11;母の拳骨ほど痛いものはない
目を覚ますと、そこは知っている天井だった。
そりゃそうだ。毎日毎夜この天井を見て寝ているのだから、にしてもいつの間に寝ていたんだ? 寝る前の記憶が曖昧だな。
「ああ! 起きた!! ヘキシルが目を覚ました!!! 良かった。良かった」
お姉ちゃんの震えた声が横から聞こえたので、声のしたほうを見るために顔を右に向けたら、そこには目を真っ赤にして、涙を流しているお姉ちゃんがいた。
「どうか、したの? 大丈夫?」
「大丈夫? は、こっちの台詞よ!! どれだけ心配させたと思っているのよ。死んじゃったかと思ったんだからね!」
お姉ちゃんは凄い剣幕で怒った。
僕、何かしたかな?
「お坊ちゃんは、群衆的に個性的な駄犬に殺されかけたんですよ。覚えていらっしゃらないですか?」
お姉ちゃんの声を聞きつけたのだろう。メイドさんが部屋に入ってきた。
殺されかけた? 群衆的に個性的な駄犬に? うーん。ああ、徐々に思い出してきた。
そこで一瞬動きが止まる。
自分の愚かさに腹が立った。
何やってんだ僕は。自暴自棄にも程があるってんだろう。お姉ちゃんを巻き込んじまうなんて。お姉ちゃんが超強かったから良かったものの、もし、死んでたりしたら、どうするつもりだったんだ?
ああ、くっそお。まずはそうだな。
「ごめんなさい」
素直に謝ることが大事だろう。
がばっと、お姉ちゃんが覆いかぶさってきた。
「もう、勝手に危険なとこ行っちゃ、だめだからね」
あれ? なんだろう。
もっと怒られるかと思ったのに。殴られてなじられて泣かされる。そんなだと思ったのに。
なんだろうこの反応は。なんでお姉ちゃんが泣いている? なんでお姉ちゃんがぼくを……
僕がお姉ちゃんを危険に晒した。あと一歩で死ぬところだった。だからお姉ちゃんば僕に対して怒る権利も憤る権利も持っている。僕はそれを甘んじて受けるつもりだった。
でもなんでこんな、叱りつけて諭すようなことを。 許されたのか? いや違う。そうじゃない。もっと根本から、前提から僕の考えが間違っている?
メイドさんのほうを向く。メイドさんはこくり、と頷いた。
涙が、流れた。
ああそうか。僕は今生きているんだ。
そしてお姉ちゃんも生きている。だからこうやって泣いていられるし、叱られていられる。
なんてことはない。それでいいんだ。
僕はお姉ちゃんを尊敬する。それは勇者スキルを持っているからではない。お姉ちゃんは自分が勇者スキルを持っていると知っていたから僕を助けに来たわけではないのだ。僕の為に自分を顧みなかった豪胆さと勇ましさと強さと優しさ。
彼女にはそれがある。僕はそれを知ることができた。存在を確かめることができた。
どんなスキルだっていい。要は気の持ちよう。それ次第でどうとでもなる。なるようになる。為せば成る。
僕は、下級スキルで、最大限この世界を生き抜き、信念を貫き通す。
バタン、と勢い良くドアが開いた。
カツカツカツ、と靴を踏み鳴らす音。
そして、ゴチンゴチン、と僕とお姉ちゃんの頭にそれぞれ拳骨が降り注いだ。
それから僕らは小一時間、涙を流している母に、説教された。