5;迷子かよ
そんなこんなで、三年後。
そんなこんながどんなこんなかと言うと、一言で言えば食っちゃ寝だ。より正確に言うならば、最初は食うではなく、飲む、だけどな。何を飲んだか、どうやって飲んだかは省略していいだろうか。というか省略させてください。お願いします! まあ、何ヶ月かしたら、さすがにそれは卒業して、普通に飯を食ってたけどね。
ああ、もちろん毎日魔力の訓練は行っていた。できるだけ長く魔力知覚の状態を保てるように必死になって頑張った。すると、見る間に日に日に長くなっていって、今はなんと一年くらい前から二十四時間ぶっ通しで保っている。
そう! これでようやく僕は純然たる異世界人となれたわけだ。
マジか、いきなり三年を無駄にしたよ。本当だったらもうすでに身体強化スキル極めてるはずだったのに。
それどころか、身体的成長が遅い。いや、これはただたぶんやる気の問題なのだが。
疲れるのだ。ハイハイとかしたくない。身体を、動かしたくない。なんとなくわかる、僕はもう二足歩行すらも余裕で出来る、たぶん。やったことはないけど。もう、なんか、動きたくない。三年は魔力知覚に集中するって決めたからもういいんじゃないかと、思うのだよ。
初志貫徹は、大事だよね!
うん、わかってたよ。五ヶ月ぶっ通しで魔力知覚出来てる時点で、もう、スキルの運用に手を伸ばしていいんじゃないかって。でも、最初にそう決めちゃったからさ。だから、身体を、動かすよりもそれを優先したわけだよ。
サボってたわけじゃないんだよ。
もう一度言おう。
初志貫徹は大事だよね!!
と、言うわけで、僕は部屋から一歩も出ることなく、三年を過ごした。
だから顔を合わせるのはちょくちょく様子を見に来るドジっ子メイドさんと、食事時に現れる母さんと、それと、隣で寝てる姉くらいのものだ。
うん、姉だ。僕が弟で、彼女が姉だ。双子の姉弟だったのだ。
お姉ちゃんか。おねえーちゃーーん。とか言って追いかけ回すのだろうか――うん、ないな。ないない。
そうそう、その姉だが、成長が、早い早い。
もう随分前にハイハイ通り越して百メートル十秒台ダッシュをして、フランスパンより固いパンを食べ、言葉をペラペラに喋っている。
あれ? なんかちょっとおかしくないか? う〜ん、でも赤ちゃんの成長速度なんて知らないし、こんなもんだろう。
僕がちょっと面倒くさがってやってないだけで、そんなもんなのだろう。なんかちょっとメイドさんの顔がだんだんと引きつっていった気もするが、でもこんなもんだろう。
だってそうだろう。僕じゃなくて僕の姉がチート持ちだなんて、あるわけないじゃないか。
おっと、話がそれたな。
そう、三年たったんだよ。それで、三年後には何があったのかというと、そう、"鑑定"の儀だ。
ようやく、僕のスキルが発覚するのだ。
だから、僕達は今、教会に向かっている馬車の車中だ。
メイドさんが御者台に座って馬車を操って――万能だな。そして中には、僕と、姉と、母がいる。父はいない。仕事が忙しいらしいのだ。というか産まれた時以外ではこの三年会ってない。
僕は基本的に部屋に引きこもっていたから父が部屋に来なかったのだ。たぶん、仕事が忙しいのだろう。それで、子供の顔を見る暇もない、と。
どんな仕事しているんだろう?
メイドさんを雇っているくらいだし、貴族とかだろうか。でも、そもそもこの国の政治形態もわからないしな。貴族制はとっているんだろうか。なんとなくファンタジー世界だと普通に王国だったりしそうだけど。
さすがにそろそろこの国の常識を学んでいくか。
「ねえ、母様、あと、どれくらいで教会に着くんですか?」
「そうですね、あと、少しだと思いますよ。どうかしたんですか?」
車内では、姉と母が話している。
あの姉でも不安になるのだろうか。それとも、車酔いかな。
「はい、ワタクシのスキルがなにか、早く知りたいんです。ワタクシがどんなすごいスキルを持っているのか、楽しみなのです」
うん、違った。やっぱり自信満々だった。上位のスキルを持っていると、微塵も疑っていない。
どこから、その自信が出てくるのか、不思議でならない。ああ、いや、まあ、そうなるか。ずっと一緒にいる弟がこんな体たらくだしな。そりゃ、僕と比べたら自信満々にもなるか。
「私としては、別にどんなスキルでもいいんですよ」
「何を言っているのですか。上位のスキルのほうがいいに決まっているではないですか」
「上位のスキルを持っていれば偉いわけではないですし、それはそれで、辛いものなのですよ?」
姉が首を傾げた。
「どうしてですか? 上位スキルであればあるほどよいではありませんか」
「そういうものなのですよ」
母が、少し遠い目をした。
「ところで、母様は、どんなスキルを持っていらしゃるのですか? 今まで聞いたことなかったですね」
「私よりも、メイドさんに聞いてあげてください。すごいんですよ。メイドさんのスキルは」
母はいつものようにおっとりとした口調で、話を、そらした。
その反応に姉はむーっと口を膨らませるが、素直に母に従った。
「メイドさんのスキルは何ですか?」
「え、えーっと、私の、えっと、何ですか? スキル、ですか? 申し訳ありません、聞いてませんでした」
すると、何故だかとても焦ったような声が返事をした。
何故だろう。言いたくないようなスキルなのだろうか。でも、母はすごいと言ってるし。
ん? そういえばさっきから、なんか蛇行してないか、この車。まさか……
「メイドさん、あと、どれくらいで教会に着くんですか?」
僕と同じ結論に至ったのだろう、母は、少しキツめの声を発した。
その声を聞いたメイドさんは、
「も、申し訳ございません! 迷いました」
正直に白状した。
はあ〜〜?! また、ドジっ子アピールか!? 迷うって、なんでだよ! 万能だな、とか思ってた僕の感動を返せ!
――――――
どうやら森の中に迷い込んだらしい。
なんでだよ!!
屋敷からみて、教会は、隣町にあるらしい。そしてこの隣町と、いうのに行くには、少しだけ森をはさむらしいが、しかしちゃんと、道は存在するらしい。普通は森の中に迷い込んだりしないらしい。
の、だが、なぜかあたりは木々に囲まれ、道なんて無かった。
さすがの僕も、馬車から降りて辺りを見回す。
「な!? 歩いてる!?」
すると、姉が素っ頓狂な声を張り上げた。
なんだ、犬でも二足歩行してたか? それとも秋刀魚でも歩いてたか? どっちもこの世界にいるか知らないけど。
「あんたよ、あんた!なんで歩いてるのよ!」
姉はどうやらこっちを指して言っているようだ。後ろをちらりと、見てみたが誰もいない。と、すると、僕のことを言っているのか。
まあ、確かに今まで歩いたことなんてなかったからな。初めての外出の今回も、いつの間にか馬車に乗っていたし――たぶん、僕が眠っている間に誰か、メイドさんあたりがおぶるかして運んだんだろう。僕は歩いたことなんてなかったからな、面倒くさがって。
それにしても、口調が崩れてるじゃないか。いつもの丁寧口調はどうしたのかね、我が姉よ。
「そりゃ、まあ、もう三歳だし、歩けるよ」
一応、最低限返事はしておく。
「な!? 喋れたの!?」
「そりゃ、まあ、もう三歳だし」
姉が絶句している。ん、まあ、今まで一歩も歩かず、一言も喋らなかった弟がいきなり歩いて、喋ったらそうなるか。
でも、ほら、僕は、三年は魔力知覚以外しないって決めたし〜。でも、もう、三年たったからね。だから、歩いたり喋ったりが良くなったんだよ。うん。面倒くさ!
そういえば息子が歩喋ったっていうのに――もう、長いから略すね。あるいは、仕えてる坊っちゃんが歩喋ったっていうのに反応がないな。
そう思って、ふと母の方を見ると、号泣してた。声に出してはいないが、澄ました顔で、涙をぼろんぼろん流してた。
お、おぉう。いや、悪かったよ。今まで歩喋らなくて。でも、ほら、あの、初志貫徹だからさ、仕方がなかったんだよ。
「ごめんなさい」
素直に謝っておこう。さすがに悪いことしたと、思い直したよ。いや、だって、母は何も言わないし、そんなに心配してたなんて思わないじゃん。
あ、すいません、言い訳です。
よく考えたら、よく考えなくともわかることじゃないか。三歳になっても変化のない子が親にどう思われるかなんて。
あれ、メイドさんはどうなんだろう。どんな反応かな。
ん、んん。僕が初めて歩喋ったことに気付いていないようだ。僕が歩喋ったことには気付いている。こっち見てるし、声もたぶん聞いただろう。でも、それが初めてだとは、思い至ってない。不思議そうに姉と母の反応を交互に見ている。
うん、やっぱりこんなものかもね。
と、さて、だいぶ話がそれてしまったな。
そろそろ解決策を講じないと、遭難するか、それか森の中に住む魔物のdinnerになってしまう。それは、いやだ。lunchにも、breakfastにも、なりたくない。
こんなとこで死んだら話にならない。
「どうするの?」
僕が聞くと、答えたのはなんとか涙を止めようと模索している母だった。
「それは、もちろん、お祝いを、ってそうじゃないですね。そうですね、まずはここが何処かを確かめなければですかね」
母は思考の切り替えは早いようだ。すぐに今、陥っているマズイ状況に気づいた。気持ちは切り替えられてないようだけどね、まだ、涙流してるし。指摘はしないけど。
それに比べて姉はギャーギャー喚いている。
煩い。でも、三歳児なんてこんなもんか。仕方がないな。
「はい、出来れば魔物がこちらに気づく前に森を抜け出したいですね。中位魔物までならなんとかなりますが、上位に出られると少々厄介です」
メイドさんが言った。自分の失態を悪びれもせずに堂々と意見を放った。
まさか、自分のせいってこと、忘れてやいないだろうな。さすがに、それはないか。名誉回復したいのだろう。
事態の深刻さにやっと思い至ったのか、急に姉は静かになった。
口をパクパクとさせて、森の奥を指差している。
その指の先を見てみると、大きな狼のような獣が、十数匹、群れをなしてこちらに向かっていた。