勇者観察日記5日目
~勇者観察5日目~
今日も今日とて訓練訓練。召喚されて無理矢理やらされていると言っても過言じゃないのによく続くもんだと感心する。
魔法訓練も見学したが、上手く神器と適合できているようでそれぞれの属性に合った基礎魔法の習得は順調に進んでいるようだ。やはり今までの召喚された勇者の記録通り、魔法の習得は目を見張る飲みこみの早さを見せている。
このまま順調に魔法訓練が進むのであれば最初に戦力となるのは魔法杖のヘカテーと適合したユーカだろう。次点で同じく遠距離武器である弓の神器、アルテミスと適合したリンだろう。
野郎どもに関してはどちらも近接武器である以上、実戦投入するのであれば武器を体の延長とまでは言わないが、まともに操れる程度には成長してもらわなければこちらの苦労が増すだけで勘弁願いたいものだ。
とりあえず、未来のことを語るよりも今はもうすぐやってくる彼女のことをどうにかしなければ……。
~とある奴隷暗殺者の手記より抜粋~
「さて、そろそろ魔法訓練も終わる頃だろうし、もう少しすればあいつも来るだろう」
柄にもなくソワソワしている自分の心を落ち着けながら、お茶の準備と約束した茶請けとしてのお菓子も用意済みだ。紅茶などとは違うので市販の物を買ってくる訳にはいかないのが悩み所だ。
「まあ、久しぶりに作ったから口に合うかはわからんがな」
苦笑しながら沸いた湯をポットに移し替えたところで戸を叩く音が聴こえてきた。どうやら彼女も来たようだ。
「カギはかけていない。入ってくるといい」
「失礼します」
「昨日と同じ談話室で待っていてくれ。すぐに茶を持って来よう」
「お心遣い、ありがとうございます」
うむと頷き、談話室に彼女が向かうのに合わせて準備していたお茶とお茶菓子を盆に載せて行く。それぞれの正面にお茶と菓子を配したところで座についた。
「あの、これは見間違えじゃなければ羊羹ではないですか?」
驚きに目を見張る彼女の表情は実に見ていて気持ちがいい。その表情が見たかったからこそ、頑張って作った甲斐があったというものだ。
「そう見えるのならば、そうなのだろう。ちなみにこいつはこの世界では極東の島国にはあるかもしれんが、こちらの地域には無いものだ」
「では、これはいったいどちらから……まさか、作ったのですか?」
「ああ、材料さえ揃えば作るのは簡単だ。といってもレシピと作り方がわかっていればの話ではあるがな。それよりも食べて感想を聞かせてくれ。久しぶりに作ったので再現できているか自信がないのだ」
「はい、頂きます」
神妙な顔をしながらフォークで羊羹を切り分け、口に運ぶのを見守る。おいしい、と口からつい漏れ出た言葉を聞いた時には内心ガッツポーズを決めた程だ。まあ、実際に表情や態度に出すことはしなかったが。
「まさか和菓子にまで精通されているとは、ローランさんが言っていた通り、日本人のことをよく知っているという話は本当のようですね」
「あいつ、そこまで話しているのか……」
余計なことまで口を滑らせていないだろうな、と心中で毒づく。また、彼女の態度から秘密の方まではまだ話していないことだけは確かなようで安心はしている。
「まあ、そのことはどうでもいい。それで、今日は頼み事とやらの話をしに来たのだろう?話は手早く行こう」
「はい、そうでしたね」
そう言って居住まいを正し、キリッとした表情を作る。吊り上がりがちな目元は睨み付けているようにも見えるが、彼女の名前が示すように凛とした雰囲気は好ましいものだ。
「単刀直入に申し上げます。わたしに神器の……アルテミスの扱い方を教えてください」
「ふむ、理由を教えてもらおうか」
頼み事そのものには別段、突飛なことでも無いので断る理由がない。そもそもが基礎訓練さえ終わればより実戦的な訓練を行うことが決まっているのだ。
ならば、この段階で知り合って間もない、それも教会の関係者とはいえ見るからに怪しい男に教えを請いたいとは、その理由こそが重要だろう。
「わたしはショーキやユージたちのようにローランさんやマリアさんの指導のあと、模擬戦をお願いして自主訓練するには向きません」
それは飛び道具という性質上、仕方ないことだろう。防御に秀でたローランの神器を持ってしても、手加減のきかない飛び道具が相手では万が一も有り得る。
「それにユーカは魔法に特化した杖が武器だから、彼女は訓練のあとにマリアさんと一緒に書庫で魔法について学んでいます。わたしもそちらに参加することはできますが、アルテミスを使うことで副次的に使用できる魔法を学ぶだけでは武器を扱えることには繋がりません」
確かに、それぞれの神器は属性を持ち、適合者はその属性の魔法を容易に習得して扱えるようになる。魔法杖に適合したユーカなら、魔法の知識を身に着けることでその性能を十分に発揮できるようになれるだろう。
しかし、リンが魔法を使えるようになることは確かに戦力増強に役立ちはするが、先ずは武器の扱い方に慣れることが重要だ。また、魔法はある程度なら感覚的に使うことができるから、優先的に鍛える意味合いは薄くなる。
「それにローランさんから聞いたのですが、こちらの世界でも弓はその役目を終えつつあり、銃が主流になってきているそうですね」
「そうだな。おまえたちのような勇者がこちらにその概念を伝えてから、急速に広まりつつある。特に今回、勇者召喚に踏み切った魔族との戦争でも前線には銃が配備された部隊が展開していて、着実に戦果を挙げつつある」
「そして、それはここの教会も例外じゃないとも聞いています。むしろ率先して騎士団に配備しているとも」
ああ、と頷いて見せる。
こうして話している間にも、外の弓専用として整備された訓練場から使用されている音が聴こえてこないのがその証左だ。少し離れている位置にある射撃場からはよく音が聴こえてくる。自分の部下にも魔導銃を扱う連中がいるが、あいつらも嬉々として訓練に励んでいるほどだ。
「それで、その話がおれにアルテミスの使い方を教えてくれということと、どう繋がるんだ?」
「はい。これもローランさんから教えて頂いたことなのですが、貴方は先代のアルテミスとの適合者と親しかったと聞いております」
前言撤回。あの野郎、余計なことまで喋りやがっていたらしい。今度会ったらただじゃおかないと心のメモ帳にしっかりと記しておく。
「間近で見ていた貴方なら、適切なアドバイスを頂けるだろうと言っておられました」
「……理由はそれだけか?」
もし、これだけの理由であるならば、いろいろと理由を付けて断りたいところだ。
「貴方が弓を射る姿に、言葉では言い表せないような何かを感じました。それが何なのかを確かめたい。貴方に教えを請うことで、そして身近にいることでこの感情が何なのかを知ることができると思うんです!」
身を乗り出し、顔を近づけて喋らなくても十分聞こえる。引き気味に戻れと手振りで示し、大人しく座り直すのを待ってから自分も元の位置へと戻る。
「おまえの熱意は伝わった」
よくわからないながらも、そうしなければならないという衝動、または強迫観念のようなものなのだろう。こういう勢いのある奴は何を言ったところで聞く耳を持たないものだ。
ああ、自分の部下にはこのタイプのものが多いのでよくわかる。これが部下であるならば無言で殴りつけ、上下関係を思い出させて命令を遵守するように指導する。それでもわからないなら敵地に突撃させて使い潰すなど、利用方法はいろいろある。
しかし、彼女は勇者だ。しかも教皇より死なせるなと護衛命令を受けている相手だ。同じように接するのは問題だろう。
だからと言って、簡単に引き受けるのも難しい。本来であれば基礎訓練終了後に自分の役割が回ってくることになっているのだ。その順番を飛び越えて彼女だけ指導するのはローランの面子を潰してしまうことにも繋がりかねない。
ちら、と視線を向ければ返答を今か今かと待ち構えている彼女がいる。そのやる気に満ちた表情は断られたとしても食らいついてやると言わんばかりだ。
だがしかし、いやでも、と思考が堂々巡りを始めたところで先ほどの彼女の言葉を思い出す。”ローランはおれにアドバイスを貰え”と言っていた。ならばあいつの面子を考慮することはないなと結論に至る。
であれば、あとの障害は上の許可が下りるかどうかだけだ。それならここで答えを出す必要はなくなるではないか。
「とりあえず3日、3日だけ待ってくれ。おまえたち勇者の訓練は明後日で一旦区切りとして1日休日を取ると聞いている」
「はい。それはローランさんも同じことを言っておられました」
そうだろうと頷いて見せ、続きを口にする。
「3日目の休日の昼に、またここに来い。その時までには答えを用意しておく。おれの独断で決めるには、おまえたち勇者に関する案件は容易じゃない」
「わかりました。では、3日目のお昼にまた伺わせて頂きます」
「ああ、希望に沿えるかはわからんが、上にはちゃんと掛け合うことを約束しよう」
「よろしくお願いします。あの、あともう一つお願いしたいことがあるのですが……」
言いにくそうに視線を逸らすような頼みがあるのか。正直、これ以上おれに面倒事を増やして欲しくはないと眉間に皺が寄る。
「なんだ?この際だ。一度に聴いといてやるからさっさと言え」
「あの!その、そんなに重大なことではないのですが……」
早く言えと言外に雰囲気で急かす。その気に当てられたのか、意を決したように口を開いた。
「このお茶の茶葉と羊羹をお土産に頂けないでしょうか?その、ユーカにも食べさせてあげたいと思いまして……」
何を言い出すのかと思えば、茶葉と羊羹が欲しいだけとは肩透かしもいいところだ。それくらいなら別に構わないから素直に言えばいいのだ。
「少し待ってろ」
「はい、ご迷惑をおかけします」
恐縮そうに肩を竦める彼女を横目に、空いた湯呑と皿を片付けて給湯室へと戻る。羊羹はまだまだ余っていたのでそれを容器に移し、茶葉は開いていない缶があったのでそれをそのまま袋に羊羹と一緒に詰め込む。
それを戻って手渡し、何度もお礼を言って頭を下げるリンに気にするなと身振りで示して送り出す。そして戸を閉めて視界からリンが消えたところで大きくため息を吐いた。
「面倒なことを引き受けてしまったな……」
しかし、そのことをあんまり重荷に感じていないのは何故だろう?そのことを不思議に思いながらも、洗い物を済ませてしまうかと給湯室へ足を向けた。
~とある奴隷暗殺者の手記より~
突然の彼女からの頼みとは自分に指導をお願いしたいとのことだった。それ自体は問題ないのだが、そこに至るまでにクリアすべき問題が面倒だ。
とりあえず回答期限として2日は手に入れた。この間に教皇への許可申請に訓練をするとなればその準備も必要だ。
肝心の訓練内容に関しては元から考えはあるから、あとは準備だけだ。
さあ、たまには真面目に仕事をするとしよう。