14;つもりだった
逃げた。ニゲタ。にげた。
変わらない。何も変わらない。何にも変わっちゃいなかった。
上には上が、上の上の上の上がいた。当たり前だ。なに調子に乗っちゃってんだよ。僕は強くなったとか思っちゃってるんだよ。そんなわけないじゃないか。思い上がるなよ。驕ってんじゃねえよ。もう自分に、期待するなよ……
「あ、れ? ここは? どこ?」
「さてね。わからないよ」
どこか。何処かに辿り着いた。あるいは辿り着いてなどいないのかもしれないが、それでもとにかく立ち止まり、座り込んだ。
そしてどれくらいか、経った時、経っていない時、それすらも定かではないが、つまりはその時、魔族が起きた。
場所など聞かれてもわかるわけがない。僕が聞きたいよ。いや、知りたくもない。
もう、どうでも良い。
「わたしは、ダレ?」
ダレって、名前なのかそうか。変な名前だな。
「よろしく、ダレ。僕はヘキシル」
「ダ、レ、ダレ。そうなんですね。よろしくお願いします、ヘキシル様」
そう言って、手をこちらに差し出してきた。
なんだろう。ああ、握手か。
僕も手を伸ばし、ガッチリと手を握った。
小さくて、ほっそりとした手だな。今にも折れそうだ。
折ってしまおうか。
「痛っ」
いや、やめておこう。面倒くさい。
「随分、力がお強いのですね。わたし、どうやらかなり体が弱いようで。羨ましいです」
それは皮肉か? まあ、良いか。
「えーと、その、申し訳ないのですが、今の状況を教えてはくださいませんか? 何も覚えていなくて、申し訳ございません」
魔物に襲われた時のショックで記憶が混濁しているのか。
僕は説明した。魔物に襲われていたのを助けて、ここに至るまでを余すことなく全て。
「わたしはヘキシル様に救われたのですね。魔物を倒してくださっただけでなく、わたしの命を狙う人から庇ってくださるなんて、お礼のしようもありません」
違う。ただ怖かったから逃げただけだ。助けようとしたわけじゃない。降ろす時間も惜しくて、背負っていることを忘れて逃げたらその結果がこれなんだ。
「そんなわけないです。ヘキシル様は素敵なお人ですよ。だって少なくともわたしは貴方様に感謝しています。貴方様にがいなければ、わたしは既に何回か死んでいます。それが、結果です。ヘキシル様のしてくれたことです。もっと自信を持ってください」
正面を向き、真っ直ぐとこちらの目を見て、そう言ってくれた。
だからって自信を持ったりはしないけれども、でも、なんていうか、少し、そうだな、元気が出た。
「これからどうするかだけど……」
「見〜つけた」
どうやらこれからどうするかについては考えなくとも良くなったようだ。
お姉ちゃんが現れた。
もう、追いつかれたのか。
メイドさんでは止められなかったのか。たぶん、なんだかんだで手加減してしまったのだろう。優しいから。
それでも、お姉ちゃんはだいぶ疲労しているはず。
今なら、勝てる?
どちらにしろ、逃げ道はない。ダレをかばいながらは逃げ切れない。
やるしか、ないか……
覚悟を、決めろ!!
「やらせないよ、お姉ちゃん」
「そう、それなら、たとえ弟でも、容赦はしないよ?」
「ヘキシル様……。え?」
申し訳程度というか、たぶんあまり効果はないと思うが、ないよりはマシだろう。
ダレの周りに、幹の硬い木を、生長させて、囲んだ。
多少の防壁になってくれればいいが。
「そういえば、こうして本気の姉弟喧嘩は、初めてだね」
「何言ってるの。いつも組手してるじゃない」
そうじゃないんだよ。
「ごめん、お姉ちゃん、ちょっと眠っててもらうよ」
「ヘキシル、ちょっと死んでてよ」
刹那
お姉ちゃんが放ったのは鋭い右上段回し蹴り。
僕は屈むことでそれを避け、屈んだ反動を使い、膝をばねに伸び上がり、お姉ちゃんの顎めがけて、拳を突き出す。
しかしその時にはもうお姉ちゃんはそこにはおらず、空振った。豪快に。
「どこいった?」
まさか、ダレを殺しに行ったのか?
「後ろよ」
背筋が、凍った。
「伸びろ!」
僕とお姉ちゃんの間に一つの木を、限界まで早く、伸ばした。
それによって寸断に成功し、振り向く余裕が生まれる。
「くっ」
完全近距離戦闘のお姉ちゃんには、ある程度の距離をとって戦わないと、勝てない。
僕の基本戦略としては、スキルによる中距離牽制を行いながら、隙を見て、近づきトドメをさす。
これが基本だ。
だが、お姉ちゃんに対して、圧倒的なまでに身体能力に差が出る相手に、隙を作り出すのは難しい。
だから、樹木の突発的生長による殴打で、眠らせる。
「伸びろ!!」
何本もの木を出したところで、全て避けられるだけ。
それならば、一つのコントロールに集中したほうが、良い。
「うねる大樹」
この辺りで一番丈夫な種類の木を選び、生長させた。
僕の右後ろ一メートル程の地面から、一本の緑色の蔓のような植物が生えてきた。
そしてそのまま意識をその木に集中させる。
すると、まるで自分の手足のように思い通りに動くようになった。
きっちりとそれを硬質化させ、お姉ちゃんに向けて、一気に伸ばした。
「強化」
スキルによって身体能力大幅に強化させ、軽々と避けられるが、しかしそれでは終わらない。
僕の魔力を今も通しているその木は、方向転換をして、後ろからお姉ちゃんを襲う。
それに虚を付かれたお姉ちゃんは、それを避けきれず、右足に傷をつけた。
よし! この調子だ。
そう思った瞬間、僕の操っていた木が、叩き潰された。
粉々に粉砕されたそれはもはや生きてはおらず、したがって操ることもできない。
甘く見すぎていた。
「ごぼっ」
腕で腹を、貫かれた。
「ごめんね」
お姉ちゃんは、腕を抜き取り、そしてダレの元へと向かっていった。
このままだとダレは死んでしまう。お姉ちゃんに殺されてしまう。
――ここで死ぬわけにはいかない!
お姉ちゃんは本当は優しい人なんだ。だから後で冷静になった時、僕が殺されていたら、絶対に後悔する。
――ここで死ぬわけにはいかない!!
僕にはまだ、やることがある。
――ここで死ぬわけにはいかない!!!
その時、身体の中の魔力が、活性化した。