシアもガロアも、無意味な事をと否定的であり、それは当然の反応だと思っていた。
なのに、リリィを始め多くの冒険者はザックの努力を高く評価してくれたのだ。すごいね、と。その上、自分もやってみようかと言う者が続いたのだ。
スラートから『ザックのお蔭で生徒が増えたよ』と感謝された時は、喜ぶより先にパニックになった。
パニックになった事でザックは自分に誉められた経験がろくに無い事に気付いた。正しくは、それが"普通"ではない事に。
その上、自分のした事が誰かの行動に影響するなんて。
そう言ったら、エリヤは『おぅい、自分なんかザック次第でどうとでもなる状況だったんだけど?』と言った。最初はなんの事か解らず、ぽかんとした。
パーティーを抜け、家を移しただけなのに、別の世界に来たみたいだった。
街の状況についての報告が一通り終わり、では魔法使い達の状態は、となったところでザックが真っ先に手を挙げた。
冒険者達の視線がザックに集中する。ここでの会話は、自分で考え判断する習慣の無かったザックには理解しきれないものも多く、さほど口を挟まずにいたがこれだけは言わねばならない。
「エリヤが、そろそろ限界です」
真顔で告げるザックに、重々しい沈黙が降りた。




