勇者観察日記4日目
新年、明けましておめでとうございます。
これが本年初投稿となります。
今年はなるべく間を置かずに投稿できるよう努力して参りますので、どうかこれからもよろしくお願いいたします。
~勇者観察4日目~
今日も彼らは昨日と同じ基礎訓練を行うとのことだ。
おれも昨日と同じように魔法訓練が始まるまで見届けた上で弓道場に足を向けたのだが、どうやら彼女に忠告したことは無駄だったらしい。
~とある奴隷暗殺者の手記より抜粋~
「ここには来るな、と昨日言わなかったか?」
「帰れ、とは言われましたが、来るな、とは聞いていません」
毅然とした表情で言われ、そうだったかと記憶を探る。そう言えばそうだったなと1人納得する。しかし、あれだけ拒絶したのだからもう近づかないようにしようと考えるものではないだろうか?
「確かに言っていなかった気がするな。では改めて言おう。ここには来るな。おれからは以上だ」
聞く耳持たんと態度で示すように新たな矢を弓に番える。
「それはできません。今日はお願いがあって来たのですから」
「強情な奴だな。ローランの奴からおれのことは聞いていないのか?」
うんざりしながら弓を下ろし、リンと正面から向き合う。ここまで拒絶しても帰ろうとしないならば徹底抗戦しかあるまいと思考を切り替える。
できるだけ関わるつもりはなかったんだがな、と内心ため息を吐くのをやめられない。
「ちゃんとお聞きしましたよ。人前では仮面を外せない照れ屋で恥ずかしがり屋な人だって」
「よ~し、ちょっと待ってろ。ローランのバカ野郎を撃ち抜いてくる」
「え?は?ちょっ!」
戸惑っているリンには目もくれず、矢筒に入るだけの矢をありったけ詰め込んで背負う。さあ、いざ出陣じゃあ!と勢い込んで出ていこうとすれば、リンが両手を広げて戸の前で立ち塞がっていた。
「そこをどけ。おれにはローランをハリネズミにしてやる任務がある」
「あの!さっきのはローランさんが冗談で言えって言われたことなので!」
「冗談でも言ったことには変わりはない!」
「ちょっと!ホントに止まってくださ~~い!!」
意外な大声にびっくりして冷静さを取り戻す。そして気付けばリンとの距離が近いことに気付く。と言うよりも、リンはおれの胸に手を当てて押し止めようとしているので近いなんてものじゃない。
「わかった。わかったから離れてくれ。いや、おれが戻ればいいだけか。いいか、動くんじゃないぞ」
早口にまくしたて、射場へ戻って弓と矢筒を片付ける。そして冷静になった頭でとんだ失態を晒してしまったと自責の念に駆られて止まない。
「それで、おれに何か頼みがあるとの話だったな?今のことを見なかったことにすると言うのなら、まあなんだ、話くらいは聞いてやる」
「あ、はい!わたしは何も見ていません!だからお願いします!」
「よし、良いだろう。そこで話をするのもなんだ。ついて来い。茶ぐらい出してやろう」
入口で立ち話をするのもどうかと思い、談話室へと案内しようと踵を返す。しかし、数歩進んだところで後ろからついて来る気配がなかったので振り返ってみると、驚いた顔をして動かずにいたリンへ呼びかける。
「ついて来ないならそれはそれで構わないが?」
「あ!いえ、行きます!」
慌ててブーツを脱ぎにかかるリンに肩を竦めて待ちつつ、茶請けに何かなかったかと記憶を漁ってみたがそう言えばしばらく使っていなかったから何も置いていなかったことに思い至って顔をしかめる。
それでもお茶だけは保存の魔法が施された容器に入れておいたので大丈夫だろうと言うのが救いだろう。
「慌てなくていい。ここから見えるあの戸の先が談話室になっている。おれは湯を沸かしてくるからそこで大人しく待ってろ」
「っ、わかりました!」
ブーツを脱ぐのに手間取っているのを尻目に、給湯室へと足を向ける。ブーツにはチャックが付いているんだから、そんなに慌てなくてもすぐに脱げるだろうにと呆れながら戸棚を開け、ヤカンを取り出して軽く水洗いをしたあとに水を溜めて火にかける。
「湯呑はどこに置いたんだったか……」
自分と彼女専用の湯呑はすぐに見つかるのだが、ほとんど人を呼ばなかったのもあって客人用の予備を探すのに時間がかかる、ようやく見つけ出したころには湯もちょうど沸騰したようで、急須に茶葉をいれて湯を注ぐ。
お茶の淹れ方に彼女は厳しかったが、どうせ味は一緒だろうと気にせずお茶を2人分の湯呑にそれぞれ注ぎ、お替りように茶葉とポットに移したお湯を盆に一緒に載せて運ぶ。
「悪いな、待たせて」
「いえ、こちらが押しかけて上で、ここまでお気遣いいただき、ありがとうございます」
律儀に正座して待っていたリンを見て苦笑を浮かべる。正座して座布団をちゃんと使っているのを見る限り、本当に彼女は二ホン人なのだなと思い直す。
「粗茶ですまない。口に合うと良いんだが」
「頂きます」
両手で湯呑を持ち、ゆっくりと口を付けて飲むのを見ながら、自分も久しぶりに淹れた茶の味を確かめようと口に運ぶ。カシュンッと音を立てて顔全体を覆っていた仮面の鼻から下の部分が開いたところで、ブッと吹き出す音が対面から聴こえて目を向けてみれば、お手拭きを口元に当てて咽ているリンがいた。
「どうした、そんなに熱かったか?」
「んっ、そのっ、そういう訳では。ただ少しびっくりしたと言いますか……」
ああ、とその言葉で思い至る。そう言えば彼女と初めて一緒に茶を飲んだ時もこの仮面の動作に驚いていたなぁとしみじみ思い出す。
「それは悪かった。この仮面は外すことができないから、こういう作りになっているんだ」
「わかりました。ですが、その仮面を外すことができないというのは、やっぱり恥ずかしいからですか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて告げるリンに、それはもう止せと手振りで示す。
「ローランから本当に聞いていないのか?おれの教団での役割を」
「異端審問官、ですよね。詳しい仕事の内容は教えていただくことはできませんでしたが、職務を遂行する上で自らの素性を示すものは極力隠すために仮面を付けることを義務付けられていると聞いております」
(なんだ、ちゃんと話しているじゃないか)
これであることないこと吹き込んでいるようだったら、それこそ寝首を掻くくらいの気持ちで襲撃しようと思っていたのだが、その必要性が無いようで安心した。
「簡単に言えばおれの仕事は教団の中や外で裏切り者に対して処罰することだ。その仕事もそうだが、3年前に起こった教団の不祥事をおれだけで処理したことで畏怖の対象になっている。難しく言っちゃあいるが、要は教団の嫌われ者ということだ」
「それが、近づくなと言われた理由ですか?」
「そうだ。教団の嫌われ者とお前たちのような人々の希望となるべく呼ばれた勇者が一緒にいるのは評判上よろしくない」
「わたしはそれを気にしません!」
むっとして反論してくれるのは嬉しい限りだが、評判というものは馬鹿にできないものがある。これが教皇からの命令で訓練を共にするという建前があるならまだしも、プライベートな時間で会うのは不味いのだ。
「おまえが気にしなくても周りが気にすると話をしているんだ。まあ、おれはおまえたちが戦うこと自体が気に入らないんだがな」
「その理由を聞いてもよろしいですか?」
「当たり前のことだ。この世界の問題は、この世界に生きる者が解決するべきなんだ。その問題が解決できそうにないからと、まったく別の世界で生きてきた人間を強制的に拉致してきて解決してもらおうなんて虫が良いにもほどがある」
「あなたは、優しいんですね」
「おまえはどうなんだ?勝手に呼び出されて、神器なんて強力な武器を持たされた挙句に戦争に行って来いって言われたんだ。何か思うことがあるんじゃないのか?」
「……思わないことはないですよ。いきなり家族や友達と引き離されて、右も左もわからないうちに武器を持たされて代わりに戦ってくれだなんて!」
最初は小さかった声がだんだんと大きくなり、最後は叫ぶような大声へと代わる。激情のままに吐き出された言葉は、それこそ勇者召喚を行うと決定した連中に聞かせたいくらいだ。
「なんなんですか貴方たちは!何様のつもりなんですか!?人の人生を狂わせておいて、自分たちの都合だけを押し付ける!」
その通りだと、返す言葉もなく受け止める。これは前に召喚された彼女におれが怖くて聞けなかったことだ。今度はその愚を犯すつもりはない。彼女たちの意思はなるべく尊重してやらなければならない。
「やっと戦う覚悟を決めかけていたのに、なんで貴方はそんな優しい言葉をかけるんですか!わたしたちには、戦う以外にここで生きる道はないというのに……」
俯き、その表情は窺えないが察することはできる。力が込められて震える肩を見れば、必死に感情を押し殺して耐えようとしているのだろう。
「すまない。君の覚悟を鈍らせるようなことを言ってしまって」
「いえ、こちらこそすみません。大声を出してしまって」
「気にするな。その怒りは正当なものだ」
「そう言っていただけると助かります」
無理に笑みを浮かべる彼女を痛々しく思いながら、すっかり冷めたお茶を飲む。苦みが今の自分の感情を表しているようで嫌になる。ポットから湯を急須に入れ、新しくお茶を淹れ直す。自分の分をやるついでに、彼女の分も淹れ直してやった。
「ありがとうございます。あの、昨日もお聞きしたんですが本当に貴方は日本人じゃないんですか?この畳部屋もそうですし、このお茶も急須や湯呑さえ日本のものと変わらないようなんですが」
「何度も言うが、おれは二ホン人じゃない。お茶の道具なんかは極東の方から似たようなものを取り寄せたものだ。この建物はおまえたちと同じ二ホン人から話を聞いて建てさせたものだ」
「同じ日本人!わたしたちの他にも、こちらに呼ばれた人たちがいるんですね!?その人たちは今どこにいますか!?」
「先ずは落ち着け。零したりしたら火傷してしまうかもしれんだろうが」
グイッと身を乗り出してきた彼女を押し返し、座り直したところで一息吐く。つい、余計なことを口走ってしまったが、どうせ遅かれ早かれ話すことになっただろうと諦める。
「この建物を作るときに話を聞いた人物はもういない。しかし、おまえらと同郷の者は大陸にいる。大陸の各国がそれぞれ召喚に成功した者たちが、前線で戦ったり後方で訓練に明け暮れている筈だ」
「それでも、いることはいるんですね?だったら、もしかしたらお姉ちゃんも……」
「姉がいるのか?だが、どうしてこちらの世界にいるかもしれないと思うんだ?」
嫌な気がする。これ以上は踏み込んではいけないような、聞いてしまったら後悔してしまいそうな予感がひしひしとする。それでも聞かずにはいられないから声に出してしまった。呟くように言っていたのだから、聞き流すこともできた筈なのにだ。
「お姉ちゃんは5年前から行方不明なんです。最後にお姉ちゃんを見たって人たちがいて、その時の状況がわたしたちが召喚されようとしたときと同じなんです。こうして実際に体験するまで信じていませんでしたが、今なら信じることができます」
5年前というキーワードに本能が警鐘を鳴らす。これ以上は踏み込むなと、そう言っているのだ。
「その姉の名は?」
「歌織です。梓 歌織、それがお姉ちゃんの名前です。聞き覚えはありますか?」
「カオリ……か。いや、ないな。おれが知らないだけかもしれん」
ドキッとしたがそれは顔には出さず、平静を装う。
「そうですか。いえ、期待していた訳ではありませんので。あの、調べることだけでもお願いすることはできますか?」
「良いだろう。それくらいなら引き受けてやる。だが、決して期待するなよ?おまえたちの世界ほど通信網は発達していないからな」
「はい、よろしくお願いします」
「ああ、任された。それで、頼みというのは今のことで良いのか?」
「あ、それはまた別にあるんですが、少し長居しすぎたので明日また、伺ってもよろしいですか?」
「それは別に構わないが、気を付けて帰れよ」
「ふふっ、この教団内で危ないことなんて起こりませんよ。それでは、失礼いたします。お茶、ご馳走様でした」
「なに、口に合ったようで何よりだ。次は茶請けくらい用意しておこう」
一礼して去っていく足音を聞きながら、片づけを始める。流し台で洗い物をしているときになってようやく気付いてしまった。
「って、なんでおれは明日の約束をしているんだよ!?」
理由は様々だが、一番は動揺して正常な思考が働いていなかったことが大きいだろう。
「カオリの妹……か」
感傷に浸る気持ちを、冷たい水が洗い流す。どうしても気になっていたことが解消された今、自分がどうしたいのか、何をすべきなのかを改めて考える必要があるだろう。
~とある奴隷暗殺者の手記より~
こうしておれは彼女の妹と接点を持ってしまった。本来ならば戦闘の指導者と教え子、そして陰ながらの護衛対象としてしか接する気はなかったのだが、プライベートな部分で先に関わることになってしまったのはおれの方に原因がある。
今後の対応は都度修正して、なんとか本来なるべきだった関係に戻せるように努力しよう。
しかし、彼女が……リンが姉のカオリと同じ道を辿ることのないように、無事に家族の元へ帰れるようにしようと思う。