エンパーミング
死
それは終わりの象徴
死を纏う者
それは死の尊厳の象徴。
「………まさか食材を採取した時にここまでの見事な手腕を見るとは思いませんでした」
「………未知の料理人である[黒の料理人]にそう評価されるのは嬉しい事だね」
オレンジ色のポニーテールの美しい女性はにこりと笑い白衣を着直す。
「………人を活かす料理人にはこの場所は合わないんじゃないのかい?」
幻夢の森。
中央大陸に位置する未だ戦いが終わらぬ大地。
煙草を吸う一人の女性。
「………僕も元々は死の場所にいましたから」
「………そうかい」
巨大な原生林の下に寝かされるのは縫合され綺麗にされた死体と判別できないほどグシャグシャにされた死体。
「………どいつもこいつも死に急ぎやがるね」
「………だから貴女が居るのでしょう、[安らかな解剖医]ゼファー=シルベリア」
「死体を継ぎ接ぎだらけにする医者には過ぎた名前さ」
ゼファーは肩を竦める。
「………美味いね」
簡易テントの中でお手製の蟹汁ときのこご飯を食べながらレイとゼファーは話す。
「………今日はどちらの軍が?」
「今日は北かな?」
「相変わらずなようで」
「ここは稀少種が多いからね、武具に加護を与える」
ゼファーは汁を啜りながら応える。
「海はないはずだが?」
「川に群生する特殊な蟹なんですよ、そのまま名称は川蟹、身も詰まっていて汁にするにはもってこいです」
「なるほど、おいしい」
ゼファーはにこりと笑う。
「………何人死にました?」
「軽度損傷が100、重度が20、要重度が400、蘇生可能が5か」
「先駆けにしたら多いですね」
「命の価値を軽く見られてるのさ、懐は潤うからいいがね」
レイにゼファーはにこりと笑う。
「………貴女は金のためには動きませんよ」
「………何故そう思う?」
「死体修復できるほどの医者は限られる………基本は土葬か火葬かですからね、そして修繕費やそれにかかる労力を考えれば白金貨3枚はかかる………が貴女は銅貨1枚という価格で提供している」
「おかげで同業者には文句言われまくりだね」
「それでも敵がないのがゼファーの良い所です」
「戦うのが面倒なだけだよ」
「闇帝の貴女が?」
「意地が悪いね」
「たまにはいいじゃないですか」
レイの言葉にやれやれと呟く。
「………尊厳というものがある」
ゼファーは静かに語る。
「レイ………君が料理に味や気品を求めるのと同じように………」
レイの目を見る。
「死にはその人の生きざまがある、なればきちんとみせねば失礼だろう」
ゼファーは食べ終わり煙草に火をつける。
「欠損部分があればそれだけでその人の器が損なわれる、意味を失くしてはいけない、命という意味を人生という生き様を」
ゼファーは煙を吐く。
「私の名前は古代語の[希望]という意味からもらっているそうだ、ゼファー、古代の言葉で希望という意味を持つ………ね、でも私はこの名前が嫌いでね、幼少の時には何故死体いじりの家系のくせになんて思ったものだよ」
ゼファーはにこりと懐からウイスキーを取り出す。
「………父も母も嫌いだった、私と遊びもせずに死体の修復なんぞにかまけるな、だが私もそれでしか生きれなかった、だがある時事件が起きてね」
ゼファーは遠い目をしながらにこやかに話す。
「当時敵国の間者だった父の親友が自分の愛する妻の亡骸を連れてきて、父に懇願したのだ、[どうか妻の尊厳を護ってくれ]と」
レイの目線を受けながらゼファーはウイスキーを呑みこむ。
「勿論、私が十代の頃か、まだ戦争後の膠着状態が続いていたものだから、勿論我が国は最初誰もが彼の願いを否定した」
懐かしむようにほっと一息すると言葉を続ける。
「だが父は[例え敵であろうとも、私と彼の間の永久の友情は壊せず、また死についての意味を失くしてはならない]と告げて彼女の修復を快諾したのだ」
ゼファーは肩を竦めて煙草を灰皿に潰すと愉快そうに笑う。
「我が父ながら理解のできぬ人だと思ったが………ある言葉を聞いてはっとなった………[敵だ味方だの意味はなく命という亡骸を尊厳として見る事のできるのは知性ある生物だけだ、ならば懸命に生きたその命の器を修復するのは我等の仕事、死の理の中で生きる我等の理念、些事など捨て置け]」
ゼファーはやれやれと言葉を告げる。
「父曰く敵だとしても味方だとしてもそこに尊敬の念を抱く意味はあるし、死んだならばその仇も忘れる事はできる、なれば人としての最後の姿は最良の技術をもって形づくってやろうと言う事だ、故人の尊厳と姿が残れば最愛の者は最愛の別れを告げれる」
「父は私にいってね………[ゼファー、君の名前は希望からきている、それは死を扱う我々にとって縁遠いものではあるが死という最後を形にすることで我々は多くの人を救える、私はこの仕事を誇りに思っている、娘である君に対しては違う道を薦めるが………どうする?」
「それでどうしたんですか?」
「見ての通りだよ、私もしがない医者だよ、解剖し、修復し、死体を生前と同じようにするというね」
「………なるほど」
「ほう、レイ君にはどうやらわかるようだね」
レイはにこやかに笑う。
「ええ、死者に必要なのは尊厳という希望、生者に必要なのは癒しという希望ですね」
「それだけではないんだな」
「意地が悪いですね」
「何、今に教えるさ」
ゼファーはにこにこ笑い。
「良い男に対しては秘密ぶりたいのさ」
「………釈然としませんね」
「君はその美味い料理で笑顔を産みだせばいいって事さ」
「帰結の仕方がわかりませんね、そういえばなんで闇帝に?」
「ああ、ただ単純に副業の闇医者と闇ギルドで稼いでたらね」
「色々つっこみどころ満載ですね」
「まあきにしない」
ゼファーはにこにことまた笑う。
「まあここでの仕事も終わったし北に少し折檻をしてこようかね」
「お手伝いしましょうか?」
「そうだね、たまには命がある相手と居たいものだ」
「………やれやれ手ででも握りますか?」
「それがいいな、ぬくもりを是非与えておくれ」
レイはゼファーの手を握ると
「貴女は美しいですよ、ゼファー」
「ありがとう、君ほど無垢で凶悪な魂にはあったことはないよ」
「それはほめてるのですかね?」
「ほめてるのさ」
そう言うと死体と共に
ゼファーとレイは消えた。
三日後
「………すげえ北の大国レジェイド壊滅だって」
ガイの言葉にレイは静かにコップを拭き
「………罰が下ったんですよ、死を護る者のね」
「怖いな、それ」
ガイはそう言いながら珈琲を飲み干す。
「たまには大きな事件もあるものさ」
「ゼファーも珍しいな街に来るなんて」
「私も想い人くらいには会いに来るよ」
ゼファーはにこやかに紅茶を飲む。
「そういやお前等朝帰りだよな」
「野暮はよしなよ」
笑い声が響く。