勇者観察日記2日目
~勇者観察2日目~
今日は召喚した勇者たちが神器との適合試験を行うとのことだ。
正直なところ興味なんてない訳だが、万が一危険な神器に適合してしまった場合は自我を乗っ取られて暴れまわる、という可能性も捨て切れない。
その時に取り押さえる要員として参加するようにと厳命を受けているから行くしかない。
どうか何も起こりませんように、と願わずにはいられない。
~とある奴隷暗殺者の手記より抜粋~
「それで、適合試験は順調に進んでいるのか?」
試験開始に遅れること五分、宝物庫の入り口で中を眺めていたローランに声をかける。
「なんせ数だけは多いからな。適合者がいない分、溜まっていくのは仕方ないことではあるんだが」
「ここにある神器の適合者が見つかれば、異世界の人間に頼る必要はないんだけどな」
同じ気持ちを抱いているローランに合わせて、自分もつい愚痴を零してしまう。神器は絶大な力を発揮してくれる武器ではあるが、使用者を選ぶ性質も持ち合わせている。神器との相性が悪いものが手にしたとしても、その力は発揮されずにそこらの数打ちの剣にすら劣るものになってしまうから厄介だ。
「そう言うおまえは今日も変わらず魔武器の方を持っているのだな」
ローランの視線が腰の刀に注がれているのを感じながら、その柄頭を撫でる。
魔武器は神器に劣る性能しか発揮できない分、使用者を選ばない。こちらの方はハンターらが好んで使っているし、騎士団や軍でも積極的に採用している。
ちなみに自分が使っているのは極東の島国から輸入されたヒヒイロカネという希少金属を刀身に使っている。また、純度の高いマナ結晶を核に使用しているのでランクは神器の最低ランクであるAに次ぐBだ。これは魔武器としては最高ランクに位置している。
「おれの神器は常に発動しているようなものだからな。それに切り札として使えるほど殲滅力もないし、最初から武器として使えるこっちの方が便利なんだ」
「そういうものか。やっぱり、左腕は痛むのか?」
「普段はそうでもないが、こういう他の神器が近い場所だと疼くな」
神器の接合部である肩口が痛むのは今に始まったことではない。3年前の事件で左腕を持っていかれてから神器が義手の役割をしてくれているから、普段の生活や任務を全うするのに支障がないのは大いに助かっている。しかしその分、魔力を消費し続けているのでなんとも言えないところだ。
「そう言えば昨日はあいつらの召喚の時しかおれは立ち会っていないが、おまえは話をしたんだろ?どんな感じかだけ軽く教えてくれよ」
「直接話をした方が良いんじゃないのか?教皇のご下命で、戦闘指導はジョーカーが担当するんだろ」
「事前に情報を集めるのは任務を遂行する上で最重要項目だ。当たって砕けろなんて、おれがやったらマジで命にかかわるからやる訳にはいかないんだよ」
「いいから教えろ」と小突くと、やれやれとでも言いたげに肩を竦めてからローランは語りだした。
「先ずは勇者の中で最も魔力が多かったショーキからにしようか。見た目の特徴で言うならツンツン頭の奴がそうだ」
ツンツン頭の少年と言えば召喚された混乱の中、他の三人を代表して口を開いた奴のことだろう。
「ショーキは正義感が強そうな感じだな。魔族の侵攻によって人類が危機に晒されていて、人々が不安がっていると教皇が話したときは憤っていた。それ以上はまだ把握できていないから今後に期待ってことで次々行くぞ」
特に口を挟むことはないので頷いて先を促す。
「同じ男繋がりで次はユージだな。ユージは眼鏡を掛けている奴だ。彼はとにかく冷静に周囲の状況を観察していた。自分たちが置かれている状況を把握しようとしていたんだろうな。頭で考えて動くタイプのようだから、突発的な事態には弱いのかもな」
それは召喚時のことを指しているのだろう。冷静な男、という割には最初に動いたのがショーキだったから、そこから推測したのだと思う。
「次はユーカだな。彼女はふんわりした長髪で一番背が小さいのがそうだ。気が弱い方なのか、終始怯えた小動物のように震えていた。あれで戦場に立てるか不安だが、それは今後の訓練で見ていくしかあるまい。ちなみにユージとユーカは双子でユーカの方が姉なんだそうだ」
そこで一旦言葉を区切り、喋りすぎて喉でも乾いたのか?と思ったがどうも違うようだ。横目にローランの表情を確認したが、どう言葉にしたら良いか迷っている、という風に見えなくもない。
「最後のリンについては、自分の目で確かめた方がおまえにとってはいいのかもしれない」
「おい、それはどういう意味だ?」
「そのままの意味だ。おまえが彼女を見て、話をして、それで判断するのが一番だと俺は思っている。ほら、ちょうど彼らの適合試験が終わったみたいだぞ」
顎でしゃくって促された先を見やればショーキを中心にそれぞれが神器を手にして宝物庫から出て来ようとしていた。そんなに長く話をしていたつもりはなかったが、それなりに時間は経っていたのだろう。それか思ったよりも早くに適合する神器と当たったかのどちらかか。
ローランの言葉に思うところはあるものの、もうすぐ出てくるというのであれば見た方が早い。さすがにこの段階で顔を合わせる気はないので近くの柱の陰へと移動して気配を消す。
そうしてすぐに聖女マリアを含めた五人が宝物庫から出てきてローランと会話を始める。その内容は特に興味を惹かれることはなかったのでそれぞれがどの神器と適合したのかを観察する。
見たところショーキは聖剣として名高いエクスカリバーと適合したようだ。ここ数百年の間、適合者無しと言われていたから彼の勇者としての適性は高いと言わざると得ない。
次にユージとかいうのがブリューナク、ユーカが魔法杖のヘカテーと適合したようだ。
そして件のリンという少女。長い黒髪をリボンを使ってポニーテールにしたのがそうだろう。横顔しか見えないが、その顔にはどこかで見たことがあるような面影がある。そんな筈は無い、勘違いだろうと考えを捨てようとしたところでその手にある弓の神器、アルテミスを見たことで記憶が繋がる。
(バカな……。そんなことがあるのか?確か彼女には5歳年下の妹がいると言っていたが……)
彼女らの年齢については全員16歳だと聞いている。
(もし、彼女が生きていたならばそこから逆算して……っ!?)
導き出された答えはそのままに、どうしてもリンと彼女の関係を匂わせてしまうものであることに驚きを禁じ得ない。そしてその事実は自分にとってどうしても許容できないものだ。
(いや、まだ彼女の関係者だと決まった訳じゃない)
自分を落ち着かせるために心中で呟き、心臓が早鐘を打つように脈動するのをなんとかおさめようと深呼吸を繰り返す。ここまで動揺したのは何年ぶりだろうかと益体もないことを考えて気を紛らわせ、とにかく一度この場を離れようと移動を開始する。
その時にすれ違う人間から視線を感じたが、自分の隠形が全く効果を発揮していないことにも気づかぬまま与えられている部署まで戻った。
真っ黒に塗られた重厚な扉を開け、一番奥にある自分のデスクへと向かう。その際に部屋の中をざっと見回してみたが、戻ってきている部下は修道女コンビの二人だけだった。
「おや?部長、今日はやけに覇気が無いっすねぇ~。また教皇様にこってり絞られたっすか?」
「それは違うぞ、ロゼ。おれが教皇に何か言われたところで、今まで気にしたことがあったか?」
「それもそっすね。部長は何度怒られようとサボりを止めない姿勢は素直に尊敬してるっすよ」
にひひっと笑いながらそう言ったのはシスター・ロゼッタ。異端審問会第二部の部長に就任してから長い付き合いになる部下だ。年はだいたい21くらい。くりっとした大きな目、ニィッと口角を上げて笑っている表情を見ているとやんちゃな盛りのお嬢さんって感じだ。
さらにロゼッタの特徴を挙げるならばその髪だろう。ショートカットの髪は鮮やかな赤。毛先だけが黄色く染められているのを見れば想像するのは1つしかない。そう、リンゴだ。
しかし、彼女の頭を見てリンゴのようだなんて言ってはいけない。おれも一度、からかい気味にアップルヘッドと呼んだことがあるが、その時は鬼が出たかと思うほど激怒したロゼッタに半日ほど追い回された経験がある。
「先輩、そこは尊敬してはいけないのでは?」
「なぁ~に言ってるっすか、ティナ後輩。我らが部長様が率先してサボっているおかげであたしらもちょっとサボったりしてもお咎め無しなんですよ?」
「それがダメだと言っているんです。主はいつも私たちを見守っておられるのです。勤勉に仕事をこなしてこそ、主は祝福を与えてくださるのです」
両手をその豊かな胸の前で組んで祈りを捧げているのはシスター・ティナ。ロゼッタの後輩にあたり年は20歳。薄い金髪は背中まで伸びており、整った顔立ちはクール系美人と言っても差し支えない美貌の持ち主だ。
「はぁ~~信心深いのは美徳っすけどねぇ~~。これでなんでもかんでも燃やそうとしなければ完璧なんすけど」
「何をおっしゃるのです、先輩。燃え盛る炎こそ神威の証。主の威光を異端、異教の者どもに知らしめるには紅蓮の炎こそが相応しいのです!」
「しまった!また始まったっす!」
だが悲しいかな、誰にでも欠点があるようにこの真面目そうなティナ嬢にも残念な部分がある。それはとにかくなんでも燃やし尽くすことに固執することだ。魔法を使えば辺り一帯焼き尽くし、魔装銃を持たせればナパーム弾をとにかく連射して焦土を作り上げる。
しかもそれを恍惚の表情を浮かべて実行するのだから質が悪い。別に普通の武器を使えないことはないのだが、ちまちまやるのは性に合わないらしく、苛立ちが募って余計に手が付けられなくなるので殲滅作戦があれば積極的に参加させてガス抜きをさせてやっている。
ロゼはそのティナを上手くコントロールしているので組ませているが、それでも元が素行不良のヤンキーシスター。魔族と見れば嬉々として突撃し、血の雨を降らせるのを至上の喜びとしているような奴なのだ。それをティナは後輩の立場から先ほどのようにやんわりと止めたりしている。お互いがお互いを諫め合う関係からしても、こいつらはやっぱり組ませておいて正解だと確信している。
ただ、こうしてぎゃーすか騒がしいのはやめてほしいものだ。
「ほらほら、ちったぁ静かにしろ。それで、おれがいない間に何か問題はなかったか?」
「今のところ無いっすねぇ~~。第一部の調査班からも新しい異端審問案件は来てないっす」
「そうか、ならば良い。各地に派遣した連中からの定時連絡も大丈夫だな?」
「はい、そちらも滞りなく。報告書をまとめていますので後から確認をよろしくお願いします」
「わかった。よろしく頼むぞ」
こうして仕事は真面目にこなしてくれるからおれが楽をできていると言っても過言ではない。これで暴走さえしなければ、と思うがそれは仕方ないと諦めるとしよう。やる事さえちゃんとやってくれれば問題はないのだから。
「ああ、そうだ。おれはこれからしばらく勇者共に張り付くことになる」
「それは、その……教皇様のご命令ですか?」
「ああ、そうだ。教皇の命令だ」
「わたし達は立場上、あの日の真実を知っています……。ですが、それを知らない者たちからすれば部長はーー」
「そんなことは百も承知だよ。そして、その為のこいつなんだ」
忌々しい首輪をなぞり、嘆息する。信徒の信仰心を守るためとはいえ、ここまでしなければならないのかと思ったことがある。何よりも自分には信仰心なんてものはない。多くの人々が信じているアーク神がいるとも思えない。
「とにかく、おれはあいつらを陰ながら護衛することが主任務になる。あいつらが教会内にいるうちは放っておいても大丈夫だろうが、外に出るときはその限りじゃないからな」
「了解っす。でも、本当にそれは必要なんすかね?教会の最強戦力を勇者様たちの護衛に就けるって、過剰なんじゃないっすか?」
「確かにそうだ。だが、おれに拒否権はない。任を解かれるまでは頼むぞ」
「わかりました。お任せください」
「ああ」と頷いてデスクに置かれていた資料に目を通していく。任務の経過報告を流し読みし、問題が発生していなければ確認済みの判を押す。
次に異端審問案件として第一部から回ってきた資料に目を通す。そのどれもが異端審問と言いつつどこそこの教会の司教が汚職をしているとかそんなのばっかりだ。しょうもないと思いつつも確認して指示を出さないといけないのでサボる訳にはいかない。
それらの資料を流し読みして機械的に処理しつつ、思考はどうしても先ほど見た勇者の1人、あの少女のことに逸れてしまう。
なんとか考えまいとしながらも部署に関係する資料を読み切り、最後に残った全体向けの連絡書に目を通す。ほとんどがどうでもいいものだったが1つだけ、ハンターズ・ギルドから報告が上がってきていたモンスターの発見と討伐件数が増加していることだけが気になったくらいであとは忘れてしまった。
~とある奴隷暗殺者の手記より~
懸念されていた問題もなく、無事に神器の適合試験が終了した。だが、それは逆に彼らが帰りたいと言ったとき、貴重な神器適合者を素直に帰すと上が頷くことになるとは思えない。
彼らがどういう話を聞いて協力することになったのか、どんな考えを抱いているのかは知る由もないが、それでもその時がくればできるだけのことはしてやろうと思う。
明日からは戦闘訓練が始まるとのことだったので、訓練場に顔を出さないといけない。万が一ということもあるので、事故だけは未然に防げるように気を張っておかなければならないのは少し面倒だが、やる気を出していくとしよう。




