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勇者(異世界人)なんてお呼びじゃねぇから!~奴隷暗殺者の勇者観察日記~  作者: サツキ
この世界のことは俺らに任せてさっさと帰ってくれ!
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見習いハンターの長い一日ー1

 〜見習いハンターの長い一日ー1〜


 今日は弓の勇者の要請によって神器習熟訓練を行う。


 予定外の同行者も増えてしまったが、そこは追加の人員を確保することでリスク低減に努めたいと思う。


 ハンターズ・ギルドの朝の混雑を避けるため8時集合にしたのだが、それが良くなかったのかもしれない。


 いつだって想定外は起こるものだ。そしてこれは避け得なかったことなのかもしれない。だが、これだけは言える。


 このタイミングで剣と槍の勇者の実力評価をする筈では無かったと。


 〜とある奴隷暗殺者の手記より抜粋〜







 「おはようございます!ジョーカーさん!」


 「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


 元気よく挨拶するリンと丁寧に頭を下げるユーカ嬢。どちらも特に眠気が残っているようには見えないことから。体調はしっかりと整えてきたのだろう。


 感心感心と頷くものの、ちゃんと言葉にして確認しておくのは重要なことだろう。



 「ああ、おはよう。2人とも体調の方は万全か?」


 「問題ないです」と声を揃えて答えが返ってきたので良しとしよう。さて、集合予定時間は8時。現在は7時45分を過ぎた頃だ。5分前行動以上に先に来て待っていようという心意気の発露として好意的に捉えておくとする。


 そうでも思わなければこんなに気の進まない仕事をしようと思わないからだ。全く、おれはゆっくりと朝の惰眠をむさぼることに至福を感じると言うのに、どうして休日返上で働かねばならないのか!



 「それでジョーカーさん。今日はどういう予定なんですか?とりあえずこの間のシスターさんから受け取った服は着て来ましたが……」


 「一応、訓練用の服を用意した部署に服のサイズをロゼたちに確認させてから準備したが、サイズ的に問題は無さそうか?動きにくいとかあれば先に報告してくれ」


 「ワタシは大丈夫です。比較的ゆったりした服なので、いつもより楽なくらいです」


 ユーカ嬢はワインレッドのケープ付きワンピース。足元は無骨なブーツだが、少し視線を上げれば膝上のスカートの端に花の刺繍が施されており、可愛らしさをアピールしている。長い髪は首の辺りでリボンで纏められており、ワンピースの色に合わせたベレー帽がちょこんと頭に乗っている。



 「ユーカは可愛くて良いじゃない。わたしはユーカと違って私服というよりも戦闘服って感じだし」


 「可愛いだなんてそんな!リンちゃんだって凛々しくて、格好良くて、とても似合っているよ」


 「カッコイイって、女の子に対しては褒め言葉じゃない気がする……」


 どんよりと肩を落として落胆するリンに、なんと声をかければいいのか困っているユーカ嬢。あうあうと言葉にならない呻き声を漏らしているが、ユーカ嬢の評価は正しいと思う。



 「何よりこの中途半端なスカートとか意味わかんないし、なんで左半分しかないのよ」


 リンの言葉通り、彼女の腰元を見れば左足を覆うようにそこだけスカートが付いている。もちろん右足側は何もなく、ホットパンツから伸びる綺麗な脚はハイソックスに包まれてこちらも同じくブーツに収まっている。


 上半身に目を向ければ革製の胸当て、肩を露出して二の腕辺りでベルトを使って固定された袖が手の方に向かうにつれて袖口が広がっている服装をしている。正直なところ、その袖って意味あるの?と疑問を呈したいところではあるのだが、機能性を満たしているのであればファッションについては放置しよう。


 自分にファッションセンスがないからわからない。余計なことは言わないに限る。



 「左半分しかないのはおまえが弓を使うからだろう」


 つい口を開いてしまったが、言われたことを理解していないような表情を浮かべているリンへさらに補足してやる。



 「基本的に弓を扱う場合、左利きでもない限り弓は左手で構えることになる。ならば常に左半身を敵に対して向けているのはわかるな?」


 「あっ、そういうことか!相手の攻撃を防ぐために左側だけを重点的に防御してあるんですね!」


 「そうだ。ついでに言うと、こいつも関係しているんだが、まあとりあえずベルトにこのホルスターとポーチを付けろ。ホルスターが腰の右側、ポーチは左の背中側だ。すまないがユーカ、手伝ってやってくれ」


 「あ、はい。わかりました」


 リンには空のホルスターを渡し、ユーカ嬢には予備のマガジンが入ったポーチを手渡す。それぞれを不慣れな手付きながらつけ終わった頃を見計らい、自動式の魔装銃マギウス・ガンを取り出す。



 「こいつの扱い方はわかるか?」


 「えっと、あの、わたし銃は使ったことないんですけど」


 「なら説明するから覚えろ」


 二ホン人が銃という概念を持ち込んだのが最初だったから失念していたが、この武器も彼女たちの世界ではその存在が知られているだけで一般化されていないという。


 ならばわからないのも無理がないと思考を切り替え、手元が見えるようにしながら説明を開始する。



 「こいつが安全装置だ。こいつを解除すればトリガーを引くことができる。それでこいつはまだ初弾を装填していないから、このスライドを撃つ前に引くように」


 「あのっ、これが必要になることってあるんですか?今日はわたしの神器を上手く使えるようにする為なんじゃ」


 「もちろん、そうならないように注意はする。だが、こいつは万が一の際の保険だ。それに、装填している弾は当たった対象を感電させて動けなくさせる麻痺弾だからそれほど心配するものでもない」


 「いえ、それとこれとは別の話なんじゃ……」


 「そんなに心配するな。おまえたちのことはちゃんと守ってみせる。そいつを使うことはないさ」


 安心させようと思い、何気なくポンッと頭を撫でる。それが不味かったのか、ビクッと身を震わせてリンは一歩後退った。そして撫でられた頭を押さえながら、上目遣いで睨み付けてくる。


 その剣幕にウサギや猫が怯えながら威嚇する様を幻視する。だがそれもすぐに振り払う。無意識の行動とはいえ、自分みたいな怪しい風体の男から無遠慮に頭を撫でられれば警戒もするだろう。……自分で言ってて悲しくなってきたがそれはさておき、今必要なのは迅速な謝罪だろうと頭を高速回転させて答えを導き出す。



 「ああ、すまない。今のはおれが悪かった。だからそう警戒するのはやめてくれ」


 「あ、その、すみません。わたしもちょっとびっくりしただけで、決してジョーカーさんのことが嫌な訳じゃないんです」


 お互いに気まずい雰囲気になり、何を言えばいいのかわからなくて沈黙が場を支配する。ユーカ嬢が場をとりなしてくれないかと期待してみるが、おろおろとするばかりで頼りになりそうもない。


 これはミスったな。何か、かは今一つ判然としないがこの雰囲気はダメだろう。だが、どこにも空気を読まないバカ野郎は存在するものだ。この時ばかりは少しくらいは感謝してもいいだろう。



 「おはようっすタイチョー!言われた通り、ハンヴィーを調達してきたっすよ。もうすぐティナがこっちに回してくる筈っすから、もうちょっとお待ちくださいっす」


 「ご苦労、ロゼ。あと、その呼び方はやめろ。今日はいつもの任務じゃない。外回りの時はレイヴンと呼べと言っているだろう」


 「そうでしたっけ?以後、気をつけるっす」


 ビシッと敬礼してみせる我が異端審問第二部所属のヤンキーシスターことロゼッタは、本当にわかっているのかと小一時間ほど問い詰めたくなる。


 しかし、こいつが能天気な登場をしてくれたおかげでさっきまでの雰囲気はきれいさっぱりなくなっている。逆に突然現れたシスター・ロゼッタにどう反応していいか困惑しているようだ。



 「そういえば言っていなかったな。今日はこのシスター・ロゼッタともう1人、シスター・ティナが同行することになっている」


 「ロゼッタっす!気軽にロゼって呼んでくれていいっすよ。今日はよろしくお願いするっすよ、弓の勇者さまに杖の勇者さま」


 「えと、こちらこそよろしくお願いします。あの、わたしたちも名前で呼んでくれませんか?」


 「その、杖の勇者さまとか、気恥ずかしいと申しますか……」


 「わかったっす!リンさんにユーカさん。これでいいっすか?」


 「はい、それでお願いします!」


 どうやらすぐに仲良くなったらしい。きゃっきゃとはしゃぐ姿を見ていると10代の少女なのだなと改めて実感させられる。まあ、ロゼに限って言えばもう20代っと、女性の年齢について考えるのは不味いよな、うん。決してロゼが鋭い眼光を一瞬向けてきたからビビった訳ではない。そう、断じてだ。


 しかし、ロゼはどういうつもりなのか知らないが、あの装備はどうにかならないだろうか?


 背中に負っているのは水平2連装のショットガン。ジャケットの下にはショルダーホルスターが見え隠れしていることから、いつもの二挺拳銃トゥーハンドスタイルなのは間違いない。腰回りは弾倉が押し込まれているポーチがいくつもあり、極めつけは背中側に配置されたククリ刀だ。


 どこからどう見ても、いつも通りの強襲アサルトスタイル。護衛任務だと事前に伝えておいた筈だが、あいつはどこに突撃するつもりなのだろうか。我が部下ながら何を考えているのやら、なんとか理解しようと思ったが頭痛がしてきた。



 「それで?事前の連絡では勇者さまは2人だけだと聞いていましたが、直前で変更でもあったっすか?」


 「なんだと?」


 痛む頭を押さえていると、突然訳のわからないことを宣ってきたロゼを睨み付ける。「だってほら、あそこ」と困惑顔で指さされた方を見てみれば確かに、残りの男勇者たちが歩いてくる。ついでに聖女マリアが剣の勇者に愛想を振りまいているのも確認できた。



 「おい、マリア。おまえが同行することは聞いていたが、そっちの2人については何も聞いていないぞ。ただの見送りか?」


 「いえ、違いますのジョーカーさん。実はショーキさんたちも今日の訓練に参加したいと急遽申されて……。別に問題ないですよね?」


 大有りだバカ野郎!と怒鳴り散らしたくなるのを寸でのところで我慢する。丁寧な言葉遣いも悪寒が走って仕方ないが、猫かぶりをして良い顔を見せたいのなら勝手にすればいい。だが、それは別の、おれの目の届かない場所でという条件付きだ。



 「もちろん却下です。弓の勇者さまは教皇さまより依頼があったので引き受けました。杖の勇者さまに関しても同じく教皇さまより許可が下りましたので、止む無く参加を許しております」


 素気無く却下され、マリアの顔が面白いように紅潮していく。あれは怒っているのだろうか?それとも意中の人の前で自信満々に言ったことをすぐに拒絶されたことによる羞恥故だろうか?まあ、そのどちらも、ということも有り得るだろうが知ったことではない。



 「それに例え許可が下りたとしても、そこの未熟者2人を連れていく気はありません。2人でさえ追加の護衛をつけているのです。負傷率の高い前衛2人の面倒を教導しながら見るなど、論外としか言いようがありませんな」


 未熟者、さらには足手まといとでまで言われた2人の表情もみるみる変わっていく。ユーカの双子の弟だというユージはまだなんとか表情を取り繕おうとしているだけマシだが、ショーキの方はどうも違うようだ。



 「黙って聞いていれば未熟者だとか足手まといにしかならないとか散々言ってくれるじゃねぇか!お前みたいな変な仮面をつけた奴にリンやユーカを任せろって?そっちの方が心配に決まってるだろうが!」


 「だったらどうする?お前たちが未熟なのは変わらないぞ」


 存外にまともなことを言うものだと感心する。確かに右も左もわからない異世界で、女の子をこんな怪しい男に任せる奴はいないだろう。そこだけを見れば男気があって仲間思いの良い奴だと判断できるが、実力差もわからないひよっ子であることは変わらない。それに引けない一線はこちらにもあるのだ。


 だが、それでもこちらの言葉を待っていたのか、「どうする?」という言葉に反応してニヤッと口角を上げたのは見逃さない。あの笑みを浮かべるような奴は、大体次の言葉は決まっているものだ。



 「勝負しろ!俺たちが勝ったら一緒に連れて行け。負けたら大人しく引き下がってやる」


 ほらな。予想通りの答えが返ってきた。これが俗に言うテンプレなるものだとしたら、人の身にならざる者の意思が介在しているに違いない。それが神様かどうかは知らないが、この時ばかりはその存在を認めてやってもいい。



 「そっちの槍の勇者も同じ考えか?」


 「ああ、ぼくもショーキと同じ考えだ。それに姉さんをお前なんかに任せられるか。姉さんはぼくが見ていないと本当に心配だからな」


 ローランが冷静沈着と評した槍の勇者ユージに期待したが、どうやら無駄なようだ。というか単に彼がシスコンなだけなのかもしれないが、ここは早めに姉離れさせてやるとしよう。


 「おお!?面白くなってきたっす!」と無邪気にはしゃいで煽るロゼを視界の端に追いやり、面倒なことになったとため息をつく。今日は訓練も休みとは言え、こいつらの管理くらいローランがしてくれればいいのにとこの場にいない人間に悪態をつくなどという無駄な思考が頭を過ぎる。



 「とりあえず、勝負方法次第によっては善処しよう」


 考えるだけで、許可を出した訳ではない。それにどうせろくでもない勝負方法にしかならないだろうから、適当にあしらって後の訓練に差し支えない程度に痛めつけてやるとしよう。


 決して日頃のストレス発散の口実ではない。


 断じて、そうだともう一度言っておこう。





 ~とある奴隷暗殺者の手記より~


 こうして図らずも剣と槍の勇者2人の実力を試す流れになってしまった。いや、おれの立場から言えば実力を試すことなのだが、彼らに取ってみればこれは初めての決闘ということになるのか?


 とにもかくにも、世の中はなるようにしかならないようにできている。


 避け得ないことであるならば、正面からぶつかるしかあるまい。

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