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18;ただ一匹の

 ――夢を見た


 とても悲しかった。悲しくて悲しくて泣いてしまいそうだった。

 生きているのに、生まれてきたのに、動けないなんて、本能だけでしか行動を許されないなんて、どんな気持ちだろう。

 想像するだけで、皮膚がひりつくような恐ろしい感覚に襲われた。

 泣きたかった。泣いて喚いて涙を流したかった。

 でも、そうはしなかった。

 できるはずもない。弱気になってはいけない。弱音を吐いてはいけない。もっと、頑張らないと。

 赤ちゃん言葉なんて、話してる場合じゃない。

 ハイハイなんて、そんなに鈍く動いている場合じゃない。

 願い、望み、臨めばそれは叶った。何故こんなにも力が湧いてくるのかわからない。それでも私にはできたから。それは事実だから。だから、もっと頑張らないと。

 何故なら私は、ワタクシは……



 ――――――



「どうでしたか、ヘキシル様」


 気がつくと僕はダレと手を繋いで立っていた。

 すっと周りを見渡す。

 ベットにはお姉ちゃんが寝ていてその手をダレが繋いでいる。そして傍らにはメイドさんが不安げな顔で立っていた。


「たぶん、大丈夫だと思う」


 一応アイツは僕の去り際にもう手を出さないと言っていた。

 それが確実かはわからないが、なんとなく嘘をつくようなやつには見えなかったから、たぶん大丈夫だろう。


「よかった」


 ダレは弱々しく息を吐いて、くたりと座り込んだ。


「大丈夫か?」


 僕は慌ててダレの体を支えた。


「ええ。大丈夫です。少し疲れただけですから」


 そうか。魔力の一時的な枯渇によるものか。それなら、ひどくなければ少し休めば治るだろう。

 まあでもあれは割りときついからな。何度も何度も魔力枯渇させてた身としてはその気持ちはすごいわかる。


「無理させて、ごめん」


 ダレは弱々しく首を横に振り、ニコリと笑った。


「いえ、これくらいなんてことないですよ。少しでもお役に立てたなら、とても嬉しく思います」


 役に立つだなんて、そんなこと気にしなくていいのに、恩返しとでも考えているのだろうか。

 僕は十分ダレに救われて、むしろこっちが感謝してるくらいなのに……


「人が眠っている横で、いちゃいちゃしないでくださいます?」


 ベットの上から、そんな声が、聞こえた。


「お姉ちゃん?」


 震えてかすれた声が喉を掠める。


「おはようございますですわ」


 いつも通りに気取った様子でそう言った。

 お姉ちゃんだ。よかった。本当によかった。

 ぐっと、胸の奥から何かが込み上げてくるような気がした。

 そしてそれは、目からポタポタと流れ落ちた。


「男がそんな簡単に泣くものじゃありませんですわ。もっとシャンとしなさい。ワタクシの弟なのですから」

「うん、ごめん、ごめんなさい、お姉ちゃん。でも、今は今だけは許してくれないかな? だって、お姉ちゃんがお姉ちゃんのままで、それで、その、とにかく、本当に、よかった」

「ありがとう、ですわ。ヘキシル、あなたのおかげでワタクシはワタクシでいられますですわ。ですから、ワタクシは大丈夫です」


 お姉ちゃんはニコリと笑った。

 そして、すっと目を細め、僕の隣、つまりダレを、見つめた。


「それで、あなたは何なんですの? 急に出て来て当然のように居座って。一体何が目的なんですの?」

「お姉ちゃん、それは、僕が……」

「ヘキシルは黙ってなさいですわ。ワタクシはこの魔族に聞いているのですわ。さあ、どうなのですかですわ」


 お姉ちゃんは僕の声を遮ってピシャリと言った。

 まさか、まだ勇者スキルの影響が? 

 助けを求めてちらりとメイドさんを見ると、じっとお姉ちゃんを見据えて、背筋をきれいに伸ばして立っていた。両手は腰の前に掌を内側に向けて重ねておいている。

 いつもの姿勢だ。脅威とは感じていないのか? それとも……

 僕の視線に気が付いたメイドさんは僕に向けてニコリと笑った。まるで大丈夫だからこのまま見ていなさいとでも言わんばかりに。

 じゃあ、大丈夫なのだろうか。このまま見ていていいのだろうか。手を出すべきではない、のか? 


 僕の後ろに隠れるようにしていたダレは、弱々しく震えながらゆっくりと、立ち上がった。手は胸の前で祈るかのように組んでいる。


「私、は、その、ヘキシル様に、助けて頂いて、ですから、その恩返しがしたいと思い、そのために、ここにいます」


 たどたどしく、声が漏れた。

 怯えているのだろうか。怖がっているのだろうか。

 視線をあちこち彷徨わせている。


「ふう〜ん。そうですわね。もう用事がすんだのならさっさと出ていけばよろしいですわ。」


 ダレの目が泳ぐ。

 その目が、僕と合った。

 僕はぐっと頷いた。

 大丈夫だと言うように。僕がついていると、安堵を込めて。

 ダレの視線が、ザッとお姉ちゃんの目に合致した。

 しっかりとお姉ちゃんを見据えた。


「私には、帰る場所がありません。生きる術がありません。この世界のことを何も知りません。ですから、お願いします。ここに私を置いてください。家事や雑用なんでもします。ですから、お願いします」

「家事ならメイドさんで十分足りてますですわ。つまりあなたは必要ないんですの。この家にあなたが入りこむ余地など、ないですわ」

「確かに、そうかもしれません。私は迷惑しかかけないかもしれません。でも、ここで引くわけにはいかないんです。私には、頼れる所はここしかない。独りぼっちは嫌なんです。ここにいるためなら、私はなんだってします。馬車馬のように働きますし、舐めろと言うなら足だって舐めてみせます。私を、助けてください!」


 少しの間。

 そしてお姉ちゃんはゆっくりと口を開いた。


「どうしてもですの?」

「はい。どうしても」


 ダレは間髪入れずに言った。

 意外と、積極的なんだな、と、口元が緩みかけたが場違いなのできゅっと顔を正す。


「正体不明の者を、家に入れろと、そういうことですの?」


「私は、私には正体なんてありません。私はただの、ただ一人のにん……」


 ダレは一瞬迷うように口を噤み、そして言った。


「私はただ一匹の魔族です」


 魔族。


「そうですの」


 しばらくの沈黙の後、お姉ちゃんは人心地ついたように呟いた。


「まあ、もともとワタクシは何かを決める権限なんて持ち合わせてはおりませんし」


 キッとダレを睨み、キッパリと言う。


「勝手にしなさいですわ」


 ――――


 こうして魔族で記憶喪失で猫耳美少女のダレが、家族となった。

 そして季節は流れ、王都にそびえ立つ学園への入学が迫る。

 あまりに長い前座を終え、冗長過ぎる序章を閉じて、ようやく物語は始まりを迎える――え? そうだったの?

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