三十一話 三ヶ月後
エリヤがこの世界に来てから三ヶ月が経った。
エリヤが来たのは春頃だったようで、少しずつ日が伸びて行き、気温も上がって今は夏の盛りである。
無事銅級に昇格し、この世界の事を少しずつ覚えながら冒険者活動に励む日々を送っている。
ところで、ドルネルの街は石で出来ている。
そして街は山の斜面、南を向いており、又日差しを遮るものも無い。
そこに真夏の強い日差しが降り注げばどうなるか?
何を言いたいのかと言うと、
「あつい・・・あついよぅ・・・」
「水・・・せめて冷たい水を・・・」
「はあ、はあ、次の患者は・・・」
「先生しっかりしてください! もう少しで休憩ですから!」
「エリヤ君! 待合室の氷を先に!!」
「待って、その前に診察室を。先生が倒れてしまいます」
「あの、入院棟はまだですか? 朝から体調の良くない方が」
「ああっ、もうっ!! やるから、ちゃんと氷作るからせめて順番にっ!!」
ドルネルの街は、灼熱地獄と化していた。
エリヤは梯を登り、待合室の頭上、梁の上に設置された大きなお盆状の金属板の前に着いた。
「氷よ」
杖をお盆に向け、呟く。
するとお盆の上に大きな氷が出現する。
足元からちょっとした歓声が挙がった。
家屋の天井付近に据え付けられた器に氷を設置する。そして、氷の真下にあるファンが、冷やされ降りてゆく空気を緩やかに拡散させる。
それがこの街における主な冷房装置だった。
一応、エアコン的な魔法道具もある。しかしそれは高価で燃費も悪く、よほどの金持ちでなければ使えない代物だった。
その代わりに普及したのがこれ。
頭上に設置するので邪魔にならないし、溶けたての水は冷えているので食べ物等を冷やすのにも利用できる。衛生管理をきちんとしているならば溶けた水をそのまま飲んでもよし。なかなか悪くない冷房である。
―――魔法使いが居なきゃ意味が無い、なんて欠点がなければ。
梁の上には他にも複数、氷を乗せる器がある。エリヤはそちらにも移動し、氷を作っていく。
「これ完っ全に魔法ありきの設計だよね? 魔法使い不足なのになんでこの方法採用したの? 誰だよこれ普及させた奴は」
魔法で氷を作りながらぶつくさと愚痴るエリヤ。
ちなみに製氷魔法道具もあるにはあるが、高価かつ嵩張るため置く所が問題になるし、作れる氷の大きさに限界があって梁の上に持って行くまでに大分小さくなってしまうという問題がある。
次々と熱中症や食中毒の患者が運ばれるのを見下ろしながら、この治療院の氷を作り終える。依頼達成のサインを貰って次の治療院へ。
この日は、というか、エリヤはここ数日、延々と氷作りばかりしている。
この時期、水魔法が得意な魔法使いはひたすら氷作りをやらされる。魔法が苦手な獣人族中心のこの街では、街に居る魔法使いを総動員しても追い付かないのだ。
そこに、半人前とはいえ魔法使い適性と水の相性共に最大値のエリヤが現れたのである。
これを放置する手はない。
・・・ええ、言われましたよ。魔法の授業料は働いて返して的な事を。杖とか魔法書とか気前よく貰いましたよ。
げんなりしながらも、仕方ないかとエリヤは粛々と氷を作っていく。
・・・いくら拒否があるったって、あちこちで人が倒れていくのを見ちゃったら断れねーっつの。
ここでの氷作りが終わり、梯を降りようとした時。
「―――っ」
くらっ、とめまいがして梯から落ちかける。
「エリヤ!」
幸い、既に下の方に居た事と、待っていたザックが素早く支えてくれたお蔭で事なきを得る。
「大丈夫か?」
「あんまり・・・もう魔力枯渇するな、これ」
頭の奥が、じん、と痺れる感覚に、エリヤは頭を押さえた。
魔力を使い切ると頭痛や吐き気といった症状が出るのだが、その前段階の症状だ。
「わかった。もう昼過ぎだし、休憩しようか」
昼過ぎてたんだ、とエリヤはぼんやりとした頭で思う。そんなに時間経ってたのか。治療院を回り始めたのがついさっきのように思える。ちなみに回り始めたのは朝から。
ザックがサインを貰いに治療院の職員の元へ向かった。
その隙に。
「なぁ、休憩前にちょっとだけうちに寄ってくれよ。すぐに済むからさ」
なんて声が掛けられた。すると、
「おいずるいぞ、順番は守れ。次はうちだ」
「待ってよ、それならうちにだって来て欲しいわよ」
「え、何? 氷作ってくれるの?」
と、図々しい一人を皮切りにどんどん人が群がり、エリヤはもみくちゃにされる。
いつもなら怒鳴るなり魔法で弾くなりするのだが(怪我をさせない程度の威力です)、今は魔法連続しようによる精神的な疲れと魔力枯渇寸前による体調不良で反撃する気力がなかった。
なので。
「はいそこまで! エリヤは今から昼休憩です! そちらにはその後向かうので少しお待ちください。そちらの方、依頼は冒険者ギルドにお願いします。本人に直接言ってもダメですよ」
と、ザックが人波をかき分けエリヤを回収し、一気に言うだけ言ってその場から逃げ出した。
強くなったなぁ、とエリヤは運ばれながらしみじみ思う。出会った頃のザックなら、殺気立つ不特定多数の人にあんな強気な態度はとれなかっただろう。
ザックもああした事は未だに苦手だが、自分が同行しているのはこの為である。頑張った。
氷要請は山のようにあり、魔法多用による不調と相まってエリヤ一人ではさばき切れなかったのだ。
依頼先の把握と順路、依頼達成サインの確認といった事務仕事、こうして思い余ってエリヤにすがり付く人達の対応と雑事を一手に引き受けてくれている。
お蔭でエリヤは氷作りに専念出来た。毎度枯渇ギリギリまで氷を作れる程に。
今のザックは、エリヤ専属のマネージャー兼護衛だった。




