0章―9頁
久しぶりの更新です。
http://listenonrepeat.com/watch/?v=yvrTmzzGwu8#2CELLOS_-_Technical_Difficulties_%5BOFFICIAL_VIDEO%5D
↑を小さい音で聞きながら読んでいただくといいかんじです。
リンク貼れないのですが、よかったらURLコピペとかで聞いてみてください。
あとがきに本頁の語彙解説あります、さきに読んでおきたい方は是非あとがきの方からどうぞ。理解して読む……そういう姿勢、嫌いじゃないぜ。
【null-neun】
ぴたっ、ぴたっ、と、屋根から雨粒の落ちるののように、刺叉より血が滴る。
数滴、オレーグの頬へ落ち、顎へと伝う。
その光景はなにか、罪人を粛清する聖性のシンボルを感じさせる。さしづめ「かれ」とは「断罪の者」だろうか。それは《翳り纏い》ではなく《廃深》カナスの領域だが。
かれの『相棒』たる刺叉には、今夜の『特別仕様』とは別に、いくつか特殊な仕掛けが施されていた。
その一つが、『トライデント』――ある一定閾値内の電流の通電により、刺叉のU字金具と持ち手である二メートル超の金属棒とを繋ぎ、固定する金具より、二十センチ程度のスピアが飛び出る、という兵装だった。起動した時の刺叉のシルエットが三つ又の槍になるところから、トライデントという。
かれの、もっとも頻繁に頼みとする、相棒の力だった。また別の閾値の電流の通電によりその刃を引っ込め回収する機構も併せ持つ。
ふっ、と息を一つ吐き、吊し上げた男を投げ捨てた。再びリングが淡く発光し、カシュンという音とともに刺叉から突き出たスピアが格納される。
「あとは……二人か」
一つは、戦意も喪失したようで、拳銃を握ってこそいるものの、もはやこちらへ向けようともしない。あぁなってしまっては手に掛けるのも気が引けるので『掃除係』たちの仕事にしてしまいたいところである。
ところが。
「ひっ、ひいぃぃいいい!」
用心棒だろうと犯罪者組織だろうと、それらに属する人間から聞くにはずいぶんと情けない声とともに、へたりこんでいた男が立ち上がる。銃も捨て、全力でこちらへと駆けてくる。
「お」
そいつぁいい。死を覚悟する状況でも、向かってくるのは悪くない。心折れ、抵抗の意志もなく怯えに喰われる臆病者は、かれのもっとも嫌うもののひとつだった。
たとえ死が確定していたとしても、それに抗う姿勢は――、
「――あ?」
男は、攻撃の姿勢もないままオレーグの脇を猛然と抜け、かれのぶち抜いた入口を目指して一目散に駆けていった。
「や、やってられるかよ! こんなき、危険なこと! 死ねって言われてるようなものじゃねーか! 神聖国の聖職者相手に、人間が勝てるわけが――」
だが、そのセリフは、最後まで続かなかった。
乾いた発砲音。
オレーグではなかった。そのさらに奥、それまで戦闘をいらだたしげに眺めていた、相手方のボスが、彼の後頭部を正確に打ち抜いていた。片手で構えた拳銃の銃口からわずかに煙が上がる。
「全く反吐が出る、使えん上に臆病な部下には反吐が出る! おォイ用心棒! 高い金払っているんだ、呆けていないでさっさとアイツを排除しろ!」
喚き立てる声。
……射撃の腕だけは、見事だな。
賤しいものを見たような目つきでマリオストの方を眺めるオレーグの前に、男が一人ふらりと歩む。用心棒と呼ばれた男。
ティスフィア人だ。
宝石にも似たプラチナブロンド、透き通るように青白い肌、それらだけでは断定には足りないが、双眸の中に煌々と輝く、力を秘めた美しい青碧の瞳はまさしくヒシュター三大国が一角を担うティスフィア皇国の民のそれだった。珍しいことに彼はベラウエ――右目を眼帯で覆っていた。
実に無駄な力みの無い、一つの清流のような佇まいだ。その端々に実力者特有の気配が滲む。
ティスフィア皇国では、碩学は祆火と呼ばれる
そしてその祆火と言えば、かれの祖国である神聖国の祈蹟とも五雲連邦の碩学ともまた違った様態を為す。
「よう、あんた、始末屋のオレーグだろ? ここいらじゃ『名無しのオレーグ』なんて呼ばれて、化け物みてェに強いとも聞きゃするが……」
妙な姿の男だった。年は二十歳を過ぎるか、下手をすると過ぎないぐらいか。変わっているのはその身なりだ。
茶革のサスペンダーで釣った細身な黒のオーバーオールに(とはいえどそれはハイウェスト程度の高さまでしか胸当てのないものだったが)、糊の利いた白いカッターシャツのその姿はティスフィアをよく知らないオレーグから見ても、どうにも古風なものだった。その上から、夜闇にも負けぬほど昏く塗り潰された漆黒のマントを纏っていて、それが妙なのだ。
ミスラスを「我々の掌の内で燃ゆる煌々たる火」とする彼らは、それを扱う彼ら自身がその火を汚すことのないようにと、好んで白を身に纏うように風習づけた。中でも、どんな衣服の外にでも纏う白のマントは慣習の一部になっている。
それを目の前のティスフィア人のアリアー(ティスフィアではミスラスを扱う者をそう呼ぶのだ)は、纏っていないのだった。あえて黒を纏う利点はなにかあっただろうか。
「その噂が本当か、確かめてみたかったんだ。お相手願うぜ、《ロード》オレーグとやら。俺はティスフィアのナディウス。あんたは長槍使いで俺は剣士だ、近接志向同士で遠慮はいらねェ、全力でいっちょ頼むぜ。後腐れの無いようにしようや」
「……口数の多い奴だな。アリアーってのは皆そうなのか?」
オレーグは特に構えを取るわけでもなく、泰然として言葉を返す。
皮肉であるが、かれがあまりアリアーとの戦闘の経験を持たないのもまた事実だった。
「まぁ俺はその中でも特別うるさいアリアーかもしれんね、師にもよく小言を言われたぜ。どうしてそんなことを聞く?」
「あぁ、いや、なんだ、大したことじゃないが……」
フードに覆われた下、翳りの奥にわずかに覗けるオレーグの口元が大きく、獰猛に笑んだ。
「これから先で戦うやもしれないアリアーが皆そうだとすると、ちと憂鬱だ。口だけは達者、というのではどうにもつまらないだろう?」
「なるほど。どうやらあんたはあんたで、冗長がお好きのようだ」
ティスフィアのナディウスと名乗った男が左目を細める。右目の様子は眼帯の向こうでうかがえない。つぶれているのか、何かしらのミスラスの触媒にしているのか。
どちらにせよ右半分の視界が相手にないのであれば、そこを狙うのは定石と言っていいだろう。
そういえば。
「……ところでこいつは、長槍じゃねぇ、刺叉っていう、立派な武器なのさ」
本頁の語彙や設定についていくつか解説させていただきます。
【ティスフィア皇国】世界語彙
ヒシュター地方東域から魔族との限界領域線までを領有する東の大国。西に神聖国ヴァイデンラーデと、山脈を挟んで南に五雲連邦と隣接しヒシュター三大国の一角を担う。魔族と領土線を接しており、領土を侵される危機感を常に抱いていたこの国では銃などの、軍事力発展を目した科学技術が他国より一早く花開くこととなった。その本格導入の歴史はA.A.以前までさかのぼる。
また、碩学の伝来が起こった際も、後述の祆火として、軍事利用を前提としての導入が行われ、様々な実験部隊等が戦争時代には戦果を上げ、ミスラスのシステム的な軍事導入の基礎を築いた。第二次ヒシュター戦役においても、ティスフィアの築き上げた軍事的碩学運用理論は獅子奮迅の活躍で数多の天使・天累の血を流すことになる。
それらの経歴から『軍国』と揶揄されることも少なくないが、ティスフィア皇国とその国民が築いた力は『ヒシュターの盾』としてヒシュター半島を幾度となく外敵の脅威から守ったという事実もある。
【祆火】人類語彙
ティスフィア皇国において碩学は『ミスラス』と呼ばれる。「原初にして根源の火」という意味がそこには込められており、碩学というものを「我々の掌の内で煌々と燃え広がる大きな火のようなエネルギー」と解釈したティスフィア碩学体系の独自性が見える。
体内の血管壁内に存在する常在菌が生成する魔力を、エネルギー体『ミスラ』へと変換する。このエネルギー体『ミスラ』の取り扱いによって生み出される種々の魔法的現象をティスフィアの民は『ミスラス』と呼ぶのである。
また、ミスラスの使い手は国内では特に『アリアー』と呼ばれる。
現在ティスフィア皇国碩学体系において主流を占める大きな二つの学派が存在し、それぞれ『ミスメリア源碩学』と『マクヴェイン現象碩学』という名のもと、祆火を学ぶ者達は教育を受ける過程で本人の資質に見合う形でそれを修め、独自に深めていくのだ。
【ちょっとした補足を……】
本頁を、内容、あとがきともに読み終えると、次のようなことを疑問に思われる読者様がいらっしゃるような予感がします。
「碩学ってこの世界での魔法の別名っぽいけど、五雲が使ってる魔法の名前が碩学なのに、人類全般で使う魔法も碩学っていうの?」というような。
あ、そんな細かいところまで気にしてねーよ、って?
まぁいーじゃないの。
……実は一応そうなるに至った経緯がありまして。
A.A.という年号が成立するより以前、つまり大乱時代(魔族と小規模な領土戦争的小競り合いを日常的に行っていた時代)の頃なのですが、この頃には、魔法を持つ者はほとんど全くと言っていいほど人類の中には存在していませんでした。ティスフィアが実戦配備していた銃器が魔族への唯一まともな有効打として機能していました。実際に一部の精鋭部隊に配備されていたズィーガーN2というボルトアクション式の試作ライフルなどは、魔人や卑竜種をも打倒したそうで。
ところが、戦争が中間期に入った頃に、ヒシュター地方の人類の中に、まるで魔族の使う魔法のような力を示す者達が現れ始めました。それは魔人と呼ばれる、魔族内の支配階級者達の使う魔法から比べれば随分と稚拙なものでしたが、それでも確かに魔法でした。何故か当時は戦火で家や身寄りを亡くした戦災孤児や軍人、戦争犯罪者などに多く発現し、「魔族と近く接したことなどである種の共鳴効果のように触発された、もしくは生存本能的な無意識領域を絶大な外的脅威に刺激されたことにより、魔法を扱えるようになったのではないだろうか」という仮説の下、これを研究する機関が三国間で発足しました。
しかし、ティスフィア皇国は拡大する戦線を押し戻し維持するのに手いっぱいであり、ロクな支援協力もできずにいました。片や当時のヴァイデントラーデはまだ神聖国という名の国家が樹立するより以前、ヴァイデン共和国という名前であり、国家は戦争に乗じたクーデターにより瓦解の危機に瀕していて、到底研究協力という状況ではなく。
必然的に、多少余裕があり、かつ学問研究には秀でていた五雲連邦が主導となって、魔法使いと言うしかないこの一連の超常的な力を扱う者達を研究しました。まずは、外敵である魔族たちの使う「魔法」というのをそのまま名前として使うのもなにか癪である、ということで、それに替わる名前が求められ、協議の果てに生まれたのが、「人類の扱う魔法に近似した超常的能力の名称」としての『碩学』という名称です。
さらに戦争が行われ、天からは地上を追われた魔族のなれの果てである天累までもが飛来して泥沼の戦争時代となったころ、碩学周辺のメカニズムはあらかた解析を果たされ、資金援助などを行っていたティスフィア皇国、神聖国ヴァイデントラーデ(『教皇』と呼ばれた碩学者とその臣下として働き『初めの司祭』の名を賜った碩学者たちの働きにより、長きに渡るクーデターは収束し、神聖国として国家樹立を果たしました)、研究を主導した五雲連邦の、ヒシュター三大国へとそれぞれ研究成果は持ち帰られ、その国独自の形で発展していくこととなりました。
その一つが五雲連邦の、独自にさらに研鑽を深めていき、「この世の真理の核心に触れるための数式」という定義を持つに至った『碩学』である。
その一つがティスフィア皇国の、血中物質をエネルギー体『ミスラ』へと変換し、それを種々の発想で戦闘等に持ち込むという、『ヒシュターの盾』としての碩学の有り様の強化を求めた『祆火』である。
その一つが神聖国ヴァイデントラーデの、祈りという『儀式的碩学』により全衆民の魔力を「人と神の橋渡し」である教皇の御許へと集め、それを引き出すことで「神より許しを得て神意の代行者として奇跡という形で振るう」という独自の教義を見出した『祈蹟』である。
ってことです。
すごく長くなった。疲れた。
ここまで読んでくれる人いたらとても感謝です。本編よりあとがきの方が時間かかりました。