表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者育成プロジェクト  作者: コーモリさとう
32/48

閑話 ジェン

 ジェンが生まれたのはありふれた農村だった。

 様々な作物を植えた畑が広がり、家畜がまったりと草を食む。

 時折魔獣が現れる他は至って長閑な、平和な村だ。

 それは良い事である。

 しかし戦士適性の高い者にとって、その平和は幸福に繋がらない。

 戦士適性の高い者、又戦いの神イーヴァンの加護持ちは戦いの中に身を置いてこそ真価を発揮する。それは武器を持っての戦いに限った事ではない。

 頭脳戦。出世競争。財力や技術を競ってもいい。それを当人が"戦い"だと感じられれば、それでいいのだ。

 しかし、ジェンの生まれた村には、そんなささやかな競争も無かった。

 この村の住人はほとんどが農家適性か職人適性が高い者で構成されており、品質や完成度を気にする事はあっても、二者を比較して優劣を付ける、という感性の持ち主がろくに居なかったのだ。

 例えば、子ども達が掃除を言い付けられた時、ジェンが「誰が一番キレイに出来るか競争しよう」なんて言っても誰も乗って来ない。

 この村では"協力し合って結果を出す"が多数派で、"競争して高め合う"事は望まれていなかった。

 結果、ジェンは孤独な子ども時代を送った。

 家族とて、ジェンを想っていないわけではない。ただ、ジェンの苦痛を理解する事が、彼等には出来なかった。


 十になるとジェンは村を出た。

 村出身の冒険者が街へ誘ったのだ。この冒険者もまた同じ思いをして育った為、以前からジェンを気に掛けていたのだ。

 ドルネルの街へ来て、ジェンはようやく楽に息が出来るようになった。

 そもそも獣人族は他の種族に比べて戦士適性の高い者が多い。その上、ジェンを連れ出した冒険者に倣ってジェンも冒険者になる道を選んだのだ。ジェンの周りは、戦士適性の高い者、あるいは戦いの神イーヴァンの加護持ちばかりとなった。

 体を鍛え、技を磨き、武を競い手柄を競う。

 そんな生活は、穏やかな村で育ったジェンにとって楽園のようだった。

 ただ、そうやって冒険者として成長すると共に、嫌でも気付かされる事があった。

 ジェンは、"その他大勢"だ。

 大地の加護。

 兎獣人族。

 戦士。

 ジェンの持つステータスはありふれたモノばかりで、特出したモノが何も無かった。

 どんなパーティーにも、大地の加護持ちも獣人族も戦士も二、三人は居るのだ。

 ジェンは自分を連れ出した冒険者のパーティーに入ったが、今一人で放り出されたら、きっとどのパーティーにも入れないだろう。

 戦士はもう、十分過ぎる程足りているのだから。

 そう思っていたから、このパーティーが解散した時は本気で焦った。

 もう少し前なら、幼さを理由にどこかのパーティーが情けで入れてくれたかもしれない。けれどジェンは十二を過ぎていて、冒険者としての経験もそこそこ積んでおり、もう初心者とは呼べない。

 無条件で手を差し伸べて貰える時期はとうに終わっていた。

 案の定、ジェンを受け入れてくれるパーティーはなかった。当たり前だと思った。

 だからジェンは思い付く限り工夫した。

 戦闘能力のみならず、探索スキル、魔獣の知識、植物の知識、料理や裁縫等を身に着け、そして自分が人からどう見えるのかを研究し、どう振る舞えば好まれるかを研究した。

 なんとしても自分に付加価値を着けなければ。

 必要とされる人材にならなければと自分を磨いた。

 その努力が実ったのか、ある時リリィに声を掛けられた。

 かつていたパーティーを出て、自分のパーティーを作るのだという。

 その発想はなかった。思い付いたところで、ジェンにパーティーを率いるなど出来なかっただろうが。

 リリィはとても素敵な人だった。頭が良くて、凛としてカッコいい。知れば知るほど好きになれた。

 リリィのパーティーに入れた自分は、本当に運が良いと思う。


 リリィと二人で活動を始めてしばらくした頃、ミラが加入した。

 獣人族では珍しい、魔法使い適性3。

 魔法使いに乏しいこの国ではぜひ欲しい人材である。

 リリィは積極的に彼女を誘ったし、ジェンも他に持って行かれないよう注意を払った。

 ――その事は、ジェンの胸の内にさざ波をもたらしたけれど。

 ミラは良い子だ。一生懸命で周りへの気遣いを忘れない。

 それに、街全体では"その他大勢"でも、《灯明の轍》の中ではジェンは唯一の前衛。

 それで、いい。十分だ。

 ジェンは静かに己との折り合いをつけた。

 けれど間もなく、ミラ以上にジェンを掻き乱す存在が現れた。


 エリヤ。

 魔法使い適性5の土人族。

 自由の神パティアの守護と理の神リスティスの加護持ち。

 は?

 何それ?

 何その珍しいステータス?

 この子どもが現れた時、冒険者ギルドはこの話題で持ちきりだった。

『魔法使い適性5ってマジ?』

『村を飛び出して山で遭難してたって』

『なぁ、理の加護って誰か知ってる?』

『くっそ、俺が見付けていれば・・・』

 冒険者らしい技能は何も身に着けていない。魔法もこれから覚えると言う、何も出来ない無力な子ども。

 なのに、ウチに入れたかった、今からでも引き込めないかと言う人のなんと多いことか。

 私は、あんなに頑張ったのに。

 そのままでは見向きされなくて、必死に頑張らなきゃいけなかったのに。

 この落差はなんなの?

 ジェンの中に不快な感情が湧き立った。

 それでも表面上は親しく付き合った。

 そうして付き合うなかで思い知らされたのは、エリヤが本当に"特別"である事。

 《剛狼の牙》に入ったと聞いた時、ジェンは密かに昏い喜びを覚えた。《剛狼の牙》の評判はジェンも良く知っている。リリィの実弟だというのが信じられない、野蛮で質の悪い男。

 エリヤはきっと酷い目に遭うだろう。ボロボロになって現実を思い知ればいい。

 そう思っていたのに、エリヤはいつまで経ってもけろりとしている。その上さっさとパーティーを抜けてしまい、崩れたのは《剛狼の牙》の方。

 あり得ない。

 同じ宿舎に入った時の事もそうだ。

 ザックの実家に居候していたエリヤは、本来ならこの新米向けの宿舎には入れない筈だった。きちんとした住む家のある者まで受け入れていたら、本当に行き場の無い人の部屋が足りなくなってしまうからだ。

 これはリリィも疑問に思ったようで大家に尋ねていた。

 すると、また信じられない話が出て来た。

 それはエリヤがこの街に来てすぐの頃、大家の身内が時期外れの病に掛かった。

 難しい病ではないが、対処が遅れれば後遺症が残ってしまう病だ。

 そして必要な薬は保存が効き難く、その都度作らなければならないのだが、材料となる木の実が成るのは少しばかり先。探せば早くに色付いた実があるかも知れないが、うまく見付かるかどうかは賭けだ。

 大家は焦った。

 すぐさま材料採取の支度をし、人手を求めて冒険者ギルドに向かった。

 するとそこには、求めていた木の実があった。質も量も十分。大家は余裕を持って病に対処できたのだ。

 そして、その実を採取したのがエリヤだったのだ。

 その頃のエリヤは、見付けた採取対象を片っ端から採って持ち込んでいた。それがたまたま今回の幸運に繋がったのだ。

 それを知った大家は、エリヤにいつか恩返しをしようと思っていたという。

「エリヤ君がうちを選んでくれて、かえって助かったよ」

 大家はそう締め括った。

 まだ終わらない。

 ある時、エリヤとザックが沢山の蜂蜜を持ち帰って来た。

 甘味料は希少という程ではないが、自分達のような低等級の冒険者には十分高価な代物だ。

 どうしたかと聞くと、貰ったと言う。

 しばらく前、新しい事業を展開しようという商店にエリヤ達は出会った。その際縁起担ぎとして少しばかり物を貰ったのだが、その店は新しい事業とやらに失敗、気まずいのでその店は避けていた。

 ところが、冒険者ギルドにその店から連絡があった。

 エリヤもザックも商売には明るくないようで具体的な所は不明瞭だったが、要するに、その事業に失敗した結果かえって大損を免れた、という事だそうだ。

 この出来事にエリヤが絡んでるとは思えないが、店主は返礼だと言って蜂蜜を寄越してきたという。

 他にもささやかながら、エリヤが関わって良い方向に転がった出来事をちらほら聞いた。


 嫉妬を通り越して無感情になった。


「蜂蜜を使ったレシピね~、何が良いかしら?」

 目の前に並んだ蜂蜜の瓶に、ジェンは首を傾げた。

「単に砂糖と置き換えるんじゃダメなのか?」

 と尋ねるのはザック。

 大量の蜂蜜に、どんな活用法があるのか相談されたのだ。

「蜂蜜は砂糖より甘味が強いのよ? ただ置き換えたんじゃ、くどくなっちゃうわよ~」

 それに砂糖はただ甘味を加えるだけでなく、生地をふっくらさせたり水分を蓄えたりと様々な役割がある。その辺の蜂蜜との差異も考慮しなければならないのだ。

「とりあえずは焼き菓子? 今からならジャム作っても良いんじゃないかしら~。あ、大家さんにも何かないか聞いてみない? きっと色々知ってるわ」

 ジェンとて甘味は大好きだ。経緯は横に置いて、嬉々としてあれこれと思いを巡らせる。

「ジェンさん、その、良かったらでいいんだが、蜂蜜以外にも料理やお菓子作りを教えて貰えないか?」

 まずは試しにと生地を練っていると、ザックがそんな事を言ってきた。

「え、いいけど・・・」

「そ、そうか、ありがとう」

 どこか緊張気味に言うザックに、ジェンの胸が高鳴った。

 こ、これはあれか!? あれなのか!?

 そう言えばエリヤと関わった人達は何かしらの形で幸運に恵まれていた。

 ザックは気が弱い所がありやや頼りないが、掃除や洗濯をきっちりやるしこうして料理もしてくれる。細かい所にも良く気が付くし、変に威張って無いのも良し。

 ―――悪くない。

 そうよ、何も大多数のなかでの特別に拘ることはないんだわ。

 誰か一人だけの特別。

 ああ、素敵。すごく素敵だわ。

 ジェンはこうしてエリヤへの屈託を一度は手放した。

 しかし―――

「買い食い控えてるエリヤに、美味しい物食べさせてやりたくて」

 料理教室の合間にザックは語る。

「エリヤはやっぱり、甘い物食べたいだろうと」

「エリヤが俺のお菓子、店のより美味しいって言ってくれて」

「エリヤがこの間――」

「エリヤが――」

「エリヤは――」

「エリヤ――」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 やっぱりエリヤなんか嫌いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ