13;ちょっとは強くなった……
「はっ! たあ! とうりゃ!」
僕は剣を振るう。対戦相手はお姉ちゃんだ。僕の放つ斬撃はその悉くがいなされ、躱され避けられる。
「くっそ!」
このままでは埒があかないので、強力な一撃を振るう。
しかしそれは同時に大振りになるということ。
その隙を狙いお姉ちゃんは仕掛けてきた。
「そこだ!」
しかしそれは布石。お姉ちゃんを動かすためにわざと軽い隙を作り出した。
隙を誘うために隙を作る。
「甘いわ」
だがしかしそれはお姉ちゃんにはお見通しだったようだ。
気づいたら僕の喉元に剣が突き立てられていた。
「ま、負けました」
「うん、勝ちましたわ」
まだ勝てないか〜。
僕は5年前のあの日、自分の弱さを呪った。
だからメイドさんに師事すると決めた。
それからは修行の日々。
剣術についてはもちろんだが、スキルの運用法についても学んでいる。
どちらもお姉ちゃんと一緒に学んでいることになるのだが、剣術に関してはお姉ちゃんに一日の長があり、スキルの運用法は僕の方が上手い。
ちなみにお姉ちゃんは自分のスキルを身体強化だと思っているようだ。まあそういうふうに仕向けているのだけれど。
「はい。では、今日はここまでです。お昼にしましょう。すぐに準備いたします。お二人共かなり上達しましたね。これなら群衆的に個性的な駄犬百体分でも、スキル使えば勝てますね。スキル全開のお二人同時にかかってこられたらたぶん私はスキル使わないともう負けますね」
これだけ頑張ったのにニ対一でぎりぎり勝てるってやっぱ強え〜なメイドさん。スキル抜きで勇者スキルと栽培スキルに勝てるだなんて。まあ栽培はうん、あれだけど勇者にだぜ? 計り知れないよホント。
今日はこれからどうしよっかな。
森に遊びにでも行くか。
群衆的に個性的な駄犬は正直もう楽勝だからもはや遊び相手に丁度いいくらい。
あの森に生息する魔物は主にそれだし、他の魔物は群衆的に個性的な駄犬より弱いし基本大丈夫なんだよ。危なくないんだよ。
と、いうわけで来ましたよ例の森に。といっても最近はほとんどここに来てるんだけどね。だってスキルの練習に丁度いいんだよ。木がいっぱいあるから栽培対象に困らないし、実験台もうじゃうじゃいる。なんて素晴らしい環境なんだ。
僕はいつも通りの場所に行き、いつも通りにストレッチして、いつも通りにスキルを使おうとした。
が、
それはなされなかった。今日に限って。
僕は見つけたのだ。
群衆的に個性的な駄犬に襲われる一人の少女を。
僕は瞬時に手を地面に着けた。
そして叫ぶ。
「伸びろ!」
ここから群衆的に個性的な駄犬までは約三十メートル。
標的の数は三。
守るべき対象はその中央に一。
同時、三体の群衆的に個性的な駄犬の腹の下の地面が盛り上がり、そして弾けた。
「きゃうぅん」
地面から伸び上がる蔓のような植物にそれぞれ体を貫かれ、三体の魔物は絶命した。
「相変わらずかわいい断末魔だな。まるで怯えた犬っころ」
これが修行の成果。遠くの植物を正確に思うように生長させることができるようになった。
それとどうやら口にするとイメージがより一層固まって上手くいきやすくなるのだそうだ。だからメイドさんは毎回倒す前に声に出していたのだと。
っと、それどころじゃない。大丈夫かなあの子は。
ダッシュで近づき容体を確認する。
僕と同年代くらいだろうか。ボブにカットされた髪は碧く光り輝き、その間からは小さな猫耳がちょこんと覗いている。猫耳? 獣人族なんかいるのかこの世界には。どうやらフサフサの尻尾もついているようだ。触りたい。けど今は我慢。
うん、どうやら気を失っているだけのようだ。心臓の鼓動も聞こえるし息もしている。小さいすり傷や切り傷はたくさんあるが、命に関わる程のものではない。
気になることといえばむしろこの状況だ。
なぜこんな小さな女の子が一人でこんなところにいるのか。
そして、なぜこんなにもボロボロの服を着ているのか。このボロさはさっきの魔物に襲われた時にできたものでなく、もとからこうだったって感じがする。
スラムの住人だろうか。しかし少なくとも僕の住んでいる町はそこまで貧富の差はなく、スラムなんかなかったと思う。ちゃんと全員飯を食えるくらいではあった。
それに猫耳美少女に会うのはこれが初めてだ。あくまで外見は普通の人間しか見たことが無い。
と、するならばこの近くの出身ではなく、どこか遠くからここまで来て、そしてこの森に迷い込んだ、と。
どーするかな。
いや。とりあえずはもう決まっているけどね。
とりあえず家に連れて帰ってそして目を覚ましたら話を聞く。
そんな感じでいいだろう。
よし。そうと決まれば早速帰るか。
よっこいしょ、と。うん。軽い。
じゃあ出発進行!
――――――――――
「ただいま〜」
「おかえりなさいませ。今日は早かったですね。ん? そちらに背負っているのは誰ですか、坊っちゃん」
出迎えたのはメイドさんだった。エプロンで手を拭きながらそう言った。
「森で魔物に襲われてたんで拾ってきました。とりあえず目を覚ますまでと思って」
「そうですか、それではお預かりします」
メイドさんは僕の背から意識を失っている猫耳美少女を受け取り、そして空き部屋のベッドへと運んだ。
その道中、廊下を歩いていると、声がした。
大きな大きな悲鳴にも似た叫び。
「なんでここに魔族がいるのよ!!?」
それはお姉ちゃんの声だった。
「魔族? どこに?」
僕は言い
「この子のことですよ」
とメイドさんは当然だと、なぜ知らないのかとそういう意味を込めて言った。
「魔族って猫耳美少女なんですか?」
「美少女かどうかは関係ないですけど、普通の人間に猫耳がついているわけないじゃないですか」
メイドさんは呆れたように言った。
「へえ〜、知らなかった」
「猫耳だけじゃないですけどね。他にも鱗を纏わせていたり、角が生えていたり、全身緑だったり、色々いますよ」
「一口に魔族って言っても、多人種部族なんですね」
「はい。元々この世界には私達のような人間しかいなくて、ニ千年くらい前に急に現れたらしいですよ。その総称を私達は魔族と呼んで、今でも戦争を行っているんです」
「ニ千年!? そんなに長い事戦争しているんですか?」
「もちろん停戦休戦はありますけど、基本的には敵対関係にいますね」
「なんでそんな不毛な事しているんですかね。猫耳美少女可愛いじゃないですか」
「その理由はどうかと思いますが、そうですね、私も意味がないと思います。それでも、ずっと続いてますから、やめるにやめられないんでしょう」
「そんなもんですかね?」
「そんなものなのですよ」
「ワタクシの話を聞けーー!!」
「「話?」」
急に叫びだしたお姉ちゃんに僕とメイドさんは一瞬戸惑った。
しかしすぐに思い出す。
そうそう確か、なんでこの子がここにいるかだったか?
「森で魔物に襲われて気を失っているから、介抱をするために僕が家に連れてきたんだよ」
「だから! なんで魔物なんかを助けるのよ!!」
お姉ちゃんは半ばヒステリックに叫ぶ。
「なんでって。そりゃ死にそうな人がいたら助けないの?」
「人……。人? 人なの? 魔族が、人なの? ワタクシたちと同じ、ヒトなわけないじゃない! ワタクシたちは魔族と戦争をしているのよ! センソウ! せんそう! 戦争! よ! 魔族は敵なのよ! 倒すべき敵! 殺すべき敵! 駆逐すべき敵! 殲滅し、蹂躙し、嬲って、砕いて、斬って、割いて、抉って、潰して、貫いて、吊るして、落として、破滅させ、絶望させ、絶命させ、絶滅させ、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してコロしてコロしてころす! それが、正しい! それこそが正義! 絶対不変で、諸行は常で、この世界から魔族を全て消すまでいや、消しても変わらない唯一無二の絶対倫理!!
それなのに、そうだというのに! どうして、貴方は、お前は! そんな相手の命を救おうとするの? それが魔物に襲われていたなら一緒になって襲いなさい! それが腹を空かせていたというのなら身ぐるみ剥いで腹を潰しなさい! それが助けを求めていたというのなら! 容赦なく! 殺しなさい!
助けるなんてもってのほか! 活かしてはいけない! 魔物を容赦なく殺すように、羽虫を躊躇いなくはたき落とすように、それ以上に残酷に悲惨に凄惨に! 微塵の躊躇いも躊躇も、感慨もなく、ただ殺しなさい! それをワタクシは褒め称えてあげる! 全人間が賞賛する! 一人殺せば英雄で、千人殺せば聖人よ! 素晴らしい! それこそがワタクシたちの生きる意味。生きる価値。善人とはたくさんの魔族を殺した人のことを言うのよ!
だから弟よ! そうなりなさい! そうして一緒に人の役に立って、皆で世界を救いましょう!
さあ、手始めにソレを殺しましょ」
…………、え? は? な、に、? どうしたの? 何があったの? あれ? お姉ちゃん、だよね。僕を助ける為に命を張って、僕の為に泣いてくれて、僕の憧れの、こうなりたい、と、そう思ってた、僕の双子のお姉ちゃんだよね?
「どうしたの、ヘキシル? ほら早く」
なんでそんなに笑ってるの? そんな顔で、こっちを見て手を差し出したりしないでよ。
怖い。恐い。
もしかしてそれがこの世界の常識なのか? この世界の人間は皆こうなのか?
「まさか、ここまでとは……」
右から諦めにも似た、驚きにも似た、小さな呟きが聞こえたのでそちらを向くと、そこには、とても、とても悲しそうに哀しそうにしているメイドさんの顔があった。
いや、違う。少なくともメイドさんはそうではない。魔族に対してそこまでの憎悪を抱いてはいない。
良かった。
いや、良かったのか? だってそれは、お姉ちゃんが特別おかしいってことじゃないのか?
それはいったいどういうことだ?
魔族となにかあったのか? 僕の知る限り何もない。
じゃあ、元々そういう思想なのか?
お姉ちゃんに、向き直る。
お姉ちゃんはまだ、微笑んでいる。
お姉ちゃんは、消えた。
え? 消えた? 今その瞬間までそこにいたよね?
「お掃除開始!」
お姉ちゃんとメイドさんが、組み合っていた。
「その子を連れて早く逃げてください、坊っちゃん!」
え? あ、いつの間にか僕の背に気絶している魔族の子が背負われていた。
「さあ、ヘキシル、ソレを殺しなさい」
「「早く」」
あ、どうする、どうする?
二ゲルシカナイダロウ
だって、無理だ。無理だよ。あの二人の戦闘は格が違う。なんで?
見えない。何をしているかわからない。
メイドさんはいつでも本気じゃなかったのか。お姉ちゃんは僕と同じくらいじゃなかったか。むしろスキルありの組手なら僕の勝率が高かったはず。
なのになぜ、こんなに差がある?
「あ、ああ、ああああああ」
逃げた。逃げた。逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げた。