一話 転移即エンカウント
―――たすけて―――
声が聞こえた。
―――たすけて―――
かすれた、弱々しい声。
どこから、と思うと、目の前に人・・・の姿をしたものが現れた。
曖昧な表現になったのは、人のシルエットをしているものの、真っ黒で輪郭がうぞうぞと蠢いていたからだ。不審に思い、よく見ようと思うとより鮮明になり、蠢いているものが何かわかった。
虫だ。
ゴキブリとムカデを足して割ったような長虫が、一人の人に群がり、群がられている人が這いつくばって助けを求めていた。
理解した瞬間、おぞけが走る。
―――たすけっ―――
その人の口に、虫が入り込もうとした。
とっさに手が出た。その虫を掴み、引き剥がす。
「うっ」
手の中で虫が暴れる。長い体を腕に巻きつけてくる。
恐ろしく気持ち悪かったが、耐えた。
―――あ、ありがとう―――
礼を言われた。なぜかビックリしてるような、きょとんとしてるような気配があった。
しかしこれ、どうしよう。
その辺に放すと、またこの人に群がりそうな気がする。
・・・・・・・。
・・・仕方ない。自分でなんとかして見よう。
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気が付くと、手を見ていた。
手に、何かあった気がする。だが、何だったのか分からない。諦めて手をぱたりと土の上に落とした。
・・・・・・・・・・・・・・・土?
視線を上方へ向ける。広がる枝葉と青い空。
外?
「えっ?なんで?」
ついさっきまでこたつに潜ってゲームしてたのに。
むくりと起き上がって周囲を見回す。背の高い木々や灌木がまばらに生え、概ね土が剥き出しで大小の岩がごろごろしていて、地面は傾斜している。
山の中、だろうか?なんでこんな所で寝っ転がっていたのか。
「???」
呆然と立ち尽くした。訳が分からない。
その時ふと、後ろを振り返った。後になって思い出しても、この時なぜ振り返ったのかは分からない。とにかく振り返ったその先に。
バカでかい猪がいた。
まだ距離はあったが、自分よりでかい事は確実だ。そして口から生えたこれまたでかい牙。
そんな猪と、目が合った。そして、
ダッ
「っひ・・・!」
猪がこちらに向かって駆け出した。反射的に自分も走り出す。
追い付かれたら死ぬ。その認識は走り出してから追いかけて来た。
ドドドドドドドドドドドド
地響きを背にひたすら走る。坂を下る方向に走っていた。おかげでスピードが出るのはいいが、出過ぎて何度も転びそうになる。必死に、文字通り命懸けで足を動かした。
「!?」
走り出して少しした頃(かなり走った気はするが実際にはさほどではあるまい)、前方の地面が途切れているのに気が付いた。
川か、崖か。横に逸れようにも、地響きはすぐ近くに迫っていて、方向転換しただけで捕まりそうな予感があった。
くそっ、イチかバチか・・・!!
残りの力を振り絞って加速する。そして途切れた所から数メートル手前で、バッ、と横に跳んだ。
ごろごろと地面を転がる。
フッ、と浮遊感。血の気が引く。がすぐに、ドサッ、と地面に落ちた。それと前後して。
ドオオオオオオン
と重い音が響いた。
疲労にかショックにか、強張る体をなんとか動かし、上体を起こした。現状を確認する。
落ちたのは二、三メートル程度の段差だった。これはラッキーだった。
猪の方はより大きな岩に頭から突っ込んだ体勢で固まっている。猪は自分などよりよほど重く、勢いもあり急には止まれないだろう。その予想は当たっていたようだ。
そのまま転がり落ちて行ってくれればより良かったのだが、岩に衝突したのは、運がいいのか悪いのか。
・・・死んでくれれば。せめて気絶でもしててくれ。
祈りは届かなかった。
猪は、じりっ、と後退りして岩から離れた。その目がこちらへ向けられる。そこに怒りの色を感じるのは気のせいだろうか?
さすがにノーダメージではなかったようで足元がフラついている。けれどこちらも、もう立ち上がる気力がない。
よろりと猪が近づいてくる。どこか他人事のようにその様子を眺めた。
けれど、猪がこちらにたどり着く前に。
バッ
と何かが飛び出し、猪の首が切り裂かれた。




