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コンクリートの床を金属の棒が力づくでぶち抜いた大音が辺りにいた者の耳をろうする。オレーグはその一撃に必中を確信していたが、ふたを開けてみればコンクリを突き抜いた感触はあれど人体を貫いた独特の手ごたえは感ぜられなかった。
外したか。
だとすればどこに――と、もうもうと舞い踊る小麦粉か何かの白いもやによって遮られつつある視界一杯に赤い視線を走らせ敵を探し求める。ナディウスの姿はなかった。
幻惑の類の碩学も考えられないではないが、それをやられた感じはなかったし、よほど幻惑碩学に精通した手練れでもなければ覚知されることもなく幻惑へ落とすのことは難しい。ナディウスがそういった手管に長じているようには、到底見えなかった。
……どこだ?
想定したよりも早く吹っ飛ばされた衝撃による自失から立ち直ったのだとすれば――オレーグは考える。ガードの上からとはいえ、殴りつけた位置は頭に近かったうえにそのまま数メートルは吹っ飛ばしたのだからそう早く立ち直ることも無かろうと思っていたが、それをあえて想定するなら。上からかの追撃を読まれていたならば、いち早く体勢を立て直してこの見通しの悪い粉塵の中から逃れているだろう。
粉塵の外からの碩学での攻撃も考えられる。
――ん? 粉塵……粉塵雲?
「……やべェ」
ティスフィアで碩学を学ぶ者ならば必ず初歩の段階で習得する原始的な碩学がある。
祆炎の種火と呼ばれる、文字通りの小さな火の碩学だ。碩学の習熟は、先を行った人々が打ち立ててきた軌跡をなぞるように歩んで行くもので、そうであれば「ティスフィアの碩学者」を名乗る彼とてその火の碩学を手繰ったことは自明の理だ。
どんな方向へ歩みを進めるとしても、初めの一歩はいつだって同じだった。
「やべェ!」
その時、白亜に煙る雲の向こうでわずか、声が聞こえた。深みを感じさせるわずかなその声は……。
「我が望むは永遠に連なる小さき火――『祆炎の種火』」
ご丁寧に威力を補強するための詠唱まで添えて、火の碩学が起こされる。かなり派手にその粉塵雲は広がっていて、全速力で抜け出してもダメージは避けえないだろう。誘い込まれたのであれば、ずいぶんと間抜けな話だ。
感心してばかりいられたら楽だったんだがなぁ。
もちろんそうしているわけにもいかない。詠唱など捨てて、碩学を立ち上げて衝撃に備える。
身体を覆っている黒い靄。翳りを具現化した、外的衝撃を殺す『遍く深き翳り者』。この倉庫にかち入った時に起動したものにもう一度重ね掛けを施すことで粉塵爆発をなんとか凌ごうという腹だ。
「祈蹟『遍く深き翳り者』」
……とはいえ一酸化炭素中毒と呼吸困難にだけは気をつけねーとな。
炎と爆発とをしのいだとして、燃焼で生まれる一酸化炭素を吸ってしまえば中毒症を引き起こしてしまうし、そうでなくとも燃焼に酸素を取られれば呼吸もままならなくなる。そんなことで戦えなくなってしまうのではあまりに恰好がつかないだろう。マザー・アルカリアも見ていることだろうし。
そんなことを考えていると、視界の左端の方が大きく光を持った。翳りで緩和されているものの湯にひたされた程度の熱量も感じられる。音も、やや遠くになってドウッ!という腹の底まで振るわせるような音が聞こえていた。翳りを纏っていなければ耳などきかなくなっていただろう。
そうして靄を纏った影が、光と熱に塗り潰されていった。




