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ロード・オレーグ 【魔界を往く者】  作者: 古村 銀
第0章―此方、錆びついた風見どり
8/12

0章―8頁


http://listenonrepeat.com/watch/?v=51ZoQmsRrPc#Darker_Than_Black_OST-_Total_Eclipse


PCで読まれる方は、上の曲を聞きながら読んでもらえるとなんとなく臨場感があっていいやもしれません。

筆者の大好きなDARKER THAN BLACKの劇中曲です。雰囲気がぴたりとハマります。

リンクの貼り方がよく分からないのでURLをコピーしてアドレスで検索してもらえれば幸いです。



【null-acht】



「く、くそッ、なんなんだ! なんなんだよ畜生!」


 苛立ちの強く滲んだ声音で敵の一人が叫ぶ。

 だがそんな声はもとより、慈悲を乞う言葉さえも、かれには届かない。


「こっちは、こっちは銃で武装して八人もいるんだぞ、なんなんだ! くそッ、死にや――」


 言葉は最後まで続かなかった。

 声のした方へとオレーグが、刺叉をぶん投げた。この視界を巡らせる余裕がない状況で、この狭い倉庫の中、それほどの声を発せばアホでも居場所はわかるし、狙うこと程度造作もない。果たしてすさまじい力でもって放られた刺叉は一直線に的の頭部へと突き進み――数メートルの距離を埋めて男の眼球を押し潰した。頭蓋までめり込んだのか、男が仰け反り倒れても刺叉は抜け落ちもせず、綺麗に直立する。

 激しい叫び。痛いのだろう。叉の部分があれほどのスピードで直撃すれば、失明も起こりうる。


 ……いいぞ、大声で叫べ、喚き叫べ、痛がりは恐怖って疫病を伝染させる最高のヴァイラスだ。


「……ひィぃっ」


 その最も近くにあった障害物などは完全に固まってしまっている。当然の恐怖だ。かれを狙う周囲の銃撃の精度にも目に見えて精度が欠けてきた。恐怖が、伝染しつつある。

 闖入者の登場から瞬く間に三人やられ、こちらはまだ一発たりとも当てることが出来ていないなど、もはや悪夢の領域と言っていい。

 そして心に染み入った怯えを見逃すほど《ななしのオレーグ》の目は曇ってはいない。

 申し訳程度にアサルトライフルをこちらへと向けていた臆病の患者に、瞬く間に擦り寄った悪夢は、ぴたりと障害物の前に止まりその喉首を左手に掴み取る。


「あぁあ……こ、殺さ、殺さないで……ッ!」

「悪りィな」


 それは何に対しての謝罪だろう。

 ばたばたと、憐れにもがく障害物の喉を、なにか鋭いものが貫通した。首を抜け出てうなじより突き抜いたのは、細長く円錐状の、角のような白い何か。

 ……『名も無き凶刃』ミューエローゼ・オプスクーア

 神聖国の物とはまた違う、タリスマンの輝かぬ、彼自身の『碩学』だった。

 肘より手のひらへと延びる手首の骨皮の細胞を変性させ、円錐状に最大二十センチ程度の長さの「骨の角」を精製する、という、暗殺などに特化した音も無き刃。突き出る速度、形状、大きさなどにも自由が利き、即席の刃として扱うことも容易い、実に利便性に富んだかれのもう一つの相棒だ。貫くだけ貫いて、またかれの体内へと戻っていく。


「え……」


 手を離された障害物が仰け反り倒れてゆくのを見送りもせず、その口腔より噴き出した血泡が自身のお気に入りのブーツを汚すよりも早く、再度刺叉を引っ掴んだオレーグ。


 ……これであと半分、邪魔な飛び道具もずいぶん減らせたな。


「うぉぉおおおぉぉおおわあぁああぁあああ!」

「あ?」


 駆除対象の一つが、持っていたライフルを捨て大きな声を上げて向かってくる。デカい割に速いのは速い、が、唯一残っていた連射の利く銃火器を捨ててきたことには呆れるよりない。

 《遍く深き翳り者》を起動している最中はまだ、ライフルの方が圧倒的に、拳銃などよりは脅威になる。だからこそ、ライフルを持っている障害物から倒していっていたのだが。


 ……バカ、なのか? ……武器は、ありゃ長剣の類か。


 一瞬考える。残っているのは拳銃を持ち、畏れに支配された雑兵が二人と、未だ動く様子を見せない壁際の一人(大方こいつは碩学者と見て間違いないだろう、とオレーグは推察していた)のみ。もはや敵戦力は話にならないほどだ。そも話になっていたかは怪しいが。


「相手してやるか」


 畏れに、味方を撃つ危険性まで混ざれば、もう余程のことがない限り、残りの者も銃は打てない。

 戦意の封殺はすでに完了していた。

 相変わらず大声を上げている馬鹿に向き直る。そいつは、袈裟がけに思い切り叩き斬るつもりなのか、大上段で振りかぶったまま向かってきていた。あわよくば刺叉ごと叩き斬ろうという算段なのだろう。


 ……馬鹿だが、恐怖に食われつつあった中で一人向かって来られるのは見事だな。それでも馬鹿だが。声がうるせーよ、声が。


「死ねぇぇぇやぁあぁああああ!」


 普段は威勢よくそのセリフを言っているのであろうが、今となってはもはや懇願するような調子だ。作っていた勢いそのままに、オレーグへと、強く大きく、まさに全力で振り下ろしたのであろうことが分かるほどに力んで、その長剣――オレーグの刺叉がおよそ二メートルとして、その半分以上の全長は持っていた――を叩き付ける。

 力み過ぎて、そんなものでは斬れようはずもないのだが。

 叩き斬られでもしてはつまらんので、オレーグの方も一応体を横に動かして回避する。この男、がっちりとした体躯だけでなく、背丈もかなりの大男だった。二メートル近くあるか。


「ぎゃッ」


 回避動作に連ねて回転しつつ、流れるように姿勢を低くし、刺叉で両足を思い切り横に薙ぎ払う。乾いた打撲音と振り抜かれた刺叉がコンクリを打ち擦る甲高い金属音。

 男が味わったのは一瞬の浮遊感の後、その黒い影の左手に額を掴まれ、すさまじい力でコンクリート固めの床へと後頭部から叩き付けられた衝撃、眩暈にも似た気の遠くなる感覚だった。


「残り二つ、っと!?」



 パァン!と乾いた音が一際大きく聞えた。



「ひ、ひっひひ、この、この距離なら、死ぬだろ……!」


 大男にかかずらっている間にか、遠巻きに見ていたはずの一人がいつの間にやらほぼ至近距離まで接近してきていた。どうやら、撃たれてしまったらしい。

 胸の付近の翳りに食い込んでいた銃弾がぽろりと零れ落ち、ちゃちで甲高い金属音を立てる。おそらく大男の後ろで文字通りの障害物としてそれを使い接近したのだろう。それを許してしまったのはどうしようもない油断だった。


「……残念。死なないんだよ、それが」


 吐き捨てるように言う。

 実際撃たれた衝撃なんぞは、胸を軽く小突かれた程度にまで軽減されていた。衝撃を殺したためか身体を取り巻く翳りがいくらかだけ薄れたのだが、撃った男にそれに気づくほどの余裕は無い。

 それこそが《翳り纏い》ヴァルナハンが提唱した《翳り》の真髄の一つだった。

 身じろぎひとつも起こさないオレーグにおびえ、標的は尻もちをついて情けない後じさりを始める。離れたところにいるもう一人の拳銃を持った男などは、完全に諦めたかのようにその場にへたり込んでいた。


「ば、ばっ、ば、化け物め! な、なんなんだよ、お前は……っぐぅ!」


 その喉首へと、これまで幾人にも幾度でもしてきたように刺叉を突き入れ力尽くで持ち上げる。腕一本で、尋常ではない膂力だ。先端にわずかに翳りを纏わせて、重量を衰えさせているのだが。

 その姿はまさしく、死にゆく者を冥府へと運び届ける冥界の神だった。

 銃も取り落とし、情けなく足掻くがもはや逃れる術もない。


「悪く思うなよ……ここで情けを掛けても、結局後で『掃除係(スィーパー)』どもに殺されるんだ」


 刺叉を持つオレーグの右手、その薬指に、一つの指輪が嵌められていた。倉庫の電燈に怪しく光る琥珀色のリングで、特別な装飾などは見受けられない。ただ、いつからそれを嵌めているのか、指輪には傷一つ見られなかった。そして『吊るされた男』はそれを目撃する。

 指輪が薄く、ほんのわずかに、だが確かに、先ほどのオレーグの《遍く深き翳り者》の時のように、あれほどの強さはないが、ぼんやりとしたライトブルーの発光をした。まるでそこに、蛍でも一匹生じたかのように、わずかに。

 次の瞬間。

 指輪より手のひらに生じた青い光が、まるで放電現象でも起きたかのように蠢き光り、電撃の音を伴って刺叉の方へと伝った。刺叉全体に、ごくわずかではあるが、目視できる程度の、確かな青白い電撃が走った。

 そして、何かが起動し擦れる、カシュコンッという短く小気味いい金属音。


「ッぐぅ……っ!」


 吊し上げられた男の体が大きく一度、二度だけビクンッと震え、刺叉の金具を掴もうと……あるいは、その根元に触れていた喉に手を当てようとして、その肢体は力なく垂れ下がった。まるで、魂の失せたように。赤いのが、滴り始める。



 その首筋からは、一本の刃が、十センチ程度、突き出ていた。




ちょっと文字増やしてみました。

いい感じだったら更新ペース少し落としつつこれくらいの分量で書いていくことにします。項目増えすぎると見づらいもんね。

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