96.782点『あなたの歌に、みんなが聞き惚れるでしょう』
友人とカラオケオール中に書きました。
初投稿です。
彼女はいつも僕のところに来る。
僕はそれを、いつも待っていた。
僕の家は、小さな田舎村の唯一のカラオケ店だ。
主人が個人経営しているここは村人の数少ない娯楽の場で、毎日のように誰かが遊びに来てくれる。
もちろん、友達同士か家族連れかで、一日に一組か二組でしかないけれど。
僕は村人全員の歌声を聞いている。
彼女は最初、両親に連れられてやってきた。ただ喋るのすらあどけない声で、たどたどしく歌いきった童謡は、ほかの子どもと大差ないものだった。
「はる、おうたすきー!」と、とても楽しそうに歌う姿は、なんとも微笑ましくて。
彼女はそれからもときどき家族と共に来た。弟も一緒に来るころには、お喋りは達者になって、歌う曲も童謡から子ども向けアニメのものに変わっていた。
このころから既に、僕は彼女の歌を楽しみにしていた。
幼さは残るけれど、だからこそ透き通る歌声は、もうほかの子どもと違っていた。
だんだん彼女も大きくなり、家族とではなく友達と来るようにまでなった。子ども向けアニメはもう歌わない、ナントカってグループの曲を友達と一緒に歌う。本来は男性が歌っているものを、友達は地声のまま音程もぐちゃぐちゃなのに、彼女は高らかに歌い上げる。彼女一人であれば絶対に高得点を出すのに、なかなか友達は歌うのをやめなくて。
そんなときでも彼女は楽しそうだから、もうしかたない。
いつしか彼女は、男と親しげに、二人きりで歌いに来るようになった。
男は友達と違い、彼女と一緒には歌わない。彼女だけの歌声、僕がずっと望んでいたものは、望んでいた通りに耳に心地よい。
彼女はときおり歌うのをやめ男とくっついていたが、そのときの声も女性ナントカの曲をなんとも言えないくらいに歌ってくれるから、僕のお気に入りとなった。いちばん幸せなときだった。
ところがそれから、彼女はぱったり来なくなった。なんでも村から出ていってしまったらしい。もうあの歌声を聞くことができないのか…たとえ彼女の次にうまく歌う人がいても、もう僕の一番は彼女のものだけだ。これまでの幸福から一転、まるで世界は灰色だった。
彼女がいるとあんなにあっという間に時が過ぎたというのに、彼女がいなければ時の流れがわからない。あぁ、僕はいったい、何をすればいいのだろう?
僕はついに壊れてしまったんだろうか。
「あー、久しぶりすぎる!」
「ほんとにね!春菜もっと帰ってくればいいのに!」
「だって遠いんだもんー」
どこか掠れたその声は、焦がれてやまない彼女の声だ。
けれど歌声は、僕の望んだものとは違い、声に伸びがない。
もう僕は、想像のなかですら、彼女の声を思い出せないんだ……
「やばいーアルコール!声出ないよ空気足りない!」
「とにかく歌えー!」
何曲か流れたころ、僕は――
彼女が家族を連れてきた。彼女はもうあまり歌わない。彼女の娘がマイクを握っているからだ。僕は思い出した。彼女の母親も、彼女と共に来たときにはあまり歌わず、そして彼女が友達と来るようになったころには、ぱったり来なくなったことを。男ならときどき掠れた声で歌いに来るけれど、女はなかなか来ない。
きっと彼女も、近いうちに歌いに来なくなってしまうのだろう。
いつかのように、また灰色の日々が続く。今度は永久に。
心の準備をしておこう。だからどうか、最後にもう一度、きみの歌を聞かせてほしい。文句なく最高得点だ。
僕もそろそろ寿命らしい。これは本当だ、代替わりした今の主人が僕を撫でて、そう言ったから。
予想通りあれからずっと灰色の日々だったけれど、つまりは灰色を感じられるくらい、彼女の歌は僕の世界を彩っていたということだ。最近になってやっとそのことに気づいたのは、もしかして走馬灯というものなのかもしれない。
今日の客は両親に連れられた幼い少女だ。いつかの彼女のように、とても楽しそうに童謡を歌っている。まだあどけない声で。
「まま!はるのおうた、どお?」
「うん、とっても上手よ、明香」
「へへー。はる、おうたすきー!」
僕はそろそろ寿命らしい。だけど最期に、僕の世界は鮮やかに染まりそうだ。もう少し、あと少しだけ、がんばろう。
あどけない歌声が、何よりきれいなものに変わるまで。
精密採点が友人に出したコメントからうまれました。