勇者観察日記7日目ー1
~勇者観察日記7日目-1~
今日は午前中の訓練終了後、リンとユーカ嬢、それとマリアの奴が来ることになっている。
マリアは別として彼女らに渡すための装備品の準備は整っている。それを渡して明日の本番(狩り)に万全の態勢を整えるのも目的の一つではあるが、本当の目的は別にある。
それは彼女らが相対する相手が何であるのかを教え込むためだ。
~とある奴隷暗殺者の手記より抜粋~
「それでジョーカーさん、今日は何をするんですか?」
「今日は明日狩りに行く相手がどういう生き物であるのかを説明しようと思ってな。とりあえずはこのモンスター図鑑を先に渡しといてやるから、帰ってからじっくりと読むように」
ドンッと勇者2人の目の前に分厚い本を置く。モンスター図鑑はその名の通り、今まで確認されたモンスターの情報をまとめた本だ。
モンスターの姿、その特徴。生態や攻撃手段、弱点や魔法に対する耐性などなど、二ホン人たちに最初に見せたときの反応はほとんどが攻略本のようだと評する代物だ。
その前例に漏れず、彼女らも同じようなことを呟いて開いたページを読んでいる。
そのまま読んでもらってもいいが、モンスター全体を通して共通していることについて説明していこう。もちろん、既に知っているマリアに対しては余計なことは言わないように小声で釘を刺しておくのを忘れない。
「そのまま読みながらでいいから聞き給え。先ず、モンスターとは通常の生物とは異なり、大気中に満ちるマナ、つまりは魔力がある特定の場所に集まることによって自然発生する現象のようなものだ」
「自然現象ということは、それは嵐や地震のような天災みたいなもの……という理解でよろしいんでしょうか?」
ユーカ嬢の質問にそうであると首肯する。ほとんどの者はこれほどわかりやすく言葉を選んで説明しているのに、生物のような見た目から納得できない者も多くいる。その時は説明が面倒なので、そういうモノなのだと覚えるように言うようにしている。
「通常のモンスターは倒すとマナに還り、死体は残らず消えてしまう。だが、消えずに残るものがそれがコレだ」
図鑑の前に5個の棒状のクリスタルを置いていく。それぞれのクリスタルには色がついており、無色のものから赤、青、緑、黄色となっている。
「綺麗なクリスタルですね。これがモンスターを倒すと手に入るんだったら、これを目的にして狩るのも良いわね」
「無色透明なのはわからないですけど、他の4つは火とかの属性を表しているんでしょうか?」
リンのクリスタルを目的にモンスター討伐をするのは彼女とこの世界のハンターたちの認識はズレているが、そのことを今言っても仕方ない。
また、ユーカ嬢の属性云々に関しては正解だ。やはり彼女らの世界には魔法というものが存在していないが、それを知る環境があることは無駄な説明を省く上でも都合が良くて助かる。
「ユーカの言う通り、このクリスタルの色は魔法の属性を表している。赤なら火属性、青なら水属性のクリスタルということになる。ちなみに、このサイズのクリスタルをモンスターから得ようとするならば……そうだな、10メートル級の大型のモンスターを倒すしかない」
「10メートルって、そんな巨大なモンスターがたくさんいるんですか!?」
リンが驚くのも無理はない。10メートルを単純に高さと考えるならば、軽く三階建ての家を超すくらいはある。さすがにそんなモンスターはジャイアントなどの巨人くらいなもので、むしろ蛇や四足歩行動物が巨大化したような全長と表現した方が正しいだろう。
「そこまで巨大なモンスターはさすがに人類の生存圏にはいないから安心しろ。そういうモンスターは森の奥地などの人が寄り付けないような場所に居て、もしもそこから出てくるようであればすぐに討伐隊が編成されて積極的に駆逐するようにしている」
「そうなんですね。良かったぁ~~」
心底ホットしたように胸を撫で下ろしているユーカ嬢には悪いが、彼女らがいずれ向かうことになっている最前線の戦場ではよく確認されている。この事実は今は言わない方がいいだろうと胸の内に留めておく。
「現在、この教会本部があるブリタニア連合王国の国内で確認されているモンスターは最高でも中型の人より少し大きい程度の3~5メートル級ばかりだ。それでも目撃情報が上がるたびに討伐しているから、遭遇することは有り得ないと思ってもらっても構わない」
「有り得ないって言っても、絶対ではないんですよね?さっきモンスターは自然現象のようなものだとおっしゃられていたから、現れる可能性もゼロではない筈です」
「その質問は実に良い。確かにリンの言う通りゼロではないが、人類の勢力圏においてはそれは当て嵌まらない。その答えはモンスターは町中では発生していないという歴史的事実が物語っている。その辺のことに関してはおれよりもマリアの方が詳しい筈だ」
「どういうことなんですか、マリアさん?」
リンとユーカ嬢の視線がマリアに移り、説明してやってくれとアイコンタクトする。おれと目と目で通じ合うのが嫌なのか、しかめっ面を一瞬浮かべるもののすぐに消していつもの聖女スマイルに戻る。
それを「おお、怖っ」と心中で呟いて一息入れるためにお茶を飲んで乾いた喉を潤す。
「モンスターの発生原因はマナが一定の場所に集まることで発生することは、そこの駄犬が先ほど申し上げましたね」
人のことを駄犬とか言うなよと視線で抗議するが、仮面のせいで見えていないのでさらっとスルーされる。まあ、例え見えたとしても同じように無視するだけだろうから、気にしても無意味なことであることに違いはない。
「マナは大気中に含まれる魔力のことなんですが、これとは別に人々が体内に持っている魔力のことをオドと言います。このオドに関してはお二人には訓練中に説明していますので省きますね」
それぞれがちゃんと頷いて聞いているので、その辺の魔法関連の説明に関しては基本的に心配しなくても良さそうだと確認できた。これで残りの男どももしっかりと理解できていれば、おれの仕事は一つ減ったことになる。
「人々の生活に魔力はとても密接に関わっています。料理するときの火や水、それにこの部屋を照らしている照明にも魔力は使われているんですよ」
「そう言えば部屋のスイッチを入れるだけで明かりが点いていたからてっきり電気があるものだと思っていたけど、そう言えばこっちは異世界だったわね」
「ワタシたちの部屋のコンロもガス栓とかないからどうやって火をつけているのか不思議だったんです。こちらでは魔力が電気やガスの代わりをしているんですね」
それぞれに感想を持っているところ悪いが、おれには二ホン人たちが話している電気やガスが本当に信じられない。
説明を求めたことがあるが、電気は空から落ちてくる雷を人が機械を使って生み出していると聞いた。また、ガスなんかも自然発生した天然ものだということだが、臭くて可燃性のある気体なんてことは聞いたこともない。唯一、似たものがあるとすればそれは火山ガスくらいだが、火山自体が危険すぎて近寄ることすら難しいのが現状だ。
彼女ら二ホン人は魔法のことを超常現象だと言うが、彼女らの魔法を使わない科学技術の方がよっぽど神の奇跡のようだと思えて仕方がない。
「それらの機器を動かしているエネルギー源がお二人の手元にあるクリスタル、魔力結晶と呼ばれるものなんです」
「その、魔力結晶とこちらの生活が結びついていることはわかりましたが、肝心のモンスターが町中などで発生しない原因はなぜなんでしょうか?」
「そうでしたわね。ユーカさん。私が言いたかったのはこの魔力結晶は微量ながらも大気中のマナを吸収する性質がある、ということなんです。
そもそも魔力結晶はマナが集まることで結晶化します。魔力結晶を使えばその分だけ貯蔵された魔力は減っていき、やがては消滅してしまいますが、使わずに置いておけばマナを吸収して貯蔵量を回復させます。もちろん、人の手によってもそれは可能です。それでも回復量は微少なので、良くて代替物が無い時の緊急手段だとお考えください」
「つまりはこの魔力結晶がマナを吸収するから、モンスターが発生するほどの魔力溜まりは生まれない。そういうことで良いんでしょうか?」
「厳密に言えば違います。どの街でもそうですが、オベリスクという石柱が街の中心に立っています。このオベリスクは魔力結晶を使って作られたものです。そしてこのオベリスクは街にとって重要な役割を持っています。それが何かわかりますか?」
「モンスターを発生させないようにすること以外に重要な役割があるんですか?」
問われたユーカ嬢がわからないことは無理もない。むしろそれがわかるようなら他の誰かが入れ知恵していることを疑うべきだろう。
まあ、勇者たちに何かを吹き込むとすれば指導しているローランか、世話役をしている修道士たちの誰かになるのだろうが、今のところ不必要に接触している人物がいるとは聞いていない。
「正解は街の防御結界です。この結界があるおかげで邪悪なるモンスターは街に侵入できず、またあの忌ま忌ましいディーも「マリア、それはまだ早い」そうでした。すみません、今のは聞かなかったことにしてください」
怪訝な表情を2人が浮かべているが、現時点で話せることと話せないことがある。D種のことは特にそうだ。何れ戦う相手とは言え、戦う心構えも満足に出来ていない素人に話しても余計に怖がらせるだけだ。
「街に出現しない理由はなんとなくわかりましたけど、街の外の道は例外ですよね?」
「街道沿いにもオベリスク程ではないが、一定の間隔で石碑が置いてある。こいつがオベリスクの代わりにマナを吸収して結界を発生させている。この石碑のおかげでモンスターに襲われる心配がないから、旅人も野営するときはここを利用することにしている」
「そうなんですね」
「さて、長々と話してしまったがモンスターと魔力結晶に関してはこの辺でいいだろう。他にも魔獣という存在がいるが、こいつは普通の動物がマナを吸収し過ぎて成る害獣だ。説明するより見た方が早いだろう」
「それは明日、見ることができますか?」
「それは依頼次第だろうな。まあ、依頼が無くとも見る可能性はゼロではない」
リンの問いにはそう答えるしかないが、見たいというのであれば探しに行くのも有りだ。リンの目的はアルテミスの習熟だが、おれにとってはついでに実戦経験を積ませることにあるのだから。
「とりあえず、少し休憩にしよう。続きはおやつを食べてからにしようか」
「やった!」と喜ぶ少女3人を残し、お湯を沸かしに給湯室に行く。ついでに水羊羹も上手く作れたのがあるので、それを出すことにしようと決めた。
〜とある奴隷暗殺者の手記より〜
とりあえずモンスターについての説明を終え、休憩タイムに入ることになった。
休憩後は魔力結晶を使ったこちらの一般的な魔術師について講義することにしよう。
思いのほか早く書けたので投稿します。
いつもこれくらい早く書けたらいいんですけどね~~。
次も早く書けたら投稿しますので、これからもよろしくお願い致します。