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勇者(異世界人)なんてお呼びじゃねぇから!~奴隷暗殺者の勇者観察日記~  作者: サツキ
この世界のことは俺らに任せてさっさと帰ってくれ!
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勇者観察日記3日目

 ~勇者観察3日目~


 今日から勇者共の訓練が始まる。前回、召喚された勇者たちも武器を握ったことが初めてということだったから、今回も同じだろう。最低限の武器の扱い方、魔法の使い方を覚えさせるまで今回はどれだけかかるものか……。


 しかし、気になるのはアルテミスに適合した少女だ。彼女がもし、自分が思っている通りの人物であるならば弓の扱いにはある程度習熟している可能性がある。それだけは確かめておくべきだろう。


 ~とある奴隷暗殺者の手記より抜粋~




 朝食も食べ終わり、ゆっくりと食後のコーヒーを飲んでから訓練場に足を運んでみたが、実に良く晴れていて鬱陶しい。日差しが強くなると昼寝をしているときに眩しくて目を覚ましてしまうことがあるから、適度に雲がある方が良い。


 そんなことを考えながら訓練場を見ると、ローランと勇者の4人が揃っていた。どうやらこれから始めるところらしい。それぞれが神器を持っているが、剣と槍の男2人はそのままできるだろうが弓と杖の少女たちをあいつはどう指導するつもりなんだろうか?



 「よし!それでは訓練を始める!」


 「はい!よろしくお願いします!」


 「「「……」」」


 気合十分なショーキを除き、他の3人はどう反応したものか戸惑っているように見える。さて、ではローランがどんな指導をするのか、おれは高見の見物を決め込ませてもらうとしよう。










 訓練を開始して3時間が経過した。太陽は中天に差し掛かり、もうすぐ昼を告げる鐘が鳴る事だろう。


 彼らはいろいろとやっていたようだが、感想や評価を口にする前に結論から言うとしよう。


 まったくダメだ。


 いや、勇者どもがダメという意味ではなく、ローランの指導法が、だ。



 風に乗って聴こえてきた、と言えば聞こえはいいかもしれないが実際はローランの団服に仕込んだ盗聴器から得た情報ではどうにもいろいろと説明が不足している。


 確かに、戦闘をするだけなら感覚的なことを話して手本を見せ、実践させてみるのもいいだろう。だが、自分たちが扱っている武器について基本的な知識も無いなど言語道断だ。


 特に魔法を使うのであれば知識は必要になるし、この世界の在り方についても説明しておかなければ実戦で痛い目を見ることになる。それが致命的なことにならなければいいだろうが、そうならない保証なんてないのだ。


 ローランが基礎訓練を担当してくれるなら自分は実戦的な模擬戦の相手をしてやればいいと考えていたが、知識も含めて指導する必要がありそうだ。



 「そうなると少し面倒だな。説明用に道具の準備は暇なあいつらに任せるか」


 思い浮かべたのは問題児のシスターコンビを思い浮かべ、その場でメモ帳へとペンを走らせる。思いつく限りで教会内で手に入るものだけを選別し、残りは後で街に降りた時にでも調達しようと決める。



 「よしっと、とりあえずはこんなものだろう。あとで部署に戻ったときにでも頼むか」


 メモ帳を懐に仕舞い、大きな欠伸を漏らす。爽やかな風と陽気に照らされ眠気が襲ってきたようだ。



 「昼からの訓練も変わらないだろうし、おれはちょっとばかり昼寝でもするか」


 訓練場が良く見渡せる場所で昼寝ができそうな木陰がある所っと視線を巡らし、ちょうどいい場所があったのでそこまで行って昼寝の体勢に入る。簡易的な認識疎外の魔法を張ると、物の数秒で眠りに落ちた。






 「では、昼からは魔法の特訓を始める!」


 「はい!よろしくお願いします!」


 騒がしい声に眉をひそめる。眠りを邪魔され、意識がゆっくりと覚醒していく。普段の自分ならここまで寝起きが悪いことはないのだが、もしかしたら疲れているのかもしれない。



 「魔法の講師は私ではなく、聖女マリアにお願いしている。マリア、ここからは頼む」


 「わかりました。では、改めまして皆さんに魔法を教えることになりましたマリアです。今日は初日なので先ずは魔力を感じるところから始めましょうか」


 「あの!その前に魔法を実際に見せて頂くことはできますか!?」


 聖女の声に続いて興奮した様子の少女の声が聞こえる。午前中に聴こえてきた声と人物は把握しているので、その声が魔法杖ヘカテーと適合したユーカのものだとわかる。


 魔法を扱うことに特化した神器と適合しただけあって、魔法には興味津々なのだろう。気が弱い小動物のような少女とローランは評していたが、少し人物像を修正する必要があるようだ。


 だんだんと意識がはっきりしてきて、固まった筋肉をほぐす為に伸びをする。一際大きな欠伸をして目元に浮かんだ涙を拭って完全覚醒。仮面の位置を直しながら訓練場にやってきた一行の位置を確認しようと目を向けてみれば、こちらに向かって高まる魔力を感じた。



 「マリア。もう少し右だ。今狙っている木から3本目の根元だ」


 「あれですね。行きます!フレイム・ジャベリン!」


 「何を考えているんだあいつらは!?」


 盗聴器から聴こえるローランとマリアの会話にツッコミつつ、こちらに向かって高速で飛来する炎の投槍を視認する。


 今からでも魔法の射線上から避けるのは容易いが、魔法というものは標的を定めるとそれに向かって追尾する性質がある。魔法の速度や標的までの距離などの条件はあるが、このある程度の追尾性が魔法の命中率を上げているのだ。


 そして、この場合は魔法の追尾範囲を超えるよりも迎撃した方が確実な間合いだ。


 腰の刀に手を伸ばし、居合の構え。


 慌てず、騒がず、冷静に。



 彼我の距離を見極めて刀の間合いに入った瞬間に一閃。


 二つに分かたれた炎の槍は背後で爆発。爆風が吹き抜けてコートの裾をはためかせる。



 「はぁっ。あいつら、ことごとくおれの昼寝の邪魔をしやがって」


 刀を鞘に納めながら嘆息し、聴こえなくなったイヤホンを外す。どうやらローランの奴は盗聴器の存在に気付いたようだ。その仕返し、としてのこれならまあ多少はイラつきもするが矛を収めるとしよう。



 「マリアの奴が魔法を教えるなら事故もそうそう起きないだろうし、安心して任せられるだろ」


 お邪魔虫は退散しますか、と独り言ちて訓練場を後にする。横目に見た感じ、あまりこっちを気にした様子がないことから2人が上手く言いくるめたのだろう。


 まあ1人だけ。あの弓の少女だけがこちらに顔を向けていたのは気になったが、特に意味もなくこちらを見ていただけだろう。










 移動してきたのは射場。銃系は別の場所に有り、こちらは今となっては少数派になりつつある弓系専用の場所だ。


 少数派である以上、利用している者は誰もいない。利用されないということは手入れをする者もいないということなので、こうして暇を見つけては掃除や道具を整備するのはおれの仕事になりつつある。



 「さて、今週も掃除から始めるとするか」


 見つめる視線の先には周囲の建物とは全く違う考え方で建てられた小屋がある。本来のものはもっと大きいらしいが、使う人間がこれを必要とした1人しかいなかったが為にこの大きさになったのだ。


 彼女はもういないが、こうしてここをキレイにしようと思うのは未練があるからかもしれない。引き戸を開けて板張りの床にブーツを脱いで上がりながらそんなことを考える。



 「さて、先ずは埃を落として、それから雑巾がけか」


 確認するように呟くと、コートを脱いで腕まくりをし、掃除の準備を始めた。



 掃除をすること2時間ほど、あらかた終わったところで手入れの終わった弓に弦を張る。的も掃除をしている間に張り替えて置いたのですぐに使用できる状態だ。


 弦を張ると上が長く、下が短い歪な弓が出来上がる。これは極東の果てにある島で用いられていると聞いたことがあるものの、実物をこうして手にしたのは彼女が欲して、それを作ったからだ。


 彼女の生まれた世界、ニホンという場所に起源を持つこの建物は弓道場。そしてこの弓は和弓と呼ばれるものだ。



 射法八節。弓を射るための動作をまとめたものらしいが、おれができるのは真似事だけだ。それでも集中力を高めたり、悩み事があるときに一度頭をスッキリするためにこうして弓を引きにきているのだ。


 およそ60メートル先の的を見つながら足を開く。


 姿勢を整え、弦に矢を番えながら頭上に持っていき、下ろしながら弓を引く。こうでもしないと張りが強いこの弓を引くのは難しい。


 弦を引いた右手を頬に当て、視線の先。的に狙いを定めた状態で静止する。


 放たれた矢が放物線を描き、的の中心を射抜く様を幻視したところで矢が放たれる。


 ヒュンッと風を切って飛んだ矢は吸い込まれるように的へ向かい、タンッと小気味良い音を立てて中心に突き立った。


 矢を放った姿勢のままそれを確認し、張り詰めていた緊張を解いて息を吐く。



 「今日は調子が良さそうだ」


 最近ではままあることだが、当たると思って放った矢は必ず的の中心を射抜くことができるようになった。逆を言えばどれだけ集中したとしても、当たるイメージを持てなければ中心を射抜くことができない。


 だが、今日はどうも調子がいい日らしい。いつもは10も放ったくらいで見えるものだが、それが一射目で出来たのだ。これからの射にも期待が持てるというものだ。




 そうして集中して射続けていたので気付かなかったが、ふと視線を感じて弓道場の入り口に目を向けるとこちらを見つめて立ち尽くすリンの姿があった。



 どうにも気まずい空気が流れる。いや、お互いになんと言えばいいのかわからない、というのが正しいだろう。


 ここに近寄る者はいないと勝手に思い込んでいた。ここを使う者が自分しかいないこと、さらには事実上の責任者が自分ということもあり、勝手に入って来る者もいないと高を括っていたのも大きい。


 いやいやいや、こうして思考停止をしている暇はない。とにかく何かを言わなければ、会話の主導権を握ることもできない。



 「ここはおれが管理している建物だ。勝手に入ってもらうと困るんだが」


 「えっと、そうですね。すみません」


 「わかったらさっさと帰ってくれ」


 話すことは何もないと視線を外し、次の矢を取り出す。そして射を続けようと構えたのだが、リンからの視線がどうにも気になってしまう。あれでそのまま帰ってくれると思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。


 それでもそういう雑念を取り払い、的だけに集中する。ギリギリと弦を引き絞り、狙いを定める。フッと右手に掛かっていた負荷が消え去り、矢が弓から放たれる。風を切って飛んだ矢は的の中心に刺さっていた矢を粉砕して突き立った。


 パチパチパチと拍手が聞こえ、そちらに視線を移す。当然と言えばそうだが、そこにいるのはリンしかいない。仮面越しなので表情が伝わる筈がなのだが、それでも厳しい視線を向けてしまうのは仕方ないだろう。



 「おれは帰れ、と言った筈だが?」


 「それは申し訳ありません。しかし見事な射でしたので、つい見惚れてしまいました。この日本風な建物、それにその弓に射法、もしやあなたはわたしたちと同じ、日本からの召喚者なのではありませんか?」


 「仮にそうだとして、何か問題でもあるのか?」


 「わたしたちにこちらの世界のことを教えてくれませんか。わたしたちはついこの間、突然こちらの世界に呼び出されて、こちらの方々の言われるがままに従っています。しかし、それではダメな気がするのです」


 「だから、同じ日本人であろうおれに、日本人としての視点で見たこの世界のことを教えてほしいと、そういうことか?」


 「はい、その通りです」


 真剣な視線を向けてくるリンの眼差しを受け止める。仮面を被った見るからに怪しい自分に対して、ここまで恐れもせずに話ができるとは、その内容も含めて評価を上方修正させるべきだろう。


 しかし、評価を上げたからと言って今の時点で関わるのはよろしくない。リンは知らないからだろうが、それはお互いの立場上、避けておくに越したことはないのだ。


 それに間違いは早めに正しておく必要がある。



 「あいにくだが、おれはお前らと同郷の者ではない。この世界に生まれて、この世界の人間として生きてきた」


 「それでは、この弓道場によく似た建物と、あなたが手にしている和弓をどう説明されるのですか!?」


 予想外の返事で気が動転してしまったのだろう。大きな声をあげる彼女を宥めるように手を振る。



 「それを語るのはおれの権限では今は無理だ。だから諦めて帰れ。そしてできるだけこの建物には近づくな」


 意味がわからないと言いたげな視線に対して、その答えを教えてやれるほど今は接触をしていい時期ではないのだ。だから、その答えを知っている人物を教えてやる。



 「答えが知りたければローランに訊け。黒い仮面の男を知らないか?とな。あいつならすぐに教えてくれるだろう」


 「ローランさんに……ですか?」


 察しが良い奴なら、ローランのことを呼び捨てにしたことで何かしら気付くことだろう。そうでなくても、ローランの奴なら訊かれたことくらいは丁寧に教えるだろうからわかる筈だ。


 もう用は済んだだろうと追い払うように手を振ると、思案気な表情を浮かべた彼女は一礼して弓道場を後にした。彼女が遠ざかっていく気配を感じながら、一つため息を吐く。


 予定にない勇者との、しかも彼女リンと接触してしまうとはどうにも今日はツイていないらしい。自分でもよくわからないモヤモヤとした思いを抱えたまま射を続ける気にはなれず、後片付けをゆっくりと始めることにした。




 ~とある奴隷暗殺者の手記より~


 不意に勇者の1人と遭遇してしまったが、これは致し方ない事故というものだろう。いずれにせよ関わることになるとはいえ、今はまだその時期ではない。


 彼女が弓道場に興味を示すことは可能性の1つとしてありはしたが、それは他の勇者に取っても同じことだろうから遅かれ早かれこれは起きたことなのかもしれない。


 ともかく、起きてしまったことはしょうがない。次、気をつければいいだけの話なのだ。ここには近づかないように言っておいたのだから、そう心配することでもないだろう。

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