7;私のスキルはなんだろな
着いた。教会に。割りとあっさりと。
来た道を、車輪の跡で辿ることによって、森から脱出した。
そこからは、何事もなく教会に着いた。
母オン御者。メイドイン車内。だったけどね。
メイドさんの方向感覚の特異性は目を見張るものたったからね。もう、任せてはいられない、と、母がかわったんだよ。
そしたら、もう、すぐだったね。メイドさんと、スキルの話なんかをしてたら直ぐに着いたよ。
ああ、姉は寝てたよ。寝てた、って言うか、気を失ってたんだけど、そのままずっとこのままだね。こりゃ、もう今日一日は起きないな。
おやすみなさい。いい夢を。
と、いうことで教会なわけだけど、、うん、なんていうか、、随分と、歴史を感じさせる趣きでして、、はい、率直に言うと、ボロいです。思ってたよりしょぼいです。
僕はもっとこう、町の一角に悠然と佇む、象徴的な教会。みたいな感じだと思ってたんだけど……想像の二倍はちっちゃいね。
そりゃまあ、どれくらいを想像してたんだよって、東京ドーム一個分はないにしてもその半分くらいはあるんじゃないかと思ってましたよ、はい。いいじゃないか、夢を見たって、それくらいは許してよ。
ああでも、そういえば、僕、東京ドームって、実際に見たことはないな。じゃあなんでそれで、例えたんだよって話になるんだけど、そこは、ほら、なんでだろうね? なんか、大きさって東京ドーム何個分とかってよく言うよね。あれ、なんでかな? いや、東京ドームがでかいんだろうなあ、とは想像つくけどさ、実際わからなくない? 東京ドームの大きさ、ぱっと思いつく日本人どれだけいるよ。東京ドーム3つ分です! とかっていわれて、はっはあ〜んなるほど、その大きさか。って誰が思うよ。精々が、おお〜、なんかでかそう。くらいだよ。実際僕はそうだったよ。あ、そっか、それが狙いなのかな。とりあえずでかそうって、思わせるためにそう例えてるのかな。まあ、実際東京ドーム3つも4つもそんなに大きさ変わらないだろうってことだね。うん。
何が言いたかったって言うと、別に具体的に大きさを想像してたわけじゃありませんでした、はい。すみません。東京ドームの大きさなんてこれっぽっちも知らないです。とりあえず野球が出来る大きさなんだってことくらいしか知らないです。
とにかく、そう、普通の家の一軒家よりはかなり大きいかなってくらいの大きさの教会が目の前にあるわけだ。周りを緑緑した植物が覆っていて、蔦みたいなものがそこかしこに伸びている。うわ、あそこ割れた窓の中に蔦が入り込んでるよ。所々朽ちて禿げていて、なんとか原型保ってるっていうか。一応、割れた窓以外はちゃんと外壁覆っているし、まだ、建物として機能してるけど、でもチョット地震とか起きたらもう、崩れるだろうなあ、って具合だ。
大丈夫なのか?
「ほら、行きますよ。寄り道が過ぎたので神父さんが待ちくたびれているかもしれませんし、待たせてはいけませんから」
母が僕の手を引いて歩きだした。
後ろからは姉をおんぶしているメイドさんがついてくる。
うん、やっぱり起きないなあ、僕の姉は。このまま本人の意識不在で儀式を進めるのだろうか。
ギイィーーーー……
母が古びた木製のドアを開けた。
「ようこそいらっしゃいました。我がボリハテ教会に、本日は何用で? 聖水のお買い求めで? はたまた祈祷や寄付の願い出でしょうか? それとも、私のありがたい説法をお聴きになられたか? よろしい! 神と私は何者も拒みません」
出迎えは神父さんだった。黒い修道服で全身を包み、首からは銀の十字架をぶら下げている。言葉ごとに大きく大げさに挙動を取るので、その十字架は、キラリキラリと、光を反射しながら輝き揺れていた。左手には聖書だろうか? 文庫大よりも少し大きく、そして「ドン・キホーテ」か! と思うくらいに分厚い本を胸に抱えていた。その装丁も黒く塗りつぶされており、黒くてフサフサの髪に、口元から顎をすっぽりと覆う黒い髭も相まって、かなり、黒い、という印象を受ける。
「お久しぶりです、ボリハテ神父。本日は事前にお伝えしていた通りに"鑑定"を行っていただきたく、参りました」
神父さんの挙動に臆することなく、母は用事を伝えた。
流石だ。僕だったら呆気に取られてしばらく動けなかっただろう。
いや、久しぶりって言ってるし、もう慣れてるのかな?
「げえ、エメルダ……あ、いえ、プロパノール夫人、お久しぶりです」
うわ、神父さんが母を見て一瞬すっごい怪訝な顔をして、すぐに笑顔に戻った。
前に何かあったのか? この二人。
ちらりと、メイドさんの方を見てみたが、表情の変化は無く、知らぬ存ぜぬの顔だ。でっかい十字架をじっと見ている。
「では、準備してまいりますので、少々お待ち下さい」
そう言って神父さんは僕から見て左側の、一番奥のドアを開け、その部屋に入ってドアを閉めた。
僕は建物の中を見渡した。
それにしても、なんというか、うん、教会だなあ、ここは。
教会の中は思ったよりはちゃんとしていた。
長椅子がずらりと向こう側を向いて並んでおり、正面壁際は段差になっている。その段差の上には机が一つ置いてあり、その奥に大きな十字架が、堂々と鎮座していた。左右のの壁にはそれぞれ3つずつドアがはまっている。その向こうにはいったい何があるんだろうか。気になる。まあ、ただ部屋があるだけだろう。
「母様、あの神父さんとは知り合いだったのですか?」
僕はやっぱり気になったのでそう言った。
「そうですね、私とあの神父、それからお父様とメイドさんもですけど、昔同じ学園に通っていたのですよ。王都にあるのですけれど、そこで私達は一緒に勉強していたのです。貴方も、あと12年後そこに通うのですよ。あそこの教育体制は素晴らしいものです。きっと貴方も気に入りますよ」
学園、か……。そして、王都。つまりはこの国の中心。可能性は十分ある。犯人がそこにいる可能性も、そうでなくともそこに情報は集まりやすいだろう。そうすれば、何らかの手がかりは見つかる。
まあ、まずはスキルだ。もちろん僕が"勇者"であることには違いないのだが、それを一応確認して、それから王都に行くまでにある程度訓練して置かなければ。
左手奥のドアが開いた。
なんだ。意外とすぐに準備できたんだな。もうちょっと学園について母に聞いておきたかったんだが、まあそれは今度でいいか。
つかつかと、神父さんが歩いて、そして正面の机の後ろに立った。僕達とは机を挟んでいるかたちだ。
だが、何を持っているわけでもない。準備って何をしていたのだろう。
ん? 首から下がっているのが十字架ではなく、変な石ころになっているな。紫色で、なにか少し、鈍く光っている、ような、?
「ヘキシル・プロパノール、前へ!!」
急に神父さんが叫びだした。
「ほら、ヘキシル、前に出て」
母は囁いた。僕に向かって。
あ、ああ! 僕か! 僕の名前はヘキシルか。そうだそうだそういえばそうだったよ。
僕はヘキシル・プロパノール。プロパノール家の長男、かな。
僕は前に進んだ。机を挟んで神父さんと対面している。
神父さんがすうっ、と左手を掌をこちらに向けて差し出してきた。そして右手で首元の石を触れる。
「手を」
僕はその言葉に素直に従い、右手の掌を、神父さんの左手に重ねた。
「汝、我の声応えよ。我は汝を示す者。我は汝を導く者」
右手を伝って、何かが身体に流れ込んでくるような気がした。
「其の力、其の意思を、我に見せよ。汝は何を為す者か。汝は何れを果たす者か。その全て、全霊を、この身に現せよ!」
どっ! と、流れ込んできた何かが、僕の中の魔力を伴い、右手から向こうへと渡っていった。
神父さんが一つまばたきをして、手を離した。
「ヘキシル君、君のスキルは……」
と、ここで一拍間を置いた。
僕の、スキルは。
わかっているけれど、なんだか緊張してきた。手に汗握ってきた。
いや、大丈夫だろう。だって神様にお墨付きをもらったんだ。
僕のスキルは、"勇者"だ!
「"栽培"だ」
ほら! 僕はゆう、、、、え? 今なんて?
ちらりと後ろを振り向く。母はニッコリとこっちを見ていた。ホッとしているというか、嬉しそうにしている。
え?
メイドさんは、相変わらず寝たままの姉を背負いながら、こちらを見つめて、真剣な顔でこくり、と頷いた。
いや、いやいやいやいやいやいやいや! え? なんで? なんだって? 僕が、なんだって? おかしいだろお。 そんな、聞き間違いか? そうだ! そうだよ。そうに違いない。僕が、そんな、普通のスキルのはずないじゃないか。僕は最強なんだ。最強のはずなんだ。最強でなければいけないんだ。そうでなければ。そうじゃないと! だって! 僕は。僕には使命がある。やらなきゃいけないことがあるんだ。神様が。そう神様に託されたんだぞ。僕に。託してくれたんだ。僕を頼ってくれたんだ。だったらやらないと。やりきらないと。僕は消えて無くなってしまう。嫌だイヤだいやだやだ。そんなんじゃないだろう。そうじゃないだろう。そうであっていいはずがないだろう。僕はいったいなんなんだ? なんでこんな所にいるんだ? なんの為に一体異世界にまで。そんなの決まっている。チートで。無双して。最強になって。見下ろして見下して蔑んで嘲笑って偉ぶって欲張って傲って奉られて崇められて頼られて尊敬されて……認めて、貰う為。それなのに、これじゃあ、こんなにも普通でありふれていたら、特別に成れない。差別化を図れない。そんなんじゃあ僕を見てもらえない! 誰も僕に興味を持たない。だから…… でも……
「"勇者"です」
ほら、神父さんの声が聞こえた。そうだよ、そうだったんだよ。
「クロロちゃん、クロロ・プロパノールのスキルは、"勇者"です」
神父さんが震えた声で言う。
え? なんだって? 誰が"勇者"だって? バッと顔を上げると、メイドさんに抱えられたまま、眠ったままの姉の手を神父さんが握っている。ふと、横を見ると、母が愕然とした顔で立ち竦んでいる。いつの間にここまで移動してきたんだろう。知らないうちに無意識に壇上から降りて母の隣にまで来ていたみたいだ。
あ、ああ、あああ〜。姉が、"勇者"? そんなバカな。僕じゃなくて姉が? "勇者"? は、ははは、ハハハハハ。そうか、わかった、分かったぞ!
あんの、クソ女神! 間違えやがった!!!
――――――
ここは王都にある、ある大きな城のこじんまりとした一室である。
端的に言えば王城の客間だ。だからこじんまりとは言ってもそれは城全体に比べたらということであり、普通に比べたらかなりでかい。
そんな部屋で、二人の男が顔を突き合わせていた。
「なるほどのう、アイツの子供が勇者にのう」
「まあ、意外と言うよりは順当、という感じですけれど……」
「じゃのう」
「で、どうしますか? 公表は……」
「もちろん、せんよ。前勇者スキル持ちが死んだこともまだ隠しておるからのう。ウイルスに感染して一瞬じゃったからのう。勇者がいないと魔族に露見しておったら今頃攻められてここらは火の海じゃよ。それは勇者が育ってないという状況でも同じじゃからのう」
「ですね。ではこれは秘中の秘ということで。それで、教育の方はどうします?」
「ふっ。それも大丈夫じゃろう。天使泣かせを親に持ち、そばには掃除屋冥土がおるからのう」
「それもそうですね。彼女等に任せましょう」
どうやら話は纏まったようで、二人共安堵の表情でずずず、と紅茶を飲み、カップをカチャリ、と置いた。
―――――――