8;散歩ついでに
あれからどれだけ経ったのだろう。
結局姉が"勇者"のスキルを持っていることは内密にされた。騒ぎになってはいけないし、それがこの国の決まりなのだそうだ。
"勇者"スキル持ちが発見されると、国王にのみこの事を伝えられ、一定の年齢、強さを身につけるまでは公表されない。"勇者"スキルは"魔王"スキルに対抗し得る唯一無二のスキル。だからこそ幼いうちに魔族に殺されないように、その存在は隠される。
だからこのことを知っているのは、母、メイドさん、神父さん、国王、そして僕だ。姉もこのことは知らない。気を失っているときに"鑑定"は行われ、気が付いたときにそれを教えるつもりだったのだが、そうもいかなくなった。秘密にするというのは本人に対してさえも例外ではない。むしろ姉におしえたら、あっちこっちで言いふらしそうだ。ワタクシは"勇者"だスゴイんだぞー、とか言って。だからとりあえずは伏せておくことになった。
その姉は今、庭でメイドさんと組手をしている。もちろんスキルの件は有耶無耶に姉には伝わっている。それでも、やっぱり姉は強くなって置かなければいけない。魔族を倒す為、そして何より自分を守る為、だそうだ。何に襲われても自衛を出来なければ、何かあった時、例えば何らかの拍子にスキルの事がバレたりしたら、必ず狙われてしまう。そのときに死なないように、生きられるように、強くなる。
姉の方も乗り気のようだ。ワタクシ、世界一強くなります、とか言っていた。うん、そうだね、その可能性は大いにあるよ。そうなり得る才能を、持ち合わせているよ。僕とは違って。
僕はといえば、特に何もしていなかった。産まれた時からのクセで魔力知覚は欠かさずやっていたが、これはもう無意識でも出来ているし、特に感慨もなにもない。身体を絶えず血が巡っているのと同じだ。
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………うん、飽きた。何もしてないことに飽きた。姉はメイドさんと修行してるし、僕も何か体を動かしたくなってきた。思えば運動なんて全然してなかったからな。
外に遊びに行こう。そうしよう。
う、う〜〜ん。と、伸びをすると、体のあちこちからビキビキ音が聞こえた。ああ、すっげぇ固まってるな。グルグルと、腕を回し、くいっくいっ、と首を左右に動かした。
よし、外に行こう。ずっと何もしてないわけには行かないし、まあ、あの神様のすることだし、間違えても仕方ない、かな。ウン、ソウダネ、そういうことにして、納得するしかない。
部屋のドアを開け、廊下に出る。母が歩いていたので、「行ってきます」と、挨拶をしたら、「いってらっしゃい、、え?」と、帰ってきたので「ちょっとそこらへんで遊んできますが、すぐに帰ります」と、言っておいた。そして玄関へと足を踏み出す。後ろから母の戸惑いか何かの声が聞こえる気がするが、まあ気のせいだろう。
ドアに手をかけ、押して、外へと歩き出す。
ゴンッ!
「痛って」
頭をぶつけた。開かなかった。
こんな所にトラップが!? 思わぬ伏兵だ。家のドアめ。僕の外出を阻むとは。小癪な奴め。
ガチャガチャ動かしてみるが、やっぱり開かない。
なんだこいつ、くそ。
ぐいっと引いてみると、すっと開いた。
押すんじゃなくて引くんだった!!恥ずかしぃ!
さて、一回深呼吸。すぅ〜はあ〜〜〜ゲホ。
よし、出発!!
外に出た。家を挟んで向こう側からはキンッキンッと剣戟が聞こえてくる。庭は家の裏にあったのか。そこで姉は絶賛修行中だ。
僕は…………どこ行こう?
辺り一面見渡すと、田んぼだ。田んぼが広がっていて、ちょくちょく家がポツンと点在している。
お、おおう、田舎だな。それともこんなものかもね。異世界には田んぼが広がっているのか、もしくはここにが有数の田園地帯、だとか? まあ、米の他にも育てるべきものはあるだろうから、ここの名物だか名産が米であることは確かだろう。そういえば主食は米だったな。もちろん玄米だけど、でもパンとかじゃなくて良かった。元日本人としてはやはり米が食べたいところだ。その点ここは最高だな。良かった良かった。
まあ、でも王都とか行きたいね。たぶんそこは都会だろうから、色々あったりするのだろう。異世界のファンタジックな建物やらなにやらが。
とりあえずは適当に歩いてみるか。
気がついたら森の中にいた。どこをどう歩いたのか、それとも走ったのか這いつくばってきたのか、それすらも定かではない。ぼーっとしてたら、ここにいた。どうしよう。空を見上げると、かなり日が傾いていた。夕焼けが赤赤しく空を染めている。
なぜここに来たのだろう。特に意味もないか。何も考えてはいなかったし。
さて、と、どうするか。せっかくここまで来たのに何もせず帰るのもな……
そうだ、そういえばスキル使ってみたことなかったな。なんだっけ。なんてスキルだったっけ。
まあいいや。使ってみればわかるか。
とりあえず魔力を右手に集めてみる。いつも感じている全身を巡っているものに意識を向けて、その流れを、少し捻じ曲げる感覚。
できた。割りと簡単に出来たな。
そしてそれを、そうだな。近くにニメートルくらいの小さな木があったのでそれに右手を触れてみる。
そして、魔力を、その木に向けて、放つ。
これで木が破壊されたりしたらいいのにな、それなら、かっこいい。
そんなことをふと思ったが、結果は違った。むしろ、逆だったのだ。
右手に溜まった魔力に再び意識を向け、身体から押し出すようにする。木へと、一気に流す。
すると、その木が、急激に、一瞬で、大樹に変わった。
高さは五十メートルはくだらない。幹の太さも両手で抱えきれない。抱えきるには少なくともあと十人はいないとだめだろう。
デカイ。デッカイ!!
なんじゃこりゃあああ!!
僕か? 僕がこれをやったのか? そうだ。そういえば僕のスキルは、"栽培"。栽培って、そこまで? そんなに育てちゃうんですか?
う、! 体がふらついた。なんだか力が抜けたみたいだ。木に手をつく。
ああ〜、なんかちょっと疲れた。
ちょっと寝るかな〜……
ザッザッザッ!
グワッと後ろを振り向く。何かが土を踏む音がした。
そこには、そこには、いた。
群衆的に個性的な駄犬だ。
見間違えるはずもない。最近見たばかりだ。
ああ、多い。多いな。十匹くらいかな。
どうするか、は、決まっているか。
倒すしかないだろう!!
逃げるわけにはいかない。というか逃げ切れないだろう。そこまで自分の足が速いとは思えない。狼の上位互換みたいなのに鬼ごっこ仕掛けても一瞬で、その牙か爪の餌食になるだけだ。
方法はある。ヒントはとうに掴んだ。あとは精度と速度だ。
ジリジリ、と、距離を詰めてくる群衆的に個性的な駄犬達。それに合わせて僕もその間合いを保つために少しずつ、下がる。と、同時にその位置に着く。
次の瞬間、バッと、その内の一匹が、跳びかかってきた。地面が抉れ、五メートルはあった距離を零にする。
そして前足の爪が、僕の顔面まで、あと十センチ。
僕は慌てない。
早贄。というものを見たことがある。モズが行う習性であり、なんの為の行動なのかはよく分かっていない。食べ物を保存する為とも、食べるときに固定する為とも言われている。しかし飼われて餌付けされているモズも行う為、本能で行っている、とのことだ。
少し寒くなってきた秋の中頃、それを見た。
生きた蛙が木の枝に突き刺さっているという、その光景を。
群衆的に個性的な駄犬の吐いた血が少し顔に飛び散った。
キュウゥ〜ン、という情けない鳴き声を残してそいつは死んだ。
その胸には、隣の木から異常に伸びた枝が突き刺さっている。
その枝に固定され、宙ぶらりんになったまま、目を虚ろにし、僕を八つ裂きにするために伸ばした前足をぶらりと、振り子のように揺らしながら、死んでいる。
僕はそれからすっと目を逸らし、狼達の、群れを睨みつける。
少し戸惑い、怯えを見せたかと思えば、グルルッ、とこちらを威嚇してきた。
僕はその場に屈み、右手を地面に着ける。
「何匹でも掛かってこい。皆纏めて串刺しにしてやる」
「「「グルルゥアア!!」」」
右手を伝って地面に、地面から伝ってそこから生える木々に、魔力を送る。
わかる。どこに根を貼り、どこへと繋がっていくか。それを辿り、"栽培"によって、生長させるべき木を選定し、そして、発動。
地面から無数の木の根が突き出す。
次々と繰り出されるそれに、瞬時には対応できず、大半が刺され、貫かれ、穿たれ、死んでいった。
しかしそれを避けたものもいた。
「仕留め損なったか」
その数三体。次から次へと木を突き出すが、慣れてきたのか余裕にかわしていく。
その内の一体が仕掛けてきた。いきなり跳びかかってきたそれに対応できず、僕はのしかかられ、そして倒れてしまった。
「しまった」
牙が、キラリと口の中から見え、それが僕を襲う。慌てて腕を顔の前で交差させるが、当然のように腕を噛まれ、腕が、抉れた。
「う、うぐがああ」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、痛い!!
腕が焼けるようだ。血がドバドバと流れ続け、意識が混濁してきた。
でも、それでも!!
「ハ、ハハ、ハハハハハ!!」
グシャリ。
僕の頭の隣にちょこんと生えていた苗を、生長させ、口から脳天までを、一貫きにした。
「ぐは、ゲホ、ゲホ。さあ、こいよ。まだまだ終わりじゃねぇよな」
立ち上がりながら、そう言った。
が、それと同時に寸分違わず全く同時に、爪が、僕に襲いかかる。
残った二体の内のどっちかか。
あ、これ間に合わないな。
長年動いてこなかった体は、ついてこない。周りの木は、ダメだ。何故か生長してくれない。僕のスキルに応えてくれない。使えそうな一番近い木は、遠すぎる。
ああ。
僕は静かに目を閉じた。
爪が首に、食い込み、
スパッ、と、肉が切れる音がした。
血が飛び散り顔に生暖かいものを感じる。
死んだのか。死んだのか? 死んだのか、だって?
何を思っているんだ僕は?
死んだらそんなことすら思えるはずがないじゃないか!
僕は目を開け、パンッ……
頬が、ヒリヒリする。何か、いや誰かにたたかれたのか? 誰が。誰に叩かれた?
目を開けると、目の前には姉がいた。
あちこちかが泥だらけで、茂みで切ったのだろうか、切り傷も目立つ。髪はグチャグチャ。汗にまみれ、そして、目が真っ赤だった。
「バカ!! なんでこんな所にいるのよ!! 心配したじゃない!」
「な、なん、で? どうして、ここ、に?」
思わず口をついた素直な疑問。それに対し、姉はやれやれと、肩をすくめた。
「そりゃああんな高い木が不自然に生えてて、その近くに行ったら木が枯れてるんだもの。ここに気づかないわけないじゃない」
枯れている? 改めて周りを見渡すと、辺り一面、枯れて崩れ落ちている木々に満たされ、無事な木など存在しなかった。
そうか、生長させるってことは、そういうことか。
「いや、そうじゃなくて、どうして、僕を!」
姉はすっと剣を両手に構えて、正面へと、敵へと、向き直った。
「死にそうな顔した弟を! 姉が放っておける訳ないじゃない!!」
「あとはお姉ちゃんに任せなさい」
そう言い残し、魔物を見るだけで気を失っていた僕の姉は、魔物に向かい、踏み出した。
「お、姉、ちゃん……」