10;誰の為に喰らうのか
「な、んだあれは、何を、やっているんだ?」
凍った。身も凍るような思い。
そう、そうだ。僕とお姉ちゃんが話していたとき、なぜ群衆的に個性的な駄犬は襲って来なかったのか。
仕留める絶好の機会だっただろう。
そのときにあれは何をしていたのか。
その答えが眼前の光景に広がっていた。辺りに散らばっていた群衆的に個性的な駄犬達の死体。それが、骨も残さず、土に染み付いた血だけを残して、消えていた。
否。
喰われていた。
むしゃむしゃと動かない獣の腸をがっつくように喰らっていたのは、同種の獣。
残った一匹の群衆的に個性的な駄犬だった。
口元を仲間の血で真っ赤に染め、今最後の一片、仲間の脚を口に放り込み、こちらに向き直った。
鋭い眼光。不気味な様相。
恐怖だ。恐怖を感じている。得体の知れないものに対する、未知への恐怖。
仲間の肉を残さず喰いきったあれは、あからさまに今までとは雰囲気が違った。
なんだあれは。なんなんだ。
恐怖に震え、立ち上がれない僕の前に、お姉ちゃんが体を割り込ませた。
「任せなさいって、言ったでしょ」
震えは見られず、あまりにも堂々とした立ち居振る舞いからは、恐怖など一切感じられない。
ちょっと前には魔物を見るだけで気を失っていたような人が、どうしてこんな……
動いた!!!
どちらが先立ったのか僕には判断つかなかった。
気づいたら、一人と一匹の中間地点、まさにそこで剣と爪をかち合わせ、間近で睨み合っていた。
速い。全然見えなかった。僕の動体視力が悪いせいもあるだろうけど、それだけじゃない。
やはり群衆的に個性的な駄犬も、明らかに速くなっていた。僕が闘っていた頃の倍じゃきかない。絶対に僕では勝てない。瞬殺されていただろう。
原因はやはり仲間を喰らったことか? それで、あんなに強く……
しかしすごいのはそっちだけではない。それになんなくあわせるお姉ちゃんの方もだ。短期間でどれだけ成長してるんだ?
お姉ちゃんが剣を切り返し、斬り上げた。
それを避けるために後ろにバックステップをとる。
追うように踏み込み、剣を突き出すお姉ちゃんに対し、首を振り、横から剣に噛み付く群衆的に個性的な駄犬。
お姉ちゃんは即座に剣から手を放し、両手を地につけ、逆立ちをするように群衆的に個性的な駄犬の顎に両足合わせて蹴り込んだ。
群衆的に個性的な駄犬はその衝撃に顔を上へと向け、口から剣を取りこぼす。
お姉ちゃんはその隙を逃さず、剣を取り返し、首めがけて思いっきり振り下ろす。
しかし動作の大きすぎたそれは群衆的に個性的な駄犬が態勢を立て直すには十分な時間だった。ぐるりと、後ろを向き、その勢いのまま尻尾を振るい、それはお姉ちゃんの横腹に直撃した。
吹き飛ぶお姉ちゃんだが、すぐさま態勢を立て直し、剣を構え直す。
凄すぎる。なんだこれは。僕の入り込む余地はない。
なんでこんなにも速く動けるんだ? なんでこんなにも正しく状況を判断できるんだ?
なんでこんなにも、僕との力の差が大きい?
そんなの決まっている。僕が怠惰だった。何もしてこなかた。ちょっと魔力を感じられるようになっからって、有頂天になりすぎた。ちょっとスキルが使えたからって、傲慢になりすぎた。
そう。そうだよ。
教会へと行く時、馬車の中でメイドさんが言っていた。
「群衆的に個性的な駄犬の特徴ですか? そうですね、やはり友喰いでしょうか。簡単に言えば群れの仲間を食べることですが、群衆的に個性的な駄犬は、それによって食べた相手の力をそのまま得ることができるのです。ですから、単純計算で言えば一体食べれば力は倍に。二体食べれば三倍に。どんどん強くなっていきます。元々の力はそんなに強くないのですが、それを考慮されて今のランクへと落ち着いたわけです。」
生き残るため、群れで行動することを選んだ彼らは、種を残すため、究極の一個となる。
群れにおいて重要なのは、連携。仲間同士でどこまでお互いを活かし合い戦えるか。
で、、あれば、一つの意志のもとに動ければなお良い。
つまり、融合とも合体ともとれるその能力を得た。
群れが文字通り一つになることで、強さを得る。
それが彼らの選択。
だから、それを使われる前に、仲間を食い始める前に、倒しきらなければいけなかったんだ。
なんでそんなことを忘れてた。思い至らなかった。
だがそうなると、そうだとすると、十体近くいた全てをアレが食べたのだとしたら、アレの強さは、僕が闘っていた頃の、十倍?
強すぎる。
そしてそれに拮抗し、あまつさえ押し始めているお姉ちゃんは、どれだけ強いんだ?
なんであんなに強いんだ?
「はああああああ!!」
お姉ちゃんが剣を振るい、そして群衆的に個性的な駄犬の右前脚がくるくると宙を舞う。
「ウオオォオン!!!」
だがそれに負けじと、群衆的に個性的な駄犬は後ろ脚で地面を蹴り、左前脚でお姉ちゃんをひっかき、腕に爪が食い込んだ。
どちらも重傷。どちらも満身創痍。
でも、退かない。なのに、怯まない。それでも、一切攻撃の手を休めない。
相手を倒す為。己が強いと証明し、生き残る為。
考え得る最善の策を取り、次善の策などかなぐり捨てて、ただ勝つ為に、全ての動きを対応させる。
群衆的に個性的な駄犬がお姉ちゃんの剣に噛みつき、そして、ガシャアン、と音を鳴らし、砕いた。
「お姉ちゃん!?」
武器を失ったお姉ちゃんは柄を群衆的に個性的な駄犬に投げつけ意識を逸らし、回し蹴りをくらわした。
そしてフッと笑みを浮かべる。
「やっと、姉と呼んでくれたわね」
お姉ちゃんは拳を握りしめる。
「弟の応援には! 姉として応えざるを!! 得ないわね!!!」
殴打の連撃を発しながら、お姉ちゃんは言った。
徒手格闘も習っていたのか。いや、むしろ剣を持っていた頃よりも動きがいい気がする。
次々と繰り出される拳は的確に群衆的に個性的な駄犬を捉え、完全に虚を付かれた群衆的に個性的な駄犬は、そこから逃れようとするも、ハメ技の如く繰り返される攻撃から抜け出せない。
いける。このまま、勝てる!!
「冥土流奥義錯綜間撃!!」
流れるような動き、そして、渾身の一撃が、群衆的に個性的な駄犬のどてっ腹に風穴を開けた。
穴の空いた群衆的に個性的な駄犬は、その場に立ち尽くし、ヘタれることも、倒れることも、崩れることもなく、動きを止めた。
「ワタクシの、勝ちよ」
そう言ってお姉ちゃんは、その場にへたり込んだ。
「大丈夫? ヘキシル」
自分が疲れているだろうに僕の心配をして、こちらを振り向いた。
群衆的に個性的な駄犬から、目を、逸らした。
その時、動いた。群衆的に個性的な駄犬が、もう既に死んだはずの魔物が、動いた。お姉ちゃんを殺そうと、その執念だけで動からざる体を動かして、風穴開いたその身を、酷使して、動いた。
「危ない!!」
僕は叫ぶ。
叫んだって何も変わらない。何も解決しない。
動け!! 間に合え!!!
間に合わない。これじゃあ間に合わない。
いや!! 間に合わせるんだ!!!!!!
その時、急に身体が、軽くなった。魔力が全身を巡る。巡り巡って、巡っていく。
ブッシャアアア!!
お姉ちゃんと群衆的に個性的な駄犬の間に体を割り込ませた。
「う、おわああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
そして両手で群衆的に個性的な駄犬の頭を鷲掴み、握り潰した。
「はあ、はああ、はあ、大丈夫? お姉ちゃん」
「あ、ああ、あああぁああぁああ!!」
どうしたんだろう、そんなに慌てて?
ああそうか。脇腹に空洞ができていた。身代わりになったんだし、まあ当然か。
ザッザッザッ、と、多くの足音が聞こえた。意識が混濁してゆらめき薄れる視界に、多くの群衆的に個性的な駄犬の影が見えた
別の群れか。あんなに派手に暴れてたら、集まってくるのも当然だな。
死ぬのかな。死に、たく、ないなあ。
どうにかお姉ちゃんだけは逃げてほしいけど、お姉ちゃんは動こうとしない。もう限界が来ていたのだろう。僕をギュッと抱きしめて、じっと群衆的に個性的な駄犬の群れを睨んでいる。
もう、ダメだ。意識も保てない。
その時声が聞こえた。
それはとても厳しい、メイドさんの声。
それはとても優しい、母の声。
「破滅的掃除欲求」
「強制無慈悲の回復」
冷たく凍りつくような殺気が駆け抜け、周りで、何かが弾け、崩れ落ちる音がした。
そして、何か優しいものに包まれていく感覚。まどろむような安心感に身を包まれ、温かい毛布にくるまっているようだ。
眠くなってきた……