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勇者(異世界人)なんてお呼びじゃねぇから!~奴隷暗殺者の勇者観察日記~  作者: サツキ
この世界のことは俺らに任せてさっさと帰ってくれ!
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勇者観察日記6日目ー1

〜勇者観察6日目ー1〜


いつも通りの訓練風景を眺める限りにおいて、リンのやる気が上がっているのを見て取れるのは好ましい状況だろう。


少なくともあまり乗り気でないおれの感情を上向かせるには十分なアピール足り得る。


そうであるならば、多少の骨折りくらいは自身の仕事の内だと諦めもつくというものだ。



〜奴隷暗殺者の手記より抜粋〜






「あ〜〜。思ったより簡単に許可が下りたな」


頭をポリポリ、後ろに控える重厚な扉を振り返りながら拍子抜けしたと脱力する。


訓練もまだ途中、自分の身を自分で守れるかさえ怪しいのに、よく教皇様もお許しになったものだ。それが自身への信頼なのだとすれば、それを裏切る訳にはいかないと身を引き締める。


まあ、その信頼を裏切れば首に嵌っているチョーカーが容赦なく命を奪うに違いないのだが。



「まあ、許可が下りたんだから次にいかないとな。何せ時間がないんだから」


言い聞かせるように呟き、足を自分の部署へと向ける。調達する物を思い浮かべながらメモを取り、部署に着く頃には必要最低限の物はピックアップできただろうと満足する。



「おい、誰かいるか?」


「おや、部長じゃないっすか。今日は戻ってくるのが早いっすね」


「ちょっと用事があってな。残っているのはお前らだけか」


ロゼッタとティナの問題児コンビが今日も当直に就いているのを見て、人員のローテーションはどうだったかを思い出す。ああ、そう言えばしばらく本部付けにしていたなと思い出した。


まあ、今から頼むことを考えれば仮にも女性2人が残っていることを喜ぶべきだろう。



「な〜んか失礼なこと考えてないっすか〜?」


「そんなことはない」


勘が鋭いのか、思考が読まれているのかと焦ってしまう。努めて平静さを装ったので声に動揺は表れていない筈。顔?顔は全体を仮面で隠しているので問題ない。



「この前お前らに頼んでおいた物は揃っているか?」


「勇者様教育用の教材や道具の件ですね。全て滞りなく、部署の倉庫に収められております」


「これをどうぞ」とティナ嬢から差し出された目録を受け取り、ざっと目を通す。うん、希望していた通りの物がちゃんと揃っている。これならいくらかは流用することができる。



「すまないがこの中から魔装銃マジック・ガンを一挺と弾をいくつか持って行く。補充品は後で知らせるから頼むぞ」


「それは私的流用ですか?」


スッと目を細め、疑いの眼差しを向けられるが心外だと首を振る。教会内の不正を暴いて断罪するのがおれらの任務内容であるからその反応は当然とは言え、もう少し信用してくれても良いんじゃないかと嘆きたくなる。



「目的はそのまま勇者の教育用だ。弓の勇者の願いにより、神器習熟訓練を特別に実施することになった。これは教皇プリエステスにも許可を得ている」


「失礼いたしました」


「気にするな。それよりこっちを最優先で揃えてくれ。期日は明日までだ。最悪、明後日の正午までに揃っていればいい」


「これはその勇者様用の服ですか?それなら既に支給されている団服でも問題ないと思いますが」


確かにティナ嬢の言う通りではある。しかしそれではダメなのだ。まだ教会は正式に勇者のお披露目をしていない。魔族侵攻の危機に対して、勇者が異世界より降臨されたという噂だけが街に流布されている状態なのだ。


この状況で神器を持ったリンがそのまま街に出れば、騒ぎになることは想像に難くない。だからそれを避けるためにも、戦闘服に関しては教会で用意された最高級品ではなく、一般によく使われているようなものでなければならない。



「あくまでもお忍びであることが重要なんだ。教皇はまだ勇者を世間の目に晒すことを望まれていない」


「そういうことですか。わかりました。すぐに手配いたします」


「部長も大変っすね〜〜。できるだけ関わらないようにされたいでしょうに、上の意向には逆らえないってことっすか」


「あまり言ってくれるな。これも仕事だ。なら役目は果たすさ」


他人事だと思ってからかってくるロゼッタはしかし、苦笑を浮かべながらコーヒーを差し出してくるところに気遣いを感じる。普段はこういうことを絶対にやらない奴だから、傍目に見ても苦労しているのが見て取れるのだろう。



「とにかくだ。おれの個人的な感情は置いといて、物資の調達を頼むぞ。服のサイズなんかは団服を用意した部署に確認してくれ。渋りやがったらおれの名を出しても構わん」


「了解っす!全力で用意させていただきます!ほらシスター・ティナ、行くっすよ!」


「先輩、マスクを忘れています!第二部として活動するんですから、ちゃんとしてください!」


バタバタと騒がしく2人が出て行くのを見送り、ロゼッタが淹れてくれたコーヒーを啜る。苦味の強いコーヒーはロゼッタが淹れるのが下手だというのもあるだろうが、自分の心情を表しているようだった。









「さて、現状用意できるものはこれだけか」


魔装銃と数種類の弾を収めた木箱を弓道場の談話室へ運び込み、テーブルの上にそれを並べる。適当にあるのを持ってきたので、これから必要なものを選定する必要がある。



「とりあえず爆裂弾と麻痺弾くらいあればいいか」


ポーチに爆裂弾の予備弾倉を2つ、麻痺弾はも同じく弾倉を2本仕分けて入れておく。銃本体には爆裂弾の弾倉を叩き込んで安全装置がちゃんとかかっているかチェックしてホルスターへ仕舞う。



「他にはナパーム弾に空気弾、アーマーピアス弾か……。まあ、この辺は普段使いに向かないし必要ないか」


あくまでも対魔獣用の護身用と思えば、さらに言えば時間稼ぎさえできればいいのだ。その為にも最低限の扱い方くらいは覚えさせる必要があるかと思い至る。



「参ったなぁ。これなら1日早く呼んで練習させるべきだったか?」


「それはわたしのことですか」


「そうそうおまえのこと……って、勝手に入っていいとは言っていなかった筈だが?」


自然に話しかけられたからそのまま返してしまったが、すぐに我に返って声がした方に振り向く。視線の先にはリンとなぜか魔法杖ヘカテーと適合したユーカの姿があった。さらにもう1人いるのかと覗き込んでみれば、そこには純白の法衣に身を包んだ聖女マリアの姿があった。



「それに2人も増えているのか」


「私はここに来るのは反対したんです!」


「そうか。ならさっさとマリアは帰るといい。別におれも来て欲しいとは頼んでいないからな」


「なっ!犬の分際でこの私に命令する気ですか!?」


なんでそうなるんだよ、という言葉をグッと飲み込む。公の立場で言うならば聖女であるマリアは教皇に次ぐ2番目の地位、枢機卿と同等の権力を有している。あまり表立って歯向かうのは面倒になることくらいわかっている。


さらに付け加えるならば、次の教皇になるのはマリアと今は遠征しているもう1人の聖女が最有力候補と言われている。自分は首に嵌っている奴隷の首輪チョーカー主人あるじ、つまりは教皇に命を握られているのだ。もし、生きている内に解放されず次代に権利が引き継がれでもしたら命が危ない。


そう考えると保身の意味も込めて、安易に反抗するのも面倒なのだ。



「あの、マリアさん。流石に人を犬呼ばわりするのはどうかと思うんですが……」


おずおずとユーカ嬢が宥めようとしてくれるが、この件に関してはマリアが引き下がることはないのは経験から知っている。これでもマリアが幼くして教団に連れて来られた頃よりの仲なのだ。



「この人は犬で十分なのです!教皇様の命にただ従うだけの猟犬なんですから!」


「ひうっ」と気圧されて涙目を浮かべるユーカ嬢には同情する。気が弱いと聞いていたが、押せ押せの言いたいことはなんでも口にするタイプのマリアとは相性が良くないのだろう。それでも魔法の勉強は仲が良さそうにしていると報告を受けているので、友人関係は良好なものを築いていると信じたい。



「あの、本当なんですか?」


「ああ、マリアが言っていることは本当だとも。おれはこの首輪がある限り、教皇の命には逆らえない奴隷だよ」


半信半疑に問いかけてくるリンへ肯定してやる。今のところ自分が嫌悪感を抱くような命令を受けていないのがせめてもの救いではあるだろう。



「それより、今日はどうした?約束の日は明後日の筈だが……」


「そうでした。優香が昨日頂いた羊羹のお礼が言いたいとのことだったので連れて来たんです」


「ほら」と背中を押されて前に出て来たユーカ嬢がペコリと頭を下げる。



「あの、その、羊羹…美味しかったです。こちらで日本と同じものが食べられるなんて思ってなかったから、ワタシ感動しちゃって」


「そっそうか。そんなに言って貰えたなら作った甲斐があったというものだな」


「それでですねっ。ワタシ、お菓子作りに目がなくってですね。あっ、お菓子だけじゃなくてお料理そのものが好きなんですけどっ」


「おっおう?」


この娘、人見知りで気が弱いって話じゃなかったか?いや、人見知りかどうかは言ってなかったか?押せ押せで話すユーカ嬢に若干混乱しつつ、ジリジリと思わず距離を取ろうとしたのは仕方ないと思う。



「あのっ、よろしければこちらの食材を使ってできる日本食についてご存知であれば、ワタシに教えていただけないでしょうか!?」


「すまないが、その願いは受け入れられない」


「ちょっと、ユーカが頭を下げてるのにそれってどういうことよ!」


「おまえこそ、ずいぶん仲良くなったじゃないか」


同年代に同じ実力を持つものがおらず、また聖女として扱われてきたマリアに友人と呼べる存在がいないことは仕方がないことなのかもしれない。それが勇者という同年代の、それも同性の気の合う人間と出会うことができたのは良いことなのだろう。


それでも勇者召喚を主導したことに関しては許すつもりはさらさらないのだが。ああ、嫌悪感を抱くような命令を未だ受けたことがないと言ったが、この件に関してだけは直接的ではないにせよ従わされたと言えなくもないのだろう。



「当然です!ユーカは向上心に溢れ、努力を怠らない尊敬すべき精神の持ち主なのです!そのような方の友人として、どうして手助けしないなどということができましょうか!」


「あの、マリアさん。さすがにそれは言い過ぎなんじゃないかな?」


照れたように頰を赤らめながら、やんわりとユーカ嬢が制止しようとするがなんのその。周りが見えていないかのように話続けるマリア。


それに対して今は何を言っても無駄かとため息を吐いて立ち上がる。



弓の勇者リン、おれはお茶を淹れてくるからこいつらの相手を頼む。それとテーブルの上に置いてあるものは触らないように」


「あ、はい。わかりました」


リンは弓の勇者と呼ばれたことに最初はピンときていなかったようだが、すぐに自分のことだと理解したようだ。テーブルの上に置いてある銃を見てギョッとした表情を浮かべていたが、銃は向こうの世界ではよく知られている危ない物と聞いているので迂闊に触ることはないだろう。


全く、どうしたものか。胸中で独り言ち、自分だけの空間を犯している3人の女性をどうやって追い返そうかと思案するが、良案は浮かばない。とりあえず、甘い物でも出してやれば満足して帰るだろうと努めて楽観的に考えることで現実逃避することにした。





〜とある奴隷暗殺者の手記より〜


弓の勇者用に装備の準備をしていたら、どういう訳か杖の勇者と聖女を連れ立って弓道場へと押し掛けてきた。弓の勇者だけでも関わるのは早計だというのに、どうしたものかと頭を悩ませてくれる。


とりあえずお茶を濁すという言葉があるように、お茶と甘味を与えて本来の目的を忘れさせて追い返すとしよう。

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