十九話 ザックの思い
大小の岩が転がり、まばらに木が生えた山の一角に、怒声と咆哮、破砕音――戦闘の気配が響き渡る。
「ウルァッ!!どんどん行けええぇ!!!」
ガロアが吼える。言いつつ自らも突っ込む先には、大柄なガロアの更に二倍はありそうな巨大な熊型の魔獣。
大岩熊。名前のまんま、岩場に生息する巨大な熊の魔獣だ。背景に馴染む濃灰色の毛並みは所々切り裂かれ、赤が滲む。
人であれば致命傷になるこの傷も、大きな体の魔獣にとってはかすり傷だ。
ガロアが正面から切り付け、魔獣の爪を剣で受ける。その間にザックが魔獣の背後をとった。そのまま背中を思いきり突き刺す。が、思いの外硬く、剣は三分の一程度しか刺さらなかった。
「っ、――!」
ザックの目の前に魔獣の爪が迫った。避けきれるか。
爪がザックを抉る直前、魔獣はがくりと姿勢を崩し、結果、ザックは反撃を免れた。
見れば、魔獣の片足が不自然に地に埋まっている。
エリヤの魔法だ。
「隙ありいぃっ!!」
背後からの攻撃に反応し、足をとられた魔獣は正面のガロアに対し無防備になってしまっていた。
ガロアはその機会を逃さず、魔獣の首を切り裂いた。
「はっ、いっちょこんなもんよ」
いつも通り、ガロアは剣を担ぎドヤ顔をする。
「へへっ、俺たちの敵じゃなかったな!」
「あったりめーよ!」
そう得意気に言うリック達は、実の所大して役には立っていない。周りを見ず好き勝手に仕掛け、何度も同士打ちになりかけた。
ザックとロイ、そしてエリヤの魔法がそれを防いでいるわけだが、彼等がその事に気付く気配は無い。
「エリヤ、さっきは助かった」
「どういたしまして」
離れた場所にいたエリヤに、ザックは駆け寄り礼を言う。
さっきのは本当に危なかった。ロイや別の誰かが助けてくれても重傷は必至。魔法だから、ザックは今無傷で立って居られる。
ザックだけではなく、メンバー全員大きな怪我は無い。以前であれば誰かしら傷を負っていたのに、ここまで損傷を抑えられたのは、やはりエリヤの存在が大きい。
倒した魔獣をパーティーで所持している大容量の魔法鞄に仕舞い、軽く休憩を取って山を降りた。
エリヤがこの世界に来てから、そろそろ一月程になる。
コツコツと小さな依頼をこなし、時折《剛狼の牙》の討伐依頼に参加する。
そんな日々に、エリヤは順調に魔法や冒険者として必要な技能を身に付けていった。(ただし家事・武術を除く)
そしてささやかだが、貯金も目標額に届きつつある。
「しかしよぅ、エリヤ、お前もっとマシな魔法使えねぇのかよ?」
山を降りる途中、ガロアがにやにやとエリヤに絡んで来た。
ちなみに、エリヤはザックに背負われている。最早《剛狼の牙》と移動する時の定位置だ。
「マシと言うと?」
「バーン、と魔獣吹っ飛ばして見せろよ! チマチマしたヤツばっか使ってねぇでよ」
「!」
ガロアの発言に、エリヤではなくザックが傷付いた顔をする。
見れば、ザックとロイを除いた他三名もガロアに追従してにやにや笑いをエリヤに向けている。
エリヤは一向に《剛狼の牙》に馴染まない。それを当のエリヤよりもザックが気にし、悲しんでいた。
「あー、自分細かい操作が得意なんで。その分威力は低くなってるんで、そんな魔法はこの先も覚えないと思います」
ザックの思いとは裏腹に、背中のエリヤはさらりと返す。
「はっ、適性5もあんのにその程度かよ?」
と、何が面白かったのか、その他三名がゲラゲラと笑い出した。
「すいませんねー」
と、エリヤは適当に流す。
三人は反抗しないエリヤに気を良くしたが、ガロアはエリヤがまるで気に留めていない事に気付き、舌打ちする。
そんなやり取りを、ザックは沈んだ気持ちで黙って聞いていた。
何事も無く冒険者ギルドに帰還し、報酬を貰い打ち上げと称して飲み食いする。
それが《剛狼の牙》が討伐依頼を片付けた時の定番の流れであり、今回もそうなった。
「エリヤ、今日はどうする?」
「不参加」
ザックの問いに、エリヤは短く応えた。
「ああん? またかよ? オレの奢りは気に入らねぇってか?」
うん、嫌。
苛立ちも顕なガロアの物言いに、エリヤは反射的に頷きかけてなんとか堪える。
「自分とガロアさん達とじゃあ体力が違うんですよ。すみませんが、さっさと休みたいんです」
ふん、とガロアは面白くなさそうに鼻を鳴らす。
最初の数回は参加してみたが、それ以降エリヤはそう言って打ち上げに参加していない。
どうも気に入らないのだ、この打ち上げは。
「最初は食ってったろうが」
「それで毎回動けなくなったじゃないですか。学習したんです」
「・・・まあ、確かに」
エリヤの弁にガロアは納得した。
いつも打ち上げの途中からエリヤはぐったりしていたので、説得力は抜群だ。その原因が、疲労か食べ過ぎによるものかの違いでしかない。
「ふん。そんなんじゃ冒険者続かねぇぞ。もっと体力つけるんだな」
「じゃあこれ、頼むな」
「はい」
ロイがエリヤに魔法鞄を渡し、ガロア達はギルドを出て行った。今日はギルドの食堂ではなく、どこかの店に行くらしい。
「帰ろっか」
「・・・ああ」
不安気なザックを促し、エリヤもギルドを後にした。
夜も更け、暗い空の下を、エリヤとザックは並んで歩く。
夜になってしまったが、大岩熊討伐に出たのは今日の朝。本来なら数日掛かる大岩熊討伐をその日の内に終えられたのは、ひとえにエリヤの功績である。
大岩熊はその攻撃力のわりに臆病で、うかつに近付くと逃げられてしまう。向こうに気付かれずに発見し、うまく追い込まなければならない。それが難しく、日数の掛かってしまう理由である。
それを、エリヤは大岩熊にまず気付かれない距離から居場所を特定し、追い込みも大岩熊の行動を詳細に伝えてくれた為、難なく進んだ。その後の戦闘でも、魔法で負傷者を出さないよう支援してくれた。
今回だけではない。エリヤが参加するようになって、《剛狼の牙》の戦績は飛躍的に向上している。
薬の消費量の減少や、野営に掛かる各種消耗品、武具の磨耗も緩やかになっている。エリヤが《剛狼の牙》にもたらした利益は少なくない。
なのに、なぜガロアはあんな事を言うのだろう?
ザックの記憶にある限り、ガロアがエリヤを褒めた事はろくに無い。
それどころか、エリヤを敵視しているかのようにすら見える。それを感じてか、エリヤも歩み寄る姿勢を見せない。
どうして仲良くやれないのだろう。
「――――」
ザックの脳裏に、ステータスの家族の項目が浮かぶ。
ただ皆で仲良く過ごしたいだけなのに、なぜ。
「――ック、ザック?」
くい、と腕を引かれ、ザックはっと顔を上げた。
「ごめん、なんだ?」
「家着いたよ」
「・・・あ」
言われて見れば、目の前に自宅があった。ザックは家を通り過ぎようとしていたのだ。
慌てて引き返し、家に入る。
リシアは既に寝入っている時間なので、物音を立てないよう気を付けた。
この日は遅くなったので、パンと朝の残りのスープで簡単に済ませた。
「ねぇ、ザックは打ち上げ参加したかった?」
食事を終え、片付けの合間にエリヤが訊ねる。
エリヤが不参加だとザックも当たり前のように参加しないので、少し気になったのだ。
「そんなでもないよ。けど・・・」
「けど?」
「・・・。エリヤ、なるべく打ち上げに参加してくれないか?」
「? えーと、ザックが参加するなら行っていいよ? 自分は一人で帰るし」
「そうじゃなくて・・・」
ザックの思いを、エリヤは汲んでくれない。
どう言えばいいのだろう、と皿を洗いながら考える。
「俺は、エリヤとガロアさん達に、打ち解けて欲しいんだ」
「・・・・・」
「同じ、パーティーの仲間なのに、なんかギスギスしてて、嫌なんだ」
「・・・・・」
「だから、その、もっと一緒に食事とかして、仲良くなって、欲しいな、と・・・」
エリヤは返事をしない。相づちも打たない。その事にザックは不安になり、語尾が弱々しくなった。
エリヤはじっと考え込んでいるようだった。
食器を洗い、拭いて、棚にしまって。
片付けを終えて、エリヤはようやく口を開いた。




