十八話 魔法の難しさ
「へぇ、そんな事が」
魔法訓練の日、エリヤは黒縞蜘蛛討伐での出来事をスラートに話した。
ちなみに、蜘蛛に魔法攻撃を弾かれた(?)事だけだ。その他あれこれは、あえて語る事ではない。
「あの、それってアレですよね?」
「だね」
そう、スラートとミラは頷き合う。どうやら心当たりがあるらしい。
「ではエリヤ君、僕に魔法で攻撃してみなさい」
「「えっ?」」
エリヤと、全く解らなそうだけど一応聞いておこうと耳を傾けていたザックは声を挙げた。
「あ、危ないのでは」
「へーきへーき。さすがに初心者のエリヤ君にやられる程やわじゃないよ」
「ですが・・・」
「大丈夫じゃない? スラートさん自信満々だし」
心配するザックに、エリヤはあっさりと言う。
「でも」
「本当に大丈夫ですよ」
なおも反対しようとしたザックに、ミラも言う。
「予想通りなら、スラート先生もエリヤくんも怪我なんてしませんから」
「そう、なのか? それなら」
ミラに言われて、すっ、と引き下がるザック。その態度の差は何。
引っ掛かりはするが、今はスラートの狙いの方が気になる。
「あの時と同じ魔法でいいですか?」
「なんでもいいよ」
エリヤはスラートから少しだけ離れ、ミラとザックも下がった。
「行きます。――氷の矢」
スラートの頭上に先の尖った氷が出現する。
魔力を感じてか、スラートは顔を上向かせる。氷の矢が顔面を狙う形になり、エリヤ一瞬ヒヤリとした。そして。
パシンッ
物理的な音ではなく、感触に近い形で軽く拒絶される感覚があった。
氷の矢はスラートに刺さる直前、バラバラになって散った。スラートは無傷だ。
「あの、スラートさん大丈夫ですか?」
「この通り、なんともないよ」
おそるおそる尋ねたザックに、スラートがのほほんと返す。
「さて、エリヤ君。何が起きたか解るかな?」
「・・・力負け・・・違う。反発でもない」
エリヤは内側を探り、今感じたモノに該当する言葉を探す。
魔法防御力と魔法攻撃力の差、という説明も浮かんだが、あの"感触"はそれを否定する。
もっと根本的なミスがある。それは―――
「自分は、魔法に・・・対象を害するイメージを込めなかった。だから対象を傷つけられなかった・・・?」
まだ少し違う気がするが、この表現が精一杯だった。
エリヤの言葉に、スラートは頷く。
「うん、だいたい合ってるよ。さすがだね」
「あの、どういう事ですか? スラートさんが防いだんじゃないんですか?」
「んっとね、先生は何もしてないの。エリヤくんは攻撃魔法を使ったけど、先生を傷つける気が無かったから、魔法がそれを反映して、先生を傷つけることなく霧散した―――ですよね?」
ミラはそうまとめ、最後に自信無さげにスラートを見た。
「うん、そんな感じかな。この感覚は感じ取るのは難しい。ザック君はまだ理解出来なくても当然だよ」
スラートはザックにフォローを入れ、懐からナイフを取り出した。
「ここにナイフがある。ナイフは物を切る為の道具で振れば物が切れる。例え持っていた人にその気が無くても、刃が何かに触れたまま動かせば、それは切れてしまう」
「!」
スラートは刃を掌に当て、すっと引く。力を込めたようには見えなかったが、掌には赤い線が走った。
「しかし、魔法は違う。魔法によって"何か"に干渉するなら、特に命あるモノに、生命を脅かすような干渉をする時は、"安全装置"が働く」
言って、スラートは己の手に治癒魔法をかけた。暖かみのある光が傷を覆い、傷はすうっ、と消えた。
「安全装置?」
「そう呼ばれてる。神々が付けた安全装置。生命の自己保存機能。色々言われているけど、とにかく魔法を使って生物を傷つけるのは難易度が高いんだ。刃物を引けば、そこに何の意図も無かったとしても傷が付く。しかし、魔法で造った火をただ人に当てても火傷しない。火傷させたいなら、初めからそのつもりで、相手に苦痛を与え命を奪う事を覚悟しなければならない。――実は、戦闘専門の魔法使いは少ないんだよ」
「・・・へぇ」
エリヤは素直に感心した。
言われてみれば、魔法は使えない者にとっては反則と言ってもいい技術だ。一方的な殺戮だって不可能じゃない。
それを防ぐシステムが、ちゃんとあるのだ。
・・・そういえば、この世界、この国の魔法関係の法律はどうなってるんだろう?
「私も、攻撃魔法は全然使えないんです」
「ミラさんも?」
「ええ。どうしても・・・魔獣が相手でも、傷つけようって気になれなくて」
「ミラさんの場合は、加護の影響も大きいだろうね」
「加護?」
「私の守護神は、慈悲の神アリステアなんです」
「初めて聞く神様だけどなんか分かった」
「まぁ、そういう事。ミラさんはおそらく攻撃魔法を身に付ける事は出来ないだろう。けど、その代わり治癒魔法は得意なんだよ。治癒に関してはいずれ僕も追い越されるだろうね」
スラートの言葉に、ミラの尻尾が嬉し気に揺れた。
「加護と言えば、その、感覚の切り替わり? みたいなのは、加護によるものじゃないかな?」
「・・・あれが?」
「理の加護だよ」
「ああ」
加護の持ち主が人嫌いばかりなせいで、全く研究されていない加護。お陰でどんな加護なのか手掛かり皆無だった。
「あの現象は、魔法を使う上で起きるモノじゃないと?」
「僕は初めて聞くね。それと、エリヤくんは感覚が鋭いと思う。適性の高さを差し引いても、今の段階で"安全装置"を感じ取れるのは尋常じゃない。加護による性質と見るのが自然かな」
「・・・そうですね、自由の加護は違う気がしますし」
理の神リスティスの加護。
一体どういうモノなのだろう?
攻撃魔法についてはもっと魔法の練度を上げてから、という事になり、魔法の制御や安定させる訓練等を行った。
訓練が終わるとリリィとジェンがやって来た。ミラのお迎えかと思ったら、黒縞蜘蛛討伐の件を聞かれた。気になっていたらしく、食事に誘われた。
先約があると言うスラートと別れ、一緒に食事をしながら、移動速度が速すぎてザックに背負われた事や戦闘の様子を語った。リリィは頭を抱え、ザックはおろおろとフォローになってないフォローを入れたりしていた。
それが一段落したところで、ふと気になった、という風にエリヤは切り出した。
「そういえば、皆はこの街の出身なの?」
「この中では私とザックだけだな。ジェンとミラは近くの農村の出身だよ」
「あたしはねー、戦士適性が一番高かったからきちんと戦闘技術を身に付けると良いって、村出身の冒険者が連れ出してくれたのよー」
「私は元々、村の薬師に弟子入りしてたんです。そこで薬師に成るんだと思っていたら、二ヶ月前――もう三ヶ月になるのかな―リリィさん達が、冒険者にならないかって、誘ってくれたんです」
「へーえ」
「薬師に? 魔法適性高いのに?」
ザックが疑問の声を挙げると、リリィがよく言ったとばかりに頷いた。
「正にそれだ。私達は依頼で時々ミラの村に行ってたんだが、ある時ミラの事を相談されてな。ミラの師匠の薬師は、せっかくの適性だ、伸ばしてやりたいがあても無く、一人街に送り出すのも可哀想だと困っておられたんだ」
「害獣退治や採取やらでその村には定期的に行ってたの。そしたら、信用してくれるようになったのよねー。嬉しかったなー」
「ああ、いいね、そういうの」
「という事は、ほとんど一人で村を出たも同然だな。怖かったんじゃないか?」
ザックの言葉に、エリヤはそうか、普通は怖がるモノなのか、と変な所に感心した。
「それは、やっぱり怖かったよ。けど、リリィさん達とも仲良くなれたし、魔法にはやっぱり憧れてたから、頑張ったの」
「―――強いんだな」
「ああ。ミラは大人しいが、芯がしっかりしてるんだ」
「リリィさん・・・」
「ふふふふふ」
ザックの称賛に何故かリリィが自慢気に頷き、ミラは赤くなって照れた。ジェンもミラの頭をなでなでする。
あー、目の保養・・・。
っと、本題本題。
「リリィさんはこの街出身なんですよね? 二人もリリィさんの家にお邪魔してるの?」
「いや? 私達は宿舎暮らしだよ」
「宿舎?」
「元冒険者が運営してる、冒険者向けの宿だよ」
言いながら、リリィはザックの身内を思い浮かべた。もしかして、初めからこの話をしたかったのか。
「私は冒険者になった日から家を出たんだ。と言うか、家族と折り合いが悪くてね。家を出たくて、冒険者になったようなものだ」
「リリィさんが?」
と驚きの声を挙げたのはザック。ミラとジェンも驚いた顔をしている。
「ああ。ガロアはともかく、仲が悪い訳ではないんだが、どうも価値観が合わなくてね。それがなければ収入が安定するまで親に甘えてたかもな」
なんて笑うリリィ。
その顔に、あ、これ考え読まれてるな、とエリヤも察した。
――なら、直球行っちゃえ。
「あの、個人的な考えではなく、この国、この街の価値観を聞きたいんですが、成人した子どもがいつまでも生家に居るというのは普通なんですか?」
それが、エリヤが気になっていた事だった。
リシアとザックの親子関係は歪んでいる。ほんの数日だが、一緒に暮らしてそう感じた。
エリヤがあの家を離れる際にザックも連れ出してしまおうか。そう考えて、ふと疑問に思った。
子どもが家を離れるって、ここではどんな意味になるのだろう?
日本でもこの辺りの問題は微妙だ。大人になったならさっさと自立しろと子を叩き出す家もあれば、家を離れるなど言語道断、なんて家もある。
ここは異世界。思いがけない風習がある可能性もあるのだ。行動する前に確認しておきたい。
「この街の? ――もしや、エリヤが知りたいのは文化の違いか?」
「! そう、それです」
文化。そうだ、その言葉があった。
エリヤが納得して頷く一方、リリィは瞬巡した。
リリィは最初、エリヤとリシアが衝突でもしたのだろうと考えていた。この二人の性格を思えば十分あり得る。
それは大きく外れてはいないようだが、思っていたのとは違うらしい。
さて。
「家に、いや個人による、といったところかな。家に残って稼業を継ぎたい言う者は残り、家を出て何かをしようという者は出て行く」
「本人の希望が優先される?」
「ああ。これはこの国と言うより獣人族の特徴と思っていい。私達は現れた動物の性格を引き継ぐ。個人主義な猫科の性質の者と、集団を重視する犬科の者とでは親子であろうが親しかろうが、どうしたって考えは合わない。それで、規律で締める真似はせず、問題が起きれば個々で対処をする、という事で落ち着いたんだ」
「なるほど・・・」
「参考になったかな?」
「はい、とても」
エリヤとリリィは満足気に頷き合った。
そんな二人の横で。
「あ、難しい終わった?」
「かな?」
「話掛けていいのかしら・・・」
なんだか難しい話になり、途中から置き去りになっていたザック、ミラ、ジェンの三人は、小さく囁き合った。