魔獣
大鷹に襲われて、危うく餌にされるところを。噂のミウに救われたアルトは、どうにかして、弟子にしてもらおうと奮闘していた。
限られた時間で、クレイバレスを越える方法を模索していたミウは、ドワーフと親交があったアルトの気転で、ミウ達は、無事灼熱地帯に生息するモンスターを捕らえるため。炎の森を歩んでいた。
━━ミウ達が、火蜥蜴の群れから逃走してる頃。
レン達兄弟は、魔獣と呼ばれるガルムの群れを見つけていた。火を吐く魔獣は、褐色の毛並の中型犬ほど。大きな犬に似たモンスターである。一匹づつは大した強さはない。しかしガルムは群れで行動する。その数15~30にもなる。しかしレン達が見つけたのは、それよりも規模が大きな大群で、ざっと見て、その数━━100にも及んでいた……。
それにしても……、この数は異常だとレンは野人の勘で、警戒していた。鋭く目を細め。群れを観察する。
━━すると、群れの真ん中に。真っ黒い毛並みの巨体を横たえた獣が寝ていた。
「あれはまさか……」ガルムには希に2つ頭を持った。大型の個体が生まれることがある。それが魔獣ガルムと呼ばれる由縁だ。
気配なく起き上がったレンは、急ぎミウの元に急いだ。あの群れは危険だ。知らせる必要があった。
休憩するミウ達を見つけたレンは、足を早めた、レンを見つけたアルトはかなり驚いていた。それはリョクト、リサも同じで、みんな胸騒ぎを感じた。
「ミウ様!」
押し殺したまま、到着するや、今見た出来事を懸命に伝えていた。
「魔獣か……、場所はどの辺りになる?」
険しい表情をしたミウに聞かれるまま。辿々しいながら。詳しく語ったレンに。
「ご苦労様、ガルムは何とかなるから、可燃液状生物を捕らえに行こう」ガルムを捕らえに行くのは危険と判断したミウは、燃える川に向かった。
魔境と呼ばれる地があった。その昔その地は美しい巨大な森で。近隣の山々では、それは良質の鉱石が取れる鉱山がいくつも発見された。
━━当然ながら鉱石を掘れば、その他貴金属や、宝石等、それ以外の資源鉄、銅、石炭に分けられる。その時使われたのが、美しい川であった。一攫千金を望む者によって、密かに鉱山は掘り進められていた。瞬く間に美しい川は、生物の住めぬ毒の川へと変わり果てる。そうなれば川近くにある木々は枯れ果て、動物達は死んでいった……。欲望に焦がれた多くの人間は、そんなことも気にせず。鉱山を毎日毎日掘り進めていった。
━━そんなある日のこと。炭鉱の一つを掘り進めていると。真っ黒い油が溢れだしてしまい、瞬く間に広大に広がる。地下坑道に流れ混んでしまった。もはや掘り進めることは不可能になったのだ。当初楽観的だった炭鉱夫の願いとは裏腹に。黒い油はいつまでたっても。収まることなく。ついに地上に溢れだした。山々から流れた油は川を、森を汚染して行き、遂に森は命を失い。川はぼこぼこ燃焼するガスを放出する、危険な川になってしまった。さらに油が気化しやすい季節になると。ガスが燃えることもあって……、雨季でもなければ、火が消えることがない危険地帯となるのが、まさに真夏である。
一行は、アルトが用意したマスクを装備していた。
『アルトこれはいいね♪』
ミウが三年前にこの川を渡ったのが、丁度雨季で。夏場に発生するガスの知識がなかったのだ。知らなければ命に関わると知り、肝を冷やしていた。かなり安易に考えていたようだと猛省していた。
嗅覚の鋭いレンと兄弟達は、ここから離れた遥か後方で、みんなが戻るのを待っていた、ドワーフの戦士であるサントラ、フロトには念のため。魔獣ガルムが、群れを連れてること。知らせに戻らせていた。今は時間がない……、いずれ討伐することになるだろう。しかし今はマグドンを何匹か捕まえて、引き上げることにした。『ミウ様、マグドンがいました』
リサの指す先に、真っ黒い川をたゆむ。プルプルしたモンスターが、浮いていた。あれが発火したら、辺り一面に爆散して、大火事になってしまう。ダメージを与えるのも危険だが、相手に気付かれない状態ならば、比較的簡単に捕まえられるモンスターである。
『よしこれでいいだろう、戻ろう』
ほっとした顔をしたアルト、ゲントに一つ頷いていた。一行が戻ると。見るからにレンは安堵していた。
ドワーフの洞窟に戻ったミウ達を。出迎えたドワーフの長クレムと。固く握手したミウ。
「この仕事が片付いたら。部下を連れて戻る。それまでラセル、ゲントを残すから安心をクレム殿」「ありがとうございます!。ミウ王、危険を早急に知らせてくれただけでなく、討伐の助力を得られるとは、幾重にも感謝いたします」
挨拶も早々に。一行は領地に急いだ。
━━領地を出て、10日あまり。
ミウ様が戻られたと、すぐに報せが届いた。予想外に早い帰還に。ミウ様に何かあったのでは無いか?。ナシアは血の気を失い。言い知れぬ恐怖を覚えて、真っ青になっていた。村から屋敷まで、馬車なら僅かな時間である。それさえも待つことの恐怖を感じて、部屋の中をうろうろしていた。
「ナシア様。ミウ様が戻られました」
元傭兵で、ナシアの護衛に雇っているジロの言葉に。安堵すると同時に部屋から、飛び出していた。呆気にとられたジロは、同じく惚けてたレケルと顔を見合せ、やれやれと肩を竦めていた。ようやく主が、自分の気持ちに素直になったようだと。思わず笑っていた。
周りのことはもう気にならなかった。例え仕事が失敗だったとしても。ただ無事な姿を……、
「良かった……」
ミウ様はとても疲れた顔をしていた、無事な姿を見た瞬間。へたり込んでいた。
ミウの執務室にて、改めてお話を伺ったナシアは、それはそれは驚き。場も憚らず涙していた。
「ありがとうございます……。ミウ様……」
その日の内に、海遠に戻ることを決めたナシアは、おいとまを告げていた。
「ミウ様、お支払は 、私が戻り次第。いか様にも」
「わかった。君の帰りを待ってる」
「……はい」
潤んだ目は、振り返った瞬間に消えていた。女の顔を見せるのはミウ様の前だけと。心に誓い。闇商人ナシア最初で最後の仕事に赴く。固い決意に表情が引き締められていた。
それから5日後のこと……、ラセルから緊急連絡が入る。
『ミウ様。冥界の犬が率いた群れと。魔獣ガルムが率いた群れが、炎の森で、争いを始めました!』
流石に顔が強ばる。どちらも強力なモンスターである。それが群れを率いて争いを始めまたとなると……。何かしら原因があるはずだ……。
「リターラ、アルトを」相変わらず無表情である。メイド長に頼むと。
「暗殺ですか?」
「いやいや、普通に呼んでくれればいいから」
慌てて言うと。
「そうですか?。最近あの子レンと仲良くしてるので、羨まし……、秘訣が聞きたいと。(もとい人の輪に入り込む才能が憎い……)」
殺気混じりの怪しげな眼差しに。思わず苦笑していた。
「確かにアルトは、素直で、みなに好かれる性格だしね……。そうだなどうだろう?。レンでは無理な仕事をアルトに任せようと考えてる。しかしわりと君向きな任務なんだが……」
「お任せ下さい!」 自分で、今すぐ炎の森に向かうことは出来ない。数日領地を離れられなくなった理由があるのだ。昨夜西の集落近くに。ゴブリンの巣が見つかったと報告があった。それゆえレンは送り出せない。ならばリョクト、リサ、機転の効くアルト、隠密行動が得意なリターラが加われば、それほど悪いことにならないだろうとの予感がした。
2日後━━。
再びアルトは、ドワーフの洞窟に向かうことになった。
「はっ。初めましてリターラさん」
メイド服を着た美しい女性は、アルトの顔を無表情に見つめていた。
「……よろしく(なるほど人好きしそうな。顔をしているわね)」
ジーっと、無言で見つめられてると。強いプレッシャーを感じて、いたたまれなくなっていた、
「フン、行きましょう」満足したのか、さっさと馬車に乗り込んでいった。戸惑うアルトに、リョクトが慰めるよう肩を叩いた。
3日後……。
途中厄介な、ブーレゼスと呼ばれる。見た目は。毒キノコに似たモンスターのことで。ニヤニヤ笑いながら近付いてきて、しめじに似た手で、ぽかぽか叩いて来る。見た目こそ毒々しいが。全く毒は無い、しかし厄介なのが一度敵と見なせば、いつまでも追いかけてくるというしつこさと。やたら高いスタミナで。ダメージを受け続けると突然弾けて、分裂するという。ループモンスターである。アルトはここで、精霊石を一つ使って、大量に増えたブーレゼスを焼き付くした。
「助かったよアルト……」済まなそうなリョクトに。
「大丈夫ですか?」
心配していた。するとリターラが近寄り。
「良い判断だった」 ぼそり呟き、すたすた馬車に乗り込む。やや唖然として、後ろ姿を見送っていた。
「アルト……。貴方に話しとかなきゃ。ならないことがあるの……」
疲れた顔のリサは、兄の顔を伺い。リョクトは静かに頷いていた。
……五年前。
塩湖の南東に。無影と呼ばれる国があった。現在暗殺ギルドが牛耳るこの国は、謎多き国ゆえに。国の成り立ちなどが全て、ベールに包まれていた。
無影の国は、塩湖の潮溜まりと呼ばれる。大地が薄い塩で覆われた土地にある国で、近隣に塩山、海遠、洛西、本郷、水神に囲まれた小さな国である。しかし所領する土地は、塩害による影響で、作物の育たぬ不毛の土地であった━━。
暗殺ギルドがいつ頃作られたか、定かではないが……、ヤサカと呼ばれる者が、王を影から操り。暗殺ギルドのマスターとして知られていた。そもそも同じ塩湖に所領する塩山とは、根本的に国の場所に違いがあった。その為片や交易の国として発展し。片や貧困に喘いだ……。
元来無影の男達は、強靭な精神と強い肉体を兼ね備えた。屈強な戦士が多く。一時期傭兵の国と知られていた。当時傭兵の仕事は少なく。普段の主な仕事は、潮溜まりから水を汲み上げるしかないのが現状で、そんな仕事では日々の食に困り。金にならず。弱い者から死んでいく現実━━。そこから生まれた存在。それが暗殺ギルドであった。
暗殺ギルドの仕事は主に三つ。暗殺、諜報、誘拐のグループに分けられていて、それぞれにマスターと呼ばれる。三人が君臨していた。その配下に7人の幹部、幹部の下にそれぞれ直属の頭がいて、仕事を割り振る仕組みだ、また頭は、200人からの配下を抱えていて、小さなグループを幾つも作り。そのグループのリーダーである。小頭に仕事を斡旋するシステムを使っていた。暗殺ギルド最大の勢力が、暗殺を生業にするグループである。その中でも特に名を知らしめていた女がいた。
━━孤高であり、グループすら持たず。頭に任じられていた者。彼女こそ暗殺四天王が1人。影のリターラであった。
彼女が彼と出会ったのが、五年前以上前の頃で、一目見た瞬間。
「……美しい」
思わず目が離せなかった少年は、その日、暗殺ギルドによってスカウトされ。無影に着いたばかりだった。しかし……、リターラの前をただ歩いてくだけの行為。思わず引き込まれていった。歩き方、歩用こそ暗殺者にとって、全ての表現方法であったからだが……。
━━例えば毒、使いならば。天候、湿度、地形を見。注意を払うため用心深く歩く。
━━暗器使いならば、相手の注意を惹かない。気配を希薄にしての歩方を、常日頃から心がけ。よく猫のようなしなやかな歩き方をする。
━━強者ならば、己を信じ。身に付けた業にあった歩き方をする。剣士なら地面をするように、武道家なら。無造作ともとられる歩き方をするし、遠距離の暗殺を得意とするものは、景色と同化させるように気配を消しながら歩く。
━━しかし少年はまるで……。野生の狼が、その場に現れたかのような。肌が泡立つ。強い存在感を醸し出し。リターラと目が合った瞬間、眼差しには、凄まじい威圧感を兼ね備えていた。一歩あるく度。辺りを注意深く見ながら、獲物を探すような所作から。リターラは感動してしまっていた。いやレンに一目惚れしてしまったと言っても過言ではない。
あの日の出会いは、リターラの宝であり。今の幸せを長く噛み締めたいと。そっとため息を吐いていた。
「…リサは、お節介だわ……」
外の会話に耳を傾けながら。あの日を思い出す……。
レンは、リターラと出会った日から、すぐさま優れた実力を示し続けた。僅か一年で小頭に選ばれ。二年で四天王の一角に。名を上げられる存在にまでかけ上がっていた、
━━そして……。リターラは、レンをただ1人の部下に選んだのだ。何を隠そうミウ様暗殺を命じられたリターラは、レンに任せた。それが始まりであり。地位を失うきっかけであった。
全幅の信頼を寄せていたレンが、たった1人の魔導師に打ち負かされた。兄弟達ともども捕縛されたと聞いたと聞いた時。目の前が真っ暗になっていた。上の命令は簡潔だった。例え名を上げようと弱い暗殺者は不要。要するにレンは見捨てられたのだ。
以前のリターラなら、ギルドの考えを正答と考えたに違いない。しかし……今回だけは、聞けなかった。だから暗殺ギルドから抜けて、自分が暗殺される危険を犯しながら。旅立ったリターラは、自分の手でレンを救うと、固い決意をした。
ところが……、たどり着いてみれば、レンや兄弟達は無事で、ミウ様に自らの意思で仕えてると知り。非常に驚いた。何せリターラが知るレンとは。野生の狼と同じく。プライドの高い生き物だったからだ。それがあのような顔で笑い……。幸せそうな姿を見たリターラは、ミウに殺意を覚えた。普段のリターラならば、しない大失態。瞬く間にレン達に察知され。捕まってしまう。
「なんたること……」
我が身を恥じたが、全ては終わった。そう思っていた。
「君。レンのこと好きなんだよね?、さっきのあれ。焼きもちかな~」
いきなり隠していた気持ちを。ズバリ言い当てられてしまい。あたふたして結局。
「悪いか……」ムッとして、殺気混じりに優男を睨み付けていた。
「いやいや別に~。僕としては、君の恋を応援したいくらいだしね~」
目の前の男が、何を言いたいか、意味が分からなかった。この男何を企む?、疑心暗鬼に駆られていた。
「面白い男……」
ボソリ呟く。どうやらあのときの話が、終わったようだ……、あの少年はどうでるだろうか?。あのミウ様が認めた以上。多少興味を抱いた。私のレンに親愛(羨ましい)を示したと聞き。頭の中では様々なお花畑が飛び交う。それゆえ普段無表情になっていた。
「あの~リターラさん、少し良いですか?」
そんな話から始まり……。アルトがレンについて、気付いたことを話した。
「あのレンが甘党?」驚きの事実であった。てっきり肉が好きだとばかり……、これはチャンスではないか、
「この間。聞いたんですが、お花のクッキー作ったことありますよね?」
「……ある……」
あれは確か、メイド見習いの……、
「セノーラとアトラが、美味しく食べている時に。突然レンさんが現れて、『俺にも一枚くれ!』そう言われて驚いた二人でしたが、何枚か差し上げると」
それはそれは美味しそうに食べていた。レンは姉弟に。誰からもらったかと、しきりに訪ね。話を聞いたときは。それはそれは驚き目を丸くしていたとか、初めて聞く話ばかりで、非常に新鮮な気持ちになっていた。
「レンさんと。友達になるきっかけに。なるといいですね」「………ありがとう」
「はい♪」
生まれて初めて、人の親切を有難いと感じた。だから素直に礼を述べていた。
一行が、ドワーフの洞窟にたどり着いたのが、村を出て3日目の夜。ラセルさん、ゲントさん久しぶりの再会である。
「よお~久しぶりだなリョクト、リサ、ん……リターラにアルトか」
何やら考えこむゲントは、村で何かあったのだと察した。
「ミウ様とレンが同行していないのは、領地で何かあったな?」
「ああ……、西の集落近くに。ゴブリンが住み着いた」
「ちっ、またか、あの辺り小さな洞窟多いからな~、それにしても。アルトを寄越したか……」
色々と含む物言いである。ひとまず一行に炎の森で起きてる現状について、話を聞くことにした。そこで長年この地に住まう。ドワーフの長クレム、戦士サントラ、フロト兄弟も同席して、
魔獣ガルム、冥界の犬がどの辺りを縄張りにしてるのか、今までそんな事例があったか、話を聞く内に━━。
「わしが親父に聞いた話だが、以前にも同じことがあったと。言い伝えがあってな……」
クレムの父は10年前に他界してると前置きして。
「親父に聞いたのがガキの頃で、うろ覚えなのだが……、今のような闘争が起こったのが、親父の子供の頃と言うから━━約130年以上前の話になる」ドワーフはエルフほどではないが、長命で知られていた。この場にいる三人が、洞窟に住むドワーフの最年長とのこと。それでもドワーフとしては、大変若いそうだ。
「その時聞いた話では。冥界の門を守る王ケルベロスに挑むため、二大勢力は争い。次代のケルベロスを誕生させる儀式ではないかと。言われてるそうだ。アルトお前の父が当時の話を聞いておったぞ。何か残しておらんのか?」
ここで長は、アルトに水を向け聞いていた。訝しげな顔をしたラセルは、
「クレス殿。どうしてアルトに聞くのですかな?」
「うむ、アルトの父は、地方では高名な学者だったのは知っておるかな?」ゲント以外は揃って首を降る。それを見てアルトを軽く睨み付け。仕方ないなといった口振りで首を降る、アルトの父オルト・ソーニアスについてクレムが、かいつまみ語った。「兄さん!、オルトさんて……」
「ああ……」思わず顔を見合わせていた。
二人が、オルトさんと出会ったのは一度だけ……、それでも。あんなに優しくされたこと忘れるはずがない。
「その様子では、ミウ王にも話して無いようだなアルト……」
全てお見通しのようだ。だから素直に頷いていた。
「アルトは昔から、相手を気遣う優しい少年なのだが、父のオルトはそれに輪をかけた。お人好しだった……」
昔を懐かしむクレム。しかし今は少しでも情報が欲しいところ。フッと昔の記憶を思い出していた。「あっ、確か父さん、森の西側、奥にある。古い石碑の裏に……、古い石棺が隠されていて、本当に大切な物を隠してた記憶があります」
するとサントラ、フロト兄弟は顔を見合わせていた。確かゲントが、冥界の犬を見掛けた辺りであった。
「……アルト。場所は分かるのね?」
リターラに問われて、素直に頷いていた。
「……そう、なら私が連れて行ってあげるわ」
珍しいことに、うっすら笑みすら浮かべていた。
艶やかな衣装に着替えたリターラは、アルトを連れて。灼熱地帯、炎の森と呼ばれる。火属性の力満ちる森に足を踏み入れた。
「リターラさん冷やし草の丸薬をどうぞ」
事前に説明を受けたので、素直に口に入れて、カリッと噛み締めた途端。嘘のように暑さを感じなくなっていた。確かにこれは……、感心していた。
「こっちらです」
二人は、殺気と唸り声満ちる森の中を。ただひたすら気配を殺し。辺りに注意しながら先を進んで行った。するとさほど進まない内に。ハウンドが、数匹の群れを作り。見回りをしてるのを見掛けることがあった、リターラさんが持参した、鏡のマントと呼ばれるマジックアイテムによって。周囲の景色に同化し。幾度となく掻い潜り。少しずつ確実に。石碑のある遺跡に近い。森の外れまで来たところで……、ある出来事に顔をしかめていた。
よりにもよって、石碑のすぐ側。冥界の犬が、休んでいたのだ。真っ黒い毛並み、口から青白い煙を吐きながら寝息をたてる姿は、凄まじい威圧感を感じてしまう。すっかりアルトは飲まれていた。リターラは何を思ったか、いきなりアルトの尻をなで回してきた。ゾワゾワした感覚に。我を取り戻し。叫びをあげようとしたが、慌てて口を押さえていた、抗議の目でリターラを睨む。しかしリターラさんは、無表情に圧し殺した声で、
『ゆっくり、気配を殺して進みなさい』
迫力ある眼差しで、先を行くように促されて。コクコク素直に従っていた。風下から石碑に。抜き足。差し足。忍び足。僅か30m足らずの距離が、凄まじく遠く。これが炎の森の中だったから、視力の悪いハウンドの群れの中を進む勇気がもてた。ハウンドの目は熱を感知する。蛇に似た感覚器官を備えたモンスターだから。これが目がよいガルムだったら、既に見つかっていたはずだ。
━━どうにかヘルハウンドに気付かれず。石碑に近付けたアルトは。父が石碑の文字をなぞり。ある言葉を浮かび上がらせることで、隠された『王の宝箱』を開けさせることが出来る。
実はアルトが石棺と言ったのは正しくない。棺桶に似た形だが、アルトの手のひらに収まる小さなサイズの石棺を開くと。一冊の手帳が隠されていた。素早く手帳を取り出して、服の下にしまいひとあん……、
いきなりリターラさんが素早く振り返るや。アルトの口を塞ぎ身を屈めた、何するのとムッとした抗議の目を向けると。いつの間にかムクリ起き上がった冥界の犬に。注意を向けさせる。驚きのあまりパニックに陥りそうになった。するとアルトの頭を胸に抱き、優しい声音で、
『気付かれていない。大丈夫……』
優しく背中を撫でられてると。徐々に恐怖が収まり。身体から力が抜けていた。落ち着いたのを見計らい。アルトから離れる頃。
ヘルハウンドは、鋭く二度辺りに吠えていた。すると辺りから沢山のハウンドが集まっていた。どうやら例の魔獣と。抗争を繰り広げる時間のようだ。こちらから見ると身体に無数の怪我が見てとれるし、先ほどの眠りは自身の回復に勤めていたらしい。そう考えを巡らせているとき。何気なくヘルハウンドが、一瞬こちらを見た気がして、リターラは素早く伏せていた。
間もなく。雄壮な遠吠えを残して……、冥界の犬は走りだしていた。しばらく辺りを伺っていたが、ハウンド達の気配が遠ざかるのが分かり、背に滴る嫌な汗を感じながら、座り込んでいた。しばらく息を整えていたリターラは、無表情に戻り。
「急ぎましょう」 「はい」
二人は途中、魔獣ガルム、冥界の犬が、凄まじい戦いを繰り広げる場面を。遠くから見掛けた。場所は以前火蜥蜴を落とした温泉の近く。窪地になってる場所で、二人から見てかなり近い辺りでも、ハウンド、ガルムは争い。次々と命を失っていた。すると倒した魔獣は力を増してるように見えた。
「急ぎましょう、ここは危険だから」
「はい」
促されて、ようやく歩き出したアルト。
……でも。
見ていたい気持ちも強く意識した。
途中二度ほど、冷やし草の丸薬を補給して、ドワーフの洞窟に戻ったのが、すっかり辺りが暗くなった頃で。
「お帰りなさい!」 心配していたリサさんに。いきなり抱きしめられて。目を白黒させたアルト。傍らを無表情に通り過ぎたリターラと。一瞬だけ目があっていた。アルトだけ気が付いた。ほんのり目元を和らげる笑みを残して。さっさと奥に行ってしまった。何だか胸がぽかぽかしていた。
無事にアルトが持ち出した手帳は、ラセルさんに渡した、自分の仕事に満足して、座り込んだアルトは、そのまま直ぐに寝入ってしまっていた。
「疲れたのね……、無理もないけど」
あどけない寝顔を見ながら。そっとため息を吐いていた。
「どうですかなラセル殿?、記述はありましたか」
「ええありました。どうやら今回のような出来事が、過去に何度もあったようでね、記述によると数十年~数百年に一度。行われる儀式のようです!」
興奮した口調で捲し立てた、洞窟の居住区から二人が無事帰還したと聞いた、サントラ、フロトもやって来たところで、
「オルト博士は、魔獣同士の争いを『番人の儀式』と記しておりました」
冥界の門の番人と呼ばれる魔獣がいる。3つの頭を持ち。竜に比肩する巨体、それぞれの頭は炎、氷、雷のブレスを放ち。一度走れば世界を僅か7日で駆け抜ける。強大な力を持った魔獣の王が誕生すると言うのだ。
「これによると魔獣ガルム、冥界の犬二匹の魔獣は、お互いが率いたモンスターを殺していき。倒した相手の魔力を吸収して、次代のケルベロスへと転生するための試練のようです」
しかしそれは……、古くから存在する王に挑み。新たな力ある王を誕生させる儀式と言うので。まるで人間の世界……、
「これらは人間が……」
国を奪い合う戦争に似ていた。
「7日7晩、炎の森で行われるため。その期間、森に近付かなければ、こちらを襲うことは無いようです。それで……クレス殿。しばらく注意は必要ですが、必要な物資を書き出して下さい、ミウ様に援助していただけるよう伝えますので」
「おお!、それは有りがたい、我々ドワーフは人間と違い。食物が無くても生きて行けるが、最近手に入らぬ良質な鉄、銅、銀等の鉱石、それと酒を援助して下さるなら。対価として、わしらが作った。武器、防具を安く提供致しますぞ!」力強く名言していた。これは竜の峰で暮らす人々にとって悪い話ではない。
「分かりました。直ちに伝えてきましょう」
満足気に微笑みラセルは、早速洞窟の地下四層目にある。地底湖に向かった。
━━竜の峰、西の集落。
アルト達が、ドワーフの洞窟に向かった日に。元古里の兵士10人と集落の男達5人を連れて、ミウとレンはゴブリンを見かけた洞窟にやってきていた。
「ミウ様、あそこに間違いなくいる。数多い」
皆が怖がるので、レンの兄弟達は、少し離れた場所で身を隠していた。
「ミウ様、どうする?」
どうも盗賊ゴブリンのようである。珍しいモンスターではないが、ここに巣を作られては、近い内に。集落を襲いにくる可能性が高く。早めに根絶やしにする必要があった。
「乾燥ヨモギと苦草はあるか?」
集落で暮らす。不安そうな顔の男に聞くと。大きな袋を手にしていた。それにレンは嫌そうな顔をして、プイッと横を向いた。
「レン頼めるかい?」
袋と火打石を前に。スゲー嫌そうな顔を隠さず。
「……………この煙の匂い。ずっと消えない……」
「……終わったら。一緒に温泉に入ろうな」
「……うっ、風呂苦手」
顔をひきつらせ。泣きそうな顔をしていたが、この中でレン以上に気配を消して、風を読み、洞窟に煙が流れるよう計算出来る者はいない。それを理解するだけにガックリと項垂れていた。
━━音もなくレンは、森の中を疾走していき。程なく……。
「ミウ様」傍らにいた集落の男が指した先を見ると。真っ白い煙が、もくもくと洞窟に向かって流れて行く。
「布をつけよ」
鼻と口を覆うよう。水で濡らした布を巻いて、それぞれ武器を手に身構えた。
ゴブリン達は異変に気付き、逃げ場のない煙から慌てて、洞窟から飛び出した。
「突撃!」
命令を受けて、男達はゴブリンに殺到していた。ミウは素早く立ち上がり。タクトを構えた。
「我が、家に暮らす。勇猛なる兵士達よ━━」
人形の家に配置してある。オークの戦士達を呼び出していた。
煙に巻かれて、慌てふためくゴブリン達も。人間の襲撃者に気付き、反撃開始していた。それを見越して、
「クリーチャが掃討を開始する!」既に決めていたこと。男達は素早くゴブリン達から離れていた。瞬く間に掃討されてくゴブリン達。怪我人こそ出したが、被害もなく。皆無事に帰宅できることになった。
「ミウ様、ありがとうございました!」
「うん、また何かあれば知らせを。それと来るときの馬車に。寒冷に強い種芋を仕入れた。試しに半分を新しい畑に。残りは各家の菜園で」
「ありがとうございます!。早速明日にも」
「うん、帰る前に集落の結界を張り治してくから。それまでにまた必要な物を書いといて、それとドワーフと国交が開くから、農具や自衛の武器をまともにできるはずだよ」
「おお!ドワーフと。それなら村に。鍛冶屋が出来ると良いですな」男の言葉に相貌を崩し頷きながら。
「そうだね。悪くない考えだ。ドワーフの長に。話してみるよ」
優しく見える笑みを浮かべていた。
「念のため洞窟を調べたら。帰還する」素早く命令すると。男達は揃って頷いていた。
ミウが村に帰宅したのは、それから3日後のことである。他の集落にも種芋を届け。結界を張り治したため。時間が掛かったのだ。屋敷に戻る前に。村長プライマを訪ねていた。
「ミウ様、お帰りなさいませ」
自宅で。雑貨ストアーを営むプライマは、前掛け姿のまま柔和な笑顔が、印象的な青年である。
「少し話がある。大丈夫か?」
「ええ。大丈夫です」
お店の入り口に、休憩中の看板を出してから。家宅にお邪魔していた。改めてプライマに西集落近くに。住み着いたゴブリンの掃討が、上手くいったこと。ドワーフと国交を開いたこと。集落の男から、村に鍛冶屋が開けないか、そう言われた経緯を話して聞かせた。
「おお~確かに、村に鍛冶屋があれば助かりますな~。ミウ様!、ドワーフの職人が我が村に来てくだされば。村は勿論のこと。集落の発展が大いに望めます」
流石は元古里の文官である。利点に気付いたようだ。ミウが所領する村は、辺境にあるため何もかもが足りない。少しでも民の生活を楽にするため。考えることは多い。
「ではドワーフの長と、その辺り話し合いを持たせる。その前に酒の仕入れを頼みたい」
「心得ました。年内は間に合いませんが、果実酒の仕込みが終わり。来年早々試飲可能になるそうですよ」
それは朗報である。それから私的なことであるが、近々妻をめとる可能性があると言うや、それはそれは眼を丸くしていた。
「ガーラント商会が、ミウ様の後ろ楯になるならば、塩山のマルワ商会との交易を増やしてく方が無難ですね~」
ミウは塩山の王からは嫌われていたが、近隣国である塩山とは交易でそれなりに国交があった。先ほどプライマが上げたマルワ商会とは、闇商人ナシア・ガーラントの姉が嫁ぎ先であり。実質フレイラ・ガーラントが商会を牛耳ってると聞いていた。同盟を結んでる水神と、塩山は現在交易断裂していた。こうなると近隣の円斬、線武ともに輸入先に困っていたが、その一部をガーラント商会に任せていた。これからはマルワ商会にも一部頼む方向で、話を纏めていく。
「そろそろマルワ商会から、商団が来る頃だ。僕としてはドワーフから武器の輸出が出来るなら。外貨を稼ぐ方法の一つと捉えている」
「そうですな~、確かマルワから、エール酒、火酒の輸入品目がありました。残らず買い取る方向で、話を進めましょう」
「そういえば、ゴブリンが巣を作ってた洞窟には、良質な鉱石があったと聞いていたな」
「ああ~確かに。でしたら集落の男達に 。試しに掘らせてみますか?」
「そうだな準備を進めてくれ」
「承知しました」
二人はいくつかの案件を話し合い。ミウが屋敷に帰宅したのが、辺りが暗くなった頃で、ラセルから連絡が届いたのは、風呂から上がり寛いでる時のことだ。
『ミウ様……、お願い出来ますか?』
ラセルからの連絡によって、幾つか驚きの事実が含まれていた。アルトが旧知のオルトの子息だったこと。ケルベロスになる儀式が存在したことである。それにしても……、疑問を抱いた。何故そんな儀式があることを。地方魔導師ギルドは放置していたのか……、中央なら放置せず。管理……。
「誰かが、管理しているのか?」もしかしたら……、あくまでも思いつきである。それよりもアルトがもたらせた。オルトの手帳には、興味深い事が書かれていたとラセルが伝えてきた。詳しい話は戻った時にするとして、
「分かった。それからラセル……」
物資を送る段取りを済ませてあること。村にドワーフの職人を招きたい旨。交渉を頼んだ。
『ミウ様お任せ下さい』
一例して、鏡に映ったラセルは消えていた。水鏡の魔法と呼ばれる通信方法がある。魔法に心得がある者ならば、水を鏡として相手と通信する方法である。力ある魔導師ならば、こうして言葉も同時に伝えることが出来る。
「まさかアルトが、オルト殿のご子息だったとはな……」感慨深く。懐かしむように呟く、僅かな間ミウ達は世話になった学者である、しかしあれほど優しい人と。地方で会ったことはなかった……。二人を孤児と知っても。何も聞かず手当てしてくれただけでなく、温かな食事を無償で提供してくれた。
「アルトか……」この時。正式に弟子にすることを決めていた。
━━その頃。
魔境グランデ王国・魔導師ギルド長フレイ・オリビエ・ティアズは、痩身黒髪、髪の左半分が真っ白く。右目が金、左目が青というオッドアイと目立つ風貌をしていた。そろそろ三十に届く若さながら。儀式魔法の天才と呼ばれていた。静寂に包まれる寒々とした夜━━。
フレイは地下にある牢屋の奥。錆びたチェーンを引くと。ガコンと音が響き、隠された階段が現れた。
厳かな顔を隠さず。地下に降りてくと。城の地下にあるにしては、広大な部屋に足を踏み入れていた。
広さはちょっとした食堂ほどもあり、奥には魔方陣が描かれ。その傍らにあるテーブルに。城を模した人形の家チラリ見れば。新たな人形が増えていた。10人ほどいるうちの1人が、フレイを認め。赤毛の美しい女に。声を掛けていた。こちらに身を翻した女と。黒ローブを着てるものたちは、一斉に頭を下げていた。
「精が出るなリターシャ」
おうように頷いていた。気の強そうな顔を上げた。彼女の名をリターシャ・パワティー。世界に三人しかいない人形職人長である。
この場にいる7人は、リターシャの弟子たちで、うち二人がフレイの弟子である。リターシャ達は、フレイの命で、急務によって人形の家、モンスター人形の制作を担当していた。
現在魔境グランデは、ドウル正教を国教に掲げる。バッツアー国と。緊張状態にあった。
それというのも三年前から。五大国の一つ。魔法の国ラークと戦争中である。その余波は、近隣諸国にまで波及していた。
その影響で、現在グランデの魔導師ギルドは、バッツアーの抱える強大な力の一翼を担う『聖と闇の翼』と呼ばれる。天空騎士団に対抗するため。魔境の地下に存在する。冥界の門番を従える方法を模索していた。それが儀式魔法の使い手フレイの結論である。様々な手段を講じて、ケルベロスを生み出す儀式までは、フレイの得意分野だった。しかし……ケルベロスの従え方が分からなければ。生み出す行為は無駄にる。その方法をもたらせた者がいた。
「リターシャ、準備はどうだ?」
「ええ出来てます」
不敵に答え。その手に。最高級の魔法鉄鋼で作られた。クリーチャーを乗せていた。
「結構」
先日冥界の門番を置く。人形の家が出来上がっていた。
「ようやく腐れ天使どもに。抗する力がえられる!。リターシャこれも全て君のお陰だ。陛下に代わり礼をいう」
深く頭を下げるフレイ。彼の二色の頭を見つめながら、地方に渡ったミウを思う、
「礼には及ばないわ……。私にとってシュバイア王は敵。ただそれだけのことよ」
皮肉気に笑い。見た目とは違う、尊大な物言いに。フレイは苦笑していた。魔法の国ラーク、バッツアー国の戦争はもはや。ラークの劣勢は覆せない。彼女がここまでシュバイア王を憎悪する理由がある。クリーチャー技術を産み出した。クレイ教授が捕まり。処刑されたことを知ったのは、グランデの魔導師ギルドに身を寄せて、半年後のことである。ましてやあの狂信的な、闇の女神ウルを崇めるドウル正教の信徒達は、世界中の国々に入り込み。混乱を産み出していていた。
ここまでのことしてまでも。フレイが警戒する理由があった━━。
三年ほど前になるが……、バッツアーの近隣諸国アルブラン。ロータス。ケットラム。東の三国を平定していた。フレイが地方に混乱を産み出してまで、警戒する相手。小国といえど三国を。僅か7日で平定した者たちがいた。
『聖と闇の翼』と呼ばれる天空騎士団の存在に。恐怖すら感じたのだ。団員は僅か5名のみ。しかし何れもマスタークラスと呼ばれる。召喚術師達で、1人で数百にも及ぶ。集団召喚が出来る実力者ばかりである。そのなかでも双子の少女は、有名だろうか、『聖なる堕天使』姉のセルレーン。『腐れ天使』妹のニアスティン。姉妹の呼び出した聖と魔の軍勢から。天空騎士団と呼ばれるようになったと言われていた。
「ラークは、よく凌いだ━━」
未来ある若者の命を捨ててまで、四年も生き残った。それももう……時間の問題であろう。
「後は、ケルベロスが生まれる時━━」 オッドアイを細め。魔境の未来を見ていた。
竜の峰にある村から。出発した馬車は、物資を乗せて、ドワーフの洞窟に届いたのが、4日後の昼頃。アルト、ゲント、ラセル、リターラ、ドワーフ兄弟の弟フロト、四人のドワーフ職人を連れて、村に戻ることが決まっていた。
「リョクトこれを預ける。リサにはこれをね」
ラセルが二人に預けたのは、携帯用の人形の家。中にはそれぞれ三体のクリーチャーが入っていた。「リサさん精霊石残りましたから。これを」
これは依然ミウ様が、火蜥蜴を倒した時に手に入れた物だ。元素の存在である精霊を倒すと。精霊石と呼ばれる宝石を落とすことがある、これに魔力を込めると一度だけ。強力な魔法が使える。
「アルトいいの?」
「はい、帰るぼくたちよりも残るリサさんたちの方が、危険ですからね」
相手を素直に心配する優しい瞳。彼の父オルトに似た優しい面影を見てとり。
「じゃ、遠慮なく使わせて貰うね♪」
素直に好意として受けとっていた。
見えなくなるまで、馬車を見送りながら、手に乗せた精霊石をそっとしまいリサは、優しい笑みを浮かべていた。
━━屋敷に戻ったアルトは、しばらくコムス、ハノンと下働きをして。そろそろ三月が過ぎようとしていた。そんなある日ミウ様に呼ばれて、二階の執務室に案内された。
「ミウ様失礼いたします。アルトを連れてまいりました」
小柄で、オレンジ色の髪。活発な印象のある女性をパトラと言って、普段見習いのセノーラと早い時間洗濯物をしてることが多く。アルトは話したこと無いが、優しい人だと聞いていた。
「入りなさい」
中に入るとミウ様他、ラセルさん、ゲントさん、村長のプライマさんがいて、揃ってアルトに注目していた。パトラが辞してから改めて告げる。
「アルト空いてるソファーに座りなさい」
「はい」
素直にプライマさんの隣に座る。
「さてアルト、この三ヶ月の間。君の働きを見させて貰った」
ミウ様が口にされた言葉によって、アルトはハッと息を飲んでいた。真摯な眼差しでアルトと目を合わせたミウは、
「僕としては、弟子に迎えることに異論はない。そう思えたしかし……、君には幾つか聞かなければならないことがある」
傍らのラセルに一つ頷き。執務室の机の隣にある戸棚。そこから見覚えのある手帳と。幾つかの書籍を手に戻って、アルトの前にそれらを置いていた。
「君の父君オルトさんのこと。まず話してくれないかな?」書籍は全て父の物で、大切に保管されていたのが分かる本に。そっと触れていた。迷いはあったでも全てを話すことこそ。今はミウ様の信頼を得るには必要なこと。アルトはそう感じた。
━━アルトの父オルトは、三年前から胸を煩い。闘病虚しく他界していた。
「君の母は?」
「村人の誰かに……、殺されました」
このことを言うだけで、泣きそうになってしまう。病の父を苦労して世話していた母は、ごみのように殺されていた。
「君は僕から魔法を学び。復讐を望むのかい?」
それこそが一番聞きたいことである。一瞬泣きそうな顔をしたが、気丈にいいえと首を降る。
「ぼくは……、父の夢を叶えたいんです」予想外の答えに。思わず聞いていた。
「アルト、君さえ良かったら。詳しく話してくれないか?」 あのオルトが、息子に夢を託していた?、こんな時代に?。非常に興味が沸いていた。
「父さん言ってました。誰かが精霊の力を阻害してるものがいる。だから空砂だけじゃなく。地方は干ばつに見舞われてるのだと……」
アルトが言ったことは、ミウが感じていたことであった。
「ミウ様、アルトが申してること。手帳に記述がありました」
厳しい顔を浮かべ、鋭い相貌を歪めるラセル。
「まずアルトの話を聞いてから。改めて聞くよ」
「はい、ミウ様」
アルトに頷き、先を促した。父が病床にあったとき、ぽつり話してくれたことがあった。「父は、ぼくに言いました、精霊の力を借りれたら。今よりも安心して雨が降らせれるだろうと。だからぼくは、干ばつで苦しむ村や集落に赴き。雨が降らせれる力が欲しいと思ったんです」
恥ずかしそうに。父の言葉から。素朴で優しい夢を語る。そんなことなら確かに力ある魔法使いなら。容易に可能な話だ。空砂みたいに地方魔導師ギルドの恩恵を受けられない。小さな国では、それは不可能な話である。
「些末な夢だなアルト……、だがお前の夢はそれだけに罪深い」
フッと眼差しを柔らかくしたミウは。ゲント、プライマに目を向けると、二人は同意に頷いていた。
「アルト・ソーニア君を僕の弟子に迎えよう」「ありがとうございます!」
ラセルとしてはあまり面白いことではないが、アルトの才能を見いだしたのも確か、色々と甘いことを言うが、
(成長と共に変わってゆく。それが人間だ。だからミウ様は罪深いと言ったのだ)
ラセルにも経験がある。世の中とは自分が夢みる以上に。毒の沼に存在するこを。
「アルト今日より。下働きはせずとも良い。そして大部屋を出て。離れの部屋を使うように」
そう言った瞬間だった。アルトは立ち上がり。
「いえミウ様!、下働きもさせて下さい。ぼくは子供で、弟子といっても何も出来ません。それにせっかく仲良くなったコムス、ハノンが、その事で、ぼくに遠慮して欲しくないから……」思わずこの場にいた。大人達は、顔を見合せ苦笑していた。アルトは子供にも関わらず。みんなの気持ちを守ろうとしてることに。気付いたのだ。
「済まない……、確かにそうだね。君には今まで通り。朝の下働きをしてもらう。その代わり午後からラセルの元で、魔法の基礎を学びなさい。その他ゲントから剣術を、プライマから内政について学びなさい。無論子供達が願うなら剣術はみんもね」
「あっありがとうございます」
パッと目を輝かせるアルトに。つられてラセルまで笑みを浮かべていた。少しならずアルトを気に入ったのだ。
「ゴホン、明日から遅れずに来るんですよ?」眼鏡を直しながら、生真面目に命じていた。
━━翌日。アルトはコムス、ハノンと供に日が登る前に起きて、早速食堂に向かい。麦粥とゆで玉子の朝食を食べてから。お風呂の掃除に向かっていた。そんな様子をカナンが不機嫌に見送り。イライラしながら後片付けをしていた。アトラはカナンにびくびくしながら。自分に被害がないようそそくさ離れて、早く野菜の処理を始めようと逃げ出し。そんなアトラの様子に。益々不機嫌になるカナン。自分がこんなに不機嫌になるのは全て、あの女のせいだ。
カナン・フリゲール・アーチ。赤毛の少女は、小さな村の領主の子供であった。幼い頃から頭がよく。気が強い一面もあったが、はつらつとした少女であった。
二年前━━。重い税に耐えきれず。ついに村人は蜂起、父は殺されていた。命からがら逃げたカナンだったが、山賊に捕まり売られる直前。ミウに助けられた。カナンはあの日、ミウ様に一目惚れしていた。いつしか……、そう夢見ていたのに。あの女が……、あの女がいなければ、強く考え込むようになっていた。
━━正式にミウの弟子となってから、瞬く間に15日が過ぎていた。
そんなある日のこと。リョクト、リサさんが村に戻っていた。話では炎の森は。平穏を取り戻し。季節外れの雨季が始まったと報告した。
空砂の国境から。川道はここ数日。数年ぶりの大雨に見舞われていると知り。空砂、川道国内の様子を調べるため。リョクト、リサの帰還が遅れたと聞いた。
その日もアルトたち三人は、下働きの仕事を終えてから、ゲントさんから勉強の他。新しく剣術の訓練を始めていて。しばらく慣れるまでは、疲れが抜けなかったけど。だいぶましになっていた。
「アルトそろそろ時間だ。ラセルの元に行きなさい」
基礎鍛練を終えたぼくは、汗を拭いながら。素直に頷き。コムス、ハノン、アトラに挨拶していた。
「また後で」
「おう、食堂でな」 三人は実に楽しそうに。訓練に戻っていた。新たに剣術の訓練を受けられると知ったうち。庭師見習いのオーテス、ジムの二人は難色を示したが、姉がメイド見習いをしてるアトラ、コムス、ハノンは興味を抱いた。今のところ剣術習ってるのはこの四人だけである。四人の中でもコムスはなかなか筋があるようで。ゲントさんは誉めていた。残念ながらぼくにはあまり才能はなさそうだ。
屋敷の裏手にある離れ。リョクト、リサ、ラセル、ゲントさんの部屋がある。一階は広間になっていて、応接間としても使われていた。アルトはそこで。魔法の基礎。意識の集中と魔力を感じる訓練をしていた。一階の階段下に台所があって簡単な調理も出来る。二階にも三部屋があるが、今は使われていない。使われてるのは一階の四部屋だけである。
「いいかアルト。炎の揺らめきを意識しなさい。魔力を最も感じれるのは炎である」
アルトが燃える森に。長くいたからか。炎属性の魔法を操る才能があった。ラセルはろうそくの炎を消して、魔法を使うよう促す。アルトは今まで見ていた。揺らめいていた炎をイメージして、魔力を高め。
「炎よ」
指先をろうそくに近付けるや。再び炎が灯る。ほっとアルトが安堵していた。ようやく5回に4回は成功するようになっていた。
「まだまだむらがありますが、だいぶ様になって来ましたね。そろそろ初級の攻撃魔法を教えてもいいでしょう」
「本当ですか!、やった~」
素直に喜びを表すアルトに。薄く笑みを浮かべながら、ラセルはアルトの秘めた才能を見て、いつの間にか、自分でも思っても見なかった心境の変化を認めていた。教える喜びを感じていた。
(まさかこの私が、子供に教えることを。楽しいと感じるとは……)
アルトという少年だから。素直に感じれたかもしれない。そう思う一方で、他の子供達にも……。
(ミウ様に相談してみるか)
密かにある考えが思い浮かんでいた。地方ギルドに言えば真っ先に。潰されかねないある試み。しかしミウ様ならば……、強い夢を抱いていた。
━━そもそもミウという青年は、良くも悪くも人の激情を好む傾向にあった。それは幼少期の体験が原因である。
ミウの生まれは、魔法の国ラーク第三位に数えられる。大きな町で、魔法学院に入学する12歳まで、郊外にある屋敷で、使用人も。知り合いも。友達と出会う機会すら与えられず。ただ時々運ばれる食料を与えられる生活をしていた、いわゆる監禁と虐待である。俗にいう育児放棄とも言われる行為。ミウの父は優秀な研究者で。都に豪華な屋敷を構えていて、そちらに母と住んでいた。母は裕福な家柄で。父と二人で暮らすことを選んだ。一つ言えることは、ミウは二人にとって不要な存在。だから一切の愛情も与えられない子供だった。
ミウには二人の妹がいたが、会ったのは一度だけ。両親はミウを煙たがり。病気療養中だと教え。ただ自分たちの見栄を守っていた。しかしそれでも法律には従わなくてはならない日が訪れた。
12歳の誕生日を迎えた国民には、魔法の素養があるか調べる義務があった。ミウは生まれて初めて。外の世界を、沢山の人を見て、それはそれは驚いたものだ。自分が知ってる世界は郊外の屋敷と。広い土地。滅多に人が訪れることのない。小さな世界だけ。何処までも続く広く美しい。石畳の道。キラキラ輝く澄み渡る空。人々が発する声が、喧騒となり身体に響いてきた。何もかもが楽しく。初めて感じた不思議な気持ち。不安よりも。好奇心が勝って、夢中で外を見ていた。後の師となるクレイ先生と出会ったのが。その時が初めてで……、12年に及ぶ両親の罪が暴かれた場でもあった。魔法の国ラークでは、未成年の虐待は重罪である。両親は魔法の国と呼ばれる理由を。甘く見ていた。綺麗な洋服、薄く化粧を施されたミウは、可愛らしい顔立ちの少年に見えた。しかし検査を受ける診察室には、意識を詠む魔法使いがいて、瞬く間にミウの経験を読み取り。直ちにクレイ教授に知らされ。その場で直ちに両親は捕まっていた。泣き叫ぶ両親と二度と再会することはなかった。しかしミウは悲しいと言う感情を抱くことなく。言われたまま小さな部屋に連れてかれて、クレイ教授に。抱きしめられた日を。優しく声を掛けられた日を。忘れない━━。
それからの5年間は、ミウにとって、何もかもが楽しくて。素晴らしいものだった。気取り屋で寂しがり屋のラナリア、気が強くて、負けん気の強いリターシャ。彼女達と出会ったのは、それから四年後……。学院の寮に入ったミウを、クレイ教授は親身になって、何かと気にかけ、世話をしてくれた。いつしかミウはクレイ教授を。実の父のように慕っていた。
5年後。上のクラスに進級したミウを。クレイ教授が、自分の研究所に引き抜いてくれた、教授は新しい技術である。人形と人形の家の研究に没頭した。人形は、モンスターの内包する魔の力を等級分けすることで、人形に封印することを可能にした技術である。また人形制作には、造形師としての知識と技術が必要であったため。作り手はモンスターを正しく観察して似せて作り。素材と魔力によって。計算上神をもクリーチャーに出来ることがわかっていた。それがクレイ教授の研究成果だった。
「ミウ様。お手紙が届いております」
「入りなさい」
パトラが入ってきて、待ち人からの近況が添えられていた。
「ありがとうパトラ」
働き者のメイド、そういう風に装うが、彼女は忍びと呼ばれる。別の大陸から来た旅人だった。今は表向きメイドをやってるが、彼女の本当の仕事は屋敷の守り手である。庭師の老人と二人の見習いも忍者であった。
「君がわざわざ来たと言うことは……、何か問題が起きたんだね?」
「はい……」
先日カナンが、ナシアとの婚姻話を聞いてから。不穏な動きをしてる事が分かっていた。このまま自分の気持ちを上手く切り替えられたら。屋敷に置いておくことも考えていた。
しかし……。
「プライマ、ラセルを呼んでくれ。それとカナンもな」
「承知致しました」
パトラが部屋を後にして、しばらく1人になり苦渋の決断をしたため。ため息が漏れた。
パトラから。ミウ様が呼ばれてると聞いた時。嫌な予感を感じていた。不安な面持ちで、ミウ様の執務室を訪れた。部屋にいたのは、プライマ村長、ラセルさん。そしてミウ様……、
「カナン、君が僕の元に来て二年になるね」
「……はい」
掠れた返事。悪い予感はますます強くなっていた。
「カナン、以前にも言ったが、君には巫女の才能がある。だからこの度。水神の巫女として迎えたいとの話。受け入れることにした」ハッと俯いた顔を上げて、紙のように血の気を失っていた。
「……ミウ様…」
カナンの視線を遮るように移動したプライマは、鋭い眼差しを向けて、
(お前が、出入りしていた商人から毒物を購入したこと。ミウ様以外の皆が知っている。分かるね?)
落ち着いた。諭す声音。カナンの体から力が抜けていた。口内は渇き、考えるまでもないと気付いた。だから静かに頷いていた。
「ミウ様、カナンも承知したようです。明日水神に向かう。商人とともに向かわせようと思います」
「そうか分かった。カナン……、元気でね」
優しくも残酷で、それでいて決して手に入らない物があると。この時カナンは、初めて理解していた。
「はい……、ミウ様……、お元気で」
それだけ呟くのが精一杯で、メイド長のリターラに付き添われ部屋を後にした。
━━翌朝。
アルト含めた見習い達が、仲間の門出を見送りに出ていた。 セノーラの話では、昨夜泣き疲れれるまで、一晩中泣いていたカナン、腫れぼったい顔をしていた。
「わざわざありがとう……」つんと顔を背けるカナン、さんざん苛められた料理人見習いのアトラ、喧嘩友達が居なくなる寂しさに。複雑な顔をしてるコムス。二人は対じしてお互いを睨み付けていた。
「さっさと行けよカナン」「……フン、煩い馬鹿コムス」
お互いに鼻を鳴らしてそっぽ向いていた。片や後悔した顔をして、片や妙にスッキリした顔をしていた。
「じゃ……、わたし。行くから」
「おいカナン!、元気でな」
「……煩い。馬鹿コムス」
淡く微笑み。毅然とした顔で。馬車に乗り込むと。馬車はゆっくり走り出した。色々な思いを抱きながら。カナンは新たな歩みを始めたのだ。
寝室から一部始終見ていたミウは、一抹の寂しさを浮かべていた。でも後顧の憂いなく。ナシアを妻にめとることが出来るのだ。カナンのこと考えれば、悪い事ではない。
今や激動の地方において、ミウの立場はかなり強まっていた。地方ギルド12議席の一つに座る身であり。更にはいつ国を興しても可笑しくない領地と。民を抱えていた。足場を固めるなら。キナ臭い噂を出す訳にはいかない、微妙な時期である。ナシアが戻り次第。婚姻の儀を取り行う予定である。村では滞りなく準備が進んでいた。
「さて川道と塩山はどう動くかな?」
地方全域は、季節外れの雨季になったため。弊害や物価の高等が懸念されていた。先日から竜の峰でも。雨が降るようになっていた。やはり干ばつは魔獣が起こした儀式が、原因だと考えるのが自然である。魔境の国グランデには、ミウの友人がいる。だから彼女が関わってる可能性を考えていた。
無事ミウは火蜥蜴を捕まえて、クリーチャーにすることに成功していた頃。レンと兄弟達は、炎の森に起きていた異変を目にしていた。双頭の魔獣ガルム率いる100近い大きな群れを見て、ミウ達に報せに走る。
また同じ物語か別の物語で、背徳の魔王でした。