滅びゆく魔法の国
魔法使いの弟子となったアルトは、師であるミウ様のお供で、中央に位置する大国。魔境グランデに向かうことになる。
四年にも及ぶ。魔法の国ラーク。闇の女神ウルを崇める。ドウル正教を国教に掲げてる。列強のバッツアーとの戦争は……、佳境を迎えていた━━。
この三年もの間。ラークは、20万を越える。青年達を徴兵して、彼等の命を代償に。どうにか戦端を保っていた。
━━しかし歪みは大きく。国境の戦いに負けたとたん。瞬く間に国境地域にあった村、町は焼き尽くされ。民は無情にも殺されていった……。こうなるとなすすべなく。王都近くまで、進軍を許していた。
「クッ……、おのれシュバイヤめが!」
ふくよかな顔を。真っ赤にしながら。テーブルに並ぶ酒瓶を薙ぎ払い。ルドリア王は、忌々しいと罵詈雑言を発していた。「おい!、マルドリーガはまだか」
王が名を上げた人物は、ラークが誇る学院の教授の1人。マルドリーガは、魔法学院長を任せられていた人物である。彼は今王の命で、秘密兵器である。大規模儀式攻撃魔法の設置を進めていた。これが完成すれば……、バッツアー軍15万とて、物の数ではない。
ラークが誇る都には。あらゆる攻撃魔法を無力化する魔法が、城壁の石一つ一つに付与されていて。生半可な攻撃では、毛ほどの傷をつけることも敵わない堅牢さを誇っていた。
「ここまで来て、まだ落とせぬのか……」
当初の思惑では、三年前に落とせていたはずであった。甘く見た王にも責任がある。しかし最初の誤算が、精鋭である騎兵師団が、たった1人の教授に敗れると……、信じられない事件が起きた、まさに予想外の出来事であった。騎兵師団を任せた将軍は、シュパイヤ王の信頼も厚い、勇猛な人物であった。相手がラークの貴族だからと嘗めていた筈がない。
「クッ……」
あの教授の名をクレイ、ルドリア王の近親ゆえ処刑したが、あの無限に沸くモンスターには、心底恐怖を抱いた。
「姉妹を呼べ!」
誰がと言わずとも。側近は察して、姉妹を呼びにでむいた。
バッツアー軍・駐屯地。本陣後方━━。
王公貴族のための豪奢な天幕。中からは濃密な甘ったるい香水とお菓子が混じりあったような匂いと。紫煙が立ち込めていた。
切れ切れであるが、天幕の中から。享楽的な声と。なめまかしい声が時折聞こえていた。うっすら汗をかく美しい背、ぐったりと豊かな姉の胸に。しなだれ掛かるのは妹。姉の手は、愛しい恋人の頭を撫でるように優しく。見つめ会う二人は、啄むようなキスを繰り返し。クチュクチュ舌を絡めていた。
「……そろそろ支度をしようか、ニア」
「……ええ姉さん」
薄い胸。ほんのり膨らみがあるから女とわかる。髪は短く、キリリとした風貌。男装を好むことから。周りからも。男だと勘違いされていた。しかし二人にとって好都合であった。
「……魔力増強薬=(麻薬)の効果がようやく利いていたわ」うっとりと微笑む姉のなめまかしい肢体。再びむしゃぶりつきたい衝動に駆られたが、今は仕方がない。
「姉さん、早くラークの王都を蹂躙してしまおうよ!」
「ええ~そうね」
そうすれば……、また姉妹は恋人として、むつみあえるのだ。再び濃厚なキスをしながら、その手はお互いを求めていた。
美しい姉妹が、王の前に参じたのは、それから間もなくであった。
「よく詣った」
かしずく二人を。忌々しそうに睨み付けたが。それでもおうように頷いていた。まさか自分が忌避していた魔法使いに頼ろうとは。本末転倒である。
「セルレーン、ニアスティン。ラークを滅ぼせ!」二人は恭しく一礼して、颯爽と立ち去っていた。
バッツアー軍が動いたのは、翌日の早朝のこと……。
既に。大規模攻撃魔法の儀式魔方陣は完成していた。
「学院長、敵が動き出しました!」
僅かに生き残った学生の1人に。小さく頷き。周りに集まる生徒達を認め。胸にある思いを抱いた。今なら素直に認めていた、クレイ教授の言葉に━━。
『学院長!、学生達を召兵させるのは、我が国の未来を無くす事。どうか陛下に、考え直すよう。お伝え願いませんか?。どうかお願いします!』
あのときの自分は、クレイを甘いとせせら笑っていた。しかし現実はどうだ?。ゴミのように失った若い命で、今日まで生き長らえていた。(我が国は、我々はどれ程の命を使い捨て、今日まで生き長らえてきたか……。済まないクレイよ)
「お前達……。今日まで済まなかったな……、ここはもうよい、王家の抜け道から逃げるのだ。良いな……」
「学院長……、はい」
これは王都にまで進軍を許した段階で、マルドリーガが、独断で決めていたことだった。出来ればクレイ教授の弟子達に。詫びたいところだが……、それはもはや叶うまい。
「みな今日まで、よく尽くしてくれた。王に代わり礼を言う」
間もなく最終決戦。噂の天空騎士団が動き出せば。いくら魔法無効の城壁に守られていようが、大規模攻撃魔法で攻撃しようと、相手は天使達では……、紙の盾ほど役に立つまい。一方的な蹂躙が待っているのは想像出来た……。
(残念ながら、その事に気付くのが、あまりにも遅すぎた……、)
最後の生徒達を見送り。マルドリーガは皺の増えた顔を上げで、静かにその時を待っていた。
バッツアー軍の歩兵突撃部隊が、破城槌を荷台に乗せ。数十人が歯を食い縛り押して行く。周りには大盾を構える防御兵を配置していた。降り注ぐ矢の中に、無数の魔法の矢が混じっており、1人また1人倒れていった。それでも数の力で、次々と大盾を持つ兵が入れ替わり。ついには━━。
凄まじい閃光。爆発が起こり。破城槌ごと周りにいた兵。数百人を吹き飛ばしていた。辺りに漂う。肉が焼けた匂い。うめき声と悲鳴が木霊していた。
「申し上げます!、突撃部隊、ラークの攻撃魔法により全滅」
国王の元。再び信じられぬ。報告が次々舞い込む。
「おのれ……、まだこれほどの力を」
奥歯が砕けるほど強く噛みしめ。まざまざと魔法の国の力を見せつけられた気がした。二度、三度と雷鳴が轟き、我が軍を焼き払う様は、悪夢であった。
「陛下!、あれを」幕僚の1人が、東の空を指差した。
「ようやくか……」王が目にした先に。無数の空飛ぶ、天使、堕天使の一軍。ラークの魔法使いも気付いたか、雷撃が、天空騎士団を襲う、
目をしばたかせながら、シュバイヤ王は、険しい顔を崩さない。果たして━━。天の身使いである天使、欲にまみれ地に堕ちた堕天使にとって。魔法の一撃は、有効にダメージを与えられる。ボトリ、ボトリと弱い耐性しかない者は、落とされていた。しかしほとんどの天使達にとって、大気に属する魔法では、ダメージを与えることはない。黒と白の翼持つ二色の軍勢は、砂糖に集る蟻のように。城壁に取り付き、紙を引き裂くごとく。巨大な鎌を振るう度に。魔法無効を付与された城壁が、壊されていった。大規模攻撃魔法の落雷にさらされながら。瞬く間に城壁を破壊して、二対の天使達は、街の中に雪崩れ込んでいった。
━━あまりに突然の終わり。それゆえ兵は、呆気に囚われたまま……。天使達に殺されて行く。
━━しかし……それだけでは止まらない。麻薬によって高揚した姉妹は、ただ生きる者。ラークの王都で暮らす人間を皆殺しにして、魂を喰らう事を命じた。それが姉妹が使役する。魂を刈り取る者と呼ばれる堕天使『死神』と、魂を喰らう者と呼ばれる天使『魂食い』(ソールイーター)を使う制限だがらである。無論民の抵抗はあった……、
もはや狼の群れに、裸で横たわる子供の如く無力であった……。時を掛けず。抵抗はやがて消えて━━。
辺りは静寂だけが残されていた……。
今までの激戦が嘘のように。僅かな時間での終戦である。しかしシュバイヤ王の顔は、厳しい物となっていた。天空騎士団の力は凄まじいが。それだけに問題が残る。「陛下……、偵察兵が戻りました」
血の気の引いた青ざめた顔。住民は残らず死んでいたと聞き。シュバイヤ王とて吐き気を覚えて。青ざめていた。姉妹の力は強力である。しかし一度放てば、女子供関係なく。皆殺してしまう。一種の兵器であった。過ぎた力は、それに準ずる力を持とうと思わせる。これでは中央の国々の掌握は実質不可能になってしまった。しかも近隣諸国に。天空騎士団に抗する時間を。十分に与えてしまった。もはや失策と罵られても。シュバイヤ王には、言い訳出来なかった。
「しばし……、外交に専念せねばならぬか…」
厳しい表情を隠せない。
━━数日後。
竜の峰・麓にある村では、住民総出で。家々を着飾り。沢山の屋台が、屋敷まで続く通りに並んでいた。民には無料で料理と酒を振る舞うとふれが出されていたので。朝から賑やかな笑い声が響いていた。
柔らかな日差し。優しい風が入り込む一室。日に焼けた褐色の肌。純白のドレス姿の新婦は、姉から化粧を施され。鏡越しに見た自分と。姉の優しい笑みに。恥ずかしそうにはにかんでいた。
「綺麗よナシア。それより本当に良かったの?」
「ええ、とても幸せそうな姉さんの着たドレスだもの。きっと私だって幸せになるに決まってるわ」自信満々に嘯く妹に。まあ~呆れた顔を隠さず。優しい笑みを浮かべていた。
「クスクス、なま言っちゃて♪」
満更でもない顔の姉が、眩しく見えていた。
「さ~てよし。これで良いわ。本当は兄さんも来たかったみたいだけと。貴女がうまくまとめた交易ギルドの仕事が忙しくて、しばらく動けないそうよ」
パチリと妖艶な顔に。悪戯ぽいウインクして、姉からお褒めの言葉を賜った。 「それはそうと。先ほど貴女の旦那と少し話したけど……。なかなかの曲者ね~あれは。驚くほど抜け目が無いわ」
おどけた口調で言ったが、姉には珍しく。最上位の誉め言葉である、
「そうなのよ姉さん聞いて!、私はすっぱりと商売から足を洗おうとしたんだけど。交易所を開くから。私を責任者にするって言うのよ?。全くミウ様ったら、人使い荒いんだから」
嬉しそうでいて、悩ましそうに可愛らしい愚痴を言った。
(なるほどあの男。本当に曲者だわね) ラグマ商会の商隊を。もっと頻繁に通行出来るよう。通行手形をせしめたかったが、交易所を開くと言うのならば……、それも不可能になりそうだ。しかし悪い話ばかりではない。塩の道を使わなくても。交易品を全て此方の領地で買い取って貰えば、幾つか無駄が省けるのだから。長い目で見ればもっと大きな取り引きに変わる可能性を示唆していた。
「貴女のことだから。もう考えがあるんでしょ?」「まあね~。少しは新妻らしいところ見せたかんだけど。あの人たら。私の性格見抜いてるのよね~」
おのろけを言う妹に。やれやれと肩を竦めて。
「あんたに付ける薬は無いわ~。あれだけの男よ、しっかり喰わえこみなさい。幸せにね」
姉らしい発破の掛け方である。
「わかってるわ。あの方に。私だけを、いつまでも見つめていて下さるように。して見せるわ♪」
恥ずかしそうに。でも誇らしそうに微笑んでいた。
屋敷の正門に用意された馬車に花嫁、花婿が乗り込み、手綱を握るゲントが、緩やかに馬を走らせた。ミウは急遽作らせた教会で、今日夫婦となることを。所領する民に知らせるため。このような機会を儲けた。ミウにとっても初めての行事である。少しならず緊張していた。
「ミウ様……」
「ありがとうナシア」
手を握ってくれたナシアに。素直に礼を述べた。すると潤んだ瞳にうっすら涙を浮かべながら。
「はい、あなた……」
可愛らしく返事をしていた。
(これから僕は、一人ではない。)
そう思うだけで、胸のうちが熱くなっていた。二人の門出を祝う人々の中で、一人だけ複雑な表情をしている。美しい少女がいた。傍らに長身の青年兄のリョクトが、慰めるように妹の背を叩く。
「……ありがとうリョクト、私は大丈夫よ。ただミウ様には幸せになって欲しい…。だけ」もの悲しい目をしていたが、芯の強い眼差しをする妹リサに。小さく安堵のため息を吐いていた。
「そうか……」
「あっリサさん、リョクトさんこんなところに」
パタパタ走って来た。アルトとコムス、ハノンの三人。ミウの弟子であるアルトは、教会で指輪を差し出す役目があるからか、髪を後ろに撫で付け。黒のフォーマル姿であった。
「ラセルさんが、間もなく式を始めるから。ピアノ演奏を頼むと言ってました」
「……そう、わかったわ」
やはり割り切れない気持ちがあるのか、不機嫌そうに返事をしていた。
「じゃ、ぼくたち。ラセルさんに伝えたこと知らせますね」ニッコリ日だまりのような。優しい笑みを浮かべ。アルトが走り出すと、
「おっ、おいもう行くのかよ、少しは休ませろよ」
「待って下さいアルト、コムス!」
泡を食った二人は。元気に走るアルトの後に続く。
「何よみんな楽しそうにして~!」
いきなり叫んだ妹に。リョクトは仰け反る。色々と言いたげな顔をしていたが、
「……はあ~。しょうがないから、行くわよリョクト」
「おっおう……」
妙に迫力ある妹に気圧されて、素直に頷いていた。
その日。地方に1人渡った青年は、様々な出会いを経て、厳かに。それでいて清櫃な空気に惑い。何れの神も信じない青年ミウ・ローセンは、伴侶を迎えた。とても幸せな日から数日後━━。
魔法の国ラーク滅亡の一報を。地方魔法ギルドから聞くことになった。緊急のこと故。ギルドマスター直々。報せを寄越したこと、何やら思惑があるなと。気を引き閉めながら。無難に返事をしようとしたが。内容が内容だけに。
「そうですか……、民も」
絶句していた。まさか民まで皆殺しにするとは……。暴挙でしかない。
『こちらとしても。まだ情報が少なく。早急に調べる必要がある。そこでドワーフと国交を開いてるミウ議員に。調査を兼ねて、魔境グランデに赴き。かの国のギルド長フレイ殿と謁見してもらいたい』
確かに地方議員の中で、今魔境グランデに赴ける者は、ミウ自身しかいなかった。「承知したマリス議長。不詳ミウ・ローセン、ギルドに席を預かる者として、使者の任引き受けましょう」
『おおそうか!、これで安心出来る。委細頼んだぞミウよ』
疲れた顔をしていたマリス・ロートスは、安堵の表情を浮かべていた。そうなると……、
「パトラいるかい?」
囁くように呟くと。数瞬後ノックがされた。
「失礼しますミウ様。急用でございますね?」
「ああ至急皆を集めてくれ」
「承知しました。アルトはどうなさいますか?」
気転の効くパトラの言葉で、弟子の顔を思い浮かべる。
「呼んでくれ」
「直ちに」
オレンジの髪を翻して、パトラは部屋を後にした。
屋敷の二階にある執務室。ゲント、リョクト、リサ、ラセル、レン、アルト、ミウの側近達。妻のナシアまでが集められていた。
「ギルド議長直々の命だ。使者として、僕が行くことになる」
「あなた。私はどうしますか?」
新婚である。当然付いて行きたい気持ちは強い、しかし事がことだけに。留守を預かる方が無難である。
「今回は、留守を頼みたい」
済まなそうな夫の顔を見て、仕方ないわねと不機嫌そうな顔を隠さず浮かべていた。
「だったら。俺とレンも留守だな?」
ゲントの言葉に、レンが俺も留守番か、嫌そうな顔をしたが、村や集落のこと考えれば、それが一番いい方法である。
すると残る四人が、同行することになるのだが……、
「あなたそれでしたら。ジロをお連れ下さい」
この場に居ないが、ナシアは結婚を期に。闇商人時代の護衛二人。信用している商人を村で新しく開く。交易所の人員として住まわせていた。また交易所とは別に水神、円斬、線武を回る商隊キャラバンの運営を。ナシアの右腕レケルに任せていて、ジロは護衛を鍛える。護衛隊長という役職にある。
━━ジロ・アバルトは、20代後半の青年で、魔境グランデ生まれだと聞いていた。土地勘のあるジロが同行してくれるなら。悪い話ではない。
「それでしたらミウ様。商隊護衛の任はリサに頼み。俺とジロがミウ様の護衛。ラセル、アルトが同行者とすればよろしいかと」
リョクトの申す通り。確かにそれなら、商隊も安心出来るなとミウの意識が削がれた瞬間。リサは強い眼差しで兄を睨んでいた。それに苦笑を滲ませていると。それが最善だとミウも理解したか、一つ頷く。
「済まないがナシア、しばらく頼むよ」「はいあなた♪」
嬉しそうにはにかむナシアとは違い。落ち込むリサ。それを知ってか、絶妙なタイミングで、
「ちょうど良かった。リサには別に。頼みたいことがあってね」
そう切り出した途端。今度はリサが晴れやかな顔をして、逆にナシアが少しだけ不満そうな顔をしていた。これにはゲント、リョクト供に苦笑する。しかし二人にそれぞれ頼みをするなら。角が立たないなと納得していた。ミウ様には為政者としても才能がある、二人に公平に接するのは、こうした評定の場では、悪い判断ではない。リサ、ナシアも内心は感じた筈だ。
(しばらく留守になると、色々進めときたい事業もあるからな……。)
「ゲント、僕が留守中。西の集落で採掘してる現場を。フロトと視察に行ってきて貰いたい」
「ああ~そうか、ある程度採掘出来てるって話だったな。後で工房に寄るからそこは任せとけ」
「それからナシアには、僕の代理として、来週中にもプライマと、東の集落の酒造所の様子を見てきて欲しい。ついでに。新しい品種の果物がそろそろ実りを迎えている。ナシアにはその辺りの話し合いを任せたい」
あって顔をしたかと思えば、きらきら顔を輝かせ。
「はい、お任せ下さいあなた♪」
優越感を漂わせ。リサを一瞥していた。
「リサ君に頼みたいのは、巫女見習いになった。カナンの様子を見てきて欲しい」
「!」
ハッと息を飲んだリサ、ミウ様の優しさに不満を忘れて、笑みを浮かべていた。「それから商隊には円斬、線武に赴いた時に。穀物の生育を調べて欲しいと厳命して貰いたい」
二人の女はお互いの顔を見て、そっぽを向いていた。
「さてアルト、わかってると思うが、燃える川を渡る方法が必要なのだが……」「はい。大丈夫ですミウ様。燃える川を渡れる船とマスクの準備は、念のためクレムさんに頼んでありましたから」
如才なく返事をしていたアルトに。ミウは無論。この場にいた皆が驚きを浮かべていた。
「ほ~う、あの川を渡る方法があるのか?」
それも初めて聞く話である。興味を抱いて、問うていた。
「はい。普通の船だと。マグドンに当たれば爆発しちゃいまし。炎が広がってしまえば燃えてしまいます。ですから蒸気船。別名ホバー船と呼ばれる。船底に板金加工して、少しだけ浮く船に蒸気のベールで船体を包む技術を用いました。以前父さんたちが造っていた船で、それを使えば、問題なく渡れますよ」
「ほほ~う、そんな船があるのか」初耳である。周りの皆に目をやれば、やぱり初めて聞く話だったらしく。その辺りを聞くと。
「それはそうですよ。ドワーフの職人が総出で造った特別な船です。父さんも実際乗ったのは一度だけで。本当は川の上流まで上り。噂の坑道の地下にあると言われていた。冥界の地域に赴き、調べる腹づもりだったんですが、知っての通り。病に倒れたので……」
燃える川の上流にある。坑道の地下には、冥界の門に通じていると。そんな噂をミウも聞いたことがあった。確かグランデのギルドでは、数年前から……、琴線に引っ掛かりを感じていた。つい最近炎の森で起こった。冥界の犬、魔獣ガルムが争っていたことと。妙な繋がりを感じたのだ。
「それでアルト、船の準備にどれくらいかかるのかね」
キラリ眼鏡の奥を光らせたラセルに。元気にはいと答えて、
「2日は見て下さい。今の季節では、いつ川が燃えるか、分かりませんから」
「━━なるほど。ミウ様どうでしょうか、この際3日ほど。ドワーフの洞窟で過ごし。ガルムと炎蜥蜴を捕まえては?」
ラセルの進言に。一考の価値があった。確かに狩れる時に。ガルムのストックは必要だ。
「そうだね。余裕を持って、明後日出発することにして、プライマにもこのこと。知らせなくてはならない。そうだなこれを期にアルトにも簡易人形の家を与えるから。人形の製作やってみようか」
「本当ですかミウ様!」
「ラセル構わないね?」
仕方なさそうな顔をしたが、アルトにクリーチャー作りの勉強をさせる頃合いと考え。一つ頷いていた。
「ヤッター!。ありがとうございますミウ様。ラセルさん」晴れやかに微笑む姿が、実に微笑ましく。皆の顔にも優しい笑みが浮かぶ。
アルトに与えられた簡易人形の家は、腰に付けられるランタン位の小さな物で、中に三体のクリーチャーを配置して、旅先でも呼び出す事が可能である。本来の人形の家とは、守るべき場所に配置する物だ。主たる持ち主の希望に沿うため。モンスターの属性に合わせた人形の家を作る必要があった。そうしなければクリーチャーの能力が、減退してしまうからだ。また人形の家に配置するクリーチャーの数も意味がある。人形師には、そうした理由から造形師の他に。魔法使い。精霊使い。召喚師。死霊使いとしての広く浅い知識が必要であった。その点簡易人形の家は、ある程度汎用性が高いから。持ち主の力量次第では。ちょっとした裏技が使えたりする。
アルトはミウ様から。簡易人形の家キッドをもらい。早速人形の基本的な造形の製作を始めた。やはり炎の森に行くからには。火蜥蜴。それとガルム。ちょうどミウ様も狩る予定だと聞いたし。ぼくも二匹は欲しい所だ。それで三体。本来はそれしか配置出来ないのだが、同じ属性のモンスターで統一すると最大5種類。三体づつ同じモンスターが、配置出来る利点があって、15体ものクリーチャーを配置出来る。しかしそれをしてしまうと。アルトの基礎魔力を軽くオーバーしてしまう。だから二種類だけにして。余裕を持たせることにした。キャパに余裕を持たせとけば、攻撃魔法も使えるので利点もあった。それに空きを作っておけば、珍しいクリーチャーを手に出来るのでは、打算的な考えもあった。
アルトがラセルさんから学んだ人形作りの方法は、実に簡単な物で、ある程度形を作る。ラフ人形を用意して、後付けで、きちんと作り上げる方法だ。この方法で製作したクリーチャーは、オーダーメイドほどの力は無い、でもアルトレベルなら十分に使えるので、基礎を学んでる段階では、この方法がベストであった。
「人型、四足、精霊、飛行モンスター一応これくらい用意すればいいかな~」
予備をケースにしまい。見習い魔法使いが使う。片手にすっぽり収まる杖を腰に差して、リョクトさんからもらった。小ぶりのナイフを足首のケースに装備した。その他冷やし草の丸薬。回復の丸薬。傷薬と毒消しや麻痺消しなどまとめて。着替えもリュックにしまうと。準備は終わった。一度装備を外してから。ベッドの下に荷物を入れて。明日も仕事があるからと早めに休むことにした。
━━2日後。
「おはようアルト、そろそろ起きとけよ。今日ミウ様と出るんだろ?」気遣いの出来る少年コムスが、アルトが寝坊しいように起こしてくれたようだ。
「……おはよう。コムス?」
寝ぼけた顔で、目をしばしばさせていた。
「顔洗ってこい。お前魔境行くんだろ?。そんなことで大丈夫か?」
少し心配そうなコムス。隣のベッドで、ふくよかな顔立ちの少年ハノンが、既に着替えを済ませていて、
「おはようアルト、早く飯行こうぜ」
「おはようハノン~、わかったよ」
二人の友人は、アルトを心配してくれてるようだ。それがわかってるので、素直に従い、着替えを済ませてから。食堂に急いだ。
食堂には、ジロさんにアトラが朝食を渡してる所だった。
「ジロさんおはようございます」「おうおはようさん、今日は焼きたてパンだぜ」
嬉しそうに自分のプレートのパンを指して言う。確かに食堂に入ってから。香しい胸が高鳴るような香りがしていた。それを聞いて、ハノンが小さくガッツポーズをして、笑いをとっていた。毎週食べる分のパンをまとめて焼く日があって、たまたま今日だったようだ。
「こいつに作りたてのバター。ご馳走だよな!」
「ですです!」
ハノンもジロの持論に大いに共感してるようだ。
「フロトさんおはよう~」
「うむ」
ドワーフ戦士のフロトさんは、職人のみんなと朝食と言う名の酒を飲みに来たようだ。
「またローガンさんの所ですか?」庭師ローガンじいさんは、密かに米酒と呼ばれる酒を作っていて、フロトさん達ドワーフは初めて飲む独特の旨味にすっかり魅了されてしまい、昨夜はローガンじいさんの小屋で、酒盛りしていたとのこと。それからまた飲んでるのだから。呆れるばかりである。
「今日荷を積んで、洞窟に向かうそうだな。兄じゃによろしくと伝えてくれ」
「わかりました」
素直に返事をすると。目尻を下げ、優しい眼差しをアルトに向けて、
「気をつけるのだぞ」
「はい」
朝食を済ませて、仕事に出た二人とは別れて、大部屋に戻り装備を整えてから。外に出ると。リョクトさんが、馬車の準備を始めていた。
「おはようございますリョクトさん、手伝います」「おはようアルト、そうか助かる。済まないが……」
ドワーフの洞窟に運ぶ鉱石も積んでくため。なかなかの重労働を二人でこなし。終わった頃には汗だくになっていた。 「こいつは着替えた方が早いな」
二人は苦笑しながら。着替えに戻って、再び戻ったのはすっかり日が登った頃である。
リサさん、ゲントさん、ミウ様の奥方ナシア様、村長のプライマさんに見送られ。出発した。
ドワーフの洞窟に着いたのは3日後で。長のクレムさんが、わざわざ出迎えてくれて、早速荷下ろしの手伝い。終わった所で、地下三層にある工房でお湯を借りて、リョクトさんとぼくは身支度を整えた。
「ミウ王、ようこそ参られた」「ご無沙汰しておりますクレム殿。突然でしたが、歓待感謝いたします」
「なになにミウ王なら。何時でも歓迎いたしますぞ!、ガハハハ」
頑迷であるドワーフとは言え。一度打ち解けると善き隣人である。
「此度運んだ鉱石は、領地で取れたもの、フロトからは悪くないとお墨付きをもらいました。試しにお持ちしましたので使ってみて下さい」「左様でしたか、それでどのような鉱石が、どれ程見込めますかな?」
それは興味深いと。やや生真面目に問いかける。
「まだ堀はじめて間もないのですが、ジロ」
中肉中背のヒョロリとした体躯の青年に声を掛ける。
「おやそちらは初めてですな」
「はじめまして、ジロ・アバルト。普段は商隊キャラバンの護衛隊長を勤めております」
ざっくばらんな口調のジロは、飾らない笑顔を浮かべた。
「ゲントの旦那の話では、良質な鉄を多く含んでると聞いてます。詳しくはこれからだと思いますが。今の採掘量で300年以上はあるとか」
「おお~それは素晴らしい!、採掘には道具が必要になりますな」
「はい、そこはドワーフの技術が必要になるかと」
二人の思惑が合致したと笑みを含め。握手を交わしていた。「クレム殿。彼は魔境の出でしてね。地方魔法ギルドの命で、グランデのギルドに使者として赴くので、案内人として同行してもらってます」
「ほほ~う?、グランデまでとは」「今の季節、燃える川を渡るのは難しいと聞いてますが、アルトが言うには、特別な船があるとか」ここまで聞いて合点が行ったのか、クレムは好奇に満ちた目を煌めかせ。
「あれを動かすのか、それは素晴らしい!、でいつ頃向かわれる?」
「実は、アルトを正式に弟子にしました、彼にモンスター討伐の経験を積ませたく。3日ほど逗留を予定しております」「なるほど、でしたら船の方は我々でやります。またサントラに案内をさせますゆえ。ご安心くだされ」
破格の申し出に感謝を示すと。豊かな髭をしごきながら。
「実を申しますと。あの船はわしらの自慢でしてね。あれを再び動かせるのであれば、一も二もなく手伝いたいと思っておりました」実にあっけらかんと手の内を晒していた。
「それよりも先ほど仲間から珍しい、酒が届いたと聞きましたが」
「はい、米と呼ばれる穀物を北の集落で育ててまして、家人の1人から米酒と呼ばれる酒を作らせていたところ。飲みごろと聞き。少しですが味見がてら進呈しようと運びました」「ほほ~う穀物の酒ですか?、うんうん我々ドワーフの作る火酒もキビと呼ばれる。穀物から作っておる。それは楽しみだの~」
実に嬉しそうに笑っていた。それから新しい武器の買い取りや。最近不足ぎみの炭。硫黄などの話。空砂の様子など。領地にいては分からぬ話を仕入れ。ラセルに水神姫巫女ヒミカに知らせる書簡を書かせ。馬車はその日の内に帰らせた。
……翌朝。
真夏の炎の森は、地熱も相まって、生きたまま高温の蒸し器で、蒸されてるような凄まじい熱気。肌をじっとり炙られてるように感じていた。
「予想以上の暑さだぜ」
呆れた口調で汗を拭うジロさん、慣れてるとはいえ。真夏の炎の森は、アルトでも辛い。またもやラセルさんは、ドワーフの元で、地の魔法を勉強するからと同行せず。代わりにジロさんが今回一緒に来てくれることになった。
「ミウ様、真夏は冷やし草の効果が半減します、気をつけて下さいね」
「そうか……、確かにこれはきついね。みんな水分は小まめに飲むように」揃って頷き、前回レンさんが、ガルムの群れを見付けた辺りから。探すことにした。
しかしアルトが思ってた以上に。今年の夏はモンスターが増えていた。季節外れの雨季が関係あるのか分からないが、ヒートスライム、可燃虫、火食い鳥、ビーグ、オーク、フレイムホースとか、珍しいモンスターがわんさか出現していた。
「アルト、ヒートスライム行ったぞ!」
「はい!」
落ち着いて、水の弾丸を放ち。突然の大ダメージに。麻痺していた。
「アルト念のため。クリーチャーにしとくといい」
「はい、ミウ様」
予備の人形をケースから。無形の人形を取り出して、素早くヒートスライムに押し当てると。紫色の光が無形の人形から溢れて。ヒートスライムを吸い込み。ほんのり赤みがあるヒートスライムのクリーチャーが出来上がった。
「ミウ様!、ガルムを見付けました」
先行していたリョクトさんが、注意を促す。
どうやら見付けましたと言うよりも。見付けられたと言うべきのようだ。三頭のガルムは。火食い鳥を獲物として、狙ってるようだった。周りにはまだ可燃虫もいるから。注意が必要だけど。ヒートスライムを倒せたのが良かった。ジロさん、リョクトさんが、ガルムを上手く分断誘導して。一体がミウ様に向かう、
「アルト。君は可燃虫の始末を頼んだ」 「はい!、ミウ様」ちょうどヒートスライムをクリーチャーにしたので、簡易人形の家に配置する。予定とは違ったが、自分で作ったクリーチャーを素早く呼び出して、噛みきり虫に似た可燃虫に襲い掛からせる。
可燃虫の主な攻撃は、鋭い鋏と可燃性のガスをお尻から出して、爆発させる攻撃をするが。自爆と変わらないので、死んでしまう、しかも爆発の規模は小さく。受けても手足が火傷する程度。ただ数が多いと厄介なため。水、氷系統の魔法で倒すのがセオリー。ぷよぷよって感じで、アルトの傍らに現れた。赤い色のヒートスライム。炎に強く。敵に張り付くとヒートの効果を起こす特殊攻撃と。体当たりが主な攻撃パターン。「いけヒートスライム!、連続体当たり」
赤い色のぷよぷよがグイッと撓み。一匹の可燃虫にヒット。二匹を巻き込み。地面に落ちた瞬間爆発。三匹が爆散していた。これは以外といける。クリーチャーにするのは難しいが、可燃虫を効率よく倒す方法を見付けたアルトは、早速試しにかかった。
それから10匹の可燃虫を倒した頃。ミウ様は、ガルム捕獲を完了していた。
「三人ともご苦労様。この調子で、後6匹はゲットしときたい」
三人は揃って頷いていた。
結局6匹のガルム捕獲を完了したのが、夕方頃で、火蜥蜴捕獲は明日に持ち越すことになった。
「二匹はアルトに預ける。今日は良い働きだったよ。ご苦労様」「あっ、ありがとうございます!」
尊敬するミウ様に誉められて。顔を赤くして嬉しそうな笑みを浮かべていた。
━━翌日。朝からアルトたちは、炎の遺跡と呼ばれる。石のサークルが無造作に並んでる場所に向かった。
相変わらず中心にある石柱から。凄まじい炎の力を感じた。周りに並ぶ岩は、内側から輝くように。明滅を繰り返していて、今は精霊が誕生していないが、簡易召喚魔方陣で、前回火蜥蜴を5体も呼び出すことが出来た。
「リョクト、ジロ、今回は僕の三人で例の温泉まで、誘導する。アルト、サントラ殿は、前回の温泉に板をする罠の設置と。はずしを頼みたい」やることは変わらない。怒れるサラマンダは、青白い炎を吐いていた。
アルト。サントラが走り去るなか、簡易召喚魔方陣を描く時に呼び出したオーク戦士と供に、4匹のサラマンダを翻弄する三人。無理やり呼び出されたサラマンダは怒りの威嚇で、火玉を吐き出した。オークの一体が避けきれず。吹き飛び、魔力が無くなり光の粒子を残し消えていた。こうなってしまうと魔力回復まで1日は掛かる。サラマンダの強力な攻撃を回避しつつ。ジロは嫌らしい攻撃を見舞う。まるで秋雨の落ち葉のような、執拗さで、ダメージは少ないが。相手を苛ただせる攻撃である。お陰で攻撃はジロに集中していた。余裕が出来たミウ、リョクトは、ジロが危ない時にほろうして。蒸気煙る。秘湯が見えてきた。
「ミウ様!、こっちです」
遠くアルトとサントラ殿が手を振っていた。三人は気合いを入れて、サラマンダを翻弄して。温泉の罠に落としたのはそれから間もなくのこと。
残念ながら。一匹が体力を失い。精霊石を残して消滅。一匹をアルトがクリーチャーに封じて、二体めのクリーチャーを自分の手で作り出した。
「みんなご苦労様。明日はゆっくり休み。魔境を越える。そのつもりでリョクト、ジロは準備を」
「はいミウ様」
「へい、いつでも万端ですぜ親方様」全然疲れた様子がないジロは、主のナシアと結婚したミウを、親方様と呼んでいた。
「特にジロ。さっきの戦い方は。疲労を蓄積する。どうかなサントラ殿。戻る前にひとっ風呂浴びてかぬか?」
裸の誘いをしたミウに、それはいいとサントラも了承した。
炎の森は、燃える川の対岸にある魔境に比べ。比較的影響を受けていない。それは炎の森、地下に流れる磁気を強く含む鉱石が。マグマで溶かされ強固な岩盤となっていたから。さらにガスを発生させる真夏の季節になっても。豊富な地下水が地熱で温められていて。蒸気の防壁によって、炎の森は守られていた。しかし普通の植物は育たない特別な環境である。人間が住まぬ理由はその辺りにあった。「あつ……、うっ、ハア~、気持ちいい~」
やや熱いめの湯が、実に手足の疲れを癒してくれて、にやけるくらい気持ちいいのだ。アルトは屋敷で入るまで、お風呂につかった経験がなかった。最近ではすっかり温泉の魅力にハマっていた。
「こんなに気持ち良いなら。もっと早く入れば良かった」
そう言えば……、両親は時折温泉に入っていたな~。
「うっ。うい~かあ~傷に染みる」
ジロさん、サントラさん、リョクトさん、ミウ様とゆっくり温泉を堪能していた。
「ここの温泉はな~。擦り傷、刀傷、骨折、火傷にすごっく良くてな、治りが早くなる」サントラさんの右肩から背にかけて、酷い怪我をしたのか、古い傷痕が沢山あった。
「この怪我は、温泉治療で治したものだ」
怪我の一つ一つに。様々な思い出があるのか、背に触れるとき。やや気難しい顔をしていた。
ドワーフの洞窟に戻ってからぼくは、直ぐに眠ってしまい。翌日の朝早く。地下三層にあるドワーフの工房の隅を借りて、昨日ゲットした。クリーチャーの仕上げをすることにした。
━━アルトが、ミウ様からもらった人形の素材は、銀と鉄を混ぜたもので、見習いでしかないアルトには、加工のしやすい素材から。人形を作ったに過ぎない。本来は素材の強度。主の魔力、簡易人形の家てこともあるが。クリーチャーを呼べる制限が存在する。今のアルトの技量では、クリーチャーが倒されない限り二度まで呼び出すことが出来る。無論それ以上呼び出すことは可能たが、クリーチャーからモンスターが逃げ出してしまい。本体の人形は壊れてしまうペナルティがあった。無論素材や主の技量によって。制限は増えるし。クリーチャーも成長するので。当面造形師の技量をあげることが必要である。しかしアルトの技量では、せいぜい可愛らしくデフォメルする程度。昨日てにいれた。ガルム、火蜥蜴もすっかり可愛らしくなってしまい。クレムさんに面白がられた。少し悩んだあげくミウ様に見せに行ったら。
「案外面白いかもしれないね~。そうだよアルト。君さえ良かったら。しばらくデフォルメクリーチャーを作ってはどうかな?」
目がクリクリっとして、愛嬌のある表情をしてるガルムを見ると。優しい気持ちになるから。思わず弟子に言うのだ。ミウ様は、既成概念に囚われない柔軟な思考の持ち主である。
「……やってみます」
認められた以上。このまま突き進むしかない。
色々手を加えて、クレムさんに助言されて、ドワーフの加工技術の一つ。カラーリングを試してみたところ、案外この作業が、面白い考えである事がわかった。モンスターにも喜怒哀楽はあって、雄雌によっても、自分の見た目が、可愛らしい。格好がいいによって、従来のクリーチャーよりもパラメーターが、上がることがわかったのだ。短期間の検証では、詳しくは分からなかったが、
「アルトもしかしたら君は、クリーチャー技術に新しい可能性をくれたかもしれないね~」
力強く。ミウ様から頭を撫でられて。嬉しさを噛み締めたアルトでした。
━━翌朝。燃える川に唯一掛かる鉄橋の橋桁に。ドワーフの洞窟から、燃える川の油をすいとる施設があって。ホバー船はその施設の上にあった。対岸までは数分で行けるが、発生してるガスの濃度が高く。10分以上耐えられる。ガスマスク着用でも。通常なら対岸まで持たない可能性があった。なので鉄橋を渡って行くのはかなり危険で、対岸まで耐火服を着て渡っても30分は掛かるし。途中モンスターと戦うリスクもあるので。ほぼ不可能と言っていい。しかしホバー船なら片道数分と掛からず。リスクと危険も少ない。
「クレムさん。船のことお願いしますね」
「うむ、任せておけ。帰りは良いのだね、ミウ王よ?」
「はい、遠回りですが、霊峰のギルドに寄らなければならないので」
「成る程、かなりの遠回りになるな……」
「はい。少なくとも一月は戻れません。その間の必要な物質は、村長のプラマイと、妻ナシアに任せてあります。ご心配なきよう」
「これは参ったな……、そのようなつもりではなかったのだが……」ばつがわるそうなクレムに。優しい笑みに見える顔を作りながら。
「クレム殿。村に何かあれば、ご助力お願いします」
「ミウ王……、うむ任せておけ!」
力強く頷き、後を引き受けてくれた。
ゴォオオオ!
高いトルクの音を響かせて、蒸気船は、燃える川を滑るように走り出していた。じっとしていれば凄まじい熱気を感じるが、蒸気に包まれながら走るため。熱気を幾分和らげていた。
『対岸が見えてきた。間もなく上陸する。準備を』
操舵をするクレムに促され。対岸が見えたが、ホバー船は河川敷を関係なく。魔境の近くまで走り抜け、ようやく止まる。四人を下ろしたところで、再びホバー船は対岸に向かって走り始めた。『ミウ様、少し急ぎましょう』
マスクに内蔵されてる酸素は半分もない。ガスが発生していない安全エリアまで、ギリギリの残量である。
━━どうにか……。酸素のある。安全エリアまで移動出来ていた。
「ここから少し北に行くと。以前は集落があったはずだぜ」ジロの説明を聞くと。なんとなくうろ覚えだが。確かに立ち寄った記憶がミウにはあった。
「ジロ、少なくとも三年前にはあったよ」
「そうでしたか、俺が立ち寄ったのは四年前です。まだあるといいんですが……」
何故人がいる場所に拘るのか、魔境では、小さな集落など。瞬く間に消え去ることもあるのに。疑問を抱いたミウだが、その理由が分かるのはもう少し先になる。
朽ちた集落。半壊した家屋。少なくとも夜露は凌げそうな、屋根が無事だった小屋を見つけた。今夜は夜営することになった。ジロが言っていた集落は、最近放置されたようである。
「明日、この集落から。西に2日歩くと。わりと大きな村がある。彼処は魔境でも栄えた村だから。多分残ってるはずだ」
「へえ~そんな村があったのか」
ミウ様は知らなかったようだ。興味が沸いたのでアルトが聞くと。
「うん、グランデまでは友達と一緒で。あまり深く考えず。1人でこの辺りのモンスター狩ってたから。さほど拠点って必要無かったんだよね……」
しどろもどろになりながら、気になることを聞いていた。
「そう言えばミウ様って、簡易人形の家を、持ち歩いてませんよね?」
「いいや持ってるよ~」
そう言うと。首から下げてたペンダントを。出して見せていた。白銀に輝くペンタグラム。それぞれ属性を表す。大振りの輝石が輝き。中央に小さな城が……、
「この城の中に。僕のクリーチャーが配置されている。屋敷にも置いてあるが、あれは屋敷を構えてから用意したものだから。普段はこっちを使ってるんだよ」
「ミウ様……、それが噂のレアメタルで作られた物ですな?」
ラセルさんが、緊張した顔をしていた。 「うんそう。こいつは意志がある特別なアイテムだから、僕以外が触れることは出来ないよ。それから無理に触ろうとすると……。ガーデアンが襲ってくるから。冗談でも触れないようにね♪」
にこやかな笑顔だが、言われた内容は恐ろしいものだった。「みっ、ミウ様因みに聞きますが、ガーデアンとはどんなモンスターが現れるのですか?」
興味と怖いもの見たさ半々にラセルが訪ねると。
「季節と場所によるからな~。ただ言えるのはガーデアンは12体いて、恐ろしく強力だから。お勧めはしないよ。因みに友達のラナリアが誤って触った時は、デュラハンが現れて、危うく彼女死にかけてたよ~」
それはそれは楽しそうに笑ったが、この場にいたみんなは、内心なんて危険な物をと。血の気が引いていた。
アルトとしては、ミウ様がどんなクリーチャーを持っているか、興味はあったが、その日は交代で火の番をこなし。日が登った早朝出発した。
━━2日の昼頃、ジロさんの案内通り。栄えてる村にたどり着いた一行は。宿の主に。ミウ様がこの村からグランデの都までどれくらい掛かるか聞くいていた。「今は産卵期だよお客さん、こんな時期に魔境の森を越えて、都に向かうつもりかい?、とてもじゃないが危険だ止めときな!」
呆れた口調で言われた。そこで昼食がてら料理を頼み、話を聞けば、どうも魔境となってから……。この辺りの森は、昆虫モンスターの宝庫となっていて、夏から秋にかけて産卵期を迎えるため危険だと言うのだ。
「親父さん、あれはまだ走ってるのか」
困ったミウ達を救ったのは、土地勘のあるジロだった。
「トロッコ列車か……、まだ開通しとる。お前さんよく知っとるな?」
「まあな俺は、西の辺境の生まれでさ、トロッコ列車の運行を飽きもせず見ていたからね」
自嘲気味に嘯くが、親父さんはなるほどと一つ頷いた。
「ここから西に半日も行くと。洞窟がある。そこはまだ生きてる駅だ。行ってみるとええ」
「おっ案外近くに駅あるんだな!」
「なんじゃ、お前さんら知らんかったんかい」
呆れた顔をして、宿の親父さんはエールを置いて、自分の仕事に戻って行った。
翌朝買い物を済ませてから、洞窟にあるという駅に向かった。「あの~ジロさん、昨日言ってたトロッコ列車ってなんですか?」
「ああ~そう言えばお前や、リョクトは知らないんだったな、因みに親方様は?」
「多分、それ乗ってるな~、うろ覚えだがこの辺りまで、来た覚えがある。場所までは……」
申し訳なさそうに顔を曇らせる。
「まあ~それは仕方ありませんぜ、何せトロッコ列車は生きた坑道を使う、もしかしたらミウ様が使った駅は、死んでる可能がありやす。なので魔境に住む住人に聞く必要があったんで」
説明されたら納得である。
「まあ~ゆっくり話してる暇は無いようですぜ!」
いきなり片刃の幅広いシュミッターを抜いて、ミウ様の頭上を薙ぎ払う。
ギチギチギチ!?。
不気味な異音を上げて絶命した虫モンスターに、ミウ含め皆驚いていた。
「擬態昆虫ですな。多分ナナフシの一種でしょう」
淡々と何でもないことのように言った。 「ただ安易に。その辺の樹や葉に触らないようお願いします」
「わっ分かった」
三人は揃ってジロの注意事項に頷いていた。
虫のモンスターが、無数に生息する魔境。見るもの感じるもの全てが、アルトには新鮮に感じられた、
「生き生きしてるなアルト」
隣を歩くリョクトさんに言われて、初めて気付いた。
「あっそうかも。不謹慎な言い方ですけど。初めて地方を出たから……、なんだか楽しみなんですよ。初めて見るモンスターや植物。もしかしたら見たこともない種族に出会えるかも。そう考えるだけでワクワクしちゃって」
気恥ずかしそうに笑っていた。
「ああ~それ分かるよ。俺も初めて旅に出た日は、ワクワクして寝れなかったからな」
リョクト自身も。地方を出たのが初めてだ。何もかも目新しい。しかし地方を旅した経験があったし。ミウ様について、沢山のモンスター討伐にも参加していた。その経験からある程度立ち回れる自信はあった。それでも見知らぬモンスターとの戦い。見知らぬ土地の旅は心踊る物だ。
━━洞窟まで、人が通った後が残っていて、一行は迷うことなく。駅を見付けることが出来た。
駅のある洞窟の周りには、小さな集落と。グランデ王国守備隊を配置して、砦のような陣容になっていた。門の入り口で、守備兵の検問を受け、いくばかの税を払うと。
トロッコ列車に乗れるとのこと。運行は日に二本。上りと下り。上りは基本都に直通であるとのこと。
「今日の運行は終わっている。安くはないが宿に泊まることを勧める」
守備兵に聞けば、夜になると血液を吸う。ナメクジ形のモンスターが、砦の中にも出ると。理由を聞けば、納得出来た。宿は集落に一軒だけで。普通の民家を大きくしたような作り、二階に四部屋あって、一部屋には二階建てベッド一つ。テーブルが一つ置かれた小さなワンルーム。部屋は全て同じであった。ちょうど二部屋空いていたので、今日はゆっくり休み。明日の朝。トロッコ列車で、都に向かうことになった。
昨夜からしとしと降る霧雨は、産卵期の昆虫モンスターにとって、活動を活発にさせた。そのため多少なりトロッコ列車の運行が遅れるとのこと。それは昨夜の雨で、ナメクジが出たと朝から騒ぎになっていた。トロッコ列車が来るまでの間。食堂で簡素な朝食を食べながら、時間を潰していた。
「ミウ様、間もなくトロッコ列車が、到着すると守備兵が知らせてくれました」 外で、ナメクジ討伐を手伝っていたリョクトが、知らせてくれた。
「そうか、では駅に向かおう……」ミウ様の言葉で、みんな荷物を手に、洞窟に向かった。
洞窟の入り口は、丁寧に加工されていて、足元は板で舗装されており、歩きやすいようにされていた、奥は地下に続く坑道が広かっていて、たまたま洞窟に坑道が繋がった場所と聞いた。梯子を使って地下に降りると、既に10人ほどの乗客が、鉄柵で囲まれたホームに固まっていた。
「お客さんたちこっちに入ってな、トロッコ列車が来ると風で荷物が飛ばされたりするから」
初老のガッチリした体躯の男に言われるまま、鉄柵の中に入り。大人しく待っていると。
ゴゴゴゴゴ。カチャカチャとした音が、坑道内に響いてきた。
「間もなく到着します。トロッコ列車がそこの白線に止まるまで、動かないようにお願いします。それと巻き上がった風に帽子とか、軽い荷物が飛ばされないよう、しっかり持ってください」
「アルト荷物はしっかり背負って、口は閉めといた方がいいぜ」
ジロさんに言われた通り。素直に足元に置いていたリックを背負い。岩だなに押し付けて立つと。にこやかに笑うジロさんに、頭を撫でられた。見ればミウ様、リョクトさんは旅なれてるせいか、荷物を肌身から外さない、自分もこれからそうしようと肝に命じた。ガタンゴトン、ガタンゴトン、ゴゴゴゴゴ、ガタンゴトン、ガタンゴトン、身体に響くような振動と。音が大きくなってくると、徐々に強い風が、坑道内を渦巻き、アルトの髪が遊ばれていた。段々と目が開けてられなくなり、眼を瞑った瞬間……。風が消えていた。
「アルト来たぜ」
ジロさんに言われて。慌てて眼を開けた。視線の先には。赤い屋根が付いた。馬車の幌がない骨組みだけのような乗り物があった。
「さあ~さ皆さん。足元に気をつけて、お乗り下さい。それから冷えますので、上着着用か、お持ちでない方は、椅子の下にある防寒具を着用下さい」
説明を受けたが、こんだけ暑いのに不思議に思ったアルト&リョクトに構わず。ミウ様、ジロさんは防寒具を着用していた。
「出発!」カンカン、駅にあった鐘が鳴らされると。トロッコ列車はゆっくり走り始め。徐々にスピードを上げて行く。
アルト、リョクトの二人は。世の中に。こんなスピードで走る乗り物に乗ったことがなく。都に着くまでの数時間。寒さに震えた。二人はこの時のことを後に、次は絶対防寒具を着よう固く決意した。
━━数日前。魔境グランデ・魔導師ギルド。
地方ギルドから使者を送ると一報が、フレイ・オリビエ・ティアズの元に入ったのは未明。遠い地方ギルドとはいえ。国交を開いてる霊峰の議員を使者に送ると聞き、何用なのか話し合いがされていた。何せグランデのギルドにとって、儀式を行った負い目がある。時期的なことから疑念を抱いたのだ。
「まず使者と話しをしてから。対策を練るべきだが……」
気になるのが、最年少の議員だと知らせはあったが、名前、出身など。詳しいプロフィールが不明。どのような案件で使者が訪れるのか、上層部が不安に思ったのだ。フレイもその1人であった。
やきもきしていたフレイの元に。ようやく使者らしき一行が、魔境の地下を走るトロッコ列車に乗ったと。一報が入った。これには驚きと疑念が浮かぶ、魔境を抜けては解るが、今は夏。燃える川を渡ることはかなり難しいと思ったのだ。やはり使者は船で来るのではないか、それならば後。半月先になるはず。その間に情報を集めて……、
「もっ申し上げます。トロッコ列車の駅に詰める守備隊より伝令が届きました。地方魔法ギルドの使者が到着したと」
これには居並ぶ。ギルドの重鎮、議席を与えられた老人達が驚きを浮かべた。 「……これはまた。随分と早い到着だ」 あちらがどの様な思惑にしろ。どの様な人物が来たか、会って見極める必要を感じた。
魔境グランデでは、虫モンスターの宝庫。初めてみるモンスター、他国の旅に、心踊らせるアルト。
一方で、うしろ暗い気持ちのあるグランデの魔法ギルドは。使者に対して懐疑的であった。また同じ物語か別の物語で配当の魔王でした。